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スクリーンヒーロー
通算成績23戦5勝
獲得賞金5億340万円
生年月日 2004.04.18(平成16年)毛色 栗毛性 牡
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 13 | GIジャパンカップ | 東京 芝2400 | 4人気 | M.デムーロ | 2:24.5 | 上り36.9 | 映像 | |
| 2 | GI天皇賞(秋) | 東京 芝2000 | 7人気 | 北村宏司 | 1:57.5 | 上り33.6 | 映像 | |
| 5 | GI宝塚記念 | 阪神 芝2200 | 6人気 | 横山典弘 | 2:11.8 | 上り35.3 | 映像 | |
| 14 | GI天皇賞(春) | 京都 芝3200 | 2人気 | 横山典弘 | 3:17.1 | 上り37.7 | 映像 | |
| 4 | GII阪神大賞典 | 阪神 芝3000 | 3人気 | 横山典弘 | 3:14.0 | 上り39.0 | — | |
| 5 | GI有馬記念 | 中山 芝2500 | 3人気 | M.デムーロ | 2:32.0 | 上り36.5 | 映像 | |
| 1 | GIジャパンカップ | 東京 芝2400 | 9人気 | M.デムーロ | 2:25.5 | 上り34.0 | 映像 | |
| 1 | GIIアルゼンチン共和国杯 | 東京 芝2500 | 3人気 | 蛯名正義 | 2:30.8 | 上り33.7 | — | |
| 2 | オクトーバーS | 東京 芝2400 | 2人気 | 横山典弘 | 2:26.2 | 上り33.8 | — | |
| 2 | OP札幌日経OP | 札幌 芝2600 | 3人気 | 武幸四郎 | 2:42.4 | 上り35.7 | — | |
| 1 | 支笏湖特別 | 札幌 芝2600 | 1人気 | 横山典弘 | 2:44.2 | 上り34.8 | — | |
| 3 | GIIセントライト記念 | 中山 芝2200 | 14人気 | 木幡初広 | 2:12.7 | 上り36.1 | — | |
| 16 | GIII新潟記念 | 新潟 芝2000 | 9人気 | 石橋脩 | 1:59.6 | 上り35.8 | — | |
| 2 | GIIIラジオNIKKEI賞 | 福島 芝1800 | 14人気 | 石橋脩 | 1:47.9 | 上り35.3 | — | |
| 4 | エーデルワイスS | 東京 芝1600 | 8人気 | 木幡初広 | 1:34.4 | 上り35.5 | — | |
| 7 | OPプリンシパルS | 東京 芝2000 | 8人気 | 蛯名正義 | 2:00.4 | 上り34.4 | — | |
| 2 | OP伏竜S | 中山 ダ1800 | 7人気 | 北村宏司 | 1:53.9 | 上り38.2 | — | |
| 5 | GIIフジTVスプリングS | 中山 芝1800 | 10人気 | 木幡初広 | 1:49.5 | 上り36.8 | — | |
| 1 | 3歳500万下 | 中山 ダ1800 | 1人気 | 木幡初広 | 1:56.4 | 上り38.6 | — | |
| 3 | カトレア賞 | 東京 ダ1600 | 8人気 | 木幡初広 | 1:39.6 | 上り37.9 | — | |
| 1 | 3歳未勝利 | 中山 ダ1800 | 2人気 | 木幡初広 | 1:57.1 | 上り39.8 | — | |
| 2 | 2歳未勝利 | 中山 ダ1800 | 5人気 | 木幡初広 | 1:56.0 | 上り40.1 | — | |
| 4 | 2歳新馬 | 東京 ダ1600 | 13人気 | 木幡初広 | 1:41.4 | 上り39.8 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父グラスワンダーGrass Wonder | Silver Hawk | Roberto |
| Gris Vitesse | ||
| Ameriflora | Danzig | |
| Graceful Touch | ||
