名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。

名馬録
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スピルバーグのイメージビジュアル
スピルバーグSpielberg
Spielberg

スピルバーグ

通算成績18戦6勝

獲得賞金32,920万円

生年月日 2009.05.12(平成21年)毛色 鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
スピルバーグの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
10 GI天皇賞(秋) 東京 芝2000 8人気 北村宏司 1:59.2 上り33.8映像
10 GII毎日王冠 東京 芝1800 5人気 北村宏司 1:46.4 上り33.3映像
6 GIプリンスオブウェール イギリス 芝2000 3人気 C.スミヨン
4 GII産経大阪杯 阪神 芝2000 2人気 北村宏司 2:03.8 上り36.3
3 GIジャパンカップ 東京 芝2400 6人気 北村宏司 2:23.9 上り34.8映像
1 GI天皇賞(秋) 東京 芝2000 5人気 北村宏司 1:59.7 上り33.7映像
3 GII毎日王冠 東京 芝1800 5人気 北村宏司 1:45.3 上り33.2
1 OPメイS 東京 芝1800 1人気 北村宏司 1:45.4 上り33.2
1 ノベンバーS 東京 芝1800 1人気 北村宏司 1:47.4 上り33.7
1 神奈川新聞杯 東京 芝1800 1人気 北村宏司 1:45.8 上り33.9
6 日高特別 函館 芝2000 4人気 丸山元気 2:03.2 上り37.1
14 GI東京優駿 東京 芝2400 9人気 横山典弘 2:25.4 上り34.4映像
1 OPプリンシパルS 東京 芝2000 1人気 内田博幸 2:00.9 上り34.0
3 GIII毎日杯 阪神 芝1800 7人気 四位洋文 1:49.8 上り35.7
4 3歳500万下 中山 芝2000 1人気 内田博幸 2:09.4 上り35.4
3 GIII共同通信杯 東京 芝1800 3人気 北村宏司 1:48.6 上り33.2映像
2 3歳500万下 東京 芝2000 4人気 北村宏司 2:01.2 上り34.1
1 2歳新馬 東京 芝2000 1人気 北村宏司 2:08.2 上り33.9

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
スピルバーグの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
ディープインパクトDeep ImpactサンデーサイレンスSunday SilenceHalo
Wishing Well
ウインドインハーヘアWind in Her HairAlzao
Burghclere
プリンセスオリビアPrincess OliviaLyciusMr. Prospector
Lypatia
Dance ImageSadler's Wells
Diamond Spring

引退後・牧場での映像

ゴール板の先の時間
STORY

旅程 — この馬の物語

2009年生まれの鹿毛の牡馬。父ディープインパクト、母プリンセスオリビア。主な勝ち鞍は天皇賞。

クリエーティブな目 ― 名前と厩舎

2009年5月12日、北海道千歳市の社台ファームに鹿毛の牡馬が生まれた。父はディープインパクト、母はアメリカから渡ってきた栗毛のプリンセスオリビア。 この仔を買ったのは山本英俊である。四十歳を迎えたころ、仕事だけでなくいい趣味を持とうと考えて競馬の世界に入り、常に世界を意識する調教師の姿勢に感銘を受けて、多くの馬を美浦の藤沢和雄に預けてきた馬主だった。冠名は使わない。勝負服は水色、袖白一本輪。名前の由来は本人が明かしている。「スピルバーグはクリエーティブな目をしていたから、パッと浮かんだ名前です」[^1] 2011年10月15日、東京の芝2000m。稍重の馬場で行われた7頭立ての2歳新馬を、単勝2.1倍の1番人気で勝ち上がった。鞍上は北村宏司。1999年に藤沢和雄厩舎の所属としてデビューし、2011年の元日にその所属を離れてフリーになっていた、師匠の弟子である。新馬の前から調教に乗り、ずっと楽しみにしていた馬だと、のちに語っている。 デビューから最後の一戦まで、この馬の厩舎は一度も動かなかった。

出典:デイリースポーツ「【天皇賞】山本オーナー悲願のG1初V」2014年11月3日配信、https://www.daily.co.jp/horse/2014/11/03/0007472158.shtml 、閲覧日:2026年7月30日。

