名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
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名馬録

この世代(生まれ年)

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ツルマルボーイのイメージビジュアル
ツルマルボーイTsurumaru Boy
Tsurumaru Boy

ツルマルボーイ

通算成績32戦7勝

獲得賞金58,292万円

生年月日 1998.03.05(平成10年)毛色 鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
ツルマルボーイの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
8 GI有馬記念 中山 芝2500 7人気 蛯名正義 2:30.5 上り35.1映像
4 GI天皇賞(秋) 東京 芝2000 3人気 蛯名正義 1:59.3 上り34.5映像
6 GI宝塚記念 阪神 芝2200 4人気 安藤勝己 2:12.3 上り34.5映像
1 GI安田記念 東京 芝1600 6人気 安藤勝己 1:32.6 上り34.0映像
6 GII産経大阪杯 阪神 芝2000 4人気 横山典弘 2:00.1 上り35.0映像
4 GI有馬記念 中山 芝2500 6人気 横山典弘 2:32.2 上り35.2映像
15 GIジャパンカップ 東京 芝2400 9人気 横山典弘 2:31.9 上り38.1映像
2 GI天皇賞(秋) 東京 芝2000 5人気 横山典弘 1:58.2 上り33.1映像
2 GI宝塚記念 阪神 芝2200 8人気 横山典弘 2:12.0 上り35.6映像
2 GII金鯱賞 中京 芝2000 1人気 横山典弘 1:59.0 上り35.1映像
4 GI天皇賞(春) 京都 芝3200 2人気 横山典弘 3:17.3 上り35.7映像
3 GII産経大阪杯 阪神 芝2000 2人気 武豊 1:59.3 上り34.3
11 GI天皇賞(秋) 中山 芝2000 7人気 河内洋 1:59.3 上り34.2映像
2 GII京都大賞典 京都 芝2400 2人気 河内洋 2:24.0 上り34.2映像
2 GI宝塚記念 阪神 芝2200 4人気 河内洋 2:12.9 上り34.5映像
1 GII金鯱賞 中京 芝2000 2人気 横山典弘 1:58.3 上り35.0
1 OPメトロポリタンS 東京 芝2300 4人気 横山典弘 2:20.7 上り35.8
5 GII産経大阪杯 阪神 芝2000 5人気 河内洋 2:00.0 上り34.7
1 GIIIトヨタ賞中京記念 中京 芝2000 3人気 河内洋 1:59.4 上り35.1
3 飛鳥S 京都 芝2000 5人気 河内洋 2:01.1 上り33.8
1 4歳以上1000万下 京都 芝1800 1人気 河内洋 1:48.0 上り34.8
3 クリスマスキャロルH 阪神 芝2200 4人気 松永幹夫 2:13.4 上り35.8
9 3歳以上1000万下 阪神 芝1600 2人気 河内洋 1:35.4 上り35.1
2 3歳以上1000万下 京都 芝1400 4人気 河内洋 1:22.3 上り33.6
1 矢車賞 京都 芝1800 2人気 河内洋 1:46.2 上り33.4
7 君子蘭賞 阪神 芝1600 2人気 高橋亮 1:36.3 上り35.5
6 GIII日刊スポシンザン記念 京都 芝1600 3人気 高橋亮 1:35.8 上り36.6
5 OP報知杯中京3歳S 中京 芝1800 2人気 高橋亮 1:50.1 上り35.6
4 OP京都3歳S 京都 芝1800 3人気 松永幹夫 1:49.2 上り35.7
5 GIIデイリー杯3歳S 京都 芝1600 3人気 松永幹夫 1:35.0 上り35.7
10 GIII小倉3歳S 小倉 芝1200 1人気 高橋亮 1:12.3 上り37.0
1 3歳新馬 小倉 芝1200 3人気 高橋亮 1:10.0 上り35.1

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
ツルマルボーイの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
ダンスインザダークDance in the DarkサンデーサイレンスSunday SilenceHalo
Wishing Well
ダンシングキイNijinsky
Key Partner
ツルマルガールサッカーボーイSoccer BoyディクタスDictus
ダイナサッシュ
エプソムガールアローエクスプレス
ゲシー
STORY

