名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。

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スズカフェニックスのイメージビジュアル
スズカフェニックスSuzuka Phoenix
Suzuka Phoenix

スズカフェニックス

通算成績29戦8勝

獲得賞金44,767万円

生年月日 2002.03.29(平成14年)毛色 栗毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
スズカフェニックスの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
8 GIマイルチャンピオンS 京都 芝1600 5人気 安藤勝己 1:33.1 上り34.2映像
4 GII毎日放送賞スワンS 京都 芝1400 1人気 横山典弘 1:20.2 上り34.1
4 GIスプリンターズS 中山 芝1200 4人気 横山典弘 1:08.3 上り33.9映像
8 GIIセントウルS 阪神 芝1200 1人気 武豊 1:07.9 上り33.1
5 GI安田記念 東京 芝1600 4人気 武豊 1:33.4 上り34.1映像
3 GII京王杯スプリングカップ 東京 芝1400 1人気 武豊 1:21.1 上り32.9
3 GI高松宮記念 中京 芝1200 1人気 福永祐一 1:07.3 上り32.7映像
2 GIII阪急杯 阪神 芝1400 1人気 武豊 1:20.7 上り34.2
1 GII阪神カップ 阪神 芝1400 1人気 武豊 1:20.6 上り34.1
3 GIマイルチャンピオンS 京都 芝1600 5人気 武豊 1:32.8 上り33.8映像
9 GIスプリンターズS 中山 芝1200 2人気 武豊 1:10.0 上り36.0映像
5 GI安田記念 東京 芝1600 1人気 武豊 1:32.8 上り34.3映像
1 GI高松宮記念 中京 芝1200 1人気 武豊 1:08.9 上り34.6映像
3 GIII阪急杯 阪神 芝1400 2人気 武豊 1:20.5 上り33.9
1 GIII東京新聞杯 東京 芝1600 1人気 武豊 1:32.7 上り33.3
5 GIII京都金杯 京都 芝1600 5人気 幸英明 1:34.2 上り34.4
3 GIII富士S 東京 芝1600 1人気 武豊 1:32.9 上り33.3
1 夕刊フジ杯大原S 京都 芝1800 1人気 武豊 1:46.1 上り33.6
4 GIII朝日チャレンジカップ 中京 芝2000 2人気 武豊 1:57.6 上り34.0
3 札幌日刊スポーツ杯 札幌 芝1500 1人気 安藤勝己 1:29.0 上り33.4
1 HTB杯 函館 芝2000 1人気 安藤勝己 2:01.5 上り36.5
1 洛南特別 京都 芝1600 1人気 武豊 1:34.4 上り34.7
2 葉山特別 東京 芝1600 2人気 武豊 1:33.9 上り34.3
3 金峰山特別 東京 芝1600 2人気 蛯名正義 1:33.9 上り34.4
3 HTB杯 函館 芝2000 3人気 蛯名正義 2:03.4 上り37.8
1 陸奥湾特別 函館 芝2000 4人気 蛯名正義 2:08.8 上り38.7
1 3歳未勝利 京都 ダ1200 1人気 武豊 1:14.0 上り36.4
2 3歳未勝利 京都 ダ1400 3人気 武豊 1:25.6 上り37.7
9 2歳新馬 京都 ダ1400 1人気 武豊 1:29.5 上り38.7

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
スズカフェニックスの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
サンデーサイレンスSunday SilenceHaloHail to Reason
Cosmah
Wishing WellUnderstanding
Mountain Flower
ローズオブスズカFairy KingNorthern Dancer
Fairy Bridge
Rose of JerichoAlleged
Rose Red
STORY

