名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。

名馬録
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ショウワモダンのイメージビジュアル
ショウワモダンShowa Modern
Showa Modern

ショウワモダン

通算成績47戦10勝

獲得賞金35,405万円

生年月日 2004.03.31(平成16年)毛色 鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
ショウワモダンの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
14 GII京王杯スプリングカップ 東京 芝1400 8人気 後藤浩輝 1:21.3 上り34.4
5 GII読売マイラーズカップ 阪神 芝1600 12人気 横山典弘 1:32.8 上り33.6
7 GIIIダービー卿チャレンジトロフィー 阪神 芝1600 10人気 後藤浩輝 1:33.6 上り33.8
15 GIII東京新聞杯 東京 芝1600 9人気 後藤浩輝 1:34.0 上り35.1
17 GIマイルチャンピオンS 京都 芝1600 11人気 後藤浩輝 1:32.9 上り35.1映像
16 GI天皇賞(秋) 東京 芝2000 12人気 柴田善臣 2:00.6 上り36.1映像
14 GIII富士S 東京 芝1600 3人気 後藤浩輝 1:33.6 上り35.1
9 GII毎日王冠 東京 芝1800 2人気 後藤浩輝 1:47.2 上り35.5
1 GI安田記念 東京 芝1600 8人気 後藤浩輝 1:31.7 上り34.6映像
1 OPメイS 東京 芝1800 6人気 後藤浩輝 1:45.7 上り34.5
1 GIIIダービー卿チャレンジトロフィー 中山 芝1600 7人気 後藤浩輝 1:34.3 上り33.7
3 OP東風S 中山 芝1600 5人気 後藤浩輝 1:34.1 上り34.5
3 GII中山記念 中山 芝1800 5人気 後藤浩輝 1:52.5 上り38.1
16 GIII根岸S 東京 ダ1400 15人気 江田照男 1:26.1 上り38.4
9 OPニューイヤーS 中山 芝1600 7人気 勝浦正樹 1:34.0 上り36.6
1 OPディセンバーS 中山 芝1800 7人気 横山典弘 1:48.5 上り34.4
11 GIII福島記念 福島 芝2000 15人気 勝浦正樹 1:59.4 上り36.6
12 OPポートアイランドS 阪神 芝1600 8人気 中舘英二 1:34.5 上り35.8
10 GIII京成杯オータムH 中山 芝1600 8人気 村田一誠 1:32.7 上り34.7
2 OP福島テレビOP 福島 芝1800 1人気 松岡正海 1:48.9 上り36.3
6 OP欅S 東京 ダ1400 4人気 松岡正海 1:22.8 上り34.8
9 OP都大路S 京都 芝1600 4人気 藤田伸二 1:33.9 上り34.9
8 GIIIダービー卿チャレンジトロフィー 中山 芝1600 5人気 蛯名正義 1:34.0 上り34.9
1 OP東風S 中山 芝1600 2人気 藤田伸二 1:36.5 上り36.7
9 GIII東京新聞杯 東京 芝1600 6人気 勝浦正樹 1:38.1 上り38.2
2 OPニューイヤーS 中山 芝1600 5人気 後藤浩輝 1:34.9 上り35.6
16 GIII鳴尾記念 阪神 芝1800 9人気 村田一誠 1:48.5 上り38.5
1 ノベンバーS 東京 芝1800 4人気 村田一誠 1:48.2 上り34.0
13 新潟日報賞 新潟 芝1600 4人気 蛯名正義 1:33.7 上り34.6
6 GIIIエプソムカップ 東京 芝1800 8人気 蛯名正義 1:46.3 上り35.6
10 GII読売マイラーズカップ 阪神 芝1600 9人気 岩田康誠 1:34.2 上り35.1映像
6 GIIIダービー卿チャレンジトロフィー 中山 芝1600 12人気 勝浦正樹 1:34.5 上り34.3
1 斑鳩S 京都 ダ1400 1人気 C.ルメール 1:24.7 上り37.8
4 早春S 東京 芝1800 3人気 勝浦正樹 1:47.5 上り35.2
2 仲冬S 中山 芝1600 6人気 大野拓弥 1:34.1 上り35.7
8 冬至S 中山 芝1800 7人気 勝浦正樹 1:49.1 上り35.4
1 紅葉特別 東京 芝1600 5人気 勝浦正樹 1:37.1 上り36.5
11 GIIIラジオNIKKEI賞 福島 芝1800 12人気 大野拓弥 1:48.3 上り36.0
8 GIIニュージーランドトロフィー 中山 芝1600 9人気 横山典弘 1:34.3 上り35.3
4 GIIフジTVスプリングS 中山 芝1800 7人気 勝浦正樹 1:49.5 上り37.2
1 若竹賞 中山 芝1800 2人気 松岡正海 1:50.3 上り35.4
1 3歳未勝利 中山 芝1600 2人気 大野拓弥 1:36.7 上り36.9
2 2歳未勝利 中京 ダ1700 1人気 大野拓弥 1:49.1 上り38.7
2 2歳未勝利 東京 ダ1600 1人気 的場勇人 1:39.7 上り39.4
2 2歳未勝利 東京 ダ1600 6人気 松岡正海 1:39.0 上り38.3
3 2歳未勝利 新潟 ダ1200 2人気 中舘英二 1:13.2 上り37.2
6 2歳新馬 福島 芝1200 2人気 大野拓弥 1:12.2 上り36.6

