名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。

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ワールドプレミアのイメージビジュアル
ワールドプレミアWorld Premiere
World Premiere

ワールドプレミア

通算成績12戦4勝

獲得賞金45,594万円

生年月日 2016.02.01(平成28年)毛色 黒鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
ワールドプレミアの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
11 GI天皇賞(秋) 東京 芝2000 6人気 岩田康誠 1:59.1 上り33.7映像
1 GI天皇賞(春) 阪神 芝3200 3人気 福永祐一 3:14.7 上り36.7映像
3 GII日経賞 中山 芝2500 2人気 石橋脩 2:33.4 上り34.5映像
5 GI有馬記念 中山 芝2500 5人気 武豊 2:35.6 上り36.3映像
6 GIジャパンカップ 東京 芝2400 7人気 武豊 2:23.8 上り35.0映像
3 GI有馬記念 中山 芝2500 4人気 武豊 2:31.4 上り35.0映像
1 GI菊花賞 京都 芝3000 3人気 武豊 3:06.0 上り35.8映像
3 GII神戸新聞杯 阪神 芝2400 3人気 武豊 2:27.5 上り32.3映像
2 L若葉S 阪神 芝2000 2人気 武豊 2:02.6 上り35.2
1 つばき賞 京都 芝1800 2人気 武豊 1:47.3 上り36.1
3 GIIIラジオN杯京都2歳S 京都 芝2000 2人気 武豊 2:02.2 上り34.5映像
1 2歳新馬 京都 芝1800 1人気 武豊 1:48.0 上り34.9

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
ワールドプレミアの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
ディープインパクトDeep ImpactサンデーサイレンスSunday SilenceHalo
Wishing Well
ウインドインハーヘアWind in Her HairAlzao
Burghclere
マンデラMandelaAcatenangoSurumu
Aggravate
MandellichtBe My Guest
Mandelauge

引退後・牧場での映像

ゴール板の先の時間
STORY

旅程 — この馬の物語

2016年生まれの黒鹿毛の牡馬。父ディープインパクト、母マンデラ。主な勝ち鞍は菊花賞・天皇賞。

二億四千万円の全弟

2016年2月1日、北海道安平町のノーザンファームで、黒鹿毛の牡馬が生まれた。父はディープインパクト。母は、ドイツ生まれの栗毛でマンデラという。 マンデラはアメリカ・ドイツ・フランスの三か国で走り、ドイツのオークスで3着に入った牝馬である。半弟には、ヨーロッパでGIを三つ勝ったマンデュロがいる。日本に渡ってからは、ほとんど毎年のようにディープインパクトに嫁いだ。この黒鹿毛は、六年ぶりに実った受胎の仔だった。 その夏、当歳のままセレクトセールに上場される。八千万円ほどから始まった競りは大台を越えて延び、二億四千万円で槌が落ちた。落札したのは大塚亮一。この馬の全兄ワールドエースに出資し、その名を考えた人でもあった。ワールドエースはきさらぎ賞とマイラーズカップを勝ち、皐月賞では2着に入っている。 大塚が競馬に引き込まれたのは高校生のときだ。1990年の菊花賞、武豊とメジロマックイーン。それを見て騎手を志し、競馬学校の入り口で夢は途切れた。かわりに手に入れたのが、馬主として自分の馬でGIを勝つ、それも武豊を鞍上に、という別の夢である。ディープインパクトの走りを見てからは、産駒で、という条件までついた。 落札した仔に、大塚は「ワールドプレミア」と名づけた。世界規模での上映会を目指して——そういう意味の名前だった。彼がこの名を使うのは、実は二度目である。一頭目は故障のために5戦1勝で競走生活を終えていた。 兄はワールドエース、のちに生まれる半弟はドイツ語で世界旅行者を意味するヴェルトライゼンデ。母がドイツから来たこともあってか、この一族の名前はどれも世界のほうを向いていた。 馬は栗東の友道康夫に預けられた。注文はひとつだけだった。鞍上は武豊で。断られない限り、武豊で。

