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ソングオブウインド
通算成績11戦3勝
獲得賞金2億743万円
生年月日 2003.02.20(平成15年)毛色 青鹿毛性 牡
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 4 | GI香港ヴァーズ | 香港 芝2400 | 武幸四郎 | — | 映像 | |||
| 1 | GI菊花賞 | 京都 芝3000 | 8人気 | 武幸四郎 | 3:02.7 | 上り33.5 | 映像 | |
| 3 | GII神戸新聞杯 | 中京 芝2000 | 6人気 | 武幸四郎 | 1:58.2 | 上り35.4 | — | |
| 2 | GIIIラジオNIKKEI賞 | 福島 芝1800 | 2人気 | 田中勝春 | 1:50.8 | 上り37.3 | — | |
| 1 | 夏木立賞 | 東京 芝2000 | 2人気 | 北村宏司 | 2:01.7 | 上り34.7 | — | |
| 2 | 3歳500万下 | 京都 芝1800 | 5人気 | 武幸四郎 | 1:48.0 | 上り33.8 | — | |
| 1 | 3歳未勝利 | 中山 ダ1800 | 1人気 | 武幸四郎 | 1:57.7 | 上り40.8 | — | |
| 2 | 3歳未勝利 | 阪神 ダ1400 | 1人気 | 武幸四郎 | 1:27.0 | 上り38.3 | — | |
| 3 | 3歳未勝利 | 阪神 ダ1800 | 1人気 | 武豊 | 1:56.4 | 上り38.3 | — | |
| 3 | 3歳未勝利 | 京都 ダ1800 | 1人気 | 武豊 | 1:54.3 | 上り38.1 | — | |
| 2 | 3歳新馬 | 京都 ダ1800 | 1人気 | 武豊 | 1:54.5 | 上り37.1 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父エルコンドルパサーEl Condor Pasa | Kingmambo | Mr. Prospector |
| Miesque | ||
| サドラーズギャルSaddlers Gal | Sadler's Wells | |
| Glenveagh | ||
| 母メモリアルサマー | サンデーサイレンスSunday Silence | Halo |
| Wishing Well | ||
| サマーワイン | トニービンTony Bin | |
| シヤダイマイン |
旅程 — この馬の物語
2003年生まれの青鹿毛の牡馬。父エルコンドルパサー、母メモリアルサマー。主な勝ち鞍は菊花賞。
風の歌を聴け
2003年2月20日、北海道追分町の追分ファームで、青鹿毛の牡が生まれた。父エルコンドルパサー、母メモリアルサマー。 名は、村上春樹の第一作『風の歌を聴け』から採られた。父の名もまた歌だった——エルコンドルパサーは、ペルー民謡「コンドルは飛んでいく」に由来する。さらにその父の母サドラーズギャルは、ソングという牝馬に発する名門牝系の出だった。歌の名が、代を跨いでこの馬の背後に並んでいる。 だが名が付けられたとき、父はもういなかった。1998年にNHKマイルカップとジャパンカップを勝ち、翌年フランスへ渡ってサンクルー大賞を制し、凱旋門賞で2着に敗れて引退したあの馬は、2000年に種牡馬となり、産駒が一頭もデビューしないまま、2002年7月16日に腸捻転で死んだ。七歳だった。遺されたのは三世代ぶんの仔だけで、2003年生まれのこの馬は、その最後の世代にあたる。
一年だけ走った母
母メモリアルサマーは1998年生まれ、父サンデーサイレンス。同じ追分ファームの生産で、栗東の五十嵐忠男厩舎から2001年にデビューしている。走ったのは、その一年だけだった。2月の阪神で新馬戦に負け、二度目の新馬戦でも勝てず、5月の京都で9番人気の未勝利戦を拾い、夏の函館で500万下をひとつ。9月の札幌を最後に、10戦2勝で競走馬をやめた。 ソングオブウインドは、その母の初仔である。 牝系は古い。三代母シヤダイマインの娘ダイナシュートからは、2005年の高松宮記念を勝ったアドマイヤマックスが出た。ダイナシュートの五番仔マストビーラヴドが産んだのが、2005年の桜花賞とNHKマイルカップを勝ったラインクラフト——三代母を同じくする、はとこにあたる。そのラインクラフトは2006年8月19日の早朝、放牧先での調教中に急性心不全を起こして死んだ。四歳だった。一族の女王が消えた夏の、二か月後の秋に、この馬は京都にいた。 社台サラブレッドクラブが一口55万円、四十口、締めて2200万円で募集した馬である。
兄から弟へ
デビューは遅かった。2歳戦を一度も使わず、明けて三歳の2006年1月29日、京都のダート1800メートルが初戦になる。鞍上は武豊。単勝2.0倍の1番人気に推されて、2着。 2月18日の京都は1.2倍の支持を集めて3着。3月12日の阪神も1番人気で3着。武豊が乗って三度、この馬は勝てなかった。 四戦目、3月26日の阪神から、手綱は弟の武幸四郎に渡る。1番人気で2着。そして五戦目、4月9日の中山ダート1800メートルで、ようやく初勝利が来た。上がりは40秒8。決して速い時計ではない、地味な一勝だった。
芝の上で見つけたもの
