名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。

名馬録
◀ 名馬録へ
ヴィクトリーのイメージビジュアル
ヴィクトリーVictory
Victory

ヴィクトリー

通算成績16戦3勝

獲得賞金2862万円

生年月日 2004.04.03(平成16年)毛色 鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
ヴィクトリーの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
12 GII金鯱賞 中京 芝2000 4人気 北村友一 1:59.2 上り35.2
11 GII産経大阪杯 阪神 芝2000 6人気 和田竜二 2:01.2 上り36.3映像
4 GIIIトヨタ賞中京記念 中京 芝2000 3人気 北村友一 2:00.8 上り37.3
3 GII京都記念 京都 芝2200 9人気 川田将雅 2:14.8 上り36.2
15 GIII京都金杯 京都 芝1600 10人気 浜中俊 1:35.2 上り36.1
14 GII金鯱賞 中京 芝2000 6人気 横山典弘 2:00.7 上り34.3
9 GII産経大阪杯 阪神 芝2000 8人気 藤岡佑介 1:59.7 上り35.4映像
15 GIフェブラリーS 東京 ダ1600 8人気 後藤浩輝 1:38.9 上り39.8映像
18 GIジャパンカップ 東京 芝2400 8人気 C.ルメール 2:28.9 上り37.8映像
16 GI菊花賞 京都 芝3000 3人気 岩田康誠 3:07.8 上り38.5映像
3 GII神戸新聞杯 阪神 芝2400 2人気 岩田康誠 2:25.1 上り35.4映像
9 GI東京優駿 東京 芝2400 2人気 田中勝春 2:25.8 上り34.8映像
1 GI皐月賞 中山 芝2000 7人気 田中勝春 1:59.9 上り35.9映像
1 OP若葉S 阪神 芝2000 1人気 岩田康誠 2:01.2 上り36.0
2 GIIIラジオNIKKEI杯 阪神 芝2000 3人気 武豊 2:02.1 上り35.0
1 2歳新馬 京都 芝2000 1人気 武豊 2:02.5 上り34.3

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
ヴィクトリーの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
ブライアンズタイムBrian's TimeRobertoHail to Reason
Bramalea
Kelley's DayGraustark
Golden Trail
グレースアドマイヤトニービンTony BinカンパラKampala
Severn Bridge
バレークイーンBallet QueenSadler's Wells
Sun Princess
STORY

旅程 — この馬の物語

2004年生まれの鹿毛の牡馬。父ブライアンズタイム、母グレースアドマイヤ。主な勝ち鞍は皐月賞。

早来の五番仔

1992年の暮れ、イギリス・ニューマーケットの繁殖牝馬セールに、フランスダービー馬カーリアンの仔を宿したアイルランド産の牝馬が上場された。落札したのは吉田勝己。バレークイーンというその牝馬は年明けに日本へ渡り、2月、北海道早来で初仔を産む。のちにわずか3戦のキャリアで1996年の東京優駿を勝ち、「和製ラムタラ」と呼ばれることになるフサイチコンコルドである。 バレークイーンが翌年に産んだ牝馬が、グレースアドマイヤだった。15戦5勝。重賞にはあと一歩届かなかった。1998年秋の府中牝馬ステークスで、GI5勝の名牝メジロドーベルをハナ差まで追い詰めたのが、この牝馬の競走生活の頂点である。 繁殖に上がったグレースアドマイヤの初仔がリンカーンだった。23戦6勝、重賞を3つ勝ち、GIには13回出走して菊花賞・有馬記念・天皇賞(春)で2着に入った。勝てはしなかった。2006年の天皇賞(春)では、前を行くディープインパクトを追って3分14秒0で走っている。それまでのレースレコードより速い時計を出して、なお届かなかった。 その五番仔として2004年4月3日に生まれた鹿毛の牡馬には、父ブライアンズタイムの血と、Victory ——勝利——という名が与えられた。 2006年11月5日、京都・芝2000メートルの新馬戦。鞍上は武豊。1番人気に応えて勝ち上がると、暮れのラジオNIKKEI杯2歳ステークスでは、無敗のフサイチホウオーにタイム差なしまで詰め寄る2着だった。世代の中心に、この馬は最初から近いところにいた。

