名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。

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ウインクリューガーのイメージビジュアル
ウインクリューガーWin Kluger
Win Kluger

ウインクリューガー

通算成績34戦5勝

獲得賞金2524万円

生年月日 2000.02.13(平成12年)毛色 栗毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
ウインクリューガーの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
4 阪神ジャンプS 阪神 障3140 3人気 金折知則 3:29.5 上り13.3
1 障害3歳以上未勝利 阪神 障2970 3人気 金折知則 3:19.2 上り13.4
12 OP都大路S 京都 芝1600 7人気 鮫島良太 1:38.1 上り38.6
13 OP谷川岳S 新潟 芝1400 8人気 勝浦正樹 1:21.0 上り35.3
9 GIIIダービー卿チャレンジトロフィー 中山 芝1600 14人気 勝浦正樹 1:33.8 上り35.4
5 OP都大路S 京都 芝1600 4人気 佐藤哲三 1:36.3 上り37.4
8 OPオーストラリアT 京都 芝1800 6人気 岩田康誠 1:47.4 上り35.2
14 GI高松宮記念 中京 芝1200 17人気 中舘英二 1:08.8 上り34.1映像
7 GIII阪急杯 阪神 芝1400 6人気 吉田稔 1:23.3 上り35.6
10 OP淀短距離S 京都 芝1200 3人気 安藤勝己 1:11.5 上り35.8
5 GIII京都金杯 京都 芝1600 14人気 藤岡佑介 1:34.4 上り34.5
7 OP2005ファイナルS 阪神 芝1600 4人気 藤岡佑介 1:36.8 上り34.4
3 GII毎日放送賞スワンS 京都 芝1400 13人気 藤岡佑介 1:21.6 上り34.1
8 GIIIエプソムカップ 東京 芝1800 6人気 内田博幸 1:47.3 上り35.1
13 GII京王杯スプリングカップ 東京 芝1400 9人気 武幸四郎 1:21.8 上り35.3
10 GI高松宮記念 中京 芝1200 5人気 吉田稔 1:09.2 上り34.4映像
3 GIII阪急杯 阪神 芝1200 5人気 岩田康誠 1:08.6 上り33.8
11 GIII関屋記念 新潟 芝1600 5人気 武幸四郎 1:33.2 上り34.8
7 GIIITV西日本北九州記念 小倉 芝1800 9人気 武幸四郎 1:44.6 上り35.4
13 GIIIエプソムカップ 東京 芝1800 4人気 武幸四郎 1:48.6 上り35.4
4 GIII新潟大賞典 新潟 芝2000 6人気 武幸四郎 2:00.6 上り34.6
6 GII読売マイラーズカップ 阪神 芝1600 5人気 岩田康誠 1:34.0 上り35.2
13 GI高松宮記念 中京 芝1200 10人気 武幸四郎 1:08.6 上り34.7映像
12 GIII黒船賞 高知 ダ1400 3人気 武幸四郎 1:29.2 上り40.3
15 GIマイルチャンピオンS 京都 芝1600 9人気 武幸四郎 1:34.1 上り35.4映像
7 GIII富士S 東京 芝1600 5人気 武幸四郎 1:33.3 上り35.3
1 GINHKマイルカップ 東京 芝1600 9人気 武幸四郎 1:34.2 上り35.9映像
8 GIII毎日杯 阪神 芝2000 6人気 武幸四郎 2:01.3 上り36.7
1 GIIIアーリントンC 阪神 芝1600 7人気 武幸四郎 1:36.8 上り36.0
1 3歳500万下 京都 ダ1400 2人気 武幸四郎 1:26.6 上り38.3
11 こぶし賞 京都 芝1600 1人気 藤田伸二 1:36.0 上り36.6
5(降) 白梅賞 京都 芝1600 2人気 武幸四郎 1:35.2 上り36.5
4 OP萩S 京都 芝1800 2人気 武幸四郎 1:48.4 上り35.7
1 2歳新馬 京都 芝1600 2人気 武幸四郎 1:35.6 上り35.9

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
ウインクリューガーの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
タイキシャトルTaiki ShuttleDevil's BagHalo
Ballade
ウェルシュマフィンWelsh MuffinCaerleon
Muffitys
インヴァイトInviteBe My GuestNorthern Dancer
What a Treat
BurghclereBusted
Highclere