転機は芝だった。4月29日、京都の芝1800メートル。5番人気で2着に敗れたが、使った上がりは33秒8。ダートに五戦を費やしてきた馬が、初めて踏んだ芝でいきなり最速級の脚を見せた。 5月13日、東京の夏木立賞。北村宏司に乗り替わって2勝目。7月2日、福島のラジオNIKKEI賞で初めて重賞に出た。重馬場、負担重量54キロ、鞍上は田中勝春。勝ったタマモサポートから0秒3差の2着。 秋は地方交流のダービーグランプリにも選出されたが、陣営が選んだのは神戸新聞杯だった。中京の芝2000メートル、6番人気。勝ったドリームパスポートから0秒1差の3着に押し込み、二冠馬メイショウサムソンのすぐ後ろで菊花賞の優先出走権を手にする。 ここまで九戦、四着以下が一度もない。それでも菊花賞での単勝は44.2倍、十八頭のうち8番人気だった。
下り坂まで
10月22日の京都は晴れ、芝は良。この日は第2レースと第8レースでもレコードが計時されていた。走れば時計の出る馬場だった。 十八頭立て。ソングオブウインドの馬番は、いちばん外の十八番である。 ゲートが開くと、内から一頭が飛び出した。五番、アドマイヤメイン。春のダービーで二着だった馬で、鞍上は武豊。五馬身、六馬身と離していく。止まらない馬場と見たのだろう、思い切った策だった。前半の一〇〇〇メートルは五十八秒七。三〇〇〇メートルを走る競馬の数字ではない。 その頃、十八番は後ろから数えたほうが早い位置にいた。一コーナーでも、二コーナーでも、逃げた馬の背中ははるか前にある。武幸四郎がしていたのは我慢だけだった。折り合うこと、リラックスさせること。それしか心がけていなかったと、彼はレースのあとに振り返っている。 向正面で、前の馬がいったん息を入れる。ラップが緩む。それでも後ろは動かない。 二周目の三コーナー。京都の外回りは、ここから四コーナーへ向かって長く下る。坂は、脚を溜めた馬にだけ速度を貸してくれる。彼が動きはじめたのは、そこからだった。 前方では、大きく離された位置から二冠馬が追い上げにかかり、それを見た二番人気が瞬発力を全開にし、逃げた馬がまだ懸命に粘っている。人気を背負った三頭が、それぞれの理由で最後の直線に雪崩れ込んでいく。 その、さらに外だった。 坂を下りきるまで、脚は一度も使われていない。大外から、彼はその三頭にまとめて襲いかかった。ゴール板の上で前にいたのは十八番で、食い下がったドリームパスポートとの差はクビ。上がり三ハロンは、十八頭のうちで最も速かった。時計は三分二秒七。八年前にセイウンスカイが刻んだ菊花賞のレコードも、京都の芝三〇〇〇メートルのコースレコードも、この一走でまとめて書き替えられた。 前の年、同じ舞台でディープインパクトの三冠を決めたのは、その兄だった。
沙田の翌朝
12月10日、香港・沙田競馬場の香港ヴァーズ。遠征のせいか状態は本当のところ良くなかったが、それでも勝ったCollier Hillから0秒2差の4着に走っている。鞍上はやはり武幸四郎だった。 レースの翌日、香港ジョッキークラブが右前肢の腱を痛めたと発表した。帰国後の12月22日、着地検査先で受けたエコー検査で診断がつく。右前浅屈腱炎。北海道へ放牧に出され、そのまま厩舎へは戻らなかった。2007年1月14日、登録抹消。 通算11戦3勝。走ったのは2006年1月29日から12月10日までの三百十五日間で、それがこの馬の競走生活のすべてである。父は11戦で引退し、母は10戦で繁殖に上がった。父も母も、そしてこの馬も、競馬場にいた時間は短い。
調教師の指示どおりに
2007年、種牡馬になった。社台スタリオンステーション荻伏で供用が始まり、種付けの希望が集まって本場へ移り、その年の7月には優駿スタリオンステーションへ移っている。初年度産駒の初勝利は2010年。中央では6月にコットンフィールドが福島の新馬戦で、地方では5月にモルフェソングエルがホッカイドウ競馬で勝った。仔たちは赤松杯を、星雲賞を、黒潮皐月賞を、霧島賞を勝った。2014年12月4日、種牡馬を退く。生まれ故郷の追分ファームで功労馬として過ごし、のちに乗馬へ転じた。 菊花賞のレコードは、2014年にトーホウジャッカルが三分一秒〇で走るまで、八年のあいだこの馬の名の隣に置かれていた。 弟のほうは、待った。次のGIが来たのは七年後、2013年のメイショウマンボである。オークスの直線で武幸四郎が捉えたのは、兄・武豊が逃げるクロフネサプライズだった。その秋、同じ牝馬で秋華賞とエリザベス女王杯も勝つ。2017年2月28日に二十年の騎手生活を終え、その翌日、調教師免許を受け取った。 2018年3月3日、阪神競馬場の第1レース。武幸四郎厩舎の初出走に乗ったのは、兄だった。グアンという馬で、二馬身半差の勝利。レースのあと、兄はこう言った。「調教師の指示どおりに乗りました」[^1] 十二年前の秋、その兄は自分の馬を勝たせるために逃げた。弟は自分の馬を勝たせるために我慢した。譲り合いなど一つもない。兄が作った異常な流れは、最後まで脚を残していた馬にだけ扉を開け、そこをくぐったのが十八番の青鹿毛だった。 父は自分の産駒を一頭も見ないまま死に、この馬は父に最初のGIを届けた。母は一年で走るのをやめ、この馬も一年で走るのをやめた。届けるべき相手は、もうどこにもいない。残っているのは、京都の坂を下って大外へ現れ、三頭をまとめて呑み込んでいった青鹿毛の影だけである。
出典:Number Web「豊と幸四郎、武兄弟の適度な距離感。兄の背を追う立場から、押す立場へ。」2018年3月5日配信、https://number.bunshun.jp/articles/-/830102、閲覧日:2026年8月2日。
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