三人目の鞍上

明けて3歳。当初は若駒ステークスを予定していたが、前走の激戦の反動か腰に疲れが出て、戦列を離れた。復帰は3月17日、阪神の若葉ステークス。武豊から岩田康誠に乗り替わり、1番人気に応えてサンライズマックスをクビ差抑え、皐月賞への優先出走権を手にした。 そして4月15日、中山。トライアルを1番人気で勝った馬が、本番では7番人気だった。デビューから4戦4勝・重賞3勝のフサイチホウオー、弥生賞を勝ったアドマイヤオーラ、前年の朝日杯フューチュリティステークスを制していたドリームジャーニー——支持は上位3頭に集まり、ヴィクトリーの単勝は17.3倍。デビューから2戦を託された武豊はアドマイヤオーラの手綱を取り、若葉ステークスの岩田康誠はフェラーリピサに騎乗していた。空いた鞍に座ったのが、田中勝春である。この馬に跨るのは初めてだった。 田中は北海道三石町の生産牧場に生まれ、1989年にデビューした。1992年、安田記念で11番人気のヤマニンゼファーを大外枠から勝たせ、ゴール前で派手なガッツポーズを見せている。それが最初のJRA・GI制覇であり、そこから15年、二つ目が来なかった。翌1993年の天皇賞(秋)ではセキテイリュウオーでハナ差の2着。勝ったのは、前年に自分が乗っていたヤマニンゼファーだった。関東のリーディング上位に居続けながら、大舞台では有力馬の手綱がなかなか回ってこない。中央のGIを、田中は139回続けて勝てずにいた。

写真判定

晴れ。良馬場。最も外の八枠から、ゲートが開いた。 逃げを公言していたサンツェッペリンが先頭に立つ。田中は、行きたがるこの馬を抑えなかった。2コーナー、ヴィクトリーがその隣に並ぶ。前半1000メートルの通過は59秒4。決して楽なペースではない。 ところが、後ろが動かない。アドマイヤオーラは後方に控え、無敗のフサイチホウオーは中団で機を窺っている。互いが互いを見ていた。その間に、前の二頭と三番手以下の差は開いていく。向正面を過ぎるころ、後続はもう遠かった。 四角。並んだ二頭が直線を向く。サンツェッペリンが出る——抜かれた、と見えた瞬間、ヴィクトリーがもう一度差し返した。フサイチホウオーが猛然と伸びてくる。三頭が横に並んだまま、ゴール板を過ぎた。 時計は1分59秒9。三頭とも同じ数字が出た。写真判定になった。 最内にいたのが、ヴィクトリーだった。二着にハナ、三着にもハナ。 「ゴールした瞬間は負けたかな、またダメかーって」[^1]——田中はのちにそう振り返っている。勝っていることを教えたのは、フライングアップルで同じレースを走っていた横山典弘だった。半兄リンカーンの背で二度、GIの二着に泣かされてきた騎手である。

出典:スポーツナビ「逃走ヴィクトリーV! 田中勝15年ぶりのGI勝利=皐月賞=無敗ホウオー、追い込み届かず3着敗戦」2007年4月15日配信、https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/200811300023-spnavi 、閲覧日:2026年8月1日。

百三十九 ― そして東京優駿

田中勝春のGI連敗は、139で止まった。1992年の安田記念以来、15年ぶりの中央GI。クラシックを勝ったのも、八大競走に名を刻んだのも、これが初めてだった。栗東の音無秀孝にとっても最初の皐月賞である。7番人気と15番人気が一、二着を占めた三連単は162万3250円を返し、皐月賞の史上最高配当となった。 一か月半後の5月27日、東京優駿。ヴィクトリーはフサイチホウオーに次ぐ2番人気に推された。田中が中央のGIで1番人気か2番人気の馬に乗った機会は生涯で数えるほどしかなく、この日はその一度だった。しかしゲートで出遅れた。9着。勝ち馬から1秒3差だった。 勝ったのはウオッカである。牝馬の東京優駿制覇は1943年のクリフジ以来64年ぶり。二着には、皐月賞で7着だったアサクサキングスが入った。この世代の物語は、皐月賞馬の手を離れて動き出していた。 もっとも田中にとって、2007年は堰が切れた年になった。夏の新潟で17勝して5度目のリーディングを獲り、シャドウゲイトでシンガポール航空インターナショナルカップを勝って国外のGIも手にし、11月には自身初のJRA年間100勝に届いた。すべての起点が、中山の三つ並んだ鼻先だった。

