名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。

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サウスヴィグラスのイメージビジュアル
サウスヴィグラスSouth Vigorous
South Vigorous

サウスヴィグラス

通算成績33戦16勝

獲得賞金54,372万円

生年月日 1996.04.19(平成8年)毛色 栗毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
サウスヴィグラスの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
1 GIJBCスプリント 大井 ダ1190 3人気 柴田善臣 1:09.7 上り36.1映像
2 GII東京盃 大井 ダ1190 1人気 柴田善臣 1:11.5 上り37.9
1 GIII北海道スプリントカップ 札幌(地) ダ1000 1人気 柴田善臣 0:58.7
1 GIII根岸S 中山 ダ1200 2人気 柴田善臣 1:10.4 上り37.6
1 GIIIクラスターカップ 盛岡 ダ1200 1人気 柴田善臣 1:10.2
1 GIII北海道スプリントカップ 札幌(地) ダ1000 1人気 柴田善臣 0:56.8
1 GIIIかきつばた記念 名古屋 ダ1400 1人気 柴田善臣 1:23.9
1 GIII黒船賞 高知 ダ1400 1人気 柴田善臣 1:26.8 上り37.2
6 GIフェブラリーS 東京 ダ1600 8人気 横山典弘 1:36.2 上り37.2映像
1 GIII根岸S 東京 ダ1400 6人気 柴田善臣 1:22.8 上り36.5
2 GIIIガーネットS 東京 ダ1200 2人気 柴田善臣 1:10.5 上り36.2
4 OP摩耶S 阪神 ダ1400 2人気 四位洋文 1:23.4 上り37.4
1 OP霜月S 東京 ダ1200 1人気 柴田善臣 1:10.8 上り36.5
14 GIII東京中日S杯武蔵野S 東京 ダ1600 11人気 菊沢隆徳 1:37.7 上り40.0映像
6 GII東京盃 大井 ダ1200 2人気 柴田善臣 1:11.9 上り36.9
2 GIII北海道スプリントカップ 札幌(地) ダ1000 2人気 柴田善臣 0:57.7
8 OP欅S 東京 ダ1400 2人気 柴田善臣 1:23.1 上り37.2
1 OP京葉S 中山 ダ1200 1人気 柴田善臣 1:10.8 上り35.8
1 橿原S 京都 ダ1200 1人気 武幸四郎 1:09.6 上り35.3
3 GIIIガーネットS 中山 ダ1200 3人気 柴田善臣 1:09.6 上り35.8
2 武田尾S 阪神 ダ1400 1人気 武幸四郎 1:24.3 上り37.5
1 貴船S 京都 ダ1200 1人気 武幸四郎 1:10.7 上り35.9
18 奥多摩S 東京 芝1400 7人気 武幸四郎 1:24.6 上り38.1
3 OP栗東S 京都 ダ1200 1人気 河内洋 1:09.3 上り35.4
2 OPコーラルS 阪神 ダ1400 1人気 武豊 1:22.6 上り36.3
2 OPすばるS 京都 ダ1400 1人気 武豊 1:23.8 上り36.8
1 門松S 京都 ダ1200 1人気 武豊 1:10.9 上り35.9
1 4歳以上900万下 東京 ダ1200 1人気 柴田善臣 1:10.6 上り35.8
11 GIII夕刊フジクリスタルC 中山 芝1200 7人気 横山典弘 1:10.4 上り36.7
2 OPヒヤシンスS 東京 ダ1600 5人気 横山典弘 1:38.4 上り37.9
1 朱竹賞 中山 ダ1200 1人気 岡部幸雄 1:11.7 上り38.3
1 3歳未勝利 中山 ダ1200 3人気 岡部幸雄 1:12.1 上り37.1
2 3歳新馬 東京 ダ1400 7人気 横山典弘 1:27.1 上り39.0

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
サウスヴィグラスの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
エンドスウィープEnd SweepフォーティナイナーForty NinerMr. Prospector
File
Broom DanceDance Spell
Witching Hour
ダーケストスターDarkest StarStar de NaskraNaskra
Candle Star
Minnie RipertonCornish Prince
English Harbor
STORY

