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ユートピア
通算成績31戦8勝
獲得賞金(海外含む・概算)約5億4,552万円
生年月日 2000.03.01(平成12年)毛色 栗毛性 牡
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | GIIゴドルフィンマイル | アラブ首長国連邦 ダ1600 | 武豊 | 1:35.8 | — | 映像 | ||
| 3 | GIフェブラリーS | 東京 ダ1600 | 11人気 | 安藤勝己 | 1:35.4 | 上り36.7 | 映像 | |
| 5 | GI東京大賞典 | 大井 ダ2000 | 6人気 | 安藤勝己 | 2:04.7 | 上り38.6 | — | |
| 8 | GIジャパンカップダート | 東京 ダ2100 | 8人気 | 安藤勝己 | 2:09.4 | 上り38.2 | 映像 | |
| 2 | GIJBCクラシック | 名古屋 ダ1900 | 5人気 | 安藤勝己 | 2:01.1 | 上り37.4 | 映像 | |
| 1 | GIマイルチャンピオンシップ | 盛岡 ダ1600 | 3人気 | 安藤勝己 | 1:36.7 | — | — | |
| 4 | GI帝王賞 | 大井 ダ2000 | 4人気 | 安藤勝己 | 2:04.5 | 上り38.9 | — | |
| 14 | GI安田記念 | 東京 芝1600 | 14人気 | 安藤勝己 | 1:33.0 | 上り35.3 | 映像 | |
| 4 | GIIIかきつばた記念 | 名古屋 ダ1400 | 1人気 | 安藤勝己 | 1:27.6 | 上り38.4 | — | |
| 3 | GIIIマーチS | 中山 ダ1800 | 3人気 | 安藤勝己 | 1:52.2 | 上り38.1 | — | |
| 15 | GIフェブラリーS | 東京 ダ1600 | 3人気 | 横山典弘 | 1:37.3 | 上り37.6 | 映像 | |
| 2 | GI東京大賞典 | 大井 ダ2000 | 5人気 | 横山典弘 | 2:03.2 | 上り37.5 | — | |
| 6 | GIジャパンカップダート | 東京 ダ2100 | 5人気 | M.デムーロ | 2:09.6 | 上り37.9 | 映像 | |
| 4 | GIJBCクラシック | 大井 ダ2000 | 5人気 | 横山典弘 | 2:03.3 | 上り38.0 | 映像 | |
| 1 | GIマイルチャンピオンシップ | 盛岡 ダ1600 | 2人気 | 横山典弘 | 1:35.9 | — | — | |
| 5 | GIIITV西日本北九州記念 | 小倉 芝1800 | 1人気 | 安藤勝己 | 1:44.5 | 上り35.1 | — | |
| 4 | GI安田記念 | 東京 芝1600 | 10人気 | 四位洋文 | 1:32.9 | 上り35.2 | 映像 | |
| 7 | GIIIダービー卿チャレンジトロフィー | 中山 芝1600 | 2人気 | 四位洋文 | 1:34.1 | 上り36.7 | — | |
| 8 | GIフェブラリーS | 東京 ダ1600 | 2人気 | 四位洋文 | 1:37.5 | 上り36.5 | 映像 | |
| 3 | GIII京都金杯 | 京都 芝1600 | 6人気 | 四位洋文 | 1:33.3 | 上り35.5 | — | |
| 12 | GIジャパンカップダート | 東京 ダ2100 | 3人気 | 武豊 | 2:12.3 | 上り40.4 | 映像 | |
| 10 | GIJBCクラシック | 大井 ダ2000 | 2人気 | 武豊 | 2:07.2 | 上り40.4 | 映像 | |
| 1 | GIダービーグランプリ | 盛岡 ダ2000 | 1人気 | 安藤勝己 | 2:07.6 | — | — | |
| 2 | GIジャパンダートダービー | 大井 ダ2000 | 1人気 | 安藤勝己 | 2:04.9 | 上り38.0 | — | |
| 1 | GIIIユニコーンS | 東京 ダ1600 | 1人気 | 安藤勝己 | 1:35.8 | 上り36.9 | — | |
