名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
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名馬録

この世代(生まれ年)

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ヴァーミリアンのイメージビジュアル
ヴァーミリアンVermilion
Vermilion

ヴァーミリアン

通算成績34戦15勝

獲得賞金116,860万円

生年月日 2002.04.10(平成14年)毛色 黒鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
ヴァーミリアンの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
14 GIジャパンカップダート 阪神 ダ1800 4人気 武豊 1:52.1 上り39.1映像
9 JpnⅠ帝王賞 大井 ダ2000 2人気 福永祐一 2:05.3 上り39.6
1 JpnⅠ川崎記念 川崎 ダ2100 1人気 武豊 2:12.7 上り36.8
2 GI東京大賞典 大井 ダ2000 1人気 武豊 2:05.9 上り36.9
8 GIジャパンカップダート 阪神 ダ1800 2人気 武豊 1:51.1 上り37.6映像
1 JpnⅠJBCクラシック 名古屋 ダ1900 1人気 武豊 2:00.2 上り36.7映像
1 JpnⅠ帝王賞 大井 ダ2000 1人気 武豊 2:03.6 上り36.1
6 GIフェブラリーS 東京 ダ1600 2人気 武豊 1:35.1 上り35.6映像
2 GI東京大賞典 大井 ダ2000 1人気 武豊 2:04.5 上り35.0
3 GIジャパンカップダート 阪神 ダ1800 1人気 岩田康誠 1:49.3 上り36.2映像
1 JpnⅠJBCクラシック 園田 ダ1870 1人気 武豊 1:56.7 上り36.8映像
12 GIドバイワールドカップ アラブ首長国連邦 ダ2000 武豊 映像
1 GIフェブラリーS 東京 ダ1600 1人気 武豊 1:35.3 上り35.9映像
川崎記念 川崎 ダ2100 武豊
1 GI東京大賞典 大井 ダ2000 1人気 武豊 2:03.2 上り36.3
1 GIジャパンカップダート 東京 ダ2100 1人気 武豊 2:06.7 上り36.2映像
1 JpnⅠJBCクラシック 大井 ダ2000 2人気 武豊 2:04.8 上り37.5映像
4 GIドバイワールドカップ アラブ首長国連邦 ダ2000 C.ルメール 2:02.6 映像
1 JpnⅠ川崎記念 川崎 ダ2100 1人気 C.ルメール 2:12.9 上り38.3
1 GII名古屋グランプリ 名古屋 ダ2500 1人気 C.ルメール 2:44.3 上り38.1
4 GIジャパンカップダート 東京 ダ2100 9人気 C.ルメール 2:09.0 上り36.7映像
13 GII東海S 中京 ダ2300 1人気 幸英明 2:28.5 上り41.3
1 GIIダイオライト記念 船橋 ダ2400 1人気 内田博幸 2:34.9 上り38.1
5 GIフェブラリーS 東京 ダ1600 3人気 C.ルメール 1:35.8 上り36.8映像
2 GIII平安S 京都 ダ1800 2人気 武豊 1:50.2 上り35.3
1 GII彩の国浦和記念 浦和 ダ2000 1人気 武豊 2:06.8 上り38.1
1 OPエニフS 京都 ダ1800 3人気 武豊 1:49.7 上り36.8
10 GII神戸新聞杯 阪神 芝2000 8人気 福永祐一 2:01.0 上り37.1映像
12 GII京都新聞杯 京都 芝2200 3人気 吉田稔 2:14.6 上り37.2
12 GI皐月賞 中山 芝2000 7人気 M.デムーロ 2:00.4 上り35.1映像
14 GIIフジTVスプリングS 中山 芝1800 2人気 北村宏司 1:49.6 上り37.1
1 GIIIラジオたんぱ杯2歳S 阪神 芝2000 2人気 武豊 2:03.5 上り33.7
2 OP京都2歳S 京都 芝2000 3人気 武豊 2:04.9 上り33.6
2 OP萩S 京都 芝1800 1人気 武豊 1:48.7 上り35.1
1 2歳新馬 京都 芝1800 2人気 武豊 1:51.8 上り33.8

