名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

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ウルトラファンタジーのイメージビジュアル
ウルトラファンタジーUltra Fantasy
Ultra Fantasy

ウルトラファンタジー

通算成績10戦3勝

獲得賞金(海外含む・概算)約11,290万円

生年月日 2002.10.14(平成14年)毛色 鹿毛セン

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
ウルトラファンタジーの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
1 GIスプリンターズS 中山 芝1200 10人気 H.ライ 1:07.4 上り34.1映像
14 GIIIシャティンヴァーズ 香港 芝1200 ライ 1:10.7
1 GIIスプリントC 香港 芝1200 ライ 1:09.8
14 ヴィクトリアRCT 香港 芝1000 0:58.3
4 GIチェアマンズスプリント 香港 芝1200 1:09.5 映像
2 GIケント&カーウェンCSC 香港 芝1000 0:55.5
1 ランタオピークH 香港 芝1200 1:09.5
8 ハッピーバレーT 香港 芝1200 1:09.9
2 チェンシャH 香港 芝1200 1:09.9
2 カイイップH 香港 芝1200 1:09.5

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
ウルトラファンタジーの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
Encosta de LagoFairy KingNorthern Dancer
Fairy Bridge
Shoal CreekStar Way
Rolls
Belle AnglaiseSir IvorSir Gaylord
Attica
English TrifleProtanto
Set Before a King
STORY

旅程 — この馬の物語

2002年生まれの鹿毛のせん馬。父Encosta de Lago、母Belle Anglaise。主な勝ち鞍はスプリンターズS・スプリントC。

極、という一字

2002年10月14日、オーストラリアのエルドンパークスタッドで、Encosta de Lagoを父とする鹿毛が生まれた。母はBelle Anglaise――フランス語で「英国の美女」を指す名を持つ、Sir Ivorの娘である。その母の名はEnglish Trifle。母系には英国の匂いだけが二代続いていた。もっとも、JBISでこの馬と母を同じくする馬として辿れるのは1992年生まれの牝馬Sight(父Luskin Star)ただ一頭で、そこに重賞の記録は載っていない。血統書がこの馬に持たせた看板は、ほとんど無かった。 豪州でこの馬に付けられた名はQuay Lagoといった。父の名と同じLagoを持つ、ありふれた名である。彼はその名で豪州のゲートを出て、大きな勝ち鞍を持たないまま北へ渡り、香港で名前を取り替えられた。 新しい名はUltra Fantasy、漢字で極奇妙。ただし「奇妙(Fantasy)」は馬主・林大輝が自分の持ち馬に用いる冠名のひとつで、この馬のために選ばれた言葉ではない。彼ひとりに与えられた文字は、頭に載った「極」だけだった。 名前の半分は他人のもの。残りの半分は、程度をあらわす一字にすぎない。何の極みなのかは、そのときまだ、どこにも書き込まれていなかった。

二着、二着、八着

2009年11月1日、香港のカイイップハンデキャップで二着。三週間後のチェンシャハンデキャップも二着。年末のハッピーバレートロフィーでは八着に沈んだ。香港のハンデ戦を、勝ったり負けたりしながら渡り歩く馬の成績である。 ただしこれは、彼のキャリアの始まりではない。豪州でゲートを出ていた馬が香港へ渡り、七歳を越えるまで短距離戦を走り続けてきて、それでもまだ、重賞の勝ち鞍はひとつも無い。 年が明けた2010年の元日、ランタオピークハンデキャップで、彼は先頭でゴール板を過ぎた。元日の千二百メートル、ハンデ戦の一勝。一年の初めの、小さな一勝である。

蓮華生輝という一番星

彼を預かっていたのは姚本輝――リッキー・イウという。1957年、当時のイギリス領香港に生まれ、1974/75シーズンに見習騎手としてデビューし、十五勝を挙げて1980年に鞍を降りた。攻馬手から副調教師へ進み、調教師の免許を得たのは1995/96シーズンである。 その厩舎には、世界が名を知る馬がいた。セイクリッドキングダム、漢字で蓮華生輝。2007年と2009年の香港スプリントを制し、香港の最優秀スプリンターに四度選ばれることになる快速馬である。父はEncosta de Lago――ウルトラファンタジーと同じだ。豪州で生まれ、豪州での名を捨てて香港の名を貰ったところまで同じだった。違うのは、片方が一番星で、片方がそうではなかったことだけである。 2010年1月31日、沙田の千メートル戦センテナリースプリントカップ。ウルトラファンタジーは二着に入った。前にいたのはセイクリッドキングダムだった。三週間後のチェアマンズスプリントプライズでは四着。勝ったのは、またセイクリッドキングダムだった。 同じ父を持ち、同じ厩舎に入り、同じ千二百メートルを走って、この年の冬、彼は一番星の背中を二度続けて見ることになった。

