名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
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名馬録

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ルーラーシップのイメージビジュアル
ルーラーシップRulership
Rulership

ルーラーシップ

通算成績20戦8勝

獲得賞金63,745万円

生年月日 2007.05.15(平成19年)毛色 鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
ルーラーシップの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
3 GI有馬記念 中山 芝2500 2人気 C.ウィリアムズ 2:32.2 上り35.2映像
3 GIジャパンカップ 東京 芝2400 2人気 C.ウィリアムズ 2:23.5 上り32.7映像
3 GI天皇賞(秋) 東京 芝2000 2人気 I.メンディザバル 1:57.6 上り33.1映像
2 GI宝塚記念 阪神 芝2200 2人気 C.ウィリアムズ 2:11.2 上り35.4映像
1 GIクイーンエリザベス2世カップ 香港 芝2000 3人気 U.リスポリ 2:02.3 映像
3 GII日経賞 中山 芝2500 1人気 福永祐一 2:38.1 上り36.2
1 GIIアメリカジョッキークラブカップ 中山 芝2200 1人気 福永祐一 2:17.3 上り35.6映像
4 GI有馬記念 中山 芝2500 11人気 I.メンディザバル 2:36.2 上り33.2映像
5 GI宝塚記念 阪神 芝2200 2人気 横山典弘 2:11.0 上り35.3映像
1 GII金鯱賞 京都 芝2000 1人気 福永祐一 2:02.4 上り35.8映像
6 GIドバイシーマクラシック アラブ首長国連邦 芝2410 C.スミヨン 映像
1 GII日経新春杯 京都 芝2400 2人気 U.リスポリ 2:24.6 上り34.4映像
6 GI有馬記念 中山 芝2500 6人気 C.ルメール 2:33.0 上り34.4映像
1 GIII鳴尾記念 阪神 芝1800 2人気 岩田康誠 1:44.9 上り33.8映像
5 GI東京優駿 東京 芝2400 4人気 四位洋文 2:27.2 上り33.3映像
1 OPプリンシパルS 東京 芝2000 1人気 横山典弘 1:59.1 上り33.7
5 GIII毎日杯 阪神 芝1800 1人気 岩田康誠 1:49.8 上り33.8
1 アルメリア賞 阪神 芝1800 1人気 岩田康誠 1:51.2 上り34.2
2 OP若駒S 京都 芝2000 1人気 岩田康誠 2:02.2 上り33.6
1 2歳新馬 阪神 芝2000 1人気 岩田康誠 2:04.7 上り34.7

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
ルーラーシップの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
キングカメハメハKing KamehamehaKingmamboMr. Prospector
Miesque
マンファスManfathラストタイクーンLast Tycoon
Pilot Bird
エアグルーヴAir GrooveトニービンTony BinカンパラKampala
Severn Bridge
ダイナカールノーザンテーストNorthern Taste
シャダイフェザー
STORY

旅程 — この馬の物語

2007年生まれの鹿毛の牡馬。父キングカメハメハ、母エアグルーヴ。主な勝ち鞍はクイーンエリザベスC・鳴尾記念・日経新春杯。

女帝の仔 ― 統治という名

母は「女帝」と呼ばれた。 エアグルーヴ。1996年の優駿牝馬を勝ち、翌1997年には牡馬に交じって天皇賞(秋)を制し、牝馬としては1971年のトウメイ以来26年ぶりの年度代表馬に選ばれた一頭である。その母ダイナカールもまた1983年の優駿牝馬の勝ち馬で、母娘二代のオークス制覇は史上二例目、42年ぶりの出来事だった。 エアグルーヴが生まれた翌日、のちに彼女を管理することになる伊藤雄二は報せを受けて仔馬を見に行き、一時間以上も眺めていたという。武豊が書き残すところでは、このとき伊藤は場長の吉田勝己にこう漏らしている。「男だったらダービー馬やけどな」[^1] 女帝は牝馬のまま、牝馬にできる最上のことをやり切ってターフを去った。繁殖に上がると初仔にエリザベス女王杯を二度勝つアドマイヤグルーヴを産み、のちにはステイヤーズステークスを勝つフォゲッタブル、マーメイドステークスを勝つグルヴェイグも同じ腹から出る。そして2007年5月15日、北海道安平町のノーザンファームで、その腹から一頭の鹿毛の牡馬が生まれた。父は2004年の東京優駿を勝ったキングカメハメハ。伊藤が口にした「男」が、十四年遅れて届いたようだった。 一口馬主クラブのサンデーレーシングが総額1億8000万円で募集し、栗東の角居勝彦厩舎に入る。与えられた名の意味は、支配者の位、統治者の支配権――ルーラーシップ。女帝の仔に、統治の名がついた。 2009年12月27日、阪神の芝2000m、2歳新馬。岩田康誠を背に単勝1.5倍の圧倒的支持を集め、2着馬に3馬身半をつけて勝ち上がる。血の重さに、まず一つ返事をした。