掛かる秋

夏はノーザンファームで過ごし、8月下旬に帰厩した。秋の鞍上は岩田康誠に戻る。 9月23日の神戸新聞杯は2番人気。直線で早めに抜け出したアサクサキングスを捉えられず、後方から伸びてきたドリームジャーニーにも交わされて3着だった。前を行った二頭は、この先それぞれ菊花賞と、宝塚記念・有馬記念を勝つことになる。 10月21日、菊花賞。3番人気。京都の3000メートルで、この馬は道中から掛かった。最終コーナーで先団のペースについていけず、16着。勝ったのは、神戸新聞杯で前にいたアサクサキングスだった。 11月25日のジャパンカップはルメールが手綱を取ったが18着。予定していた有馬記念は取りやめ、放牧に出された。皐月賞から七か月、三歳の秋が終わった。

十二戦

2008年、初戦に選ばれたのは芝ではなくダートだった。2月のフェブラリーステークス。生涯で唯一のダート戦は15着に終わる。4月の産経大阪杯は9着、5月の金鯱賞ではレース中に右肩跛行を発症し、終始後方のまま14着。 2009年は京都金杯の15着から始まった。だが2月の京都記念、この馬はハナを切った。皐月賞と同じ形である。9番人気の伏兵として最後まで粘り、3着に残した。前を行って勝ったのは、またしてもアサクサキングスだった。 3月の中京記念は3番人気で4着。4月の産経大阪杯は11着——勝ったのはドリームジャーニー。5月の金鯱賞は二番手から進めて直線で失速し、12着。 8月13日、競走馬登録が抹消された。皐月賞のあと12戦して、掲示板に載ったのは三度、勝ち鞍はひとつも増えなかった。音無秀孝は、クラシックホースをこれ以上走らせるべきではないと語っている。16戦3勝。GIは、あの一度きりだった。

ハナ、ハナ

2010年から社台スタリオンステーションで種牡馬となり、2014年のシーズンを最後にその役目も終えた。移った先は北海道新冠のにいかっぷホロシリ乗馬クラブ。競走を終えたサラブレッドが人を乗せて働く場所である。皐月賞馬はそこで乗馬になり、2017年8月3日、急性出血性大腸炎で死んだ。13歳だった。 この一族は、長いことあと一歩のところにいた。母グレースアドマイヤは府中牝馬ステークスでメジロドーベルにハナ差。半兄リンカーンはGIに13回出て二着が三度、レコードより速い時計で走ってなお先頭には立てなかった。祖母バレークイーンが日本で産んだ初仔はダービーを勝ち、母の半弟にあたるアンライバルドは二年後の皐月賞を勝つ。血は足りていた。足りなかったのは、いつも最後の数センチだった。鞍上も同じである。田中勝春は15年、139回、GIで負け続けた男だった。そして中山の直線で、三頭が同じ時計でゴール板を過ぎた。ハナ、ハナ。届かなかった血と、届かなかった男に、その数センチが同時に向いた。ヴィクトリーが勝ったのはこの一度きりで、以後12戦は勝てない。一度きりだったからこそ、あの馬の名は勝利以外のものではあり得なかった。 田中勝春は2023年の暮れ、中山で最後の騎乗を終えた。翌年に調教師免許を受け、2025年3月に美浦で厩舎を開き、開業から二か月あまり、初めて重賞に送り出したシリウスコルトが新潟大賞典を勝った。ヤマニンゼファーも、ヴィクトリーも、その馬も、人気の目立たない側にいた。「やっぱり、GIっていいもんだなあ」[^1]——皐月賞の日、田中はそう言った。139回の敗戦のあとに出てきたのがこれだけ素朴な言葉だったことが、あの一勝の重さを言い当てている。中山の直線に並んだ三つの鼻先。いちばん内で、いちばん前にあったのが、勝利という名の馬だった。