| 母ランニングヒロイン | サンデーサイレンスSunday Silence | Halo |
| Wishing Well | ||
| ダイナアクトレス | ノーザンテーストNorthern Taste | |
| モデルスポート |
引退後・牧場での映像
ゴール板の先の時間旅程 — この馬の物語
2004年生まれの栗毛の牡馬。父グラスワンダー、母ランニングヒロイン。主な勝ち鞍はジャパンC・アルゼンチン共和国杯。
女優たちの家 ― 二〇〇四年四月十八日
2004年4月18日、北海道千歳市の社台ファームで栗毛の牡が生まれた。同じ日の中山では第64回皐月賞が行われ、10番人気のダイワメジャーがミルコ・デムーロを背に2000mを1分58秒6で駆け抜けている。同じ牧場の生産馬がクラシックを勝ったその日に生まれた仔を、社台ファームの長浜卓也は、将来大きな仕事をするかもしれないと期待して見ていたと後年振り返っている。 この一族は、名前からして舞台の家だった。曾祖母モデルスポート、その娘ダイナアクトレス――冠名「ダイナ」に英語の女優を継ぎ足した名で、母の名からの連想に加え、出資者に女優の南田洋子がいたことにも由来する――そしてそのまた娘が、この馬の母ランニングヒロインである。三代続いた女優とヒロインの家に生まれた牡には、銀幕のヒーローという意味の名が与えられた。 血は良かった。祖母ダイナアクトレスは19戦7勝、重賞を5つ勝ち、1987年と1988年に最優秀5歳以上牝馬に選ばれている。伯父ステージチャンプは日経賞とステイヤーズステークスを勝ち、1993年の菊花賞ではビワハヤヒデの2着、1995年の天皇賞(春)ではライスシャワーに競り負けて2着。伯母プライムステージも重賞を2つ勝った。それでも祖母も伯父も、平地のGIには手が届かないまま終わっている。 母ランニングヒロインに至っては、1996年に東京で二度走り、二度とも着外に沈んで、賞金を一円も稼がずに繁殖に上がった。ヒロインという名を持ちながら、彼女は一度も主役を張っていない。 そして、モデルスポートの代からこの牝系を預かってきたのは、美浦の矢野進だった。ダイナアクトレスも、ランニングヒロインも、彼の厩舎の馬である。騎手時代の矢野は943戦して103勝、重賞は一つも勝てないまま鞍を降りた男だった。1975年に自分の厩舎を開き、社台グループ生産馬の関東における受け皿として重賞を36勝するようになってからも、この一族だけは代々手元に置き続けている。 2006年11月25日、東京のダート1600mに四代目が現れた。単勝239.3倍の13番人気、木幡初広を背に4着。それが、この馬の最初の一走である。
菊を捨てる ― 二〇〇七年秋
勝ち上がるのに三戦かかった。2007年1月13日、中山のダート1800mで初勝利。翌月の500万下は同じ舞台を逃げ切って2勝目を挙げる。ダートで育った馬だった。 そこから先は、芝とダートを行き来する一年になる。初めての芝だったスプリングステークスは5着、ダートに戻した伏竜ステークスは2着、東京のプリンシパルステークスは7着。夏の福島、ラジオNIKKEI賞では14番人気で2着に食い込み、続く新潟記念は16着に沈んだ。着順の振れ幅が、そのまま、まだ固まりきらない体の話をしていた。 9月16日、中山のセントライト記念。ふたたび14番人気だったこの馬は3着に飛び込み、菊花賞への優先出走権を手にする。翌年二月に定年を控えた矢野進にとっては、最後のクラシックだった。祖母も伯父も届かなかった大レースであり、伯父ステージチャンプが淀の3000mで2着に粘ってから十四年が経っていた。 ところが直後、左前脚の膝に剥離骨折が見つかる。程度としては、本番まで誤魔化しながら使えば出走させることも不可能ではなかった。トレセンのスタッフは矢野に菊花賞を勧めている。 矢野は断った。「この馬には将来があるし無理しなければ必ず大成するから」[^1]。そう言って、自分の最後の菊花賞を手放した。 2008年2月、矢野進は定年で調教師を引退する。厩舎の馬たちは各所へ散り、療養中だったこの栗毛は3月、鹿戸雄一の管理馬になった。鹿戸は前年に騎手を辞めたばかりで、調教師としてはこの年に厩舎を開いたところだった。騎手としては5487戦346勝、中央の重賞は4つ。畳まれた老舗から、看板を掛けたばかりの店へ、馬は預け替えられた。
