名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
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名馬録

この世代(生まれ年)

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サニングデールのイメージビジュアル
サニングデールSunningdale
Sunningdale

サニングデール

通算成績27戦7勝

獲得賞金43,539万円

生年月日 1999.04.01(平成11年)毛色 黒鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
サニングデールの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
7 GI香港スプリント 香港 芝1000 福永祐一 0:57.9 映像
3 GIJBCスプリント 大井 ダ1200 4人気 福永祐一 1:11.1 上り36.4映像
9 GIスプリンターズS 中山 芝1200 1人気 福永祐一 1:11.3 上り36.8映像
3 GIIIセントウルS 阪神 芝1200 2人気 福永祐一 1:08.5 上り33.2
6 GIII函館スプリントS 函館 芝1200 1人気 福永祐一 1:09.8 上り35.7
7 GII京王杯スプリングカップ 東京 芝1400 4人気 福永祐一 1:21.3 上り34.4
1 GI高松宮記念 中京 芝1200 2人気 福永祐一 1:07.9 上り34.2映像
1 GIII阪急杯 阪神 芝1200 3人気 吉田稔 1:08.5 上り33.9
3 GIIIシルクロードS 京都 芝1200 6人気 福永祐一 1:08.7 上り33.4
7 GIIIガーネットS 中山 ダ1200 9人気 勝浦正樹 1:12.3 上り37.8
11 GIICBC賞 中京 芝1200 2人気 池添謙一 1:09.6 上り35.3
12 OPオーロカップ 東京 芝1400 4人気 秋山真一郎 1:22.3 上り34.8
6 GII毎日放送賞スワンS 京都 芝1400 10人気 福永祐一 1:20.9 上り35.0
7 GII京王杯スプリングカップ 東京 芝1400 7人気 福永祐一 1:21.8 上り34.5
2 GI高松宮記念 中京 芝1200 2人気 福永祐一 1:08.3 上り34.5映像
2 GIII阪急杯 阪神 芝1200 3人気 福永祐一 1:08.9 上り34.9
3 GIIIシルクロードS 京都 芝1200 1人気 福永祐一 1:08.9 上り34.1
1 GIICBC賞 中京 芝1200 1人気 池添謙一 1:08.4 上り34.4
2 OP秋風S 中山 芝1200 3人気 勝浦正樹 1:07.1 上り33.6
9 GII毎日放送賞スワンS 京都 芝1400 5人気 福永祐一 1:21.2 上り35.5
8 GIスプリンターズS 新潟 芝1200 4人気 福永祐一 1:09.0 上り34.2映像
1 GIII函館スプリントS 函館 芝1200 3人気 福永祐一 1:10.3 上り36.1
1 GIII中スポ賞ファルコンS 中京 芝1200 2人気 福永祐一 1:08.9 上り34.9
6 OP葵S 京都 芝1400 2人気 福永祐一 1:21.8 上り35.9
1 OP橘S 京都 芝1200 3人気 武豊 1:09.7 上り35.8
2 千両賞 阪神 芝1200 3人気 福永祐一 1:09.4 上り35.2
1 2歳新馬 中京 芝1200 2人気 福永祐一 1:10.0 上り34.8

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
サニングデールの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
ウォーニングWarningKnown FactIn Reality
Tamerett
Slightly DangerousRoberto
Where You Lead
カディザデーKadizadehDarshaanShirley Heights
Delsy
KadissyaBlushing Groom
Kalkeen