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
ヴァーミリアンの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
エルコンドルパサーEl Condor PasaKingmamboMr. Prospector
Miesque
サドラーズギャルSaddlers GalSadler's Wells
Glenveagh
スカーレットレディサンデーサイレンスSunday SilenceHalo
Wishing Well
スカーレットローズノーザンテーストNorthern Taste
スカーレットインクScarlet Ink
STORY

旅程 — この馬の物語

2002年生まれの黒鹿毛の牡馬。父エルコンドルパサー、母スカーレットレディ。主な勝ち鞍はジャパンカップダート・東京大賞典競走・フェブラリーS。

たんぱ杯の勝ち馬

2004年10月10日、京都の芝1800メートル。武豊を背にした黒鹿毛は、上がり33秒8の脚で2着に3馬身半をつけて新馬戦を勝った。ノーザンファームの生産で、サンデーレーシングが2400万円・40口で募集した一頭。預けられたのは栗東の石坂正厩舎である。 続く萩ステークスと京都2歳ステークスはいずれも2着。京都2歳ステークスで先着したのはローゼンクロイツだった。年の暮れ、阪神のラジオたんぱ杯2歳ステークスで、そのローゼンクロイツも、シックスセンスも、アドマイヤジャパンもまとめて負かして重賞を勝つ。翌春のクラシックで名前を呼ばれる馬が、四戦で出来上がった。 呼ばれなかった。3月のスプリングステークスは2番人気で14着、直線でまったく伸びなかった。皐月賞は12着。京都新聞杯も12着で、ダービーは断念した。休養を挟んだ秋の神戸新聞杯は10着。四つ続けて二桁の着順である。 皐月賞と神戸新聞杯、その二つで先頭にいたのは同じ馬だった。2002年生まれ——ヴァーミリアンと同期の、ディープインパクトである。

兄が先に見つけていた道

陣営がダートを選んだのは、その血にすでに前例があったからである。 母スカーレットレディは父サンデーサイレンス、16戦して1勝の馬である。その母がスカーレットローズ、さらにその母がスカーレットインク——日本で広く枝を伸ばしたスカーレット一族の元である。祖母スカーレットローズの全妹スカーレットブーケが産んだのが、ダイワメジャーダイワスカーレット、そしてダイワルージュだった。 名は朱色を指す。緋色の母から、朱色の仔。由来は母系の色そのものにある。 その母は、砂で走る仔を続けて産んだ。半兄サカラートは父アフリート、東海ステークス、ブリーダーズゴールドカップ、日本テレビ盃、マーキュリーカップと重賞を四つ勝っている。のちに生まれる半弟も同じで、キングスエンブレム(父ウォーエンブレム)はシリウスステークスを、ソリタリーキング(父キングカメハメハ)は東海ステークスと日本テレビ盃を勝った。芝で四つ続けて負けた三歳の秋、兄が通った道はもうそこにあった。 2005年10月15日、京都のエニフステークス。ダートの初戦を、追いすがるドンクールにハナ差で凌ぐ。11月30日、浦和。生まれて初めて地方競馬場の砂を踏み、2着ハードクリスタルに3馬身をつけた。12月に予定されていた名古屋グランプリは、大雪で開催そのものが中止になった。

主戦のいない年

2006年は、鞍上の定まらない年になった。 1月の平安ステークスは武豊で2着。道中で落鉄しながらの内容だった。2月のフェブラリーステークスでは武豊がカネヒキリに乗り、代わったクリストフ・ルメールで5着。勝ったのはそのカネヒキリである。3月のダイオライト記念でも武豊はタイムパラドックスを選び、船橋の砂で代わりに手綱を取った内田博幸が、前年の覇者パーソナルラッシュに6馬身差をつけて勝った。 5月21日、中京の東海ステークス。単勝1.8倍の1番人気に支持されていた。ところが虫歯でカイバが食べられず、馬体は21キロ減っている。レース中には心房細動を発症し、13頭の最下位に沈んだ。半兄が勝ち、のちに半弟も勝つことになるレースで、この馬だけが最後に入った。目標に置いていた帝王賞は回避し、夏を挟んで長い休養に入る。 復帰は11月のジャパンカップダート。9番人気の低い評価で、勝ったアロンダイトから0秒5差の4着。そのアロンダイトも石坂正の管理馬で、父はやはりエルコンドルパサーだった。12月、前年に雪で流れた名古屋グランプリへ向かい、直線だけで2着に6馬身をつける。地方交流の重賞は、これで三つ続けて勝ったことになった。