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
ショウワモダンの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
エアジハードサクラユタカオーテスコボーイTesco Boy
アンジェリカ
アイシーゴーグルロイヤルスキー
シャダイアイバー
ユメシバイトニービンTony BinカンパラKampala
Severn Bridge
ヨドセンリョウエルセンタウロ
リリーオブザナイルLily of the Nile
STORY

旅程 — この馬の物語

2004年生まれの鹿毛の牡馬。父エアジハード、母ユメシバイ。主な勝ち鞍は安田記念・ダービー卿チャレンジ。

昭和を偲んで

2004年3月31日、北海道千歳市の社台ファームで鹿毛の牡馬が生まれた。父エアジハードは1999年に安田記念とマイルチャンピオンシップを勝ったマイルの王者、母ユメシバイは中央で33戦4勝、条件戦を四つ積み上げて繁殖に上がった牝馬である。母の母はヨドセンリョウ。半きょうだいにはドリームドラマ、ビルアンドクー、コネクトフォー、ユメノシルシ、アイアムドラマ、ユメモノガタリと、夢と芝居の名が並ぶ。その一族のなかで、この馬だけが違う方角の名をもらった。馬主は山岸桂市。名の意味は「昭和を偲んで」。 美浦の杉浦宏昭厩舎に入り、2006年7月1日、福島の芝1200メートルでデビューする。鞍上は前年にデビューしたばかりの厩舎所属の若手、大野拓弥。2番人気に推されて6着だった。 そこからダートに矛先を替えて、三着、二着、二着、二着と並べた。11月の東京で二度、12月の中京で一度。中京の一戦はほとんど並んだままの二着である。勝ち切れない、という言葉がそのまま形になったような半年だった。 年が明けた2007年1月7日、中山の芝1600メートル。馬場は重。ここで六戦目にして、ようやく先頭でゴールした。手綱はやはり大野が取っていた。時計は1分36秒7で、その距離にしては相当にかかっている。時計がかかることはこの馬にとって悪い報せではない——それが誰の目にも分かるのは、まだずっと先のことである。

兄が重賞を勝った夏

2007年1月21日、中山の若竹賞を松岡正海で連勝し、クラシックの季節に間に合った。3月のスプリングステークスは7番人気で4着、4月のニュージーランドトロフィーは9番人気で8着、7月のラジオNIKKEI賞は12番人気で11着。三度とも、勝ち負けには加われなかった。 その夏、8月26日の新潟記念を、二つ上の半兄ユメノシルシが勝った。母は同じユメシバイ、父はフジキセキ。きょうだいで最初の重賞は、弟ではなく兄のものになった。ショウワモダンは福島の敗戦を最後に四か月近く走らず、次に姿を見せたのは10月末である。 10月27日、東京の芝1600メートル。不良馬場の紅葉特別を勝った。年末は冬至ステークス8着、仲冬ステークス2着。 2008年2月24日、京都のダート1400メートル、斑鳩ステークス。ルメールを背に1番人気で勝ち、オープン入りを果たす。 そこからの一年、重賞の壁だけが動かなかった。4月のダービー卿チャレンジトロフィーは12番人気6着、阪神のマイラーズカップは9番人気10着。ちなみにこのマイラーズカップを勝ったカンパニーがGIに手を掛けるのは翌年、八歳の秋のことである。6月のエプソムカップ6着、8月の新潟日報賞13着で準オープンへ降級した。 11月16日、東京のノベンバーステークス。逃げて、ほとんど並ばれながら押し切ってオープンに戻る。12月の鳴尾記念は16着。四歳が終わって、通算二十一戦五勝だった。