引退後・牧場での映像

ゴール板の先の時間
STORY

旅程 — この馬の物語

1999年生まれの黒鹿毛の牡馬。父ウォーニング、母カディザデー。主な勝ち鞍は高松宮記念・中スポ賞ファルコンS・函館スプリントS。

1 ニューマーケットの競り

1992年12月、イギリスのニューマーケット。この地で毎年開かれるディセンバーセールに、北海道からタイヘイ牧場の六郎田靖が来ていた。 狙いはカディザデーという牝馬である。父はダルシャーン、母の父はブラッシンググルーム。アイルランドとイギリスで5戦して、勝ち星はない。値打ちは走った記録の側にはなかった。母カディッシャの仔には、1988年のイギリスダービーとアイリッシュダービーを続けて勝ったカヤージがいる。カディザデーはその半妹だった。しかも、初仔をサドラーズウェルズで宿したまま競りに出ていた。 競り合った相手はシェイク・モハメドだった。六郎田はそれを振り切り、日本円でおよそ5000万円で落札する。 タイヘイ牧場は古い。1936年、青森県八戸市で大川義雄が興した牧場である。大川財閥を築いた父・大川平三郎の名から一字ずつ取って「大平(タイヘイ)牧場」と名乗り、のちにカタカナになった。戦後の財閥解体で大川家が競走馬生産から退くと、牧場長の六郎田雅喜が買い取って続ける。1970年、その雅喜が急死した。牧場は29歳の息子・靖のものになる。靖は生産の中心が北海道へ移るのを見て取り、1973年に荻伏村へ出て、1989年には静内に分場を置いた。海外から繁殖牝馬を入れはじめたのも、その延長にある。 カディザデーは翌1993年に日本へ渡り、その年から1997年まで、5年つづけて仔を産んだ。5番仔まで、生まれてくるのは牝馬ばかりだった。1997年の種付けは実らず、初めて空胎の年になる。翌1998年、六郎田は初めてウォーニングを配した。今度こそ牡を、と願いながらの配合だったという。 1999年4月1日、静内の分場で黒鹿毛の牡馬が生まれた。6番仔にして、初めての牡である。体は大きくない。ただ形が良く、遠くから放牧地を眺めても、六郎田にはその1頭がすぐ分かったという。

2 バークシャーの名前

その年の7月、日高軽種馬農業協同組合が開くセレクト市場の当歳部門に、この黒鹿毛が上場された。落札額は税抜き5500万円。その競りの最高値である。 買ったのは後藤繁樹だった。愛知県の生まれで、名古屋に本社を置く運送会社の社長である。1974年ごろに名古屋競馬で馬主になり、1982年に中央の資格を取った。馬主歴はおよそ30年。GIはまだ一つも勝っていない。 馬は栗東の瀬戸口勉に預けられた。11年前、笠松から中央へ移ってきたオグリキャップを預かった調教師である。 名前は後藤がつけた。サニングデール。イングランド南部、バークシャーの村にある1900年創設のゴルフ場の名である。後藤の趣味はゴルフで、そのコースは瀬戸口と一緒に回った場所だった。ついでに書いておくと、その日の後藤のスコアは芳しくなかったらしい。 名はイギリスから来たが、血のほうがもっと変わっていた。父ウォーニングはイギリスのマイラーで、サセックスステークスとクイーンエリザベス2世ステークスを勝っている。その父系を遡ると、ノウンファクト、インリアリティ、マンノウォー、マッチェムと続き、最後にゴドルフィンアラビアンへ行き着く。サラブレッドの三大始祖のうち、ダーレーアラビアンの系統が世界の9割を占め、バイアリータークが1割弱。ゴドルフィンアラビアンの系統は、残る1パーセントほどしかない。中央競馬でこの父系のGI級競走を勝った馬は、1976年の日本ダービーを制したクライムカイザーを最後に、20年以上出ていなかった。 血の巡り合わせは、もう一つある。ウォーニングの母スライトリーデンジャラスはイギリスオークスの2着馬で、のちに1993年のイギリスダービー馬コマンダーインチーフを産んだ。父方にダービー馬、母方にダービー馬。それでいて、この黒鹿毛が走ることになるのは、ほとんど1200メートルだった。 父ウォーニングは、この仔が1歳の暮れ、2000年12月に急性心不全で死んでいる。 2001年11月25日、中京、芝1200メートルの新馬戦。福永祐一が乗り、逃げ切って勝った。

3 逃げるのをやめる

2戦目の千両賞は2番手から2着。そこから4か月あいて、2002年4月の橘ステークスは武豊が乗った。逃げて、2馬身半差で勝つ。次の葵ステークスは初めての1400メートルで、やはり逃げて、捕まって6着だった。 ここまで、この馬の勝ち方は一つしかない。前へ行って、止まらない。それだけである。 福永はそれでは先がないと考えていた。単なる逃げ馬にはしたくない。6月9日、中京のファルコンステークスで、福永は初めてこの馬を控えさせた。18頭立ての2番人気。前が競り合って流れが速くなり、直線で外へ持ち出すと、垂れてくる先行勢をまとめてかわした。1馬身1/4差。重賞初勝利は、この馬が初めて差した競馬でもあった。 3週間後の函館スプリントステークスは、初めての長距離輸送で、初めて古馬と走る一戦になる。1番人気は単勝1.2倍のショウナンカンプ。高松宮記念を勝った直後の4歳馬だった。サニングデールは3番人気で、斤量は4キロ軽い。ショウナンカンプが速い流れをつくり、直線でその脚が鈍る。中団から外に出した3歳馬が先頭に立ち、追い込んできた古馬2頭を1馬身3/4抑えた。9回目のこのレースで、3歳馬の優勝は初めてである。福永にとっては、函館競馬場での最初の勝利でもあった。 その日、後藤は札幌でゴルフをしていて、勝ち星に立ち会っていない。あとで瀬戸口に叱られたという。 秋。新潟のスプリンターズステークスで初めてGIに出て、ビリーヴの8着。1400メートルのスワンステークスは9着。11月の秋風ステークスは勝浦正樹が乗り、ハナ差の2着だった。 12月15日のCBC賞は池添謙一である。1番人気。好位の内でじっと我慢し、直線でいちばん内側から抜け出した。外から迫られながら、半馬身だけ先にゴール板を通る。 3歳の一年で重賞を3つ勝った。そのうち逃げて勝ったものは、一つもない。