出典:「サラブレ」2011年3月号「〈名馬物語〉スクリーンヒーロー」(日本語版ウィキペディア『スクリーンヒーロー』経由で確認)、https://ja.wikipedia.org/wiki/スクリーンヒーロー 、閲覧日:2026年8月1日。
一年ぶりの芝 ― 二〇〇八年、札幌から府中へ
復帰は2008年8月16日、札幌の芝2600m、支笏湖特別だった。骨折から一年近く空いていたにもかかわらず1番人気に推され、横山典弘を背にきっちり勝つ。三歳の秋に置いてきた時間を、この馬は取り戻しにかかっていた。 9月の札幌日経オープンは武幸四郎で2着、10月のオクトーバーステークスは横山でまた2着。府中で刻んだ上がりは33秒8。勝ち切れないが、脚は確実に鋭くなっていた。 11月9日、東京の芝2500m、アルゼンチン共和国杯。準オープンの身での格上挑戦である。蛯名正義に導かれ、上がり33秒7で差し切って重賞を初めて勝った。四歳の秋、十六戦目にしてようやく届いた初めての重賞タイトルだった。 その三週間後、この馬は生まれて初めてGIのゲートに入る。
五番手の景色 ― 十一月三十日、府中
晴れていた。芝は良。東京競馬場の2400mに、その年のダービー馬ディープスカイ、前の年のダービー馬ウオッカ、そのまた前の年のダービー馬メイショウサムソンが並んでいる。栗毛の四歳馬は、外めの枠から出た。 ネヴァブションが思い切ってハナを切った。しかし前半の1000mは61秒8。誰も急がない。折り合いを欠く馬が続出し、三、四番手を進むウオッカも掛かり気味に頭を上げる。そのなかで、この馬だけが何事もないように流れに乗った。馬主の吉田照哉は、父グラスワンダーもそうだったらしいが、この馬に騎乗した騎手は皆、道中まったく引っかからない馬だと言っていた、と語っている。素直さは、この日いちばん高くついた才能だった。 ミルコ・デムーロは、マツリダゴッホとメイショウサムソンの背中が見える位置に馬を置いた。五、六番手。前でも後ろでもない、いつでも動ける場所である。いい位置が取れた、あとは馬の力を信じて乗るだけだと、デムーロは語っている。向正面でも三コーナーでも、隊列はほとんど動かない。 四コーナー。デムーロはひときわ低い姿勢で馬に張りつき、そのまま回り切った。府中の直線に向くと、前でマツリダゴッホが抜け出しにかかり、その内からウオッカが懸命に食い下がる。時計は、ここから一気に速くなる。 デムーロが追い出す。三頭がひとかたまりになり、その揉み合いのなかから栗毛だけが前に出た。 外から一頭、猛然と伸びてくる。ディープスカイ。府中の直線は長く、追い込みが最も届く場所である。並びかけられる。それでも、前には出させなかった。半馬身。 2分25秒5。デムーロは何度も拳を突き上げ、「I'm so happy」[^1]と繰り返した。
出典:日本中央競馬会「第28回ジャパンカップ(GI)競走成績」、https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/jc/result/jc2008.html 、閲覧日:2026年8月1日。
四千百円
単勝は4100円だった。9番人気。馬連は19番人気で7620円をつけている。三世代のダービー馬を、三週間前に初めて重賞を勝ったばかりの馬が負かしたのだから、驚くほうが自然な数字ではある。ディープスカイが2着、ウオッカが3着、メイショウサムソンは6着だった。 勝ったのは馬だけではない。鹿戸雄一は開業一年目でGIを獲った。デムーロにとってもジャパンカップは初制覇で、しかもこの騎手は、この馬が生まれた日の中山で皐月賞のダイワメジャーに乗っていた男である。父グラスワンダーの産駒が平地のGIを勝ったのも、これが最初だった。 鹿戸はレース後、予想より早かった、と言いかけて、それでは馬に失礼だと自分で打ち消している。来年の春には大きなところを狙える馬だと思っていた、それが驚くほど早く来た――そういう意味の戸惑いだった。陣営はドバイやキングジョージへの遠征も口にした。 12月28日の有馬記念は3番人気で5着。ダイワスカーレットが中山の2500mを制した年の暮れである。年が明けて、スクリーンヒーローは2008年のJRA賞最優秀4歳以上牡馬に選ばれた。ワールドサラブレッドランキングでは122ポンド、日本調教馬のランキングでは全部門で1位に置かれている。
