名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
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名馬録

この世代(生まれ年)

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タニノギムレットのイメージビジュアル
タニノギムレットTanino Gimlet
Tanino Gimlet

タニノギムレット

通算成績8戦5勝

獲得賞金38,601万円

生年月日 1999.05.04(平成11年)毛色 鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
タニノギムレットの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
1 GI東京優駿 東京 芝2400 1人気 武豊 2:26.2 上り34.7映像
3 GINHKマイルカップ 東京 芝1600 1人気 武豊 1:33.5 上り35.3映像
3 GI皐月賞 中山 芝2000 1人気 四位洋文 1:58.8 上り34.8映像
1 GIIフジTVスプリングS 中山 芝1800 1人気 四位洋文 1:46.9 上り34.5映像
1 GIIIアーリントンC 阪神 芝1600 1人気 武豊 1:33.9 上り34.1
1 GIII日刊スポシンザン記念 京都 芝1600 1人気 武豊 1:34.8 上り34.5映像
1 2歳未勝利 阪神 芝1600 3人気 四位洋文 1:35.6 上り35.2
2 2歳新馬 札幌 ダ1000 1人気 横山典弘 1:00.8 上り36.5

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
タニノギムレットの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
ブライアンズタイムBrian's TimeRobertoHail to Reason
Bramalea
Kelley's DayGraustark
Golden Trail
タニノクリスタルクリスタルパレスCrystal PalaceCaro
Hermieres
タニノシーバードTanino Sea-BirdSea-Bird
Flaxen
STORY

旅程 — この馬の物語

1999年生まれの鹿毛の牡馬。父ブライアンズタイム、母タニノクリスタル。主な勝ち鞍は東京優駿・日刊スポシンザン記念・アーリントンC。

7万ドルの牝馬

1971年11月8日、カントリー牧場の谷水信夫が交通事故で亡くなった。無免許で飲酒運転をしていたライトバンにはねられたのだった。信夫はタニノハローモアとタニノムーティエで東京優駿を2度勝った馬主である。牧場と、黄に水色襷の勝負服と、「タニノ」の冠名を継いだのは、32歳の息子・雄三だった。 雄三は一度、オーナーブリーダー業から退くことも考えている。翻意させたのは、父から引き継いだタニノチカラだった。1973年にこの馬が重賞を勝つのを見て、雄三は残る側に回る。タニノチカラはその年の天皇賞(秋)を勝ち、翌年の有馬記念も制した。 その1973年の11月、雄三は繁殖牝馬を求めてケンタッキーへ渡った。牧場長の西山清一とともに5頭を買い付け、その道すがら、予定になかった仔馬のセリに立ち寄る。そこにシーバードの仔がいた。シーバードは11歳で早世していて、その血はもう増えない。牝馬だとは知らないまま、雄三は札を上げた。競り合いを制して7万ドルだった。 タニノシーバードと名付けられたその牝馬は、アメリカで10戦2勝を挙げ、1975年に静内へ渡ってきた。1983年に産んだタニノスイセイは朝日チャレンジカップと北九州記念を勝つ。そして1988年、クリスタルパレスとの間に生まれた牝馬がタニノクリスタルだった。アネモネステークスを勝って桜花賞とオークスに出走し、6歳まで40戦して3勝した馬である。 そのタニノクリスタルの4度目の相手に、ブライアンズタイムが選ばれた。1999年5月4日、静内のカントリー牧場に鹿毛の牡馬が生まれる。ジンとライムのカクテルの名を借りて、タニノギムレットと呼ばれることになった。

折れた尾

2001年8月5日、札幌のダート1000メートル。横山典弘を背に単勝2.1倍の1番人気に推され、勝ち馬から0.2秒差の2着に敗れた。それがこの馬の最初の一戦になる。 その後、タニノギムレットは尾を骨折する。競走馬としての生涯は、本格的に始まる前に一度終わりかけた。 復帰したのは12月22日、阪神の芝1600メートル。鞍上は四位洋文。2着に7馬身の差をつけて勝った。

松国ローテ ― 1600と2400の設計

栗東の松田国英には、はっきりした考えがあった。3歳のうちに1600メートルと2400メートルという離れた距離のGIで走れば、引退したあとの種牡馬としての価値が上がる。だからNHKマイルカップから東京優駿へ向かわせる。のちに「松国ローテ」と呼ばれる道筋である。前年、松田はクロフネでそれを試していた。NHKマイルカップは勝ち、ダービーは5着だった。 明けて2002年、この馬は重賞へ出ていく。シンザン記念は武豊が乗って勝った。アーリントンカップは単勝1.3倍の支持に3馬身半差で応えた。3月のスプリングステークスでは、負傷で乗れなくなった武豊に代わって四位洋文が手綱を取り、外から伸びてテレグノシスをクビ差で捉えている。 新馬戦のあと4連勝。重賞はいずれも1番人気だった。皐月賞のゲートには、世代の中心として入っていくことになった。

