名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
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この世代(生まれ年)

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テスタマッタのイメージビジュアル
テスタマッタTesta Matta
Testa Matta

テスタマッタ

通算成績37戦7勝

獲得賞金41,647万円

生年月日 2006.03.19(平成18年)毛色 鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
テスタマッタの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
7 GIII根岸S 東京 ダ1400 11人気 田辺裕信 1:23.7 上り35.4
8 GIジャパンカップダート 阪神 ダ1800 16人気 D.ホワイト 1:51.4 上り37.0映像
4 JpnⅠJBCスプリント 金沢 ダ1400 4人気 川田将雅 1:27.7 上り37.8映像
2 JpnⅡ東京盃 大井 ダ1200 3人気 岩田康誠 1:11.7 上り36.6
5 JpnⅠ帝王賞 大井 ダ2000 6人気 戸崎圭太 2:04.6 上り38.1
1 JpnⅡさきたま杯 浦和 ダ1400 2人気 戸崎圭太 1:27.4 上り37.6
4 JpnⅠかしわ記念 船橋 ダ1600 4人気 戸崎圭太 1:38.3 上り37.3
7 GIフェブラリーS 東京 ダ1600 4人気 岩田康誠 1:35.5 上り35.9映像
6 GIII根岸S 東京 ダ1400 8人気 D.マクドノー 1:24.0 上り35.2
5 JpnⅠJBCクラシック 川崎 ダ2100 4人気 岩田康誠 2:14.8 上り40.8映像
2 JpnⅡブリーダーズゴールドカップ 門別 ダ2000 1人気 岩田康誠 2:03.9 上り39.1
3 JpnⅠ帝王賞 大井 ダ2000 3人気 岩田康誠 2:03.7 上り36.9
3 JpnⅠかしわ記念 船橋 ダ1600 2人気 岩田康誠 1:37.4 上り36.9
1 GIフェブラリーS 東京 ダ1600 7人気 岩田康誠 1:35.4 上り35.7映像
3 GIII根岸S 東京 ダ1400 5人気 岩田康誠 1:23.7 上り35.3
3 GI東京大賞典 大井 ダ2000 4人気 岩田康誠 2:02.2 上り38.4
12 GIジャパンカップダート 阪神 ダ1800 7人気 四位洋文 1:51.6 上り37.9映像
7 GIII東京中日S杯武蔵野S 東京 ダ1600 5人気 F.ベリー 1:35.8 上り35.5
2 OPマリーンS 函館 ダ1700 3人気 四位洋文 1:43.5 上り37.2
7 OP大沼S 函館 ダ1700 1人気 四位洋文 1:45.1 上り37.9
4 GII東海S 京都 ダ1900 4人気 福永祐一 1:54.3 上り35.8
1 GIII被災地支援マーチS 阪神 ダ1800 7人気 四位洋文 1:50.0 上り35.6
3 OP仁川S 阪神 ダ2000 4人気 U.リスポリ 2:04.3 上り37.4
川崎記念 川崎 ダ2100 U.リス
6 JpnⅠマイルチャンピオンシップ 盛岡 ダ1600 2人気 内田博幸 1:36.6 上り36.1
4 JpnⅡ日本テレビ盃 船橋 ダ1800 4人気 内田博幸 1:50.6 上り37.3
2 GIフェブラリーS 東京 ダ1600 5人気 岩田康誠 1:35.3 上り35.5映像
3 JpnⅠ川崎記念 川崎 ダ2100 4人気 岩田康誠 2:13.1 上り36.9
3 JpnⅡ浦和記念 浦和 ダ2000 3人気 C・スミヨン 2:07.9 上り40.4
11 GIII東京中日S杯武蔵野S 東京 ダ1600 4人気 C.スミヨン 1:36.5 上り37.2
1 JpnⅠジャパンダートダービー 大井 ダ2000 4人気 岩田康誠 2:04.5 上り36.8
1 出石特別 阪神 ダ1200 5人気 太宰啓介 1:11.0 上り34.4
1 3歳500万下 東京 ダ1400 7人気 四位洋文 1:22.8 上り34.8
12 3歳500万下 京都 芝1400 8人気 池添謙一 1:21.9 上り34.3
10 3歳500万下 京都 芝1600 7人気 池添謙一 1:36.6 上り34.3
7 はなみずき賞 阪神 芝1800 6人気 上村洋行 1:49.1 上り34.6
4 エリカ賞 阪神 芝2000 3人気 岩田康誠 2:04.0 上り36.5
1 2歳新馬 京都 芝1600 5人気 内田博幸 1:36.1 上り34.6