三頭のGI馬 ― 母プリンセスオリビア

母プリンセスオリビアは1995年、アメリカの生まれ。24戦して3勝、重賞には届かないまま1999年に引退した牝馬である。アメリカで4頭を産み、そのうち2番仔のフラワーアレイが2005年のトラヴァーズステークスを勝ち、ブリーダーズカップ・クラシックでも2着に入った。この半兄は種牡馬としてケンタッキーダービーとプリークネスステークスを制したアイルハヴアナザーを出し、日本でGIを4勝したラッキーライラックの母の父にもなっている。 2005年ごろ社台ファームに買われ、受胎したまま日本へ渡ってきた。腹にいた仔は死産だった。日本で最初に無事に産んだのはシンボリクリスエスの牝駒ブルーミングアレー。11戦4勝、赤松賞ではのちの牝馬三冠馬アパパネの、エリカ賞では翌年のダービー馬エイシンフラッシュの2着に走った牝馬で、その娘ランブリングアレーが2021年の中山牝馬ステークスを勝っている。 続いて出た2頭が、ともにディープインパクトの牡馬だった。1歳上の6番仔は島川隆哉の所有馬となって栗東の藤原英昭厩舎に入り、トーセンラーの名で2013年のマイルチャンピオンシップを勝つ。武豊にJRA・GI100勝目をもたらした一勝である。 その全弟が、7番仔のスピルバーグだった。母はこの仔を産んだあと不受胎と流産を繰り返し、ついに下の仔を出さなかった。海を渡った牝馬が最後に産んだ一頭である。

一枠一番 ― 二〇一二年の春

年明けの1月29日、東京の芝2000mの500万下。4番人気で2着に入った。0秒3先にゴールしたのは、翌年から天皇賞(春)を連覇するフェノーメノである。 2月12日の共同通信杯は13.7倍の3番人気で3着。前にいたのはゴールドシップディープブリランテ、この年の皐月賞馬とダービー馬だった。中山の500万下を1番人気で4着、重馬場の毎日杯を3着としたあと、5月5日、17頭のプリンシパルステークスを内田博幸の手綱で完勝し、ダービーの切符を掴む。 5月27日、18頭。1枠1番、38.7倍の9番人気で、鞍上は横山典弘。2分25秒4の14着、勝ったディープブリランテから1秒6だった。同じ直線でハナ差の2着に泣いたフェノーメノは、四か月前に自分が0秒3差で先を譲った相手である。新馬のころから強い相手ばかりと当たってきた――のちに北村宏司はそう振り返っている。

一年三か月 ― 体質という壁

秋にも出走が予定されていた。その予定は消え、ダービーから一年三か月、この馬は競馬場に姿を見せなかった。弱い体質を作り直すための休養だった。 2013年8月11日、函館の芝2000m、1000万下。丸山元気を背に4番人気の6着。 北村宏司が手綱に戻ったのは秋の東京からである。10月13日の神奈川新聞杯を1番人気で勝ち、11月10日のノベンバーステークスも単勝1.4倍で勝った。そこから半年余りを休み、2014年5月24日、18頭のメイステークスを勝って3連勝。1000万下、1600万下、オープン特別と、階段を一段ずつ上がり直したことになる。 続くエプソムカップに向かうところで骨瘤を発症して回避し、また秋まで待った。10月12日の毎日王冠は3着。馬群に突っ込んで脚を余す形になり、前走は悔いが残ったと鞍上はのちに振り返っている。

第百五十回 ― 四コーナー十四番手から

2014年11月2日、東京競馬場。晴、芝は良。第150回の天皇賞(秋)に18頭が集まった。三冠牝馬ジェンティルドンナ、皐月賞馬イスラボニータ、菊花賞馬エピファネイア、春の盾を連覇したフェノーメノ。5歳のスピルバーグは11.0倍の5番人気、負担重量は58キロだった。 流れは緩やかだった。ジェンティルドンナが好位3番手、イスラボニータがその隣に並び、エピファネイアは中団、フェノーメノはその後ろ。スピルバーグは後方の馬群で脚をためている。 3コーナーから4コーナー、14番手から迷わず大外へ持ち出された。直線、粘るカレンブラックヒルとマイネルラクリマを交わしたイスラボニータが坂を上がりながら先頭に立ち、内ラチ沿いをこじ開けてジェンティルドンナが並ぶ。残り200メートルはその2頭の追い比べだった。外から、すぐ前にいたフェノーメノを抜き去った脚が、坂上でさらに加速する。1分59秒7、上り33秒7。内で競り合う2頭をまとめて捉えて、4分の3馬身。 北村宏司は、静かに帰ってきた。傍らで藤沢和雄がうなずいた。それから何度も、笑顔で同じ言葉を繰り返した。「気持ち良かったです」[^1] 騎手にとっても師匠にとっても、2006年5月のヴィクトリアマイル以来、八年半ぶりのGIだった。あのときの馬はダンスインザムード、やはり藤沢の管理馬である。藤沢はこれが天皇賞(秋)5勝目で、2004年のゼンノロブロイから十年ぶりの秋の盾。そしてスピルバーグは、重賞を一つも勝たないままGIを手にした。グレード制が導入された1984年以降、天皇賞(秋)でそれをやったのは、1985年にシンボリルドルフを負かしたギャロップダイナに続く二頭目である。 表彰式に立った山本英俊は、馬主になって十一年目で初めてのGIだった。坂を上がるときの脚を見て勝ったと確信した、と語っている。目を見て付けた名前が、天皇賞の勝ち馬の名になった。