春を持たない三歳

2018年10月21日、京都の芝1800m。菊花賞の当日に組まれるこの新馬戦は、のちに出世する馬が多く出ることで知られていた。単勝1.8倍の1番人気に推され、中団から大外を回って伸び、メイショウテンゲンをクビ差で退けている。武豊は初戦から鞍上にいた。 続く京都2歳ステークスは3着。年が明けてつばき賞を勝ち、三月の若葉ステークスでヴェロックスの2着に入って、皐月賞の優先出走権を手にした。 だが陣営が見ていたのはダービーだった。皐月賞を見送り、ダービーと同じ東京の2400mで行われる青葉賞へ回す——その算段の途中で、ソエが悪化する。若い馬の前脚に出る炎症で、この馬はデビュー前から悩まされてきた。青葉賞は断念となり、春はそこで終わった。皐月賞にも、ダービーにも、ワールドプレミアは出ていない。 夏を丸ごと休養に充てて秋に戻ると、ソエは消えていた。九月の神戸新聞杯は、皐月賞馬サートゥルナーリアとヴェロックスに続く3着。重賞のタイトルはまだ無い。それでも、菊花賞への切符だけは手の中にあった。

淀、三千メートル

秋の京都は晴れて、芝は良。父ディープインパクトは、この年の七月に世を去っていた。 五番枠。武豊はゲートを出るとすぐ位置を取りにいき、好位の内に馬を収めた。前には1番人気のヴェロックスがいる。その背中を目印にして、脚を溜めた。 一周目の三、四コーナーで外から前に入られ、武は手綱を引いた。若い馬なら気を悪くする場面である。この馬は掛からなかった。 向正面を過ぎ、二周目に入る。逃げ馬の後ろに先行勢が固まっていた。内にいるということは、そのまま進路が無いということでもある。武は内を回り続けたまま、前が開くのを待った。京都の外回りは、直線の入口で馬群がばらける。 ばらけた。 隊列が伸びていく。ワールドプレミアは前の二頭のあいだへ差し込み、流れるように加速して直線を向いた。ここからの二百メートルが、この日いちばん速い区間になる。外からヴェロックスが並びかけてくる。武は馬体を合わせにいかず、離したまま左の鞭を入れた。 坂のない直線で、二頭はついに並ばなかった。先に抜けたのはワールドプレミアである。だが、そのさらに外から伸びてくる脚があった。サトノルークス。上がりの速さはこちらより上だ。 ゴール板が来たとき、クビ差、前にいたのはワールドプレミアだった。 GIは初出走だった。重賞も勝っていない。六戦目の三歳馬が、三千メートルで最初のタイトルを獲った。

菊の馬の、長い冬

口取りの写真には、大塚が呼び集めた身内と関係者が並び、百人規模の大所帯になった。 武豊にとっては菊花賞五勝目である。五十歳七か月での優勝はこのレースの最年長記録となり、十九歳でスーパークリークに乗って作った最年少記録も、同じ人が持ったままだった。昭和・平成・令和という三つの元号でGIを勝った騎手も、このときが史上初になる。友道康夫は十三頭目の挑戦で菊の花を引き当て、皐月賞・ダービーと合わせて、クラシック三冠のすべてを勝った調教師の列に加わった。 二か月後の有馬記念は3着。出負けしたぶんを取り返すため、武はあえて最後方に控えて直線一本に賭けた。前を行くリスグラシューには届かず、サートゥルナーリアとの二着争いを、今度はクビ差で落とした。その年の最優秀三歳牡馬に選ばれたのも、菊花賞には出ていない皐月賞馬サートゥルナーリアだった。 そして、勝てない一年半が始まる。 前年秋の疲れが抜けなかった。目標にしていた春の天皇賞を取りやめ、体調が戻るまでに半年以上を要している。十一か月ぶりの実戦となったジャパンカップは、三頭の三冠馬が顔を揃えた一戦で6着。暮れの有馬記念はカレンブーケドールと並んで5着。年が明けた日経賞は、武豊が骨折で乗れず石橋脩に手綱が渡り、前の二頭へ半馬身ほど詰め寄っての3着だった。 淀で獲ったタイトルは、まだ一つきりのままだった。