引退後・牧場での映像

ゴール板の先の時間
STORY

旅程 — この馬の物語

2000年生まれの栗毛の牡馬。父タイキシャトル、母インヴァイト。主な勝ち鞍はNHKマイルC・アーリントンC。

ハイクレアの末

2000年2月13日、北海道静内町の橋本牧場で栗毛の牡が生まれた。父はタイキシャトル、母はインヴァイト。当歳のセレクトセールに出され、2700万円で株式会社ウインの手に渡る。預けられたのは栗東の松元茂樹厩舎だった。 母系をたどると、名前の格が急に上がる。母インヴァイトの母はバラクレア。そのまた母がハイクレアで、エリザベス2世の所有馬として英1000ギニーと仏オークスを勝った牝馬である。孫の代からはナシュワンやネイエフが出た。ハイクレア一族と呼ばれる欧州の名門牝系の、日本へ渡ってきた一枝がこの馬だった。 枝はもう一本ある。バラクレアはインヴァイトの五年後に、ウインドインハーヘアという牝馬を産んでいる。のちのディープインパクトとブラックタイドの母である。母どうしが半姉妹だから、ウインクリューガーとディープインパクトはいとこにあたる。もっとも、この馬が生まれた時点で、そのいとこはまだ影も形もない。 デビューは2002年10月5日、京都の芝1600メートル。鞍上は武幸四郎。2番人気に応え、1分35秒6で勝ち上がった。続くオープンの萩ステークスは4着。三歳の春は、そこから始まる。

白梅賞の五着

2003年1月18日、京都の白梅賞。ウインクリューガーは三番目にゴールへ飛び込みながら、五着に下げられた。斜行があったからである。自分で他馬の進路を狭めたのだから、裁決の判断に文句のつけようはない。 先頭でゴールしたのはネオユニヴァースだった。この年の皐月賞と東京優駿を勝つ馬である。着差は0秒1しかなかった。 内容は買われた。次のこぶし賞では単勝3.5倍の1番人気に推される。結果は11着。評価と着順が、初めて派手にすれ違った。 立て直しは地味に進んだ。2月、京都のダート1400メートルで2勝目を挙げる。そして3月1日、重賞初挑戦のアーリントンカップに7番人気で出走し、勝った。父タイキシャトルにとって、これが最初の重賞勝ち馬になる。 続く毎日杯は2000メートル。8着だった。距離が長すぎた、というだけの負けである。

五月十一日

五月十一日、東京の芝1600メートル。ウインクリューガーの枠は大外だった。単勝は9番人気。重賞をひとつ勝ったきりの三歳馬に、それ以上を求める声は多くなかった。 ゲートが開くと、武幸四郎は迷わず出していった。大外の枠から押して、二番手を取る。前にいるのは一頭だけという位置である。 流れは速かった。この馬が最後の600メートルに費やしたのは35秒9。勝ち時計から引き算をすれば、最初の1000メートルを58秒台で駆けていたことになる。三歳の五月、まだ底の知れない馬たちが、初めから息を詰めて走る形になっていた。 四コーナーを回り、その一頭をとらえにいく。ウインクリューガーが先頭に立った。 そこからが長かった。時計はもう落ちている。府中の直線は、脚を残した馬のためにできている。後ろから、脚を残した一頭が来た。エイシンツルギザンである。差は詰まる。詰まりながら、埋まらない。 決勝線を先に通ったのは、ウインクリューガーだった。父タイキシャトルに、初めてのGIが届いた。

勝てない、という時間

秋、富士ステークスで7着。マイルチャンピオンシップは15着に沈み、勝ったのはデュランダルだった。ここから、この馬の名前は着順表の下のほうにばかり並ぶようになる。 陣営は手を尽くしている。四歳の三月には高知へ遠征して黒船賞の砂を走らせ、中五日で中京の高松宮記念に使った。ショック療法である。効かなかった。距離を2000メートルまで伸ばし、1800メートルに戻し、新潟で4着、東京で13着。マイルのGIを勝った馬が、自分の走れる場所を探すことに一年を使った。 手応えらしきものが出たのは、五歳の二月だった。阪神の阪急杯で、それまでの先行策をやめて後方に控える。最後の600メートルを33秒8。メンバーの誰よりも速く、この馬にとってもそれまででいちばん速い脚だった。3着。NHKマイルカップ以来、十戦ぶりの好走である。 続く高松宮記念では5番人気の支持を集めた。GIに出走したときとしては、いちばん高い評価だった。10着。 五月十五日の京王杯スプリングカップ、13着。武幸四郎がこの馬に跨がったのは、これが最後になる。デビュー戦から数えて十六度。生涯の五勝のうち四つは、この鞍上との仕事だった。