川崎と、ナド・アルシバ

2007年の始動は1月31日の川崎記念だった。春のドバイワールドカップを見据えた選択で、鞍上はルメール。前年の覇者で地方の代表格アジュディミツオーとの一騎打ちと見られ、単勝1.7倍の1番人気に推される。 やや出遅れた。すぐに好位へ取り付き、逃げるアジュディミツオーを追い、4コーナーから直線の入口で並びかけると、そこから一気に突き放した。着差は6馬身。2分12秒9は良馬場としては破格の時計で、コースレコードまで0秒1だった。GI/JpnIの初制覇である。 3月31日、ナド・アルシバ。ドバイワールドカップは7頭立てながら、前年のアメリカ年度代表馬インヴァソールと、そのインヴァソールに唯一土をつけていた無敗のディスクリートキャットが並んでいた。厳しい流れを3、4番手で追い、4コーナーまでは互角に見えた。直線で置かれ、勝ったインヴァソールから15馬身差の4着。消耗が激しく、帰国後は長い休養に入る。 戻ってきたのは10月31日、大井のJBCクラシックだった。7か月ぶりの実戦で、鞍上には武豊が帰ってきている。先行して押し切るそれまでの形を捨て、道中は7番手。直線でインを割って抜け出し、2着フリオーソに4馬身をつけた。

東京、二分六秒七

三週間あまりのち、東京競馬場。晴、ダートは良。ジャパンカップダートが東京で行われるのは、この年が最後になる。 ゲートが開くと、エイシンロンバードが前へ出た。ハロンごとの時計が一度も緩まない。前半1000メートルは58秒9——2100メートルを走る競馬の数字ではなかった。 七番の黒鹿毛は中団、それも後ろ寄りにいる。武豊は追わない。向正面に入っても、内で息を入れる馬たちの外を、同じ手応えのまま流していく。 三コーナー。手綱は動かないまま、前との差だけが詰まりはじめる。四コーナーでは、逃げた馬にキャンディデートが並びかけている。前を走っていたその二頭は、そこから最後まで戻ってこない。 直線。内で粘っているのはフィールドルージュだった。その外へ持ち出され、ようやく脚がほどける。並ぶまでが速く、並んでからは差が開いた。ゴール板の上で一馬身四分の一。 時計は2分6秒7。コースレコードだった。その日いちばん速い上がりを使ったのも、この馬である。 石坂正は前の年、アロンダイトでこのレースを勝っている。東京で行われたジャパンカップダートで最後に勝ち名乗りを受けた二頭は、同じ厩舎の、同じ父を持つ馬だった。

三冠の冬と、カネヒキリ

12月29日、大井。不良馬場の東京大賞典を、直線で先頭に立ってから4馬身差に広げて勝った。JBCクラシック、ジャパンカップダート、東京大賞典。秋のダート三冠を同じ年に揃えたのは、この馬が初めてである。この年のJRA賞最優秀ダートホースに選ばれる。 翌2008年は躓きから始まる。1月の川崎記念は、追い切りのあと右飛節炎で熱が出て出走を取り消した。仕切り直しの2月24日、東京のフェブラリーステークス。1600メートルは短いと見られていたが、直線で素早く先頭に並びかけ、ブルーコンコルドに1 3/4馬身。中央のGIはこれで二つ目になった。 3月29日、二度目のドバイワールドカップ。カーリンの勝った年で、12着の最下位に終わる。直前になって、それまで使っていた日本製の蹄鉄の使用を禁じられるという出来事もあった。 秋は園田だった。ダート1870メートルのJBCクラシックでサクセスブロッケンとの叩き合いを制し、1分56秒7のレコードで連覇を決める。 だが12月、阪神へ移ったジャパンカップダートでは、2週間前に京都で落馬負傷した武豊に代わって岩田康誠が乗り、先行するカネヒキリを捉えきれず、さらにメイショウトウコンにもかわされて3着。国内では2年ぶりの黒星だった。武豊が戻った年末の東京大賞典でも、カネヒキリにわずかに届かず2着。暮れに二度、同じ馬の背中を見ている。