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
テスタマッタの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
TapitPulpitA.P. Indy
Preach
Tap Your HeelsUnbridled
Ruby Slippers
ディフィカルトConcernBroad Brush
Fara's Team
Wings of JoveNorthern Jove
Regatela
STORY

旅程 — この馬の物語

2006年生まれの鹿毛の牡馬。父Tapit、母ディフィカルト。主な勝ち鞍はジャパンダートダービー・フェブラリーS・さきたま杯。

「クレイジーな頭」― ケンタッキーの鹿毛

2006年3月19日、アメリカ・ケンタッキー州。ウォーターフォードファームで鹿毛の牡馬が生まれた。 父はTapit。2004年のウッドメモリアルステークスを勝った芦毛である。肺の感染症と脚にできた腫瘍に繰り返し邪魔をされ、ケンタッキーダービーは九着、ベルモントステークスは出走を取りやめ、六戦三勝で競走生活を終えた。翌2005年からケンタッキーで種牡馬になり、この2006年生まれが、その最初の世代にあたる。同じ最初の世代には、ブリーダーズカップ・ジュヴェナイルフィリーズを勝ってエクリプス賞に選ばれたスターダムバウンドがいた。父がのちに三年続けて北米のリーディングサイアーに立つことを、このときはまだ誰も知らない。 母はディフィカルト。1999年生まれの黒鹿毛で、父はConcern、母はWings of Jove。アメリカで九戦して一勝。名は英語で「難しい」という意味である。この母からは日米で九頭が競走馬として登録された。三つ下の半弟ダノンクリエーターは、のちに兄と同じ日本の厩舎に入ることになる。 2008年3月、カリフォルニア。バレッツのマーチ・セレクトセールに二歳馬として上場され、六万ドルで落札された。やがてこの馬は海を渡り、日本の馬主・吉田和美の持ち馬として、9月11日付で競走馬登録される。 つけられた名はテスタマッタ。イタリア語で、いい意味での「クレイジー」。語をそのまま置き換えれば「狂った頭」になる。「難しい」という名の母から生まれた仔に、その名がついた。

十四馬房の、最初の一勝

村山明は1971年8月18日、東京都東村山市に生まれた。1990年、競馬学校の六期生として騎手免許を取る。同期に江田照男、浜野谷憲尚。平地と障害の両方に乗り、1994年の中京障害ステークスをキンセンアラシで勝って重賞を初めて手にした。平地の重賞は、2000年の武蔵野ステークスをサンフォードシチーで勝った一つ。中央で三千百八十六回騎乗して二百十八勝。2007年2月20日に鞍を降り、角居勝彦厩舎の調教助手になった。 翌2008年、調教師免許。9月21日付で自分の厩舎を開ける。馬房は十四。9月28日の札幌でコパノオーシャンズを走らせたのが厩舎の初出走で、四着だった。 2008年10月19日、京都の第四競走、二歳新馬、芝千六百。鞍上は内田博幸――この年、大井から中央へ移ってきたばかりの騎手である。単勝は五番人気。十三頭立ての九番手を進み、上がり三十四秒六で差し切った。 村山明の管理馬、初勝利。開業から二十八日後のことだった。厩舎の最初の勝ち馬は、アメリカ生まれの外国産馬で、ゲートを出てから後ろにいた。

芝では、いつも足りなかった

12月14日、阪神の芝二千、エリカ賞。ここで岩田康誠が初めて跨った。三番手をきれいに回って四着。クラシックを狙うには物足りないが、見限る数字でもない。 明けて2009年。4月19日のはなみずき賞は二番手から流れ込んで七着。5月9日の京都、芝千六百で十着。その一週間後の京都、芝千四百では十六頭の最後方から追い込んで十二着。この二戦、上がりはどちらも三十四秒三だった。脚は使えている。それでも前には届かない。 5月31日、東京。ダート千四百。ブリンカーを着けて、初めて砂を走った。重馬場、七番人気。十六頭の十四番手から、上がり三十四秒八で差し切った。手綱は四位洋文。 三週間後の6月20日、阪神の出石特別、ダート千二百。太宰啓介を背に、また十六頭の十四番手から、今度は上がり三十四秒四。二連勝だった。 この馬は最初から後ろから行く馬で、芝で足りなかった脚は、砂の上では足りていた。