五月一日、三年目のカップ

2010年5月1日、沙田のスプリントカップ。香港G2の千二百メートルを、ウルトラファンタジーは先頭で駆け抜けた。八歳の五月にして、初めての重賞である。 このカップは、前の二年をセイクリッドキングダムが連勝していた。つまり姚本輝の厩舎は三年続けて同じカップを持ち帰り、三年目だけ、運んだ馬が替わっていたことになる。 もっとも、彼の走りには波があった。重賞を勝つ三週間前の千メートル戦では十四着。勝った三週間後の重賞でも、また十四着に沈んでいる。走る日と走らない日の落差が、そのまま成績表の凹凸として残った。 そこから四か月あまり、彼は走らなかった。秋、陣営は前哨戦のセントウルステークスを見送り、中山へ直行する道を選ぶ。日本へ渡った香港馬は二頭。評判を集めたのはもう一方、グリーンバーディーだった。セントウルステークスを不利な態勢から二着に追い込み、シンガポールの国際GIも勝っている強豪で、日本の精鋭を押さえて一番人気に支持される。ウルトラファンタジーの評価は、十番人気だった。

一分七秒四

十月三日、中山。晴、芝は良。秋のGIの最初の一鞍に、十六頭が入った。 ゲートが開くと、七番の鹿毛は誰にも断らずに前へ出た。押し出したというより、出たらもう先頭にいた、という速さである。そのまま単独の逃げ馬になった。 道中で一度、鞍上の手が静かになる。息を入れにかかったのだ。ところが三コーナー、外から前年の勝ち馬ローレルゲレイロが馬体を並べてきた。手綱がまた動く。緩めかけた脚を、もう一度前へ押し直す。この緩めて押し直すという一往復が、この日いちばん大事な操作だった。 四コーナーを回るとき、ローレルゲレイロはもう二列目に落ちている。彼はひとりで先頭にいた。後ろの誰も、まだ彼の脇まで来ていない。 直線。中山の千二百メートルは、上り坂で終わる。大外から、春の高松宮記念を勝って短距離王になっていたキンシャサノキセキが伸びてきた。最内からはダッシャーゴーゴーが上がってくる。左右から挟まれる形になったが、挟まれただけで、もまれてはいなかった。陣営はかねて、もまれずに先頭に立てさえすれば粘れる馬だと言っていた。そのとおりになった。 ゴール板の直前で、内の一頭が首を並べた。並ばれてから、ハナだけ残した。時計は一分七秒四。 二位で入線したダッシャーゴーゴーは、直線でサンカルロの進路を妨げたとして四着に降ろされ、二着はキンシャサノキセキになった。だがその裁定は、先頭でゴール板を過ぎた馬には関わりのない話である。名の頭に載っていた「極」の一字に、その一分あまりで、ようやく中身が入った。

飛行機に乗った馬

その日、JRAが出した勝馬の情報には、「初勝利」という言葉が二度出てくる。騎手H.ライ、初勝利。調教師P.イウ、初勝利。日本の競馬でこの二人の名が最初に刻まれた場所が、GIの勝ち馬欄だった。調教師も騎手も馬主も香港の人間という馬が、香港の外の大レースを勝ったのは、これが初めてのことである。当時、八歳での平地GI制覇は前年のカンパニーと並ぶ最年長タイ、香港調教馬によるこのレースの制覇は2005年のサイレントウィットネスに続く二頭目だった。 姚本輝にとって、日本は届かない場所だった。厩舎でデビューさせたフェアリーキングプローンは、転厩したあとで安田記念を勝ち、香港馬として初めて日本のGIを制している――姚本輝の手を離れてから。二年続けて中山を目指したセイクリッドキングダムは、一度はレースの一か月前の骨折で、一度は輸送直前に腹を病んで、飛行機に乗れなかった。そして2010年の秋、彼が実際に機体へ積み込んだのは、その一番星に一月も二月も先着できなかった馬だった。厩舎の序列は、中山の千二百メートルには持ち込まれなかった。姚本輝は2019/20シーズンに香港のチャンピオントレーナーとなり、2023年にはヴォイッジバブルで香港ダービーを勝つ。だが、日本のGIの勝ち馬欄に彼の名が初めて入ったのは、2010年10月3日である。 アレックス・ライが日本の競馬場で初めて手綱を取ったのも、同じ日だった。午前の一鞍は十六番人気、十七頭立ての十五着。午後の一鞍で、彼は一度も前を譲らなかった。

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