二つの三着

4月14日、中山。単勝2.6倍の1番人気。四位を背にしたタニノギムレットは、4コーナーを14番手あたりで回った。そこから直線で追い上げる。上がり3ハロン(最後の600メートル)は34秒8で、レース全体の上がりより1秒速い。 それでも届かなかった。2着タイガーカフェとはハナ差。勝ち馬とは0.3秒差の3着だった。勝ったのは15番人気のノーリーズンで、1分58秒5は当時の皐月賞レコードである。そしてノーリーズンの父も、ブライアンズタイムだった。同じ父を持つ馬が、先に王冠を持っていったことになる。 20日後のNHKマイルカップには、負傷から戻った武豊が乗った。単勝1.5倍。ところが直線でテレグノシスに斜行され、進路をふさがれる。左右に持ち出しながら追ったが、そのテレグノシスから0.4秒差の3着に終わった。審議は20分以上に及んでいる。 1番人気で二度、3着。GIはまだ一つも勝っていない。ダービーまで、あと中2週しかなかった。

5月26日、坂の下

曇り。芝は良。2枠3番。 ゲートが開いても、武豊は動かなかった。前でサンヴァレーが引っ張り、隊列は縦に長く伸びていく。タニノギムレットはその後ろのほう、13番手のあたりで脚を溜めた。1コーナー、2コーナー。誰も仕掛けない。 向正面でも位置は変わらない。3コーナーを回っても変わらなかった。4コーナーに差しかかったとき、この馬はまだ10番手より後ろにいる。前を行く馬は10頭を超えていた。シンボリクリスエスもそのうちの1頭で、もう先へ動き始めている。 直線に入ると、レース全体が一気に速くなった。残り600メートルからの2ハロンで、ラップは11秒台に落ちた。前の馬たちがそろって加速する。後ろにいる馬が置いていかれるのは、普通ならここだ。 ところが、残り200メートルを切ったところで、その加速が止まった。坂を上りきったばかりの、いちばん苦しい区間である。前を行く馬たちの脚色が、そろって鈍った。 坂の下から、1頭だけ違う速さで上がってくる馬がいた。タニノギムレットである。先に抜け出していたシンボリクリスエスを、ゴールまでに捉えた。差は1馬身。 上がり3ハロンは34秒7。レース全体の上がりより、0.9秒速い。4コーナーで10番手より後ろにいた馬が、府中の直線だけで前の全部を抜いたということである。

9月1日

武豊にとって3度目のダービーだった。ダービーを3度勝った騎手は、それまで日本にいない。松田国英にとっては初めてのダービーだった。そして勝った馬は、この年の秋にはもう走っていない。 ダービーのあと、タニノギムレットは栗東で調整され、やがて北海道浦河の吉澤ステーブルへ送られた。秋に備えて8月25日に栗東へ戻る。ここまでは順調だった。 9月1日、調教のあとに脚が熱を持った。検査の結果は左前浅屈腱炎、全治6か月。秋のシーズンには間に合わない。谷水と松田らが話し合い、復帰までの道のりの長さと、生産地がこの馬の血を待っていることを量りにかけた。9月11日、登録が抹消される。翌年8月、札幌競馬場で引退式が行われた。 8戦5勝。ターフの上にいたのは、2001年8月から2002年5月までの10か月足らずだった。総額13億2000万円、1株2200万円で60株のシンジケートが組まれ、この馬は安平の社台スタリオンステーションへ入る。 1600と2400の両方で走らせるという松田の設計は、そもそも引退したあとのための設計だった。皮肉なことに、その「あと」は、誰が思っていたよりも早く来た。

2枠3番

2007年5月27日、東京競馬場。第74回東京優駿の枠順は、2枠3番だった。5年前に父が引いたのと、同じ枠、同じ馬番である。 そこに入ったのは、牡馬ばかりの中でただ1頭の牝馬だった。ウオッカ。父はタニノギムレット、母はタニノシスター、生産はカントリー牧場、馬主は谷水雄三。ケンタッキーで牝馬とも知らずに競り落とされたタニノシーバードの、曾孫にあたる。桜花賞で2着に敗れたあと、オークスには向かわず、牡馬の中へ来ていた。 鞍上は四位洋文だった。5年前、この馬の父の初勝利とスプリングステークスと皐月賞で手綱を取った、あの四位である。周りが牡馬ばかりで少し入れ込んでいたから折り合いに専念したと、四位はレース後に語っている。 中団の馬群の内で我慢させた。前ではアサクサキングスが粘り、サンツェッペリンが追う。抜け出せずにいる牡馬たちを置き去りにして、ウオッカは残り150メートルで前の2頭をかわし、そこから3馬身まで広げてゴールした。 牝馬の日本ダービー制覇は、1937年のヒサトモ、1943年のクリフジに次ぐ史上3頭目。戦後は初めてで、64年ぶりだった。父仔でのダービー制覇は史上5組目、父と娘では初めてである。四位にとっても、ダービーは初めての勝利だった。 谷水雄三は、これで2度目のダービーオーナーになった。父・信夫のタニノハローモアとタニノムーティエを合わせれば、谷水家は4度、府中の2400メートルを勝ったことになる。雄三はその後も馬を持ち続け、2022年6月、最後の1頭が登録を抹消されて51年目の馬主業を終えた。翌年11月、84歳で亡くなっている。父の急死で引き受けた仕事を、半世紀かけて自分の手で閉じたことになる。 タニノギムレットがGIを勝ったのは、生涯で一度きりだ。それが東京優駿だった。8戦で現役を終えたから、二度目の機会は来なかった。それでもこの馬は、日本ダービーを二度勝っている。一度は自分の脚で、もう一度は娘の脚で。1973年の秋にケンタッキーの競り場で上がった一本の札から続く血は、静内で代を重ねて、同じ坂を二度上りきった。

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