| 4 | GINHKマイルカップ | 東京 芝1600 | 4人気 | 安藤勝己 | 1:34.6 | 上り35.2 | 映像 | |
| 2 | GIII毎日杯 | 阪神 芝2000 | 5人気 | 武豊 | 2:00.1 | 上り35.8 | — | |
| 1 | GI全日本2歳優駿 | 川崎 ダ1600 | 1人気 | 河内洋 | 1:42.4 | 上り38.8 | — | |
| 1 | OPシクラメンS | 阪神 ダ1400 | 1人気 | 小牧太 | 1:24.5 | 上り37.1 | — | |
| 1 | 2歳新馬 | 京都 ダ1400 | 2人気 | 安藤勝己 | 1:25.8 | 上り37.5 | — | |
| 5 | 2歳新馬 | 京都 芝1400 | 2人気 | 武豊 | 1:24.5 | 上り35.8 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父フォーティナイナーForty Niner | Mr. Prospector | Raise a Native |
| Gold Digger | ||
| File | Tom Rolfe | |
| Continue | ||
| 母ドリームビジョン | ノーザンテーストNorthern Taste | Northern Dancer |
| Lady Victoria | ||
| ハニードリーマーHoney Dreamer | Dewan | |
| ハニーサツクルヴアインHoneysuckle Vine |
旅程 — この馬の物語
2000年生まれの栗毛の牡馬。父フォーティナイナー、母ドリームビジョン。主な勝ち鞍は全日本2歳優駿・ダービーグランプリ・マイルチャンピオンシップ。
素晴らしいが、どこにもない
2000年3月1日、北海道早来町のノーザンファームで栗毛の牡馬が生まれた。父はフォーティナイナー、母はドリームビジョン、その父はノーザンテーストである。 名はユートピア。もとは1516年にトマス・モアがラテン語で書いた本の題で、この本のために作られた言葉だった。ギリシャ語の「ou(ない)」と「topos(場所)」を組み合わせて、どこにもない場所。そこに「eu(良い)」も掛かっていて、素晴らしいが、どこにもない場所、という二重の意味を持つとされる。 母の名を訳せば、夢の光景になる。この牝馬はすでに走る仔を出していた。半兄のアロハドリーム(父クリエイター)は1997年に中京記念と函館記念を勝っている。半姉のメイプルシロップはローズステークスで二着になった。近親には、のちに京王杯2歳ステークスとアーリントンカップを勝つタイセイビジョンがいる。 馬主は金子真人。預けられたのは、栗東の橋口弘次郎厩舎だった。
二つの新馬戦
2002年11月3日、京都競馬場。芝1400メートルの新馬戦で、武豊が乗って二番人気に推された。結果は五着。勝ち馬から1秒3離されている。 二週間後の11月17日、同じ京都で、今度はダート1400メートルの新馬戦に出た。鞍上は笠松の安藤勝己に替わっていた。ここで一変する。二着に1秒5をつけての初勝利だった。 12月8日、阪神のシクラメンステークス。小牧太が乗り、単勝1.1倍に応えて1秒差で勝つ。砂に替えて二戦、どちらも二着との差は一秒を超えていた。 12月25日、川崎競馬場。重馬場の全日本2歳優駿は、中央と地方の二歳馬が集まる統一GIである。一番人気。鞍上は河内洋だった。4馬身突き放して、デビュー四戦目で二歳のダート王になった。 河内は、このとき騎手生活の最後の冬にいた。年が明けた2003年2月13日、調教師試験の合格が発表される。23日が最終騎乗日となり、JRA通算2111勝で鞍を降りた。当時、史上二番目に多い勝ち星である。 同じ2月13日、もう一人の合格も発表されている。安藤勝己の騎手免許試験だった。安藤は同じ23日に免許の交付を受け、3月1日から中央の騎手として乗りはじめる。 この馬に二歳の王座をもたらした男が去った日に、この馬の初勝利を導いた男が中央へ来た。
行かなかった三月