出典:武豊『ターフの女王 ― 最強牝馬コレクション』(朝日新聞社、2003年)pp.79-80。ウィキペディア日本語版「エアグルーヴ」https://ja.wikipedia.org/wiki/エアグルーヴ 経由で確認、閲覧日:2026年7月30日。

三歳の春 ― 皐月を捨てて

明けて2010年1月、京都の若駒ステークス。単勝1.7倍の1番人気に推されたが、直線で前を捌くのに手間取るうち、内をロスなく抜け出したヒルノダムールに1馬身半届かず2着に敗れた。以後この同期とは、何度も同じ直線で背中合わせになる。 春は身体が言うことを聞かなかった。熱発でセントポーリア賞を、フレグモーネですみれステークスを回避し、三戦目は当初の予定から二週間遅れて3月のアルメリア賞にずれ込む。そのレースでも、外から捲ってきたタムロスカイが直線で急に内へ寄り、馬体をぶつけられて大きくバランスを崩した。それでも盛り返して1馬身半差で勝ち切る。頑丈さと勝負根性だけは、母系そのままだった。 毎日杯は1番人気でスタートを決められず、隣を走っていたザタイキの故障・落馬の影響も受けて5着。この一戦で皐月賞を諦めた。立て直して臨んだ5月のプリンシパルステークスは、岩田が同日の京都新聞杯へ回ったため横山典弘に乗り替わり、勝負所で外から早めに進出して上がり33秒7、4馬身差の快勝。東京優駿への切符を、力ずくで取りに行った。 第77回東京優駿。岩田は同じ厩舎のヴィクトワールピサに騎乗し、手綱は四位洋文に渡った。好位を進みながら勝負所で仕掛けが遅れ、直線ではゲシュタルトに前を切られて脚を余す。33秒3の上がりを使いながら、着順はエイシンフラッシュの5着。母の生まれた翌日に名伯楽が口にした夢は、この日には叶わなかった。

はじめてのタイトル ― 二〇一〇年十二月

東京優駿のあと、ルーラーシップは半年ターフから消える。復帰は年の暮れ、12月4日の鳴尾記念だった。岩田が戻り、2番人気。直線で抜け出すと、若駒ステークスで先着を許したヒルノダムールを今度は半馬身抑え、待望の重賞初制覇を果たす。 三週間後の有馬記念にはクリストフ・ルメールを迎え、6番人気で6着。勝ったのは同じ角居厩舎のヴィクトワールピサだった。ブエナビスタとのハナ差の叩き合いを制した同厩の同世代が、その年の主役として中山の写真判定に収まっているあいだ、ルーラーシップは掲示板の外にいた。厩舎の光は、まだ隣を照らしていた。

二〇一一年 ― ドバイの同じ夜

古馬初戦は1月の日経新春杯。ウンベルト・リスポリが乗り、同じサンデーレーシングの所有馬で断然人気だったローズキングダム、3番人気のヒルノダムールを相手に、四角手前から進出して直線で先頭に立つ。2馬身差の完勝で重賞2勝目を挙げた。 次に選んだ舞台はドバイだった。3月26日、メイダンのドバイシーマクラシック。クリストフ・スミヨンを背に好スタートから三番手につけたが、向正面で折り合いを欠いて先頭に立たされる形になり、直線半ばで失速して6着に沈む。 その同じ日、同じ競馬場で、ヴィクトワールピサがドバイワールドカップを日本馬として初めて勝った。東日本大震災から十五日後の勝利は、海の向こうへ届く報せとしてこれ以上ないものだった。角居厩舎の二頭は同じ砂漠へ渡り、一頭は歴史を書き換え、一頭は砂の上に何も残せなかった。 帰国後の5月28日、金鯱賞。この年は京都で行われ、馬場は不良。福永祐一を鞍上に1番人気に推されながら、スタートで大きく出遅れる。それでも徐々に位置を押し上げ、逃げ粘るキャプテントゥーレを直線で捕らえて重賞3勝目。出遅れても、届く――この馬の生涯を要約するような一勝だった。 6月の宝塚記念は横山典弘で2番人気5着。秋は爪に不安が出て天皇賞(秋)を回避し、ぶっつけで暮れの有馬記念へ向かう。イオリッツ・メンディザバルを乗せた単勝は52.9倍、11番人気という評価だった。そこから出走馬中最速の上がり33秒2で追い込み、三冠馬オルフェーヴルの4着まで押し上げる。評価と実力の目盛りが、このあたりから噛み合わなくなっていった。

沙田の直線 ― 二〇一二年四月二十九日

五歳の年は、噛み合った。1月のアメリカジョッキークラブカップは不良馬場の中山。福永祐一が三〜四角から外を捲るように押し上げると、直線は豪快に伸びてナカヤマナイトに3馬身差をつけた。単勝1.4倍に応えて重賞4勝目。3月の日経賞も同じ1.4倍の支持を集めたが、この日は大逃げを打ったネコパンチを最後まで捕らえきれず3着に終わる。 そして4月29日、香港・沙田。クイーンエリザベス2世カップ。リスポリは今度は内めの三番手にじっと控えさせ、直線で楽に抜け出させた。追いすがる相手はいない。着差は3馬身3/4。前年の愛ダービーとセクレタリアトステークスを勝ってエイダン・オブライエン厩舎から送り込まれたトレジャービーチも、ドイツ2000ギニー馬イリアンも、日本から来た鹿毛の背中を見て終わった。 GI初制覇である。日本調教馬によるこのレースの優勝は、2002年と2003年に連覇したエイシンプレストン以来のことだった。そして日本馬の海外GI勝ちとしては、前年のあの砂漠の夜のヴィクトワールピサ以来である。置いていかれた馬が、一年後、同じ厩舎の隣に並んだ。

