名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
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名馬録

この世代(生まれ年)

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スターキングマンのイメージビジュアル
スターキングマンStar King Man
Star King Man

スターキングマン

通算成績42戦7勝

獲得賞金4967万円

生年月日 1999.04.14(平成11年)毛色 栗毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
スターキングマンの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
5 GIII白山大賞典 金沢 ダ2100 3人気 武豊 2:18.1
2 GII日本テレビ盃 船橋 ダ1800 3人気 岩田康誠 1:51.7 上り37.5
10 OPしらかばS 札幌 ダ1700 4人気 武豊 1:45.9 上り37.3
5 GIIIマーキュリーカップ 盛岡 ダ2000 1人気 武豊 2:08.1
7 GIドバイワールドカップ アラブ首長国連邦 ダ2000 O.ペリエ 映像
13 GIフェブラリーS 東京 ダ1600 13人気 柴山雄一 1:36.6 上り36.8映像
10 GI東京大賞典 大井 ダ2000 5人気 赤木高太郎 2:05.6 上り38.8
3 GIジャパンカップダート 東京 ダ2100 13人気 K.デザーモ 2:08.0 上り36.1映像
3 GIII白山大賞典 金沢 ダ2100 2人気 武豊 2:17.8
4 GII日本テレビ盃 船橋 ダ1800 5人気 武豊 1:53.8 上り39.3
2 GIIIマーキュリーカップ 盛岡 ダ2000 3人気 武豊 2:07.0
9 GI帝王賞 大井 ダ2000 3人気 K.デザーモ 2:06.0 上り39.9
2 GII東海S 中京 ダ2300 9人気 赤木高太郎 2:23.7 上り36.8
9 GIIIアンタレスS 京都 ダ1800 11人気 岩田康誠 1:50.5 上り35.8
11 GIIIマーチS 中山 ダ1800 13人気 吉田豊 1:53.8 上り38.7
6 GI帝王賞 大井 ダ2000 3人気 武豊 2:05.4 上り37.6
5 GIIかしわ記念 船橋 ダ1600 1人気 武豊 1:40.2 上り38.2
2 GI川崎記念 川崎 ダ2100 1人気 武豊 2:13.6 上り38.5
1 GI東京大賞典 大井 ダ2000 2人気 武豊 2:03.7 上り38.6
4 GIジャパンカップダート 東京 ダ2100 5人気 V.エスピノーザ 2:10.1 上り38.9映像
2 GIJBCクラシック 大井 ダ2000 6人気 O.ペリエ 2:04.9 上り38.0映像
3 GIマイルチャンピオンシップ 盛岡 ダ1600 3人気 武豊 1:36.2
1 GII日本テレビ盃 船橋 ダ1800 2人気 武豊 1:51.4 上り36.8
2 GIIIクラスターカップ 盛岡 ダ1200 1人気 武豊 1:11.0
9 GIIIプロキオンS 阪神 ダ1400 2人気 村田一誠 1:24.0 上り37.5
1 OP欅S 東京 ダ1400 1人気 村田一誠 1:23.8 上り36.6
1 OPサウジアラビアC 東京 ダ1600 6人気 村田一誠 1:36.6 上り35.9
6 OP京葉S 中山 ダ1200 4人気 村田一誠 1:11.8 上り36.3
3 OPコーラルS 阪神 ダ1400 12人気 村田一誠 1:22.4 上り35.5
8 OPすばるS 京都 ダ1400 7人気 村田一誠 1:25.9 上り37.7
8 GIII根岸S 中山 ダ1200 11人気 村田一誠 1:11.0 上り36.7
3 GIIIガーネットS 中山 ダ1200 15人気 村田一誠 1:11.3 上り36.8
8 OP師走S 中山 ダ1800 10人気 村田一誠 1:55.1 上り39.1
12 OPトパーズS 京都 ダ1800 8人気 四位洋文 1:54.1 上り39.0
10 GIマイルチャンピオンシップ 盛岡 ダ1600 7人気 四位洋文 1:40.9
2 GIダービーグランプリ 盛岡 ダ2000 5人気 菅原勲 2:09.7
10 GIIIエルムS 札幌 ダ1700 7人気 四位洋文 1:45.3 上り38.7
1 東京カップけやき賞 盛岡 ダ1800 3人気 蛯名正義 1:54.8
1 蘇水峡特別 笠松 ダ1400 1人気 安藤勝己 1:26.6
1 3歳未勝利 小倉 ダ1700 1人気 安藤勝己 1:47.8 上り38.7
6 3歳新馬 阪神 芝2200 6人気 吉田稔 2:17.5 上り36.6
2 3歳新馬 阪神 ダ1800 3人気 O.ペリエ 1:56.5 上り38.2