旅程 — この馬の物語

2002年生まれの栗毛の牡馬。父サンデーサイレンス、母ローズオブスズカ。主な勝ち鞍は高松宮記念・東京新聞杯・阪神C。

平取の栗毛と、二人の伯父

2002年3月29日、北海道沙流郡平取町の稲原牧場で、栗毛の牡馬が生まれた。父はサンデーサイレンス。母はローズオブスズカ――アイルランドで生まれ、海を渡ってきた鹿毛の牝馬である。 この牝馬の一族は、日本の競馬より先に世界を知っていた。ローズオブスズカの半兄ドクターデヴィアスは、1992年にエプソムのダービーステークスを勝っている。全兄シンコウキングは日本へ渡り、1997年、中京競馬場の芝1200メートルで高松宮杯を制した。生まれた仔にとっては、伯父が二人、それぞれ別の大陸の頂に立っていたことになる。 馬主は永井啓弍。冠名は「スズカ」。それに続いたのは、灰から甦る鳥の名だった。緑地に黄の袖、そこへ緑の一本輪――この牧場には、同じ勝負服で走った栗毛の墓がある。1998年の秋、東京競馬場で失われたサイレンススズカのものだ。管理していたのは橋田満、主戦は武豊。生産牧場から厩舎から鞍上まで、四つの名前がそっくり重なる場所に、この仔は生まれ落ちた。そして実際、二十九戦のすべてを橋田満の管理下で走ることになる。 デビューは2004年10月10日、京都のダート1400メートル。鞍上は武豊。単勝1.3倍の1番人気に推されて、9着に敗れた。年が明けて二戦目の未勝利戦で2着、三戦目のダート1200メートルでようやく初勝利を挙げる。ゲートを出るのが速い馬ではなかった。それは最初の一戦から最後の一戦まで、ついに変わらなかった。

距離が縮んでいく

ダートを三戦して勝ち上がったあと、この馬は二度と砂を走らなかった。2005年7月、函館の芝2000メートル・陸奥湾特別を蛯名正義とともに勝ち、同じ夏のHTB杯で3着。そこから秋と冬をまるごと休みに使い、四歳の春に東京へ戻ってくる。 2006年は八戦して三勝した。東京の1600メートルで3着、2着と足踏みし、京都の洛南特別で武豊と抜け出す。夏の函館・HTB杯は安藤勝己が乗って1着、札幌の1500メートルで3着。初の重賞となった中京の朝日チャレンジカップは4着に終わったが、続く京都の大原ステークスを勝ってオープンへ上がった。 勝つ舞台は、少しずつ短くなっていた。2000メートルで二つ、1800メートルで一つ、1600メートルで一つ。数字だけ並べれば中距離馬の履歴だが、走り方はどのレースでも同じだった。後ろで我慢し、直線で外へ持ち出す。秋の富士ステークスでは1番人気に推され、最後方から追い込んで3着。前が壁になるのを待ってから動く馬にとって、届くか届かないかは常に紙一重だった。

代打の五着から

2007年の初戦は京都金杯だった。武豊が騎乗停止で乗れず、代打の手綱を幸英明が取る。5着。 手が戻った東京新聞杯で、この馬は初めてタイトルを獲った。例によって後方に控え、直線で外へ。エアシェイディを捉えて重賞初制覇。続く阪急杯では、エイシンドーバーとプリサイスマシーンが同着で決着する接戦のすぐ後ろ、3着まで押し上げている。 マイルの重賞をひとつ勝ち、1400メートルでも差のない競馬ができる。それでも次に向かった先は、マイルではなかった。この馬が一度も走ったことのない、1200メートルだった。

二〇〇七年三月二十五日、中京

中京競馬場は、この年まだ改修される前だった。平坦で、小回りで、左回り。直線は三百メートル余りしかなく、コーナーは入口で大きく出口で小さくなるスパイラルカーブが、後ろにいる馬を外へ外へと押し出す。 空は晴れていた。芝は雨を吸って重かった。 「1200メートルはこなしてくれるはず。ただしゲートの速い馬ではないので、むしろ心配なのは多頭数をさばけるかどうか」[^1] ――レース前、武豊はそう話していた。十八頭立て。この馬が一度も走ったことのない距離である。 ゲートが開く。案じたほど悪い出方ではなかった。それでもスプリントを走り慣れた馬たちの初速は違う。緑と黄の勝負服は、押されるように十一番手へ収まった。前半の三ハロンは三十三秒台で流れていく。 いつもなら、ここで待つ。四コーナーを回るまで我慢して、それから外へ出す。それがこの馬のレースの始め方だった。 この日は違った。三コーナーの手前で、武豊は馬群の外へ持ち出す。スプリント戦で動くにはまだ早い場所である。重い芝を蹴りながら外を回り、前を行く馬の脇をひとつずつ通り過ぎていく。直線の入口で、五番手。逃げていた馬も、番手にいた馬も、すべて射程の内側に入っていた。 短い直線だった。残り百五十メートルで先頭。ペールギュントとプリサイスマシーンが二着を争って馬体を並べたが、その争いはもう別のレースだった。二馬身半。 初めて走る千二百メートルで、初めて踏む重い芝で、この馬はGIを獲った。武豊にとっては、二十年続けてGIを勝ってきた、その二十年目の一勝でもあった。

出典:日本中央競馬会「第37回 高松宮記念(GⅠ)レース結果」2007年3月25日、https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/takamatsu/result/takamatsu2007.html、閲覧日:2026年8月2日。