2003年3月、この馬はドバイのUAEダービーに招待された。日本からは、デビュー二連勝中のスシトレインと二頭が選ばれている。スシトレインは早々に辞退し、こちらは行く予定でいた。 ところが渡航の時期が、イラク戦争の開戦と重なる。陣営は直前で出走を取りやめた。三歳の春に一度だけ開いた砂漠への扉は、そこで閉じる。 行き先を変えて、芝のクラシック路線へ向かった。3月29日の毎日杯は阪神の芝2000メートルで、武豊が乗って二着。5月11日のNHKマイルカップは四着だった。勝ったウインクリューガーとの差は0秒4、上がり3ハロン(最後の600メートル)は35秒2だった。芝のGIでも、届く位置では走っていた。 それでも陣営は、砂に戻すことを決めた。6月7日、東京のユニコーンステークス。一番人気に応えて5馬身突き放し、中央の重賞を初めて勝つ。 7月8日、大井のジャパンダートダービー。重馬場の2000メートルで一番人気に推されたが、ビッグウルフにハナ差だけ足りなかった。 9月23日、盛岡のダービーグランプリ。同じビッグウルフを、今度は4馬身ちぎった。三歳のダート路線には、大井と盛岡に二つの頂点がある。片方を取りこぼし、二か月半後にもう片方を取ったことになる。 秋は続かなかった。11月3日、大井のJBCクラシックで十着。11月29日、不良馬場の東京、ジャパンカップダートで十二着。どちらも武豊が乗り、どちらも上がり3ハロンは40秒4だった。三歳の秋に二度、最後の直線で脚が空になっている。
盛岡の十月
四歳になったこの馬を、陣営はもう一度芝に置いた。1月の京都金杯は三着。2月のフェブラリーステークスは二番人気で八着。4月のダービー卿チャレンジトロフィーは七着。6月の安田記念は十番人気ながら四着に食い込み、上がりは35秒2だった。7月の北九州記念は一番人気で五着。 芝を走れないわけではなかった。ただ、勝てなかった。 10月11日、盛岡競馬場。マイルチャンピオンシップ南部杯。稍重のダート1600メートルに、前年この競走を勝ったアドマイヤドンがいた。その年の帝王賞も勝ち、ダート王と呼ばれていた馬である。 1分35秒9。0秒1だけ先に決勝線を過ぎたのは、ユートピアだった。統一GIの三勝目であり、この年の唯一の勝ち鞍になる。鞍上は横山典弘。 11月3日、大井のJBCクラシックでは自分でハナを切って四着。月末のジャパンカップダートは六着。暮れの東京大賞典は、アジュディミツオーの二着だった。 2005年は、勝てない一年になった。2月のフェブラリーステークスは不良馬場の十五着。3月のマーチステークスは三着、5月のかきつばた記念は一番人気で四着。6月の安田記念は十四番人気、着順も十四着。同じ月の帝王賞は四着だった。 10月10日、また盛岡へ来た。三番人気。1分36秒7で、シーキングザダイヤを抑えて勝つ。 南部杯の連覇は、1993年と1994年に岩手のトウケイニセイがやって以来、史上二頭目である。1995年にこの競走が中央の馬に開かれてからは、初めてだった。 2004年10月11日と、2005年10月10日。この二年でこの馬が勝ったのは、その二日だけである。 秋の残りは、若い一頭のものだった。11月、名古屋のJBCクラシックはタイムパラドックスの二着。同じ月、東京のジャパンカップダートを勝ったのは、同じ金子真人オーナーの、二つ年下のカネヒキリである。暮れの東京大賞典にも出走した。主が持つ砂の中心は、静かに次の世代へ移っていた。
三月二十五日、ナド・アルシバ
2006年2月、東京のフェブラリーステークス。十一番人気という低い評価をくつがえして三着に来た。六歳の春に、この馬はまだ走れた。 それが、日本の競馬場で走った最後の一戦になる。 3月25日、ナド・アルシバ競馬場。ゴドルフィンマイルは砂の1600メートルで、十頭が出走した。三年前に渡航を取りやめた、同じ三月の砂漠である。 1番のゲートに入った。鞍上に武豊が戻ってきた。二年余りぶりだった。京都の芝1400メートルで五着に敗れたあの新馬戦、この馬の背にいたのもこの人である。 ゲートが開く。出は良かった。 先頭に立ち、そのままのペースで刻んでいく。 三歳の秋に二度、最後の600メートルで脚を空にした馬である。その馬が、この日は前にいたまま直線を向いた。 先頭は、最後まで替わらなかった。 1分35秒88。二着との差は4馬身あった。 橋口弘次郎は、スタートの良さと、この馬が自分のペースを守れたことを勝因に挙げている。直線の半ばで勝ちを確信し、大声を出した、とも。そして、「日本のために勝ててとても嬉しい」[^1]と言った。 日本で調教された馬が海外のダート重賞を勝ったのは、これが初めてである。