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
スターキングマンの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
KingmamboMr. ProspectorRaise a Native
Gold Digger
MiesqueNureyev
Pasadoble
Princesse TimideBlushing GroomRed God
Runaway Bride
Rigid PrincessNever Bend
Crowned Queen
STORY

旅程 — この馬の物語

1999年生まれの栗毛の牡馬。父Kingmambo、母Princesse Timide。主な勝ち鞍は東京大賞典。

星を散らした服

1999年4月14日、アメリカで生まれた。生産者はジョン・R・ゲインズの会社である。レキシントンにゲインズウェイファームを興し、ブリーダーズカップの創設者と目される人物だった。母プリンセスティミドの父ブラッシンググルームは、その牧場で長く種牡馬をつとめた馬である。 父はキングマンボ。その母は、マイルの名牝ミエスクだった。 海を渡り、栗東の森秀行厩舎に入る。勝負服は黒地に白い星を散らしたもので、名にも星が入っていた。 2002年2月24日、阪神のダート1800メートルの新馬戦でデビューする。鞍上はペリエ。三番人気で、ラビメントの二着だった。 三週間後、同じ阪神でもう一度新馬戦に出た。今度は芝の2200メートルで、六着。芝を走ったのは、生涯でこの一度きりである。残る四十戦は、すべて砂の上だった。 そこから四か月、この馬の名前は出馬表になかった。

二十四日間

7月13日、小倉のダート1700メートル、三歳未勝利。鞍上は安藤勝己。このころの安藤はまだ笠松の騎手で、中央へは招かれて乗りに来ていた。一番人気に応え、二着に1秒5の差をつけて初めて勝つ。 十日後、笠松の蘇水峡特別に出走した。安藤の地元である。単勝1.2倍。二着との差は1秒あった。 さらに十三日後、盛岡の東京カップけやき賞。不良馬場の1800メートルを、蛯名正義を背に三番人気で勝った。 7月13日から8月5日までの二十四日間で、三つの競馬場を回り、三つ勝ったことになる。中央、笠松、盛岡。この馬の一生の形は、たぶんここで決まった。 管理する森秀行は、機会があればどこへでも馬を送る調教師である。香港で勝ったころ、賞金という切り口で国際化を論じている。中央競馬の枠の中にいる限り、決められた額の山を大勢で奪い合っているにすぎない。「その枠組みから外に飛び出していけば、〝山〟はひとつではない」[^1]。森の言う山には、海外だけでなく地方競馬も入っていた。 8月31日、札幌のエルムステークス。初めての重賞は十着に終わる。 9月23日、盛岡のダービーグランプリ。手綱は岩手の菅原勲に渡った。トウケイニセイやメイセイオペラを託されてきた、地元の名手である。五番人気で二着に押し上げたが、勝ったゴールドアリュールは十馬身先にいた。 10月のマイルチャンピオンシップ南部杯は十着、11月のトパーズステークスは十二着、12月の師走ステークスは八着。夏の三連勝が、少しずつ遠ざかっていく。

出典:『優駿』1996年2月号 pp.35-39(日本中央競馬会)。フリー百科事典『ウィキペディア』「森秀行」経由で確認、https://ja.wikipedia.org/wiki/森秀行 、閲覧日:2026年8月2日。

千二百の冬

その師走ステークスから、村田一誠が手綱を取るようになる。美浦の若手で、このとき二十三歳。JRAの重賞はまだ勝っていなかった。 この組み合わせで、九戦を走ることになる。 2003年1月12日、中山のガーネットステークス。ダート1200メートル。単勝201.5倍の十五番人気で、三着に飛び込んだ。2月の根岸ステークスは八着、すばるステークスも八着。4月のコーラルステークスは、不良馬場を十二番人気で三着している。 人気を落とした短い距離のレースで、二度、三着に来た。そういう冬だった。 5月11日、東京のサウジアラビアロイヤルカップ。ダート1600メートル、六番人気。二着に0.7秒の差をつけて、九か月ぶりに勝った。その二着がタイムパラドックス。のちに帝王賞とジャパンカップダートを勝つ馬である。 二十日後、同じ東京の欅ステークス。不良馬場の1400メートルを一番人気で勝ち、時計は1分23秒8。レコードだった。 6月22日、阪神のプロキオンステークスは二番人気で九着。村田がこの馬に乗ったのは、これが最後になる。 その村田がJRAの重賞を初めて勝つのは、四年後の2007年、根岸ステークスでのことだった。デビュー十一年目、重賞百二十七回目の騎乗である。四年前、この馬と組んで八着に敗れたレースだった。