大井、園田、名古屋

2009年2月のフェブラリーステークスは、速い流れに乗れず6着。武豊がこの馬に乗って国内で連対を外したのは、これが初めてだった。 6月24日、大井の帝王賞。不良馬場を先行し、直線でフリオーソの追撃を振り切って3馬身。GI/JpnIの7勝目は、テイエムオペラオーらに並ぶ国内最多タイの数字だった。同時に6年連続の重賞勝ちでもある。 そしてこの一勝で、川崎記念、フェブラリーステークス、JBCクラシック、ジャパンカップダート、東京大賞典、帝王賞。ダートの大レースを、六つ勝ち分けたことになった。 11月3日、名古屋。JBCクラシックはラチ沿いに押し込められる苦しい形になり、そこから抜け出してきわどく差し切った。3連覇はアドマイヤドンに次ぐ史上2頭目、そして8勝目は国内最多記録の更新である。三年で、大井、園田、名古屋。同じレースを三度勝つのに、この馬は三つの競馬場を渡り歩いていた。 12月のジャパンカップダートは8着。年末の東京大賞典は、サクセスブロッケンにハナ差の2着だった。

八歳の一月

2010年1月27日、川崎。8歳になっていた。逃げ粘るフリオーソをクビ差で差し切り、時計は2分12秒7。三年前に0秒1だけ届かなかったコースレコードを、自分の脚で書き替えた。 GI/JpnIの9勝目である。この数字は、2016年にホッコータルマエが更新するまで日本の最多だった。2歳のラジオたんぱ杯から数えて7年連続の重賞制覇は、いまも史上最多である。そして頂点を獲った舞台は、川崎、大井、東京、園田、名古屋——五つの競馬場でGI/JpnIを勝った馬は、グレード制が始まってからこの馬が最初だった。 そこから先は短い。6月の帝王賞は福永祐一が乗って9着。12月5日、阪神のジャパンカップダートでは4コーナーの入口からずるずると下がり、ダートでの自己最低となる14着に終わった。勝ったのはトランセンドである。 陣営が協議し、引退が決まった。理由として挙げられたのは、年齢による衰えが隠せなくなった、ということだった。

浦和から、川崎まで

隠せなくなった、という言い方には裏がある。それまでは隠していた、ということだ。2004年から2010年まで、2歳の暮れの阪神から8歳の一月の川崎まで、この馬は7年続けて毎年重賞を勝った。八度の誕生日を跨いで衰えない馬などいない。衰えを抱えたまま、毎年どこかで勝っていたのである。 2010年12月18日、阪神競馬場で引退式が行われ、翌19日に競走馬登録が抹消された。最後の一戦で背にいたのは武豊だった。三十四戦のうち二十一戦でこの馬に乗った男である。二度だけ、同じレースで別の馬を選んでこの背から降り、そのたびに戻ってきた。芝を踏んだのは2005年の神戸新聞杯が最後で、そこから引退までの五年間、この馬が走ったのはすべて砂の上だった。 種牡馬になり、社台スタリオンステーションからブリーダーズ・スタリオン・ステーション、イーストスタッドと移って2017年に退いた。産駒にはフェアリーステークスを勝ったノットフォーマル、東京スプリントとクラスターカップを勝ったリュウノユキナがいる。最後はノーザンホースパークで乗馬として暮らし、2024年9月12日、疝痛のため死んだ。22歳だった。 クラシックで勝ち名乗りを受けることは、ついになかった。代わりにこの馬の名を呼び上げたのは、日本中の砂の競馬場の実況である。同じ2002年生まれのディープインパクトが走った競馬場は、中山、京都、東京、阪神、そしてロンシャン。それだけだった。ヴァーミリアンは浦和へ行き、船橋へ行き、川崎へ行き、大井へ行き、名古屋へ行き、園田へ行った。一月の川崎、十一月の園田、暮れの大井。長い輸送があり、慣れない砂があり、中央のGI馬がわざわざ足を運ぶ理由のない場所ばかりである。そこへ自分から出かけていって、五つの競馬場で先頭でゴール板を過ぎた。 2005年の浦和から2010年の川崎まで、六年続けて、この馬を乗せた馬運車が地方競馬場の門をくぐった。砂の王を見るために、東京や阪神まで出かける必要はなかった。王のほうが、会いに来ていたのである。

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