4 勝てない一年

2003年はシルクロードステークスから始まった。1番人気に推され、中団から外を追い込んで3着。3月2日の阪急杯では、ショウナンカンプが逃げて独走する。サニングデールは2番手から追いかけたが、並びかけることさえできない。後ろから来たアグネスソニックをクビ差で凌いで、2着だった。 3月30日、高松宮記念。ショウナンカンプが単勝1倍台の1番人気、ビリーヴが3番人気で、その間に割って入る2番人気がサニングデールだった。ただし枠は大外の18番である。 好スタートから前めにつけた。ショウナンカンプが逃げ、ビリーヴがすぐ後ろを進む。直線でその2頭が並び、ビリーヴが抜け出した。サニングデールは外から追い上げ、残り50メートルでショウナンカンプを捉える。届いたのは、そこまでだった。1馬身。 そのあと陣営は、また距離を延ばした。京王杯スプリングカップ7着、スワンステークス6着、オーロカップ12着。1400メートルでは走らないという答えが、三度出たことになる。秋のスプリンターズステークスは夏からの立ち上がりが遅れて間に合わず、出走できていない。暮れのCBC賞は池添が戻って2番人気に推されたが、11着だった。 一年走って、一度も勝てなかった。

5 代打

2004年の初戦は、中山のダート1200メートル、ガーネットステークスだった。9番人気の7着。芝に戻した2月のシルクロードステークスは、6番人気で3着に来る。前の年の高松宮記念以来、久しぶりに上位で走った。 2月29日の阪急杯は、鞍上が吉田稔に替わった。愛知県競馬組合の名古屋所属で、地方に籍を置いたまま中央でも乗り続けてきた騎手である。中央の重賞は、愛知杯を2年つづけて勝った2つだけだった。 逃げたギャラントアローは早めに苦しくなる。直線で先に抜け出したのはシーイズトウショウだった。サニングデールは中団から、テンシノキセキとキーンランドスワンの間へ入り、そこを割って伸びる。ゴールの手前で並びかけ、アタマ差だけ前に出た。 1年2か月ぶりの勝利である。JRAの芝の短距離重賞は、これで4勝目になった。サクラバクシンオー、マサラッキ、トロットスター、ビリーヴと並ぶ、当時の最多タイである。 高松宮記念まで4週間。その途中の3月20日に、後藤の母・富子が90歳で亡くなった。福永は北海道での告別式に出て、墓にも参っている。

6 中京、3月28日

晴れ。芝は良。18頭が中京のゲートに入った。サニングデールの枠は、内から3つ目である。前の年、この馬は大外を引いて、ビリーヴに1馬身足りなかった。 1番人気はデュランダルだった。前の秋にスプリンターズステークスとマイルチャンピオンシップを続けて勝ち、短距離の頂点に立った同期である。ただしこの馬は、最後方から大外を回って差してくる。改修前の中京は小回りで、直線が短い。デュランダルの陣営は、そこを不安に挙げていた。サニングデールは、その不安の受け皿として2番人気に支持されている。 ゲートが開くと、ギャラントアローが前へ出た。最初の600メートルが32秒9。前の年のこのレースと、ちょうど同じ数字である。 サニングデールは動かない。3コーナーを回るとき、前には10頭がいた。4コーナーを回っても、前にいるのは同じ10頭だった。18頭の11番手のまま、内でじっとしている。 その代わりに、横へ動いた。最終コーナーへ向かうところで、福永は馬を内から外へ出している。前に取りつくためではない。直線を向いたときに前が壁にならない場所へ、先に移しておくためだった。 直線。速く行った先行勢の脚が、そこで一斉に上がった。粘っているのは、逃げたギャラントアローだけである。福永が追い出す。外へ出した馬体が、垂れてくる馬を一頭ずつ抜いていった。 半ばを過ぎて、ようやく末脚が利いた。ギャラントアローを捉え、先頭に立つ。中京の直線は短い。あとは、ゴール板まで持たせればいい。 そこへ、いちばん外からデュランダルが来た。3コーナーでも4コーナーでも、18頭の後ろから2頭目にいた馬である。決勝線の手前で、2頭はほとんど並んだ。 クビ。1分7秒9。 前に出ていたのは、サニングデールだった。