旅程 — この馬の物語

1998年生まれの鹿毛の牡馬。父ダンスインザダーク、母ツルマルガール。主な勝ち鞍は安田記念・トヨタ賞中京記念・金鯱賞。

ガールの初仔

1998年3月5日、北海道沙流郡門別町の浜本牧場で鹿毛の牡馬が生まれた。父はダンスインザダーク、母はツルマルガール。 母もこの牧場の生まれである。1991年生まれの栃栗毛で、馬主は鶴田任男、預けられたのは栗東の橋口弘次郎厩舎だった。14戦5勝。春に優駿牝馬へ出て6着、夏の小倉で古馬を相手に勝ち、秋の朝日チャレンジカップを獲った。生涯で唯一の重賞である。そのとき手綱を握っていたのは武豊だった。母の半弟には、中日新聞杯とカブトヤマ記念を勝ったツルマルガイセンがいる。 父も同じ厩舎の馬だった。ダンスインザダークは1996年の菊花賞馬で、その春の東京優駿ではフサイチコンコルドにクビ差だけ届かず2着に敗れている。菊花賞の翌日に屈腱炎が判明し、8戦5勝で引退した。 父を送り出した厩舎が、母を送り出し、そして生まれてきた仔も預かった。名は母から取られた。ツルマルガールの、初仔だったからである。 2000年7月15日、小倉の芝1200メートル。当時の表記で三歳、いまの数え方なら二歳の夏だった。鞍上は高橋亮。1分10秒0で勝ち上がる。 二戦目は九月の小倉三歳ステークスだった。単勝4.1倍の一番人気に推されたが、重い馬場で十着に終わった。

条件馬の二年

秋はマイルと1800メートルを使った。デイリー杯三歳ステークス五着、京都三歳ステークス四着、中京三歳ステークス五着。年が明けてシンザン記念も六着。上位人気には推される。それでも、先頭には届かない。 2001年、同じ年に生まれた馬たちのクラシックが始まった。皐月賞はアグネスタキオン、東京優駿はジャングルポケット、菊花賞はマンハッタンカフェ。どの出走表にも、この馬の名前は無い。四月の君子蘭賞は七着。五月の矢車賞をようやく勝って、二勝目になった。鞍上は河内洋。上がり三ハロン——最後の六百メートル——を33秒4で走っている。 そこから半年、出走表から名前が消えた。十一月に戻って二着、十二月の阪神マイルで九着、暮れのハンデ戦で三着。 三歳が終わったとき、勝ち鞍は新馬と五百万下がひとつずつだった。

四か月

2002年1月12日、京都の芝1800メートル。1000万下条件を一番人気で勝った。二月の飛鳥ステークスは三着。 三月三日、中京記念。一つ下のクラスに在籍したまま重賞へ出る、格上挑戦だった。斤量は五十三キロ。二着に0秒8の差をつけて、重賞を初めて勝つ。 産経大阪杯は五着。四月、東京の芝2300メートルのメトロポリタンステークスを横山典弘で勝った。二着は前年の優駿牝馬を勝ったレディパステルである。 五月二十五日、中京の金鯱賞。差し切った相手は、二年前に皐月賞と菊花賞を勝ったエアシャカールである。 一月に条件戦を走っていた馬が、五月にはGIIを勝っている。四歳の四か月で、この馬の立つ場所が変わった。

クビ、クビ、一馬身半

六月二十三日、阪神。宝塚記念。GIは初めてだった。十二頭立ての四番人気で、鞍上は河内洋。直線はいちばん外を回って前を捉えにいったが、ダンツフレームにクビ差だけ足りない。 秋は京都大賞典でナリタトップロードの二着。東京競馬場が改修に入り、中山へ移った天皇賞(秋)は十一着に沈んだ。このあと蕁麻疹が出て、そのまま年を越すことになる。 年が明けて五歳。産経大阪杯は武豊で三着、天皇賞(春)は京都の3200メートルで四着、金鯱賞は一番人気に応えられず二着。 六月二十九日、また宝塚記念である。単勝三十倍を超える八番人気だった。直線で外から抜け出したヒシミラクルに馬体を並べ、そのまま押し切られた。またクビ差。 このとき並んだ二頭には、同じ名前が入っている。ヒシミラクルの父はサッカーボーイ。ツルマルボーイの母の父も、サッカーボーイである。一頭の牡馬の仔と孫が、阪神の坂で首の長さだけ離れて走っていた。 十一月二日、府中。天皇賞(秋)。ローエングリンとゴーステディが二頭で飛ばし、前半の千メートルは56秒9になった。この競走の歴史でいちばん速い。ツルマルボーイは上がり33秒1で追い込んだが、コースレコードで抜け出したシンボリクリスエスに一馬身半届かなかった。 四週間後のジャパンカップは重馬場で十五着。その暮れ、全妹のツルマルシスターが現役のまま世を去った。野路菊ステークスを勝った牝馬だった。年末の有馬記念は四着。 GIを七度走って、二着が三度。勝ってはいない。

