名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。

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スノーフェアリーのイメージビジュアル
スノーフェアリーSnow Fairy
Snow Fairy

スノーフェアリー

通算成績21戦8勝

獲得賞金(海外含む・概算)約51,933万円

生年月日 2007.02.12(平成19年)毛色 鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
スノーフェアリーの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
1 GI愛チャンピオンS アイルランド 芝2000 2人気 デットー 2:00.9 映像
GIジャンロマネ賞 フランス 芝2000 3人気 ムーア
1 GIエリザベス女王杯 京都 芝2200 1人気 R.ムーア 2:11.6 上り33.8映像
3 GI英チャンピオンS イギリス 芝2000 3人気 ペリエ 2:02.7
3 GI凱旋門賞 フランス 芝2400 8人気 デットー 2:25.2 映像
2 GI愛チャンピオンS アイルランド 芝2000 2人気 デットー 2:04.3 映像
2 GIナッソーS イギリス 芝2000 2人気 デットー 2:08.0
4 GIエクリプスS イギリス 芝2000 3人気 ムルタ 2:06.1
1 GI香港カップ 香港 芝2000 1人気 映像
1 GIエリザベス女王杯 京都 芝2200 4人気 R.ムーア 2:12.5 上り34.0映像
4 GI英セントレジャー イギリス 芝2920 4人気 アハーン 3:03.6
2 GIヨークシャーオークス イギリス 芝2400 2人気 ヒューズ 2:31.0
1 GI愛オークス アイルランド 芝2400 1人気 ムーア 2:34.8
1 GI英オークス イギリス 芝2400 ムーア 2:35.7
1 ハイトオブファッショ イギリス 芝2000 アハーン 2:06.9
9 ラドリーS イギリス 芝1400 スマレン 1:34.6
3 GIIIプレスティージS イギリス 芝1400 S.ホウリー 1:27.4
4 GIIIスイートソレラS イギリス 芝1400 1:26.5
2 2歳条件戦 イギリス 芝1200 A.カービー 1:13.2
1 メイドン イギリス AW1200 K.ミルチャレック 1:12.0
3 メイドン イギリス 芝1200 D.オドノヒュー 1:12.1

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
スノーフェアリーの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
IntikhabRed RansomRoberto
アラビアII
Crafty ExampleCrafty Prospector
Zienelle
ウッドランドドリームWoodland DreamCharnwood ForestウォーニングWarning
Dance of Leaves
Fantasy GirlMarju
Persian Fantasy
STORY

旅程 — この馬の物語

2007年生まれの鹿毛の牝馬。父Intikhab、母ウッドランドドリーム。主な勝ち鞍は英オークス・愛オークス・エリザベス女王杯。

1800ユーロの牝馬

2008年、アイルランド。1歳馬のセリに上場された鹿毛の牝馬に付いた値は、1800ユーロだった。当時のレートで23万4000円ほど。それでも買い手はつかず、生産者が自ら引き取ることになった。周囲の評価は、その数字がすべてを語っている。 父インティカブは、イギリスのマイル路線を走った馬である。1998年のクイーンアンステークスを8馬身差で勝ち、引退後はアイルランドで種牡馬になった。産駒に牝馬の活躍馬が多く、フィリーサイアーと呼ばれた1頭である。母ウッドランドドリームは、アイルランドで11戦して1勝。 馬名の由来を記した資料は見当たらない。ただ、血統表を母のほうへ遡ると、名の連なりが見えてくる。母はウッドランドドリーム=森の夢。その母はFantasy Girl、さらにその母はPersian Fantasy。夢と幻想の名が続いた先に、雪の妖精が置かれている。 デビューは2009年6月、ニューベリーの未勝利戦で3着。半月後のリングフィールドで勝ち上がると、その後は7ハロン以下ばかりを使われた。8月、ニューマーケットの2歳牝馬戦で頭差の2着。スウィートソレラステークス4着、プレスティージステークス3着。10月、重馬場のラドリーステークスでは9着、勝ち馬から19馬身半。2歳の秋は、そこで終わっている。