走る場所を変える

2005年10月23日、京都でディープインパクトが菊花賞を勝ち、無敗の三冠を成し遂げる。二歳下のいとこである。同じバラクレアの血から出た二頭が、二年違いで生まれ、まるで違う速さで、歴史の別々の場所に立っていた。 その六日後、同じ京都でスワンステークス。ウインクリューガーは13番人気だった。最後の600メートルを34秒1で上がり、3着に来ている。人気は落ちても、脚はまだ残っていた。 翌年の数字は苦しい。京都金杯は14番人気で5着、高松宮記念は17番人気で14着。五月の都大路ステークスを最後に、この馬はターフから姿を消す。 九月、障害試験を受けて合格した。走る場所を変える、という決断である。ところが短期放牧に出た先で腸捻転を発症した。手術を受け、長い休養に入る。 復帰は2007年4月1日、中山のダービー卿チャレンジトロフィーだった。単勝100倍、9着。谷川岳ステークスで13着、連闘で臨んだ都大路ステークスでは果敢に逃げて12着。平地には、もう戻る場所がなかった。 七月七日、阪神のダート2970メートル、障害3歳以上未勝利。鞍上は金折知則。松元厩舎に所属する障害の乗り手で、2000年の中山大障害を勝っている。師の松元茂樹がJRAで初めてGIを勝ったのも、その翌年の中山大障害だった。この厩舎にとって、障害は縁のある場所である。ウインクリューガーは2着に6馬身の差をつけて圧勝する。2003年5月11日のNHKマイルカップ以来、四年二か月ぶりの勝利だった。 九月十七日、阪神ジャンプステークス。スタートから先頭に立ち、そのまま逃げて、最後に捉えられて4着。このレース中のアクシデントで、左前脚に屈腱炎を発症する。腱を痛める故障で、全治九か月と診断された。三十四戦目が、最後の一戦になる。11月20日、競走馬登録が抹消された。

雲雀ヶ原へ

2008年、ウインクリューガーは日高スタリオンステーションで種牡馬になった。種付料は20万円。初年度に十五頭、翌年は七頭の繁殖牝馬を集めている。2011年の暮れ、産駒のエバーローズが中山の2歳新馬を勝ち、父にJRAでの初めての勝利を届けた。 2015年の末、そのスタリオンが閉鎖される。行き先は福島県南相馬市になった。12月20日、西町ホースパークに入る。去勢され、相馬野馬追へ出るための調教を受けた。 野馬追は相馬地方に伝わる神事で、国の重要無形民俗文化財に指定されている。2011年3月、東日本大震災と原子力発電所の事故により、祭りに出るはずだった馬たちは警戒区域に取り残された。放射線のスクリーニング検査を受けた二十八頭が東京の馬事公苑へ移され、その年の祭りは規模を縮めて開かれている。近年は、参加する馬の九割ほどが元競走馬だという。ウインクリューガーは、その列に加わった。列には、皐月賞を勝ったノーリーズンや、同じNHKマイルカップを勝ったロジックの名もある。 栗毛が競馬から消えたあと、武幸四郎の名も勝ち星から遠のいていった。1999年から十年続いた連続年重賞勝利が2009年に途切れ、2011年は年間七勝に終わる。それでも辞めなかった。2013年、メイショウマンボで優駿牝馬を勝つ。七年ぶりのGI、五年ぶりの重賞だった。その馬もまた9番人気である。人気のない馬でGIを勝つのがこの人の癖で、一番人気で勝ったことは、生涯を通して一度もない。 2017年2月、二十年の騎手生活を終えた。最後の週末に騎乗依頼が集まったことを、彼は「閉店セールにお客さんがたくさんやってきてくれたみたいな感じですね」[^1]と照れ笑いで受けている。店は閉じなかった。翌年、栗東に自分の厩舎を開いた。 ウインクリューガーが府中のゴール板を先頭で通ったとき、時計は一分三十四秒二を指していた。そのあとに続いた沈黙は、四年二か月あった。競馬は勝った日付だけを表に刻み、勝てなかった日々は成績表の下の行へ畳んでしまう。畳まれた行のほうに、この馬の生涯は長く伸びている。静内に生まれ、府中で一度だけ先頭を走った栗毛は、福島の海沿いの町で、もう一度、鞍を置かれた。

出典:Number Web「武幸四郎、騎手生活で最後の週末。兄・豊は『うらやましくもありますね』。」2017年2月24日配信、https://number.bunshun.jp/articles/-/827506、閲覧日:2026年8月2日。

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