三着の秋 ― 半姉の訃報

6月の宝塚記念は、クレイグ・ウィリアムズを迎えて2番人気。やや出遅れながら好位につけ、直線は外から早めに動いた。内から差し返してきたのは三冠馬オルフェーヴル。2馬身差の2着――これが、この馬が国内GIで残した最上の着順になる。 10月15日、ノーザンファームで一頭の牝馬が急死した。胸部出血。エリザベス女王杯を二度勝った半姉、アドマイヤグルーヴである。母エアグルーヴの初仔で、女帝の血が牝馬にも通うことを証明した馬だった。訃報が公表されて二週間と経たないうちに、半弟は府中のゲートに入る。 天皇賞(秋)は、また出遅れた。後方から大外を回し、メンバー最速タイの上がり33秒1で追い上げたが、届いたのは3着まで。勝ったのはエイシンフラッシュ――三歳の東京優駿で、同じ府中の直線で先着を許した相手だった。 続くジャパンカップでは三冠牝馬ジェンティルドンナを抑えて2番人気に支持されながら、またゲートで後手を踏む。それでも上がり32秒7という出走馬中最速の脚を使い、3着。ジェンティルドンナオルフェーヴルが最後まで並んで叩き合ったその後ろで、この馬は自分の脚だけを正確に使い切っていた。ゲートさえ出ていれば。その仮定だけが、いつも手元に残った。

十馬身の別れ ― 最後の有馬記念

暮れの有馬記念。陣営は出遅れ癖と正面から向き合い、出遅れ防止用の矯正器具を外して、万全の態勢でこの馬を送り出した。 結果は残酷なほど明快だった。ゲートが開くと同時に馬は枠の中で立ち上がり、十馬身近く遅れて出る。歴史的といわれる大出遅れだった。それでも大外から追い込み、勝ったゴールドシップにも、真ん中を抜けたオーシャンブルーにも届かず3着。2番人気の馬が、自分の一番苦手なところで、最後にもう一度つまずいた。 12月26日、競走馬登録が抹消された。20戦8勝、重賞5勝、海外GI1勝。国内GIは宝塚記念の2着が最上だった。行き先は、生まれ故郷と同じ安平町の社台スタリオンステーション。三歳の春に届かなかったものも、五歳の秋に三度届かなかったものも、ぜんぶ抱えたまま、この馬は種牡馬になった。

託された盾 ― 血が国内GIを勝つまで

2013年から種牡馬供用が始まり、初年度は208頭に種付けした。産駒のデビューは2016年。翌2017年、台風の大雨で史上三度目の不良馬場となった菊花賞を、キセキがミルコ・デムーロを背に2馬身差で制する。重賞初勝利がそのままGI制覇であり、ルーラーシップ産駒にとっての初重賞・初GIでもあった。管理していたのは角居勝彦。父に国内GIを勝たせられなかった調教師が、その仔で三冠最終戦を獲った。 JRAのリーディングサイアーランキングは2017年12位、2018年8位、2019年5位と順に上がっていく。メールドグラースが2019年のコーフィールドカップを、ドルチェモアが2022年の朝日杯フューチュリティステークスを、ソウルラッシュが2024年のマイルチャンピオンシップと翌春のドバイターフを勝った。2025年の天皇賞(春)では、ヘデントールが1番人気に応え、アタマ差で盾を掴む。父が最後まで手にできなかった国内のGIを、産駒たちが次々に持ち帰った。母の父としても、2024年の桜花賞馬ステレンボッシュが出ている。 母エアグルーヴは、息子が最初の種付けシーズンを迎えたその春――2013年4月23日、十一番仔を産んだ直後に息を引き取った。二十歳だった。半姉アドマイヤグルーヴの最後の産駒ドゥラメンテは、ルーラーシップと父を同じくする甥にあたり、2015年に皐月賞と東京優駿を勝つ。ダイナカール、エアグルーヴアドマイヤグルーヴドゥラメンテ。そしてドゥラメンテ産駒のタイトルホルダーが2021年の菊花賞を勝ち、一族は五代続けてGIを制した。伊藤雄二が女帝の生まれた翌日に口にした「ダービー馬」は、女帝の孫の代でようやく現れたことになる。 角居勝彦は2021年2月に厩舎を解散し、その後は石川で、走り終えた馬たちの第二の馬生を支える活動に取り組んでいる。ルーラーシップ自身は十九歳になったいまも、安平の社台スタリオンステーションに立っている。出遅れることでしか始められなかった馬が、毎年、新しいスタートを送り出し続けている。

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