道悪の鬼

2009年は十一戦して二勝。1月のニューイヤーステークスで2着に粘ったとき、初めて背にいたのが後藤浩輝だった。3月14日、不良馬場の東風ステークスを藤田伸二で勝ち、12月19日、九頭立てのディセンバーステークスを横山典弘で勝った。その年に走った重賞は四つ。東京新聞杯9着、ダービー卿チャレンジトロフィー8着、京成杯オータムハンデキャップ10着、福島記念11着。どれも掲示板に届かない。五歳が終わって通算三十二戦、重賞の勝ち鞍はまだ一つもない。 代わりに、この馬には呼び名がついていた。道悪の鬼。初勝利は重馬場、紅葉特別は不良、東風ステークスも不良である。6月に福島テレビオープンで2着に粘った日も、馬場は重だった。 しかも、単に渋った馬場が得意だという話ではなかったらしい。厩舎では、この馬は雨そのものが好きなのだと言われていた。調教師の杉浦宏昭は、雨の日は歩様までリズミカルになって本当に楽しそうに歩くのだと語り、後藤は、晴れた日はうなだれるように歩くのに雨の日はいきいきしているのだと語っている。 翌年、この鞍上は晴れ渡った六月の東京でGIを勝ち、レースのあとでこう言うことになる。「不安は天気が良すぎたことくらい」[^1]

出典:競馬ラボ「【安田記念】伏兵ショウワモダンが快勝!父子制覇達成!」2010年6月6日配信、https://www.keibalab.jp/topics/4277/、閲覧日:2026年8月1日。

三十六歳と、六歳

六歳の年明けは、下がるところまで下がった。1月のニューイヤーステークス9着。1月31日の根岸ステークスはダートに戻して15番人気、勝ち馬から2秒4離された16着である。 そこから、静かに戻ってきた。2月28日、不良馬場の中山記念で3着。3月14日の東風ステークスで3着。二度とも鞍上は後藤だった。 4月4日、中山、ダービー卿チャレンジトロフィー。六歳の誕生日から四日後のことである。7番人気。逃げるマイネルファルケにハナを譲って二番手につけ、内で粘るサニーサンデーを封じながら直線を向き、前の一頭との叩き合いをしぶとく制した。三十七戦目にして、初めての重賞だった。 鞍上もまた、3月19日に三十六歳になったばかりだった。フラワーカップ、マーチステークスに続く三週連続の重賞制覇。パドックで跨った瞬間に背中からやる気が伝わってきた、今日は違うと思った——後藤はそう振り返り、最後にこう付け足している。「36歳になったら、なぜか流れが向いてきたね」[^1] 5月22日、東京のメイステークス。59キロを背負って、シルポート以下を退けて連勝する。中一週で、安田記念へ向かうことになった。

出典:競馬ラボ「後藤騎手『流れが向いてきた』/ダービー卿CTレース後のコメント」2010年4月4日配信、https://www.keibalab.jp/topics/3751/、閲覧日:2026年8月1日。

まだだ、まだだ

六月六日、東京競馬場。晴れ。芝は良。雨を待つ馬にとっては、いちばん歓迎できない条件が揃っていた。 フルゲートが埋まった。大外から出たエーシンフォワードが思い切りよくハナを切り、人気を分け合う三頭がその後ろに続く。香港から遠征してきた三頭は先行勢を射程に置いて構える。ショウワモダンはその外を回りながら、隊列の後ろ寄りにいた。人気ではなかった。 千メートル通過、五十六秒三。速い。速いまま、馬群は四コーナーを回った。 直線。粘るエーシンフォワードを交わして、トライアンフマーチがいったん先頭に立つ。その外で、後藤は待っていた。手応えはとうに来ている。来ているのに、動かない。 前の週、彼は日本ダービーでクビ差の二着に敗れていた。騎乗停止になった小牧太に代わって二歳王者ローズキングダムの手綱を取り、追い出しの一呼吸を最後まで悔やんだ七日間だった。 「まだだ、まだだ」[^1] 自分にそう言い聞かせながら、待てるだけ待った。 それから外へ持ち出す。並ぶ。前を交わす。さらに外からスーパーホーネットが伸び、内からはスマイルジャックが上がってくる。三頭が横に並んだまま、決勝線までを削り合った。最後の百メートルは馬も人も体力を使い切っていて、気力だけで運んだのだと、後藤はのちに語っている。 半馬身。先頭でゴール板を通過したのは、デビューから数えて三十九戦目の午後だった。

出典:スポーツナビ「ショウワモダン叩き上げの頂点! 父子2代マイル王に=安田記念」2010年6月6日配信、https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201006060023-spnavi、閲覧日:2026年8月1日。

