名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
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名馬録

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シンハライトのイメージビジュアル
シンハライトSinhalite
Sinhalite

シンハライト

通算成績6戦5勝

獲得賞金28,642万円

生年月日 2013.04.11(平成25年)毛色 黒鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
シンハライトの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
1 GII関西TVローズS 阪神 芝1800 1人気 池添謙一 1:46.7 上り33.7
1 GI優駿牝馬 東京 芝2400 1人気 池添謙一 2:25.0 上り33.5映像
2 GI桜花賞 阪神 芝1600 2人気 池添謙一 1:33.4 上り33.7映像
1 GIIIチューリップ賞 阪神 芝1600 2人気 池添謙一 1:32.8 上り33.0映像
1 OP紅梅S 京都 芝1400 1人気 池添謙一 1:21.5 上り33.7
1 2歳新馬 京都 芝1600 1人気 池添謙一 1:36.3 上り34.7

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
シンハライトの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
ディープインパクトDeep ImpactサンデーサイレンスSunday SilenceHalo
Wishing Well
ウインドインハーヘアWind in Her HairAlzao
Burghclere
シンハリーズSinghaleseSingspielIn the Wings In The Wings
Glorious Song
BaizeEfisio
Bayonne
STORY

旅程 — この馬の物語

2013年生まれの黒鹿毛の牝馬。父ディープインパクト、母シンハリーズ。主な勝ち鞍は優駿牝馬・チューリップ賞・関西TVローズS。

セイロンの石 ― 名と、母が見た背中

黒鹿毛の牝馬に、宝石の名がついた。シンハライト。1952年にスリランカで初めて見つかった鉱物で、サンスクリット語でその島を指す「シンハラ」から名を採っている。見る角度によって淡い褐色にも、緑を帯びた褐色にも、濃い褐色にも映る。多色性という性質をもつ石だ。母の名から連想され、輝かしい成績をおさめられるようにという願いを込めて付けられた。 母シンハリーズはイギリスで生まれた栗毛の牝馬である。12戦3勝。2005年の夏、アメリカに渡った彼女は、アメリカンオークスで日本から来た一頭に及ばず3着に敗れ、その翌月、デルマーオークスを勝って米GIの称号を手にした。先着を許した相手の名はシーザリオ。その年の五月に府中の芝2400メートルを制した、日本のオークス馬だった。 引退したシンハリーズは社台グループに買われ、北海道安平町のノーザンファームで繁殖牝馬になる。産んだ仔には、2011年のラジオNIKKEI杯2歳ステークスを勝ったアダムスピーク、2016年のマーメイドステークスを勝ったリラヴァティがいた。そして2013年4月11日、ディープインパクトとの間に生まれたのが、この黒鹿毛である。5代のうちにHaloの3×4を抱えた血だった。 母がアメリカの芝で見上げた「オークス」という言葉は、十一年後、その娘の背に返ってくる。

函館のゲート ― 六度、同じ男が乗る

2015年7月、函館競馬場。二歳になったばかりのその牝馬は、池添謙一を背にゲート試験に合格した。この縁が、そのまま手綱の縁になる。 10月10日、京都の芝1600メートル。単勝2.4倍の1番人気に推された新馬戦で、シンハライトは道中を3、4番手に進み、直線で先頭に立つとそのまま押し切った。馬体重430キロ。牝馬としても小柄な部類の馬である。 オルフェーヴルで三冠を、ドリームジャーニーで有馬記念を勝ってきた男が、この430キロの背に跨り続けることになる。生涯6戦、6度とも鞍上は池添だった。乗り替わりは、ついに一度もない。

ハナ差で勝つ ― チューリップ賞

年が明けた1月17日、京都の紅梅ステークス。芝1400メートルで1番人気に応え、直線で末脚を伸ばして二つ目の白星を挙げる。 3月5日、阪神のチューリップ賞。単勝5.6倍の2番人気だった。1600メートルを1分32秒8、上がり33秒0。直線で抜け出したところへ、最後まで並びかけてくる一頭がいた。ジュエラーヴィクトワールピサの娘で、この日は1番人気に支持されていた馬である。二頭は競り合ったまま入線し、ハナ差だけシンハライトが前に出ていた。デビュー三連勝。 この1分32秒8という時計と、二頭がつくった追い比べの熱が、その春の牝馬路線の目盛りになった。

二センチで負ける ― 桜花賞

4月10日、阪神。三強と呼ばれた。阪神ジュベナイルフィリーズを完勝し、今季初戦のクイーンカップも5馬身差で逃げ切ったメジャーエンブレムが単勝1.5倍の断然人気。これに、チューリップ賞で壮絶にやり合った二頭が続く。シンハライトが4.9倍、ジュエラーが5.0倍だった。 直線。7番手の内で包まれ、苦しい形になっていたメジャーエンブレムが、馬群をこじ開けて先頭へ出る。それをすぐ外からかわしにいったのがシンハライトだった。中団から4コーナーでスムーズに外へ持ち出され、馬場の真ん中を突き抜けて、勝ちに行った。 残り50メートル、大外から並びかけてきたのがジュエラーである。二頭は並び立ったまま入線した。長い写真判定のあと、告げられたのはジュエラーのハナ差先着——およそ2センチの差だった。桜花賞がハナ差で決したのは、1994年のオグリローマン以来、このときで四例目である。 ひと月あまり前、ハナ差で下した相手に、今度はハナ差で下された。上がりはシンハライトが33秒7、ジュエラーが33秒0。負けたのは、生涯でこの一度だけになる。