同じ勝負服が、二つ ― 大井のダートダービー

2009年7月8日、大井。ジャパンダートダービー、ダート二千。前走の千二百から、距離がいきなり八百メートル延びた。 一番人気はスーニだった。2006年2月10日生まれ、テスタマッタより五週ほど早く生まれたアメリカ産の牡馬である。同じ2008年3月のバレッツ・マーチ・セレクトセールに上場され、十二万ドルで売れた。テスタマッタのちょうど倍の値だ。二頭は同じ2008年9月11日に日本の競走馬として登録され、同じ吉田和美の勝負服を着た。スーニは無敗のまま兵庫ジュニアグランプリと全日本2歳優駿を勝ち、二歳ダート王になっていた。 テスタマッタは四番人気。スーニ、シルクメビウス、ゴールデンチケットと、重賞を勝った馬が三頭、上に並んだ。稍重。鞍上は岩田康誠。 勝ったのはテスタマッタだった。二着シルクメビウスに二馬身。二分四秒五。一番人気のスーニは六着に沈んだ。同じ勝負服の二頭のうち、半分の値で買われたほうが先にゴールしたことになる。 村山明の厩舎にとって、重賞の初勝利であり、GI級の初勝利だった。開業から十か月足らず。厩舎に最初の一勝を運んだ馬が、最初のタイトルも運んできた。 秋。11月7日、東京の武蔵野ステークス。クリストフ・スミヨンを乗せて四番人気に推されたが十一着。11月25日の浦和記念は三着。そのレースのあと、スミヨンが喉の異常を告げた。検査の結果は喉頭蓋エントラップメント。ジャパンカップダートを取りやめ、手術を受けることになった。

二月に折れる

2010年1月27日、川崎記念。喉を切ったあとの初戦で、ヴァーミリアンの三着に走った。 2月21日、東京。フェブラリーステークス。この年の主役はエスポワールシチーだった。前年のかしわ記念、マイルチャンピオンシップ南部杯、ジャパンカップダートを続けて勝ち、単勝一・七倍の断然人気に推されている。 テスタマッタは五番人気。中団の七番手を進み、直線は内を突いて伸びた。二馬身半差の二着。上がり三十五秒五は、勝ったエスポワールシチーの三十五秒六より速い。四歳の二月に、この馬は中央のGIで二着まで来た。 三日後、2月24日。右橈側手根骨の骨折が判明する。 戦列に戻ったのは七か月後、9月23日の船橋・日本テレビ盃で四着。10月11日、盛岡のマイルチャンピオンシップ南部杯は二番人気に推されて六着。そして年が明けた2011年1月26日、川崎記念は疾病のため出走を取り消した。 骨折を挟んだ2010年、ゲートに入れたのは四度だけだった。

三月ではないマーチステークス

2011年3月11日、東日本大震災。この年の春、中山競馬場の開催は組み替えられ、いくつもの重賞が本来の競馬場を離れた。 マーチステークスは1994年に中山のダート千八百へ置かれた重賞で、名前のとおり三月のレースである。だが2011年だけは、4月10日に阪神で行われた。「被災地支援競走」という副称がつき、本馬場入場曲もファンファーレも関西のものが鳴った。この競走が三月以外に施行されたのは、後にも先にもこの一回だけである。 稍重。テスタマッタは五十八キロを背負い、七番人気だった。鞍上は四位洋文。十六頭の十二番手からレースを始め、二つ目の角で八番手、三つ目で四番手まで押し上げ、直線で抜け出す。二着ブラボーデイジーに二馬身半。一分五十秒〇、上がり三十五秒六。 ジャパンダートダービーから一年九か月ぶりの勝利であり、中央の重賞では初めての勝利だった。 夏は函館へ行き、7月2日の大沼ステークスは一番人気で七着、7月17日のマリーンステークスはランフォルセの二着。秋の武蔵野ステークスは七着。 12月4日、阪神のジャパンカップダート。十六頭の最後方から、三コーナーで七番手、四コーナーで六番手まで押し上げたが、直線で止まって十二着。この日、大外の八枠十六番から一気にハナを奪って逃げ切ったのがトランセンドで、この競走の史上初の連覇だった。 12月29日、大井の東京大賞典。逃げるスマートファルコンの二番手につけ、四コーナーで三番手に下がり、そのまま三着で入った。