旅程 — この馬の物語

1996年生まれの栗毛の牡馬。父エンドスウィープ、母ダーケストスター。主な勝ち鞍はJBCスプリント・黒船賞・根岸S。

南の、力の強いもの

1996年4月19日、アメリカで栗毛の牡馬が生まれた。生産者はサミュエル・H・ロジャース・ジュニア。父エンドスウィープは名種牡馬フォーティナイナーの息子で、このときはまだ最初の産駒も走り出していない新種牡馬だった。母はダーケストスター。もっとも暗い星、という名である。その父はスターデナスクラ、さらにその母はキャンドルスター。星の名の並ぶ一族だった。 海を渡ったこの馬を買ったのは南波壽である。「サウス」は南波の冠名、つまり所有馬に共通してつける言葉で、姓の一部「南」から来ている。そこに、たくましい、精力的な、という意味の英語がついた。サウスヴィグラス。名前のほうが、この馬の走り方を先に言ってしまっていた。 預かったのは美浦の高橋祥泰厩舎である。この厩舎は、馬が生まれた年の春に、タイキフォーチュンで第1回NHKマイルカップをレースレコードで勝っていた。鞍上は柴田善臣。やがて柴田は、この栗毛の背に座ることになる。 デビューは1998年11月14日、東京のダート1400メートル。横山典弘が乗って7番人気、勝ち馬から0.7秒差の2着だった。ひと月後、中山のダート1200メートルで岡部幸雄を背に初めて勝つ。距離は200メートル短くなっていた。この200メートルが、その後の三年を縛ることになる。

千二百の馬

明けて1999年1月、同じ中山のダート1200メートルの条件戦を、また岡部で勝った。2月の東京、ダート1600メートルのヒヤシンスステークスは2着。4月には初めて芝を使ってみたが、中山の重賞クリスタルカップで11着に沈んだ。 そこから七か月、姿を消す。戻ってきた11月の東京、ダート1200メートルの一戦で手綱を握っていたのは柴田善臣だった。この馬に乗るのは、これが初めてである。 2000年は、美浦の所属のまま関西を回った。正月の京都では武豊が勝たせている。2月のすばるステークスと4月のコーラルステークスは、どちらも1番人気に推されて、どちらも2着。距離はどちらもダート1400メートルだった。秋には東京の芝1400メートルにも出て18着。芝は二度走って、二度とも二桁である。京都の貴船Sは勝ち、暮れの阪神ではまた1400メートルで2着に終わった。 2001年2月、京都の橿原Sを武幸四郎で勝ってオープン入りする。この年から、鞍上はほとんど柴田で固定された。4月の中山、京葉Sも勝った。6月の札幌、北海道スプリントカップは2着。勝ったノボジャックは、その秋に第1回JBCスプリントを制することになる。しかし10月の武蔵野ステークスは、東京のダート1600メートルで14着。勝ち馬から4秒4も離された。その日の勝ち馬はクロフネである。ダートで二桁の着順は、生涯でこの一度きりだった。11月の霜月Sは、また1200メートルで勝っている。 2001年が終わった時点で22戦8勝。勝ち星は八つとも、ダートの1200メートルで挙げたものだった。1400メートルでは七度走って、一度も勝っていない。5歳の暮れ。この馬は1200メートルの馬である――成績はそう言っていた。

一四〇〇メートルの扉

2002年1月26日、東京のダート1400メートル、根岸ステークス。6番人気だった。1番人気はアッミラーレ。59キロを背負うノボトゥルーは、前の年のフェブラリーステークスを勝っている。 一枠一番から出たサウスヴィグラスは、先手を取った馬のすぐ後ろにつけた。三コーナーで二番手、四コーナーでも二番手。位置はひとつも動かない。直線を向いて追い出されると、前を捉えてそのまま抜け出した。1分22秒8。2着のノボトゥルーに1馬身3/4をつけていた。 七度はねのけられた200メートルを、6歳の1月に越えた。重賞は、これが初めてである。 三週間後のフェブラリーステークス。初めてのGI挑戦は、ダート1600メートルだった。8番人気で6着。勝ったアグネスデジタルの1秒1後ろにいた。1600メートルは、やはり遠い。