六月六日、雨

六歳の初戦、産経大阪杯は六着だった。ここで陣営は行き先を変える。天皇賞(春)へは向かわず、安田記念へ入れた。この馬がマイルを走るのは二年半ぶりである。そのあいだ走ってきたのは、1800メートルから3200メートルまでの距離だった。 鞍上も替わった。前年の春から手綱を握ってきた横山典弘ではなく、馬主側の希望で安藤勝己が乗る。安藤がこの馬に跨るのは、この日が初めてだった。前の週、彼はキングカメハメハで東京優駿を勝ったばかりでもある。 六月六日の東京は雨で、芝は稍重になった。橋口弘次郎はその朝の空を見て、これは勝負にならないと思ったという。競馬場へは行かず、そのまま新幹線に乗ってしまおうかと考えた、とのちに冗談めかして話している。厩舎の外で、この人は「泣きの橋口」と呼ばれていた。弱気なことを言うときほど結果がいい、というのがその評判の中身である。 十八頭が入った。ツルマルボーイは六番人気だった。 メジロマイヤーが飛び出す。二百メートル目を10秒4で駆け抜けた。千メートルの通過は57秒5。マイルの流れとしては、速すぎる部類に入る。 ツルマルボーイは、その渦の外にいた。三コーナーで十八頭の十六番目。四コーナーを回っても、まだ十四、五番手である。すぐ隣にはテレグノシスがいた。二年前のNHKマイルカップを勝った馬である。 残り六百メートルからのハロンタイムは、11秒3、11秒6、12秒2。一区間ごとに数字が膨らんでいく。前半で飛ばした馬たちの脚が、坂の下から上がりはじめていた。 府中の直線は五百メートルを超える。坂を上りきってからゴールまで、まだ二百メートルほど残っている。前を行く十数頭を抜くとしたら、そこしかない。 ツルマルボーイの最後の六百メートルは34秒0。同じ区間をレース全体は35秒1で走っている。1秒1の差が、直線一本のあいだに距離へ変わった。 ゴール板を先に過ぎたのは、ツルマルボーイだった。二番目がテレグノシス。差はクビだけである。 八年前、父が東京優駿で失ったのと同じ幅である。今度は、こちらが前にいた。 逃げたメジロマイヤーは最後尾で帰ってきた。一番人気だったローエングリンは五着で、その鞍上は二か月前までこの馬に乗っていた横山典弘である。四着のユートピアは、ツルマルボーイと同じ橋口厩舎の馬だった。 八度目のGIだった。

残りの半年

三週間後の宝塚記念は六着。勝ったのはタップダンスシチーだった。 十月十二日、母ツルマルガールが死んだ。腸炎と肺炎の合併症で、十三歳。その年に五番仔ツルマルオジョウを産んだばかりだった。墓は、生まれた浜本牧場にある。 十九日後、東京の天皇賞(秋)。鞍上は蛯名正義に替わり、三番人気で四着に入った。勝ったのはゼンノロブロイである。暮れの有馬記念は八着。これが最後の一戦になった。 2005年1月5日、登録抹消。32戦7勝。GIの勝ち鞍は、あの雨の一日だけだった。

曳き馬

種牡馬としてアロースタッドに立った。ダンスインザダーク産駒としては最初の後継種牡馬である。初年度の種付けは五十七頭。オープンまで上がった産駒はシャア一頭で、種付け数は年ごとに減り、2008年の繁殖シーズンを最後に種牡馬を退いた。 そこからが長い。ノーザンホースパークで乗用馬になり、2011年からは福島県天栄村で、牧場スタッフが乗馬を習う相手をつとめた。2019年11月、埼玉県本庄市の駿ホースクラブへ移る。翌年から、引退名馬繋養展示事業の助成を受けた。 母の血のほうは続いた。末仔ツルマルオジョウが2018年に産んだウェルドーンが、2021年の関東オークスを勝っている。鞍上は武豊。二十七年前にツルマルガールへ唯一の重賞を運んだのと、同じ騎手だった。 橋口弘次郎は2016年2月に定年で厩舎を閉じている。その二年前、長く届かなかった東京優駿をワンアンドオンリーで勝った。ダンスインザダークがクビ差で取りこぼしたものを、十八年後に手にしたことになる。 三十二回のうち、先頭でゴール板を過ぎたのは七回。GIでは一度きりである。それでもこの馬の名が出るとき、続く言葉はたいてい決まっている。阪神でクビ差、その一年後の阪神でもクビ差、府中で一馬身半。届かなかった幅のほうが、よく覚えられている馬だった。 足りたのは、春の予定表には無かった一日である。二年半も走っていない距離で、雨の府中を十六番手から差し切った。厩舎を預かる男は、その朝、行くのをやめようかと考えていた。 2025年11月24日、この馬は死んだ。二十七歳。晩年は蹄葉炎と馬クッシング病を患っていた。前日から容体が戻らず、関係者は最後の放牧を決めたという。放牧地で二度倒れ、二度とも自分で起き上がった。それから、長く世話をしてきた職員に曳かれて、しばらく歩いた。 先頭ではない。人の、すぐ横だった。

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