三代

勝ち時計は1分31秒7。安田記念のレコードだった。 父エアジハードは1999年の安田記念を勝っている。1番人気だったグラスワンダーに大外から並びかけ、ゴール板の手前でハナだけ出た勝ち方で、管理していた美浦の伊藤正徳にとっては調教師として初めてのGIだった。父と子で安田記念を勝ったのは、グレード制の導入以降ではニホンピロウイナーとヤマニンゼファーに続く二組目になる。さらに祖父サクラユタカオーは1986年の天皇賞(秋)の勝ち馬で、内国産の父子三代がGIを勝ち継いだことにもなった。エアジハードにとっては、産駒が挙げた初めてのJRA・GIでもある。 馬主の山岸桂市にとっては、所有馬のGI初出走が、そのまま初勝利になった。 三十九戦目でのGI初制覇は、当時、国内でこれを上回るキャリアの例がないと報じられた。それまでの最多はグルメフロンティアとトウカイポイントの三十五戦だったという。 調教師の杉浦宏昭にとっては、2002年のNHKマイルカップをテレグノシスで勝って以来、二つ目のGIだった。本格化の理由を訊かれると、自分は何もしていない、馬が勝手に強くなったのだと答えている。気持ちが安定して自信がついたのだろう、とも。 この厩舎には、もっと長い糸も通っていた。1982年の春、美浦の二本柳俊夫厩舎からデビューしたばかりの新人騎手が、同じ厩舎の一頭の牝馬の初陣に乗っている。その新人が杉浦宏昭で、牝馬はシャダイアイバーといった。彼女は二か月後にオークスを勝ち、繁殖に上がってアイシーゴーグルを産み、そのアイシーゴーグルがエアジハードを産んだ。ショウワモダンにとっては父方の曾祖母にあたる。新人の年に跨いだ牝馬の曾孫を、二十八年後、杉浦は自分の厩舎から東京のマイルへ送り出していたことになる。 後藤浩輝のほうにも糸はあった。1992年に免許を取って最初に所属したのが、ほかならぬ伊藤正徳の厩舎である。三年で厩舎を離れてフリーになった若者は、師が初めてGIを勝ったのと同じ安田記念で2002年にアドマイヤコジーンとともに自身初のJRA・GIを手にし、その八年後、師が育てたあの馬の子で、同じレースをもう一度勝った。

六十キロ

安田記念のあと、フランスへの遠征プランも取り沙汰された。実現はしなかった。 秋。10月10日の毎日王冠は2番人気で9着。10月23日の富士ステークスは3番人気で14着。10月31日の天皇賞(秋)は、この一戦だけ柴田善臣が手綱を取って16着。11月21日のマイルチャンピオンシップは17着で、勝ったのはエーシンフォワードだった。六月の東京でハナを切っていた、あの馬である。 2011年は四戦。東京新聞杯は60キロを背負って15着、阪神のダービー卿チャレンジトロフィー7着、マイラーズカップ5着、5月14日の京王杯スプリングカップ14着。GIを勝ってから、勝ち星はひとつも増えなかった。増えたのは背負うもののほうだった。 連覇を狙って安田記念へ向かっていた6月、追い切りのあとで鼻出血を発症する。立て直しには時間がかかると判断され、引退が決まった。6月8日付で競走馬登録が抹消される。47戦10勝、獲得賞金3億5405万円。七歳になっていた。

中山、四月五日

引退したショウワモダンは東京・世田谷の馬事公苑へ送られ、乗馬になった。競走馬をやめた馬が新しい仕事を覚えていく、ごく当たり前の第二の馬生が始まるはずだった。 2011年12月2日、その馬事公苑の馬房で事故が起き、窒息して死んだ。七歳。登録抹消から半年も経っていなかった。 2015年2月27日、後藤浩輝が四十歳で急逝する。JRAで千四百を超える勝ち星とGI五勝を挙げ、二度の落馬による頸椎骨折からそのつど戻ってきた騎手だった。 4月5日、中山競馬場。最終レースのあと、パドックで送別の会が開かれた。彼を最初に預かった師である伊藤正徳、同期の小林淳一、後輩の三浦皇成が思い出を語り、両親と妻が弔辞を読んだ。最後に、その日中山で乗っていた騎手たちが一枚の写真パネルを掲げ、引退式のときと同じように宙へ放り上げた。写っていたのは、2010年の安田記念だった。 生前の彼を長く取材した書き手は、雨が好きだったというこの馬の話をするときの後藤が、仲のいい友人について語っているかのようだったと書き残している[^1]。 六戦目まで勝てず、三十七戦目まで重賞に手が届かず、三十九戦目でGIに届いた。遅いということは、長いということでもある。長く走った馬だけが、たくさんの人の記憶に何度も現れる。 だから、あの一枚が中山の空へ浮かんだとき、そこにいたのは騎手ひとりではなかった。写真の中では、雨を待たずに勝った鹿毛の馬も、いっしょに宙へ上がっていた。会はファンが名前を呼ぶ声で締めくくられたという。呼ばれていたのは人の名だけだったけれど、あの六月の直線を最後まで我慢して走り切った二人ぶんが、たしかにそこで胴上げされていた。

出典:Number Web「素晴らしい騎手であり、熱い男だった。後藤浩輝騎手との思い出をたどって。」(島田明宏)2015年4月4日配信、https://number.bunshun.jp/articles/-/823065、閲覧日:2026年8月1日。

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