兄の分の、盾

2021年5月2日、天皇賞・春。京都競馬場が改修に入り、盾は阪神に移っていた。一周目が外回り、二周目が内回りという、このレースが一度も走ったことのない三千二百メートルである。 手綱は福永祐一に渡った。武豊は骨折から復帰した直後で、この日はディバインフォースに騎乗している。 福永とこの一族には、九年前のすれ違いがあった。全兄ワールドエースの主戦を務めたのが福永だった。2012年のダービー、1番人気に支持されて4着。勝てなかった。菊花賞では、サトノルークスに乗ってワールドプレミアをクビ差まで追い詰めた側にもいた。調教にも跨り、この馬の特性は掴んでいた。 一枠一番。スタートは思ったようにいかず、中団の内に下がる。前半千メートルは五十九秒八。長距離戦としては速く、馬群は先頭から最後方まで十五馬身ほどに伸びた。 向正面の半ばで、外からウインマリリンが上がってきた。福永はそのタイミングで進路を外に出す。予定より早い進出だった。動きたいときに動けなくなる——その一手は、この馬の武器である長く使える脚を、使える場所まで運ぶための判断だった。 三コーナーでディープボンドとアリストテレスの背後を捉え、四コーナーは四番手。直線でカレンブーケドールが先頭に立ち、ディープボンドがその外を追う。さらに外でアリストテレスと並んだワールドプレミアは、まずアリストテレスを競り落とした。残るはディープボンド。抵抗を受けながら押し切って、四分の三馬身。 最後の一ハロンは十三秒台まで落ちている。全馬の脚が上がる消耗戦で、最後に伸びたのがこの馬だった。 福永にとっては十八回目の天皇賞・春で、初めての優勝である。父の福永洋一が1976年にエリモジョージで勝っており、この盾を親子で獲ったのは横山富雄・典弘に次ぐ二組目になった。秋の盾も、二人はすでに勝っている。 「この血統でG1を勝てたことが、自分にとっては大きい」[^1]。福永はそう言った。兄で届かなかったものが、九年越しに、弟の背中で届いた。

出典:デイリースポーツ「【天皇賞】ワールドプレミア復活V 福永父子制覇!JRA重賞150勝目」2021年5月3日配信、https://www.daily.co.jp/horse/2021/05/03/0014294029.shtml 、閲覧日:2026年8月4日。

春は、息子が

宝塚記念を見送って夏を休み、秋は天皇賞(秋)から始動した。岩田康誠を背に二千メートル。11着だった。ジャパンカップへ向けて立て直しを図ったが体調が整わず、回避となった。十一月二十五日、競走馬登録が抹消される。 新冠の優駿スタリオンステーションで種牡馬になった。初年度に集まった繁殖牝馬は五十三頭。多くはない。 その細い初年度から生まれた一頭が、モンテネグロの山の名をもらって、ロブチェンと呼ばれた。二歳の暮れにホープフルステークスを勝ち、三歳の春に皐月賞を勝ち、五月三十一日、東京の芝2400mを勝った。 ダービーである。 父は、そのゲートに立つことすらできなかった。全兄ワールドエースは1番人気で4着。のちに鳴尾記念と日経新春杯を勝つ半弟ヴェルトライゼンデは3着。マンデラの息子たちは府中の直線で二度足りず、三頭目は出走そのものに届かなかった。 「正直、ここまでとは思っていませんでした」[^1]。友道はそう振り返っている。ステイヤーだから今の競馬には少し不向きだと考えていた、とも。見立ては外れた。外した本人は、自分の厩舎から巣立った種牡馬には愛着がある、と言う。 淀の三千メートルと、阪神の三千二百メートル。この馬が勝ったのは、どちらも持久力と呼ばれるものが要る舞台だった。春の2400mには向かない——そう見られていた血が、五十三頭という細い入り口から、府中の坂を先頭で上がってくる仔を出した。 父が一度も入れなかったゲートに、息子が入った。そしてその先の直線を、誰の背中も見ずに走り抜けた。

出典:中日スポーツ「ロブチェンが2冠達成、新種牡馬ワールドプレミアに友道師「正直、ここまでとは…」」2026年6月23日配信、https://www.chunichi.co.jp/article/1270398 、閲覧日:2026年8月4日。

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