王者の背中

デビュー戦の9着を除けば、高松宮記念に臨むまで十五戦続けて着外がなかった。その安定感を買われ、初夏の安田記念では1番人気に支持される。 レースを作ったのはコンゴウリキシオーだった。軽快に飛ばし、直線に入ってもスピードが落ちない。そこへ脚を伸ばしたダイワメジャーがクビ差で捉える。スズカフェニックスはメンバー最速タイの脚で追い上げたが、届かず5着。勝ち馬との差は0.5秒。前が止まらない競馬では、この馬の武器は使いどころを失った。 レース後、この馬は岩手の遠野馬の里へ放牧に出された。秋は毎日王冠から始める予定が変わり、中山のスプリンターズステークスへ。本調子ではないと言われた一戦で9着に沈み、天皇賞(秋)もスワンステークスも見送られる。 立て直して臨んだマイルチャンピオンシップでは、押し切るダイワメジャーの外から鋭く伸びて3着。そして暮れの阪神カップ、最後の直線で前を捉えてこの年三つ目の勝利を挙げた。2着はジョリーダンスだった。八戦して三勝。五歳の一年、この馬は短距離戦線の中心にいた。

ゲートに置いていかれた一年

2008年、初戦の阪急杯は59キロのトップハンデだった。1番人気に応えて追い上げたが、ローレルゲレイロをわずかに捕らえきれずアタマ差の2着。 三月三十日、連覇のかかる高松宮記念。武豊はドバイへ遠征していて乗れず、福永祐一が代わりに跨った。スタート直後につまずいた。鞍上が落馬しかけるほどの出遅れだった。それでも立て直して大外から追い込み、十八頭で最も速い上がり三十二秒七を計時する。届かず3着。勝ったファイングレインは1分7秒1のレースレコード。クビ差の2着キンシャサノキセキから、さらに1馬身1/4後ろだった。 以後もそれが繰り返された。京王杯スプリングカップは1番人気で3着、安田記念は道中十番手から5着。秋のセントウルステークスは1番人気で出遅れて8着。スプリンターズステークスは、武豊が凱旋門賞でメイショウサムソンに騎乗するため横山典弘と組み、ここでも出負けして4着。スワンステークスも1番人気で4着。 八戦して、勝てなかった。末脚はいつも鋭かった。失っていたのはいつも、最初の数完歩だった。

主戦のいないゴール

2008年11月23日、京都のマイルチャンピオンシップ。当日、武豊が落馬して負傷し、手綱を取れなくなった。急遽の代役は安藤勝己――三年前、同じ緑と黄の勝負服をまとったスズカマンボで天皇賞(春)を勝った男である。 またゲートを出られなかった。直線では進路も狭くなった。8着。勝ったのはブルーメンブラットだった。 翌11月24日に引退が発表され、12月4日、競走馬登録が抹消された。29戦8勝。うち19戦の手綱を武豊が取り、八つの勝ち星のうち六つはその手によるものだった。最後の一戦だけが、そこから外れた。

後ろから始める馬

高松宮記念の前、武豊はこの馬の弱点を正確に言い当てていた。ゲートが速くない、だから多頭数をさばけるかどうかが心配だ、と。その心配は最後まで外れなかった。六歳の一年は、ほとんどが最初の一完歩で決まってしまっている。けれどそれは、欠点であると同時にこの馬の走法そのものでもあった。後ろから始める。前が壁になるのを待つ。外へ出す。そこからしか、この馬のレースは始まらなかった。 そして一度だけ、それが完璧に噛み合った日がある。走ったことのない距離、踏んだことのない重い芝で、十一番手から外を回り、三百メートル余りの直線で全部抜いた。十年前、同じ中京の千二百メートルを――当時は高松宮杯といった――勝っていたのが、母の全兄シンコウキングである。母ローズオブスズカが産んだ八頭のうち、GIに届いたのはこの一頭だけである。のちに種牡馬となり、父の名から連想して鳳凰と名づけられた産駒マイネルホウオウが、十番人気の後方からまとめて差し切ってNHKマイルカップを勝った。その勝ち方は、父がやってきたことによく似ていた。 武豊はこの馬に二十九戦中十九回騎乗し、六度勝ち、最後の一戦にだけ間に合わなかった。それでも、この馬を語るのに二十九戦は要らない。中京の一分八秒九で足りる。ゲートで置いていかれた栗毛が、三コーナーの手前で外へ出て、短い直線の途中で先頭に変わる。稲原牧場には、先頭に立ったまま帰ってこなかった栗毛の墓がある。同じ緑と黄をまとったこの馬は、その正反対の道順をたどって、同じ高さの場所へ着いた。

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