十六番、十三番手 ― 二〇一二年二月十九日

晴。ダートは良。第二十九回フェブラリーステークス。 一番人気は単勝一・五倍のトランセンドだった。前年のこのレースを逃げ切り、東京へ移された南部杯を勝ち、ジャパンカップダートを連覇し、その先にはドバイがある。連覇と世界制覇が、その鹿毛の前に並んでいた。 テスタマッタは八枠十六番。単勝二十四倍三分の七番人気。折り合いの難しさが課題だと、ずっと言われ続けてきた馬である。 セイクリムズンが飛ばし、トウショウカズンとグランプリボスが続いた。前半の千メートルは五十八秒七。トランセンドは三コーナーまでにじりじりと位置を上げたが、三、四番手までしか行けない。堂々と逃げ切った前年とは、明らかに違う走りだった。エスポワールシチーは五番手に置かれている。 テスタマッタは、十六頭の十三番手にいた。 直線。前を行く馬たちに、中団からワンダーアキュートが迫り、ダノンカモンも加わって、叩き合いは混戦のまま決着がつかない。その外側を、一頭が通った。 上がり三十五秒七。直線半ばで抜け出したテスタマッタは、同じく後方から追い込んできたシルクフォーチュンに二馬身をつけてゴールへ飛び込んだ。一分三十五秒四。ワンダーアキュートが三着、エスポワールシチーが五着、トランセンドが七着だった。 岩田康誠がこのレースを勝ったのは初めてだった。レース後、彼は自分の驚きをこう言い換えている。「まさに『やったまった』という感じ」[^1] 村山明にとっても、JRAのGIはこれが初めてだった。そして村山は、2001年の同じレースに騎手として乗っている。サンフォードシチー、一番人気、四着。あの日いちばん先にゴールしたノボトゥルーの父はBroad Brush――十一年後に自分が勝たせる馬の、母の父の父である。二月の東京は、十一年かけて借りを返しにきた。

出典:日本中央競馬会(JRA)「第29回 フェブラリーS 豪快に追い込んだテスタマッタが砂の王者らを撃破」(文・谷川善久)2012年2月19日、https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/feb/result/feb2012.html 、閲覧日:2026年8月1日。

浦和、一分二十七秒四

2012年、テスタマッタはフェブラリーステークスのあと一度も勝てなかった。5月の船橋・かしわ記念はエスポワールシチーの三着。6月の帝王賞はゴルトブリッツの三着。8月の門別・ブリーダーズゴールドカップは六頭立ての一番人気に推されながら、シビルウォーに六馬身離されて二着。11月の川崎・JBCクラシックは五着。 2013年も、始まりは同じだった。根岸ステークス六着。フェブラリーステークスは十四番手から上がり三十五秒九を使って七着。船橋のかしわ記念は四着。七歳になっていた。 5月29日、浦和。さきたま杯、ダート千四百。一枠一番、鞍上は戸崎圭太。十二頭の最後方から、三コーナーで七番手、四コーナーで二番手まで押し上げ、直線で一番人気セイクリムズンを半馬身だけ差した。一分二十七秒四。 マーチステークスから二年一か月ぶりの勝利であり、生涯七つ目の、そして最後の勝利になった。 その後は帝王賞五着、不良馬場の大井・東京盃でタイセイレジェンドの二着、金沢のJBCスプリントで四着。12月1日、阪神のジャパンカップダートは単勝百九十二倍四分、十六頭の十六番人気だった。それでも十五番手から八着まで押し上げてゴールしている。 岩田康誠は、この馬に通算十三度跨っている。地方から中央へ渡った騎手と、中央と地方を往復し続けた外国産馬の付き合いは、これで終わった。

十日後の、同じレース

2014年2月2日、東京。根岸ステークス。八歳、十一番人気、鞍上は田辺裕信。十六頭の十四番手から上がり三十五秒四を使って七着、勝ったゴールスキーとの差は〇秒三だった。 そのあと、右前繋部の浅屈腱炎が見つかる。2月13日付で競走馬登録が抹消された。 三十七戦七勝。中央二十二戦五勝、地方十五戦二勝。獲得賞金四億一千六百四十七万五千円。 その十日後、2月23日の東京。第三十一回フェブラリーステークス。村山明厩舎のコパノリッキーが、単勝十六番人気で勝った。鞍上は田辺裕信――三週間前に、テスタマッタの最後の一戦で手綱を握っていた男である。厩舎に最初のGIを持ってきた馬が去った直後、同じ厩舎が、同じレースを、同じ騎手で勝った。 テスタマッタは韓国へ渡り、種牡馬になった。2017年に生まれた仔のうち、タッチスターマンが2020年のKRAカップマイルと農林畜産食品部長官杯を、ウアリュンが同じ年のコリアンオークスを勝っている。 村山明は2025年3月4日、五十三歳で調教師を勇退した。開業から十六年半、JRA通算三百勝あまり。コパノリッキーダノンレジェンド、コパノキッキング――あとから来た馬たちが厩舎の看板を大きくしていった。それでも、最初の一勝も、初めての大きなタイトルも、初めてのGIも、全部この馬だった。 「クレイジーな頭」と名づけられた鹿毛は、最後まで後ろから走る馬だった。芝で届かず、砂で届き、喉を切り、骨を折り、それでも三十七回ゲートを出て、七回だけ先頭でゴール板を過ぎた。そのうちの二回は、大井の七月と、東京の二月にあった。

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