樫の女王 ― 二〇一六年五月二十二日

5月5日、ジュエラーの左前第一指骨に剥離骨折が見つかり、オークスは断念となった。メジャーエンブレムはNHKマイルカップへ向かい、そちらを勝った。桜の三強のうち、府中の芝2400メートルに駒を進めたのはシンハライトだけである。単勝2.0倍。絶対に負けられない一戦になった。 晴れ、良馬場、18頭立て。1000メートル通過59秒8、緩みのないラップでレースは流れた。スタートで置かれたシンハライトは、思っていたより後ろの位置で、後方馬群の内に入る。池添は折り合いだけを守り、直線の一撃にすべてを託した。 直線。先行勢をのみ込んでビッシュが先頭に立ち、大外からはチェッキーノが鋭く迫る。その脇、馬群の隙間を割って飛んできたのが422キロの牝馬だった。残り200メートルの伸び脚は、五月の日射しの下でひときわ明るい。内のビッシュを交わし、外のチェッキーノをクビ差だけ封じて、先にゴール板を通過する。2分25秒0、上がり33秒5。樫の女王。 石坂正にとっては2012年のジェンティルドンナ以来のオークス2勝目、池添にとっては2008年のトールポピー以来の2勝目だった。母がシーザリオの背中を見た夏から十一年、その娘は、シーザリオが勝ったのと同じ府中の2400メートルを勝った。 ただし、この勝利には代償がついている。最後の直線で外側に斜行し、デンコウアンジュに接触してバランスを崩させたとして、池添には開催2日間の騎乗停止が科された。シンハライトの1着は動かなかったが、勝ち方の責めは鞍上にある。八年前、トールポピーでこの同じレースを勝ったときも、彼は斜行で同じ長さの処分を受けていた。二度の樫の栄冠には、二度とも同じ形の傷が付いている。 それでも、この日の池添は先を見ていた。「秋にはジュエラーメジャーエンブレムを相手にナンバー1であることを証明したい」[^1]

出典:日本中央競馬会「第77回 優駿牝馬(オークス)」2016年5月22日、https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/oaks/result/oaks2016.html、閲覧日:2026年7月26日。

屈腱 ― 来なかった秋

四か月の休養を経て、9月18日のローズステークス。桜花賞馬ジュエラーとの再戦に注目が集まった一戦は、重馬場の阪神の芝1800メートルだった。単勝1.6倍。道中は中団に構え、直線で末脚を放って差し切る。1分46秒7、上がり33秒7。クロコスミアを抑えての完勝で、ジュエラーは11着に沈んでいた。証明のための秋が、順調に始まったように見えた。 10月5日、左前脚に浅屈腱炎が見つかる。九か月以上の休養を要するという診断だった。秋華賞は断念。 安平町のノーザンファームで経過を見たが、腱は良化しなかった。11月16日に引退が発表され、翌17日付で競走馬登録が抹消される。三歳の秋、6戦5勝、獲得賞金2億8642万6000円。走ることは、ここで終わった。 彼女が立てなかった秋華賞はヴィブロスが勝った。それでもその年のJRA賞最優秀3歳牝馬に選ばれたのは、五月の府中を勝った牝馬である。六度ゲートに入り、負けたのは、あの2センチだけだった。

石の一族 ― 島へ帰る名

引退したシンハライトは、生まれた牧場に戻って繁殖牝馬になった。初仔は2018年のセブンサミット(父モーリス)。その最初の管理調教師は、母を育てた石坂正である。以下、アルジュナ(父キングカメハメハ)、ダンブッラ(父ロードカナロア)、セイロンジェムズ(父レイデオロ)と続き、2022年には流産もあった。五番仔のアランカール(父エピファネイア)は母と同じキャロットの勝負服で走り、六番仔ラトナジャーラ、七番仔は2025年生まれのエフフォーリア産駒の牝馬。仔たちの名は、母の名が呼び寄せた島と石の響きから、ついに離れなかった。 一族もまた伸びた。半姉リラヴァティの仔ワールズエンドは2026年の京王杯スプリングカップを勝ち、従姉妹のホウオウラスカーズは2025年の京成杯オータムハンデキャップを勝っている。母シンハリーズは2022年10月に繁殖を退き、いまはノーザンファームで仔馬を見守るリードホースとして繋養されている。 そして、あの春に2センチ届かなかった桜の冠を、池添謙一は翌2017年、レーヌミノルの背で掴んだ。2002年のアローキャリー以来、十五年ぶりの桜花賞だった。シンハライトで六度乗り、ただ一度だけ負けたレースを、この男は別の牝馬と取り返しにいったことになる。 多色性——見る角度で色を変える、という性質を、その石は持っている。わずか六戦で閉じた現役もまた、光の当たる向きで違って見える。二センチ足りなかった春の面。馬群を割って出た五月の面。生まれた牧場に戻り、母になった、いまの面。どれもが同じひとつの石で、どの角度から覗いても、褐色の深いところに火が残っている。

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