十か月で八百メートル

8月15日、盛岡のクラスターカップから武豊が乗る。ダート1200メートルの一番人気で、ディバインシルバーの二着。 9月15日、船橋の日本テレビ盃。距離は1800メートルに伸びた。二着はアグネスデジタル。三か月前に安田記念を勝ったばかりの馬に、四馬身の差をつけている。重賞の勝利は、これが最初だった。 10月13日、盛岡のマイルチャンピオンシップ南部杯は三着。前を行ったのはアドマイヤドンである。11月3日、大井のJBCクラシックはペリエが乗って二着。ここでも、先に決勝線を過ぎたのはアドマイヤドンだった。 11月29日、東京のジャパンカップダートは不良馬場の四着。 この年の1月、この馬は1200メートルの重賞で十五番人気だった。十か月後には、2000メートルのGIで二着している。距離が八百メートル伸びるのに、一年もかからなかったことになる。

十二月二十九日、大井

2003年12月29日。暮れの大井に十六頭が集まった。中央と地方の馬が同じゲートに入る一戦で、前の年には売上が24億円を超え、一レースの額として地方競馬の記録になっている。この年から、東京大賞典の馬券は中央競馬の窓口でも売られるようになった。 二番人気、単勝3.8倍。外めの十四番から出た。鞍上は武豊。 2分3秒7。二着のコアレスハンターとの差は0.6秒あった。 デビューから二十四戦目で、GIをひとつ持った。阪神で初めてゲートに入った日から、一年十か月が経っている。 この年、森秀行はJRA賞の優秀技術調教師に選ばれている。

行けなかった三月

2004年2月4日、川崎記念。重馬場。一番人気に推されたが、エスプリシーズに0.8秒先着されて二着に終わる。 次はドバイワールドカップだった。海の外へ出す準備が進んでいたところで、左の前脚を折る。第三中手骨、いわゆる管の骨である。遠征は取りやめになった。 5月26日、船橋のかしわ記念で復帰し、一番人気で五着。6月30日の帝王賞は、アドマイヤドンが勝ったレースで、1秒4離された。 そこから九か月、この馬は走っていない。 2005年3月27日、中山のマーチステークスは十一着。4月のアンタレスステークスは九着。5月22日、中京の東海ステークスでは、59キロを背負った九番人気がサカラートの二着に来た。 6月の帝王賞は九着、7月のマーキュリーカップは二着、9月の日本テレビ盃は四着、10月の白山大賞典は三着。勝てないまま、背負う斤量は59キロになり、60キロになった。

二分八秒〇

11月26日、東京競馬場。ジャパンカップダート、ダートの2100メートル。 この馬は十三番人気だった。最後に勝ったのは二年近く前の大井で、六歳になっていた。 一番人気は三歳のカネヒキリ。鞍上は武豊である。二年前の暮れ、大井でこの馬を勝たせた男が、その日は別の馬の背にいた。手綱を任されたのはデザーモだった。 決着は、決勝線の直前でついた。三頭が並んで駆け込み、カネヒキリ、シーキングザダイヤ、そしてこの馬の順で通り過ぎる。二着はハナ差だった。三頭とも時計は2分8秒0で、東京のダート2100メートルの記録が塗り替えられた。 上がり三ハロン——最後の600メートル——は、勝った三歳が36秒2、二着が36秒6、この馬が36秒1。三頭のうちで最も速い脚を使ったのは、いちばん人気のない馬だった。 着差の欄に並んだ0.0は、0.1秒に満たないという意味である。二年近く勝てずにいる六歳と、その年のダート王になる三歳とのあいだにあったのは、それだけの隙間だった。 それでも、先に決勝線を過ぎたのは向こうである。競馬はそこで決まる。

砂を渡る

暮れの東京大賞典は十着。年が明けたフェブラリーステークスは十三着だった。 3月25日、ナドアルシバ。二年前に骨を折って行けなかったドバイワールドカップに、七歳になって出た。カネヒキリも一緒だった。勝ったエレクトロキューショニストからは十五馬身以上離された七着。日本を出たのは、後にも先にもこの一度きりである。 帰ってきて、7月の盛岡は一番人気の五着、8月の札幌は十着。9月20日、船橋の日本テレビ盃で二着に来る。0.1秒先を行ったシーキングザダイヤは、同じ森厩舎の馬だった。三年前、自分が四馬身差で勝ったレースである。 10月10日、金沢。不良馬場の白山大賞典を、60キロを背負って五着。それが四十二戦目で、最後の一戦になった。三年後、半姉アドマイヤエールの仔アドマイヤスバルが、同じ金沢の白山大賞典を勝っている。 2007年12月6日に競走馬登録を抹消され、翌年から北海道で種牡馬になった。2012年10月に死んでいる。 森秀行はその後も、馬を遠くへ送り続けた。カタールへ、アメリカの二歳GIへ、サウジアラビアへ。師の戸山為夫からは、先駆者になれ、ただし叩かれる覚悟はしておけ、と繰り返し言われていた人である。 この馬が走ったのは、その道の途中だった。小倉から笠松へ、盛岡から船橋へ、大井から金沢へ、そして砂漠へ。 黒地に散らした白い星は、どこの競馬場でも、同じ形をしていた。

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