距離という鍵 ― 二つのオークス

2010年5月19日、グッドウッド。ハイトオブファッションステークスは、彼女が初めて中距離を走った一戦だった。結果は3馬身差の快勝。芝で勝ったのも、これが最初だった。 陣営は2万ポンドの追加登録料を払い、その足でエプソムのオークスへ向かう。目立つ実績のない牝馬は7番人気。手綱を取ったのはライアン・ムーアだった。起伏の激しい12ハロンで激戦になり、クビ差でしのぎ切る。重賞の初勝利が、クラシックだった。 6週間後、今度は4万2500ユーロの追加登録料を払ってカラのアイリッシュオークスへ。稍重の芝を、2着Miss Jean Brodieに8馬身の差をつけて駆け抜けた。エプソムのクビ差はまぐれではない、と8馬身が証明した。売れ残りの牝馬は、ひと夏で英愛のオークスを両方その手にしていた。

ダンロップという名字

彼女を管理していたのは、ニューマーケットのエド・ダンロップ。1968年生まれ、開業は1994年である。師と仰いだアレックス・スコットが急逝し、まだ20代半ばだった彼が、その厩舎を引き継ぐ形で調教師になった。 ダンロップという名字は、日本の競馬と縁がなかったわけではない。父は英ダービーを2度勝った名調教師ジョン・リーパー・ダンロップ。その父は1983年のジャパンカップにハイホークを送り込んで1番人気13着、1987年にはムーンマッドネスで5着だった。息子のエドもまた、世界を旅した牝馬ウィジャボードを連れて2度来日している。2005年はアルカセットが日本レコードで駆け抜けた年の5着、2006年はディープインパクトの3着。ダンロップの名は、日本でまだ一度も勝っていなかった。 スノーフェアリーの3歳夏は、そのウィジャボードの歩みをなぞるようだった。ウィジャボードもまた、2004年に英愛のオークスを勝っている。8月のヨークシャーオークスはミッデイに3馬身及ばず2着。9月には牡馬に混じってセントレジャーへ向かい、経験のない14ハロン超の距離で4着。そして秋、陣営は日本を選んだ。父インティカブにブリーダーズカップの登録がなかったこと、そしてJRAが海外の対象レースの勝ち馬に用意していた褒賞金——エリザベス女王杯を勝てば、賞金とは別に9000万円——が、その背中を押していた。

京都、4コーナーの通路

2010年11月14日、京都競馬場、芝2200メートル。1番人気は、この年の桜花賞・オークス・秋華賞を制した三冠牝馬アパパネ。スノーフェアリーは4番人気だった。 ムーアは事前に日本馬を調べ、アパパネ、メイショウベルーガ、アニメイトバイオの3頭を相手と定めていた。道中は5、6番手を進むアパパネのすぐ後ろ。前半は緩い流れで、そこで我慢が利いた。 4コーナー。外を回るのが定石だと分かっていながら、ムーアは内を選んだ。「今回はコーナーを回った時点でポッカリと穴というか、通路ができたみたいになった」[^1]。開いた道をまっすぐ突き抜けると、残り200メートルで日本馬はもう後ろにいた。2着メイショウベルーガに4馬身。勝ち時計は2分12秒5。 外国調教馬がエリザベス女王杯を勝ったのは、これが初めてである。アパパネが狙った牝馬史上初の年間GI4勝も、ここで止まった。そしてこれが、ダンロップという名字にとって日本での最初の勝利であり、エドにとっては8か国目のGI制覇でもあった。ジャパンカップにも登録していたが、馬体の回復が思わしくなく、彼女は出走を回避している。

出典:スポーツナビ「格が違う…英3歳女王スノーフェアリー強すぎる!=エリザベス女王杯」2010年11月14日配信、https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201011150001-spnavi 、閲覧日:2026年7月30日。

沙田のクビ差 ― 3歳女王の一年

暮れ、彼女は香港へ渡った。12月12日、沙田の香港カップ、芝2000メートル。後方2番手から直線を向くと、京都と同じ脚が出た。前を行くIrianをわずかにかわして、クビ差。海を渡って2戦、2勝だった。 エリザベス女王杯のあと、ダンロップは目を丸くしてこう言っていた。「本当に彼女の進歩には驚かされる」[^1]。5月に初めて芝で勝った馬が、夏に2つのオークスを勝ち、秋に日本と香港のGIを勝つ。1年前、7ハロンで頭打ちに見えた牝馬の話である。 この年、彼女はカルティエ賞の最優秀3歳牝馬に選ばれた。

出典:スポーツナビ「格が違う…英3歳女王スノーフェアリー強すぎる!=エリザベス女王杯」2010年11月14日配信、https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201011150001-spnavi 、閲覧日:2026年7月30日。