出典:スポーツナビ「逃走ヴィクトリーV! 田中勝15年ぶりのGI勝利=皐月賞=無敗ホウオー、追い込み届かず3着敗戦」2007年4月15日配信、https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/200811300023-spnavi 、閲覧日:2026年8月1日。

ABOUT

このサイトについて

名馬ジャーニーとは

名馬ジャーニーは、競馬の名レースと、引退した馬たちのその後を記録する、個人運営のアーカイブサイトです。数分のレースだけでなく、馬がターフを去ってからの時間まで辿れることを大切にしています。JRAなどの競馬主催者・関連団体とは関係のない、一人の競馬好きが続けている場所です。

情報について

本サイトの競走馬プロフィールやレース記録は、報道記事やWikipediaなど、一般に公開されている情報をもとに、当サイトの言葉で整理・編集しています。各馬の歩みをたどる読み物には、参考にした記事の出典を末尾に記載し、引用は必要な範囲にとどめています。

競走成績などのデータは、Wikipediaを主として一般に公開されている情報を参考に、当サイトが独自に整理・編集したものです。JRAの公式サイトやJRA-VAN、netkeibaといった競馬情報サービスのデータベースを転載・複製したものではありません。個人が公開情報をもとにまとめたものであり、内容の正確性を保証するものではありません。

文章の制作には生成AIを活用し、運営者が確認のうえ公開しています。ただし個人による運営で、一部は自動的に更新されるため、誤りや古くなった情報が含まれている場合があります。誤りにお気づきの際は、お知らせいただけると幸いです。馬券の購入その他の判断は、JRA・各主催者の公式発表にもとづき、ご自身の責任で行ってください。

画像について

本サイトに掲載している競走馬のイラストなどの画像は、AIで生成したオリジナルのものです。実在する写真を複製・加工したものではありません。競走馬の毛色や特徴を完全に再現できるものではない点は、あらかじめご了承ください。なお、映像のサムネイルは、YouTube上の各動画のサムネイル画像を表示しています。

映像について

本サイトのレース映像は、競馬主催者などの公式チャンネルが公開し、埋め込みを許可している動画だけを、YouTubeの標準的な埋め込み機能でご紹介しています。権利者に無断で転載された映像は扱いません。牧場の映像も同じ仕組みで、牧場や、牧場を訪ねた方々が自身のチャンネルで公開している動画をご紹介しています。

動画は埋め込み先でもYouTube上で再生され、再生数・広告収益はすべて各チャンネルに帰属します。あわせて各チャンネルの登録ボタンを設け、ご覧になった方が配信元のチャンネルへ辿り着けるようにしています。本サイトが動画ファイルを保存・配信することはありません。

名レースの記憶を残し、馬たちの引退後まで辿るこのサイトが、その映像を遺してくださった各チャンネルと、新しい競馬ファンとの出会いに少しでも役立てば幸いです。

広告について

本サイトは、運営を続けるための費用にあてるため、競走馬プロフィールや成績表など、当サイトが制作したコンテンツが主体のページに広告を掲載することがあります。動画の視聴が主となる場面には広告を置きません。アフィリエイトリンクなどを掲載する場合は、広告であることがわかる表示を行います。

アクセス解析について

本サイトは、閲覧状況の把握と改善のため、Googleアナリティクスを利用しています。GoogleアナリティクスはCookieを用いてアクセス情報を収集しますが、個人を特定する情報は含まれません。仕組みの詳細はGoogleのポリシーと規約をご確認ください。Cookieは、お使いのブラウザの設定で無効にすることもできます。

免責事項

掲載内容には正確を期していますが、その正確性・完全性を保証するものではありません。本サイトの利用、およびリンク先の外部サイトの利用によって生じた損害について、運営者は責任を負いかねますので、あらかじめご了承ください。

お問い合わせ・権利者の方へ

掲載内容についてのお問い合わせ、誤りのご指摘、掲載をご希望されない場合の削除・修正のご依頼を承ります。権利者やご関係者の方からのお申し出には、内容を確認のうえ、速やかに対応いたします。お問い合わせ先は、準備が整い次第このページに掲載いたします。映像については、各チャンネル側の設定でも表示を停止いただけます。

DREAM

ドリームレース

歴代名馬のオールスターを、選んだ舞台で走らせる夢想レース