7 1番人気で、9着

この一勝で、いくつかのことが同時に起きた。芝の短距離重賞は5つ目になり、当時としては単独の最多記録である。父系を遡ってゴドルフィンアラビアンへ行き着く馬が中央のGI級競走を勝つのは、1976年のクライムカイザー以来、28年ぶりである。福永祐一はそれまでJRAのGIを4つ勝っていたが、4つとも2歳戦か3歳牝馬の一戦だった。古馬のGIを勝つのは、これが初めてになる。瀬戸口勉にとっては、1988年にオグリキャップで勝って以来、二度目のこのレースだった。当時の名は高松宮杯といい、距離は2000メートルである。レースのあと後藤は、悪いこともあればいいこともあるものだ、と言っている。 春はまた1400メートルの京王杯スプリングカップに出て7着。函館スプリントステークスは1番人気で6着だった。夏は函館に滞在し、9月のセントウルステークスを3着で叩いて、10月3日のスプリンターズステークスへ向かう。単勝3.3倍の1番人気。枠は高松宮記念と同じ、内から3つ目である。 この日、サニングデールは内を選んだ。デュランダルは例によって外へ回っている。ところが内の前方は馬が詰まったままで、直線で割る隙間が開かなかった。下がってくる馬に道をふさがれ、そのうしろでもがいて9着。春と秋のスプリントGIを両方獲る目は、そこで消えた。 勝ったのはカルストンライトオである。父はウォーニング。サニングデールと同じ、1パーセントの父系の馬だった。 11月のJBCスプリントは大井のダートで3着。12月には香港へ渡り、シャティンの1000メートルで、サイレントウィットネスから7馬身離された7着に終わる。 その年のJRA賞、最優秀短距離馬の投票でサニングデールに入ったのは、285票のうち10票だった。249票はデュランダルに集まっている。春のGIを勝ったのはサニングデールで、その年の短距離王に選ばれたのはデュランダルだった。 2005年1月14日、競走馬の登録を抹消。北海道と青森の種馬場を行き来しながら、17年にわたって種牡馬を務めた。血統登録された産駒は81頭。そのうちサンサンヒカリが2009年の北斗盃を勝っている。2021年10月、用途変更となって種牡馬を退いた。

8 器用に立ち回った馬

中京でクビ差に敗れたあと、池添謙一は、いちばん強いのは自分の馬だと言った。器用に立ち回った馬が勝っただけで、力で負けたのではない、と。負けた騎手の言い分である。そして票を数えれば、世間はその言い分に同意していた。 けれど、器用に立ち回る、というのは、この馬にとっては褒め言葉でしかない。新馬戦も橘ステークスも、サニングデールは逃げて勝っている。逃げれば勝てるうちは、それでよかった。1400メートルで逃げて捕まったあと、福永はこの馬を逃げ馬のままにしておかないと決めた。その形でGIに届くまでには、ファルコンステークスから高松宮記念まで、2年近くかかっている。器用さは生まれつきのものではない。あとから覚えたものだった。 しかも、その器用さを最初に鞍の上から使ってみせたのは、池添自身である。2002年のCBC賞。好位の内で我慢して、直線でいちばん内側から抜け出したあの競馬を、池添はこの馬の背で勝っている。 福永祐一は、2018年にワグネリアンでダービーを勝った。2023年2月で騎手をやめ、翌日付で調教師の免許を受けている。馬に何かを覚えさせる側へ、そのまま回ったことになる。 改修前の中京の直線は、314メートルしかなかった。長い脚を持つ馬には短すぎ、うまく立ち回る馬にはちょうどよかった。サニングデールが挙げた7つの勝ち星のうち、4つはこの314メートルの先にある。新馬戦も、初めての重賞も、暮れのCBC賞も、そしてGIも。 うまく走るということを、この黒鹿毛は最初から知っていたわけではない。教わって、覚えた。そして覚えたことのすべてを、その短い直線の、最後の一完歩まで使い切った。

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