勝てない一年

2011年は、待つ時間から始まった。ドバイで始動する予定が、右前肢の管骨に炎症が出て回避。6月、カラのプリティーポリーステークスにエントリーしたものの、直前の荒天で馬場が悪化し、出走を取り消した。 7月のエクリプスステークスはソーユーシンクの4着。ナッソーステークスは、前年のヨークシャーオークスで先着を許したミッデイに、また2馬身及ばず2着。9月のアイリッシュチャンピオンステークスも、ふたたびソーユーシンクの2着。10月2日のロンシャン、凱旋門賞では後方から鋭く伸びたものの、デインドリームの3着まで。2週間後のアスコット、英チャンピオンステークスはシリュスデゼーグルの3着だった。 5つのGIを走って、勝てなかった。相手はいずれもその年のヨーロッパを代表する馬たちで、負け方に情けないものは一つもない。それでも、勝ち鞍はゼロだった。4歳の秋、彼女はもう一度、京都へ向かう。

クビ差の連覇 ― 史上初

2011年11月13日、京都。今度は1番人気だった。 シンメイフジが大逃げを打つ。直線、アヴェンチュラアパパネホエールキャプチャの3頭が競り合い、決着はその中から出るように見えた。そこへ、馬場の真ん中を割って1頭が伸びてきた。クビ差。2分11秒6。 1頭の外国馬が日本の平地GIを2度勝ったのは、これが史上初めてのことである。ムーアとのコンビは、これで5戦5勝になった。前年は内が開き、この年は真ん中が開いた。どちらも、開いた瞬間にそこにいた。それは幸運ではなく、待てる馬と待てる騎手の仕事だった。

失われた勝利と、レコード

連覇のあと、陣営は香港ヴァーズに登録した。しかし現地の調教中に左前脚を痛める。屈腱炎だった。出走を取り消し、長い休養に入る。 復帰は9か月後、2012年8月19日のドーヴィル。ジャンロマネ賞を、道中は後方3、4番手から進み、直線でイジートップとの追い比べを制した。ムーアとのコンビは6戦6勝。だがこの勝利は、後日取り消される。屈腱炎の治療のために投与された抗炎症剤が体内に残っていたことが判明し、禁止薬物の使用として失格になった。成績表のその行に残るのは、着順ではなく「失」の一字である。 3週間後、レパーズタウン。前年ソーユーシンクの2着に敗れたアイリッシュチャンピオンステークスに、彼女は戻ってきた。鞍上はランフランコ・デットーリ。この年のエクリプスステークスを勝ったナサニエルを退け、2分00秒92のレコードで駆け抜けた。 凱旋門賞とブリーダーズカップターフへ向かう予定だったが、凱旋門賞の直前に脚部不安が出て、2つとも回避。2013年も現役を続け、復帰に向けて乗り込まれていたが、左前脚の屈腱炎が再発した。そこで旅は終わった。イギリス、アイルランド、フランス、日本、香港——5つの国のターフを走り、6つのGIを勝った牝馬である。

雪の名を継ぐもの

引退後は、アイルランドの牧場で繁殖生活に入った。初仔はBelle De Neige(2015年生)、2番仔はグレンイーグルスとの間に生まれたVirgin Snow(2017年生)。そして3番仔は、フランケルを父に持つ牡馬だった。 その馬に付けられた名は、ジョンリーパー。ジョン・リーパー・ダンロップ——シャーリーハイツとエルハーブで英ダービーを2度勝ち、2人の息子を調教師に育てた男であり、1983年に1番人気のハイホークを連れてジャパンカップにやって来た、あの調教師の名である。2018年7月7日、79歳の誕生日を3日後に控えて世を去った。その名を背負った仔は2021年、デットーリを背にエプソムのダービーを走り、9着だった。坂を上りきることはできなかったが、名前はそこにあった。 2016年、カラ競馬場のG3競走が、彼女の名で呼ばれるようになった。スノーフェアリーステークス。8馬身差でアイリッシュオークスを勝った、あの競馬場である。 そして母のウッドランドドリームは、いま日本にいる。2014年生まれのレジデンスを皮切りに、北海道・三石のケイアイファームで仔を産み続けてきた。相手はディープインパクトキングカメハメハロードカナロア。2023年生まれの仔まで血をつなぎ、母は24歳になった。 1800ユーロの値も付かなかった牝馬の名は、いまアイルランドのレース名になっている。その仔は調教師の亡き父の名を背負ってエプソムの坂を上り、彼女を産んだ母は、娘が2度勝った国の牧場にいる。京都の4コーナーで通路が開いたあの一瞬は、まだ遠い出来事になっていない。

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