出典:BloodHorse「Utopia Gives Japan Godolphin Mile Win」2006年3月25日配信、https://www.bloodhorse.com/horse-racing/articles/166099/utopia-gives-japan-godolphin-mile-win 、閲覧日:2026年8月2日。
その青が買った
ドバイのこの開催で日本の馬が勝ったのは、二頭目だった。一頭目は2001年3月のステイゴールドで、シーマクラシックをハナ差で制している。そのとき差された二着馬は、袖に水色の輪を一本入れた青い勝負服を着ていた。 同じ夜、同じ厩舎のハーツクライが、そのシーマクラシックを勝つ。日本で調教された馬によるドバイのGI制覇は、これが最初になった。橋口弘次郎は一夜に二つ勝ったことになる。 五週間後の5月2日、その青がこの馬を買った。 シェイク・モハメド率いるゴドルフィンである。移籍金は400万ドル。日本の現役GI馬が海外へ移籍するのは、シーキングザパールに続いて二頭目だった。 ゴドルフィンのジョン・ファーガソンは、こう説明している。「シェイク・モハメドはあの晩、この馬がゴドルフィンマイルを勝つのを見て、強い印象を受けた」[^1]。ゴドルフィンマイルという名の競走を勝ったことが、そのままゴドルフィンに買われる理由になった。同じ談話でファーガソンは先の予定にも触れ、この年のうちにもう一度走らせ、そのあとダーレー・ジャパンで種牡馬にすると語っている。 5月13日、JRAの登録が抹消された。管理はサイード・ビン・スルールへ移る。六年前にニューマーケットのマイケル・スタウト厩舎からファンタスティックライトを受け取った、あの厩舎である。6月に英国へ渡ることになった。 秋、ブリーダーズカップに向かう案は流れた。10月26日、JRAはこの馬をジャパンカップダートの外国招待馬に選んだと発表する。だが11月9日までに辞退が伝えられた。日本の競馬場に戻る話は、ここで消える。 実戦に戻ったのは、移籍が決まってちょうど一年後の2007年5月2日だった。アメリカのウエストチェスターハンデキャップ(G3)を、一年以上の休み明けで勝っている。鞍上はM・ルッツィ。 そこから先は、脚が持たなかった。次に予定していたメトロポリタンハンデキャップは脚の感染症で回避。6月のバードストーンステークスも、前脚の蹄に異常が見つかって取りやめになった。10月のメドウランズカップは六着。11月17日のスタイヴァサントハンデキャップで二着に入り、そこで引退が決まった。
出典:BloodHorse「Godolphin Buys Japanese Star Utopia」2006年5月3日配信、https://www.bloodhorse.com/horse-racing/articles/165463/godolphin-buys-japanese-star-utopia 、閲覧日:2026年8月2日。
使われなかった馬房
2008年から、ニューヨーク州サラトガスプリングズのマクマホン・オブ・サラトガ・サラブレッズで種牡馬になった。初年度の種付料は7500ドル。産駒はアメリカのリステッド競走を勝った。 2014年6月、トルコのブルサ県で牧場を営む人に売られる。預けられたのは、カラジャベイのナショナルスタッドファーム。翌2015年7月6日、トルコで最初の種付けシーズンを終えた直後に、心臓発作で死んだ。十五歳だった。 最初の一回は、そのまま最後の一回になった。そこから生まれた2016年産のなかに、のちに同国のG3競走を勝つクズルテュイがいる。父を見ないまま生まれた仔である。 ダーレー・ジャパンの馬房は、ついに使われなかった。 買われた理由は、あの一晩の一戦である。四百万ドルは走りへの評価であり、同時に、日本を出る切符でもあった。勝ったから、連れて行かれた。 名を訳せば、素晴らしいが、どこにもない場所になる。この馬にとってそれがどこだったかは、はっきりしている。盛岡の十月である。一年に一度だけ、そこで先頭にいた。二度めの十月に決勝線を過ぎたとき、それが日本での最後の勝ち鞍になるとは、まだどこにも書かれていなかった。
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