砂の巡業

3月、高知。重馬場の黒船賞で、前年のJBCスプリントを勝ったノボジャックを1.6秒突き放した。5月、名古屋。かきつばた記念を1分23秒9で走り、コースレコードを塗り替える。6月、札幌。1000メートルを56秒8。8月、盛岡。稍重の1200メートルを1分10秒2。かきつばた記念から三戦続けて、走るたびに時計が書き換わった。四つの競馬場を回っての四連勝である。鞍上はすべて柴田だった。 これらは中央と地方の馬が一緒に走る交流重賞で、舞台は地方の競馬場になる。当時、中央にダート1200メートルのGIは無かった。フェブラリーステークスは1600メートルである。短いところを専門にする馬に用意された頂点は、2001年に生産者たちが創ったJBCスプリント――アメリカのブリーダーズカップに倣い、開催場所を毎年移していく一日だけの祭り――それだけだった。 その秋、目標にしていたJBCスプリントの前に骨折が判明する。回避。盛岡で行われたその年のJBCスプリントを勝ったのは、かきつばた記念で0.1秒だけ前に置いてきたスターリングローズだった。上位四頭は、いずれもこの馬が春から夏にかけて先着してきた馬たちである。顔ぶれはそろっていた。その一日に、サウスヴィグラスだけがいなかった。

七歳

2003年2月1日、根岸ステークス。この年は中山のダート1200メートルで行われた。半年近い休み明けで2番人気。ニホンピロサートとタイム差のない接戦を、際どくしのいで連覇する。 6月12日、これもまた休み明けの札幌で、北海道スプリントカップを2着に0.8秒差の連覇。1番人気には、きちんと応えた。 そのあと、また骨折が見つかる。軽度と診断されたが、秋の始動は遅れた。 10月9日、大井の東京盃。単勝1.2倍の支持を受けたが、ハタノアドニスに0.9秒離されての2着だった。黒船賞から続いた連勝は、六でとまる。 7歳の秋である。前の年に骨折で行けなかったレースが、ひと月後に控えていた。

大井、一一九〇メートル

2003年11月3日、大井競馬場。第3回JBCスプリント。ゲートには、第1回を勝ったノボジャックがいた。前の年に盛岡で勝ったスターリングローズもいた。ひと月前に自分を負かしたハタノアドニスもいた。サウスヴィグラスの人気は、三番目である。 大井の1190メートルは、この馬がいちばん多く走ってきた1200メートルより、10メートルだけ短い。 ゲートが開く。無理はしなかった。先に行った一頭の背中を見る位置――二番手。一年半前、根岸ステークスで1400メートルの壁を破ったときと同じ場所である。 直線を向いて追い出されると、前の馬を捉えて先頭に立った。ここまでは、何度もやってきたことだ。残っているのは、あとひと息を持たせることだけだった。 追い込んできたのは、三つ年下の四歳馬。マイネルセレクトである。二頭は、ほとんど同時にゴール板を通り過ぎた。 ハナ差。前にいたのはサウスヴィグラスだった。1分9秒7。これが、この馬の最後の勝利になる。

八十万円の種牡馬

デビューから五年、33戦16勝。12月19日に登録を抹消し、静内スタリオンステーションで種牡馬になった。のちにアロースタッドへ移る。種付料は安い。2010年で80万円である。それでもこの年、213頭の牝馬が集まった。日高でいちばん多い数字だった。 産駒は地方競馬で走った。2007年に初年度産駒がデビューし、その年のうちに地方競馬全国協会の新種牡馬部門で首位に立つ。2009年には川崎の全日本2歳優駿をラブミーチャンが勝った。ヒガシウィルウィンがジャパンダートダービーを、コーリンベリーサブノジュニアがJBCスプリントを、テイエムサウスダンが根岸ステークスを勝つ。地方競馬のリーディングサイアーは通算8度、2015年からは7年続けて首位だった。2019年、産駒は一年で493勝を挙げている。 2018年1月、腸閉塞による疝痛で開腹手術を受けた。回復に向けて静養していたが、3月4日に死んだ。22歳。その年、地方競馬全国協会は特別表彰馬に選んでいる。

砂の色

現役のとき、この馬が生きた距離に、中央のGIは用意されていなかった。1200メートルでいくら勝っても、府中や中山で戴冠する日は来ない。手が届く頂点はひとつきりで、それは地方の砂の上にあった。 そのひとつを、この馬の産駒が二度勝った。父が初めての重賞を勝った根岸ステークスも、産駒が勝った。七年かけて体当たりで開けた扉を、子どもたちは当たり前の顔で通っていく。 柴田善臣は、2000年の高松宮記念をキングヘイローで勝ってから、五年のあいだ中央のGIから遠ざかった。その空白のまんなかで、彼にタイトルを持ってきたのが大井の1190メートルだった。柴田はその後も乗り続け、2026年1月には59歳で、自分の持つJRA最年長勝利記録を書き換えている。 用意されていないなら自分の血で埋めればいい――そんな理屈を馬が立てるはずはない。ただ結果として、日本の砂の短いところは、長いあいだこの馬の色をしていた。

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