出典:スポーツニッポン「【天皇賞・秋】豪華キャストぶった斬り!スピルバークがG1初制覇」2014年11月3日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2014/11/03/kiji/K20141103009217510.html 、閲覧日:2026年7月30日。

十二頭のGI馬、そしてアスコット

4週後のジャパンカップは、GI馬が12頭という顔ぶれになった。世界ランキングの首位に立っていたジャスタウェイ、3連覇を狙うジェンティルドンナ、三歳の皐月賞馬とダービー馬と桜花賞馬、海外からの遠征馬。中団の内から追ったスピルバーグは、残り400メートルで抜け出したエピファネイアに突き放され、2分23秒9、ジャスタウェイの2着から0秒1差の3着だった。エピファネイアの背にいたのはクリストフ・スミヨンである。 6歳になった2015年、陣営はイギリス遠征を組んだ。海外のGIタイトルは、この馬主が長く目標に据えてきたものだった。不良馬場の産経大阪杯でラキシスの4着に敗れたあと、5月末、僚馬のルルーシュとスーパームーンとともに出国する。 6月17日、アスコット競馬場のプリンスオブウェールズステークス。9頭立ての3番人気。手綱を取ったのはスミヨン、半年前に府中で前を行った男だった。硬い馬場も響いて、フリーイーグルから4馬身1/4差の6着。予定していたエクリプスステークスは使わず、帯同馬とともに帰国した。 北村宏司もアスコットにいた。この馬に調教をつけるために渡英し、同じ開催の別の競走で騎乗して、自身初の海外騎乗を経験している。

潮時 ― 青森の十七歳

六歳の秋は二度走って、二度10着だった。10月11日の毎日王冠、11月1日の天皇賞(秋)。連覇を狙った府中での走破時計は1分59秒2で、前年に自分が勝った1分59秒7より速い。速く走って、10着だった。勝ったのはラブリーデイである。 11月4日、藤沢和雄がこの馬の引退を発表する。山本英俊と、生産者の社台ファームと相談した上での決断だった。「らしくない競馬が続くのであれば、そろそろ潮時ではないかということになった」[^1]。11月8日付で競走馬登録が抹消される。18戦6勝、獲得賞金3億2920万1000円。ディープインパクト産駒のなかでは雄大な馬体で血統もしっかりしている、種牡馬として通用すると思う――師はそう言い添えた。 二か月後の2016年1月3日、母プリンセスオリビアが21歳で死んだ。 社台スタリオンステーションで種牡馬になり、2018年暮れにブリーダーズ・スタリオン・ステーション、2020年秋に浦河のイーストスタッドへ移り、2022年からは青森県東北町の東北牧場で供用されている。産駒では2024年にセオが京都の都大路ステークスを勝ち、2023年にディーディーデイが佐賀の飛燕賞を勝ち、2026年の新潟大賞典ではバレエマスターが2着に来た。 スピルバーグが府中で二度10着に終わったその同じ秋、北村宏司は京都でキタサンブラックに乗り、菊花賞を勝って自身初のクラシックを手にしている。翌12月、中山で左膝を痛めて長期休養に入った。師の藤沢和雄は2022年2月、1570勝を積んで調教師を退いた。美浦にはその仕事を称えて、「一勝より一生」と刻まれた碑が建っている。 十八回ゲートを出て、六度先頭でゴールした。重賞初勝利がGIで、それが生涯でただ一つの重賞になった。一年三か月を待たされ、そのあとにもう半年を待たされた馬である。待つことを厭わない厩舎で待って、待った先の一日に、府中の坂を大外から上がっていった。青森で十七度目の夏を越しているのは、あの一分五十九秒七を持っている馬だ。

出典:スポーツニッポン「昨秋天皇賞馬スピルバーグ引退 今秋連続10着…そろそろ潮時」2015年11月5日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2015/11/05/kiji/K20151105011449030.html 、閲覧日:2026年7月30日。

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