五歳 ― ブリンカーと、屈腱
2009年の初戦、阪神大賞典は3番人気で4着。5月の天皇賞(春)は、アサクサキングスに次ぐ2番人気で淀の3200mに向かい、勝ったマイネルキッツから2秒7も離された14着に大敗した。横山典弘は、関西への輸送が続いたことと前走の馬場を挙げ、疲れがあったのかもしれないと話している。宝塚記念は5着。この年の阪神を制したのはドリームジャーニーだった。 四か月休んで、秋はぶっつけで天皇賞(秋)へ向かう。ブリンカーを着けた。鞍上にはクリストフ・ルメールを予定していたが、落馬骨折で来日が延び、2007年の伏竜ステークス以来となる北村宏司が乗ることになる。 7番人気。内枠の二番から先行し、直線で外からカンパニーに交わされる。だが内から迫ってきたウオッカには、最後まで前に出させなかった。2着である。八歳のカンパニーを勝たせた鞍上は、この年の春、三戦続けてこの馬に乗っていた横山典弘だった。 11月29日、ジャパンカップ連覇を狙って4番人気に支持されたが、道中で二度も他馬と接触して置かれ、勝ったウオッカから2秒1離された13着に終わる。有馬記念のファン投票で6位に選ばれながら回避し、放牧に出ることが発表された、その直後だった。12月3日、左前脚が腫れる。左前浅屈腱炎、全治九か月以上。 12月9日付で競走馬登録が抹消された。翌10日、馬は新ひだか町のレックススタッドへ入る。23戦5勝。勝った五つは、未勝利、500万下、支笏湖特別、アルゼンチン共和国杯、そしてジャパンカップ。そのうちGIは一つだが、その一つがジャパンカップだった。
銀幕の外側で
スクリーンヒーローは、グラスワンダー産駒として最初の後継種牡馬になった。初年度の種付料は受胎条件で30万円、出生条件で50万円。良血で、GI馬で、それでもこの値段だった。初年度は84頭が集まり、以後は減っていく。2012年には53頭まで落ちた。 2015年、風向きが変わる。まずグァンチャーレがシンザン記念を勝って産駒初の中央重賞。続いて初年度産駒のモーリスが安田記念とマイルチャンピオンシップを勝ち、暮れには香港マイルまで奪って年度代表馬に選ばれた。同じ初年度産駒のゴールドアクターは、父が七年前に勝ったアルゼンチン共和国杯を制して史上初の父子制覇を果たし、その勢いのまま有馬記念を勝ち切った。 種付料は2016年に500万円、2017年には700万円まで上がる。ディープインパクト、キングカメハメハに次ぐ国内三位だった。値がそこまで跳ね上がっても、シーズン前には満口になる。同じ年、産駒のモーリスも種牡馬入りした。 2016年9月3日、スクリーンヒーローは札幌競馬場のパドックに立った。競馬場に姿を見せるのは約七年ぶりである。その日のメインレース、札幌2歳ステークスは、産駒のトラストが勝っていた。 のちにウインマリリンが香港ヴァーズを、ウインカーネリアンがスプリンターズステークスを勝つ。2023年10月10日、スクリーンヒーローは種牡馬を引退し、生まれ故郷の社台ファームへ帰った。
大成
2022年2月11日、矢野進が84歳で亡くなった。訃報が伝えられたのは五日後のことだった。菊花賞を諦めさせたあの秋から十四年あまり、矢野は自分の言葉が当たっていくのを、ずっと厩舎の外から見ていたことになる。ジャパンカップは彼が定年で去った九か月後、モーリスの年度代表馬とゴールドアクターの父子制覇は七年後の同じ年である。騎手として943回ゲートを出て重賞を一つも勝てなかった男は、この牝系を四代預かるうちに、一頭の馬に流れる時間が調教師の任期より長いことを知ったのだろう。だから、必ず大成すると言い切ることはできても、自分が大成させるとは言わなかった。 ファンが覚えているのは、たぶん四千百円のほうだ。三頭のダービー馬を府中の直線に置いてきた、九番人気の栗毛。だが矢野が「大成」と呼んでいたものは、あの二分二十五秒五よりも、ずっと後ろまで延びていた。 走るヒロインになりきれなかった母から生まれ、銀幕のヒーローと名づけられた馬は、自分が映る側にいた時間よりもずっと長く、他人を映す側にいる。千歳の丘へ帰ったその名は、いまも新しい仔たちの血統表の、いちばん上の行に印字されている。
産駒 — 旅を継ぐ馬
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