名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。

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ラインクラフトのイメージビジュアル
ラインクラフトRhein Kraft
Rhein Kraft

ラインクラフト

通算成績13戦6勝

獲得賞金5563万円

生年月日 2002.04.04(平成14年)毛色 鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
ラインクラフトの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
9 GIヴィクトリアマイル 東京 芝1600 1人気 福永祐一 1:34.8 上り34.4映像
1 GIIサンスポ杯阪神牝馬S 阪神 芝1400 1人気 福永祐一 1:21.2 上り35.8
2 GI高松宮記念 中京 芝1200 2人気 福永祐一 1:08.0 上り34.0映像
4 GIIサンスポ杯阪神牝馬S 阪神 芝1600 1人気 福永祐一 1:35.1 上り36.3
3 GIマイルチャンピオンS 京都 芝1600 2人気 福永祐一 1:32.3 上り34.1映像
2 GI秋華賞 京都 芝2000 1人気 福永祐一 1:59.2 上り34.7映像
2 GII関西TVローズS 阪神 芝2000 1人気 福永祐一 2:00.2 上り34.8
1 GINHKマイルカップ 東京 芝1600 2人気 福永祐一 1:33.6 上り33.6映像
1 GI桜花賞 阪神 芝1600 2人気 福永祐一 1:33.5 上り34.7映像
1 GIIフィリーズレビュー 阪神 芝1400 1人気 福永祐一 1:21.2 上り34.3
3 GI阪神ジュベナイルフィリーズ 阪神 芝1600 1人気 福永祐一 1:35.2 上り35.0映像
1 GIIIKBSファンタジーS 京都 芝1400 2人気 福永祐一 1:21.6 上り34.3
1 2歳新馬 京都 芝1400 3人気 福永祐一 1:21.8 上り34.1

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
ラインクラフトの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
エンドスウィープEnd SweepフォーティナイナーForty NinerMr. Prospector
File
Broom DanceDance Spell
Witching Hour
マストビーラヴドサンデーサイレンスSunday SilenceHalo
Wishing Well
ダイナシュートノーザンテーストNorthern Taste
シヤダイマイン
STORY

旅程 — この馬の物語

2002年生まれの鹿毛の牝馬。父エンドスウィープ、母マストビーラヴド。主な勝ち鞍は桜花賞・NHKマイルC・KBSファンタジーS。

マストビーラヴドの四番仔

2002年4月4日、北海道早来のノーザンファームで鹿毛の牝馬が生まれた。母はマストビーラヴド。父サンデーサイレンス、母ダイナシュート。三戦して勝てないまま繁殖に上がった牝馬の、四番目の仔である。 母は走らなかったが、血の側は静かではなかった。祖母ダイナシュートは重賞を三つ勝った牝馬で、その娘であるマストビーラヴドの全弟には、のちに高松宮記念を勝つアドマイヤマックスがいる。四代母ファンシミンから枝分かれしたこの一族には祖母の半妹サマーワインも属していて、その仔ソングオブウインドは菊花賞を勝つことになる。 脚元が弱かった。ノーザンファーム空港牧場へ移され、慎重に育成が施された。気性は素直で、乗り手の感触も良いというのが牧場での評判だったという。 当歳のうちに、「ライン」の冠名を使う馬主・大澤繁昌が買った。冠名のうしろに、ドイツ語で力を意味する言葉を継いだ名前がついた。栗東の瀬戸口勉厩舎へ入る。もっとも大澤自身は、デビュー前の評価は決して高くなかったと後年に振り返っている。新馬戦も、会社の社員が送ってくれなければ見に行かなかっただろう、と。 2004年10月16日、京都の芝1400メートル。直前の併せ馬で後れを取ったため3番人気にとどまったが、先行して直線で五馬身突き放した。三週間後のファンタジーステークスも、モンローブロンドに四馬身差。二戦二勝、どちらも相手を置き去りにする勝ち方だった。 十二月五日、阪神ジュベナイルフィリーズ。単勝1.7倍の圧倒的な一番人気に推される。直線で外から追い込んだが、鞍上が思っていたほどには脚が伸びなかった。ショウナンパントルにアタマ差、二着アンブロワーズにもハナ差届かず三着。時計は勝ち馬と同じ1分35秒2だった。初めての敗北である。 鞍上は福永祐一。1976年生まれ、父は現役時代に「天才」と呼ばれた騎手・福永洋一。1999年の桜花賞をプリモディーネで勝ってJRAのGIを初めて手にし、その翌週、中京で行われた小倉大賞典の本馬場入場の際に落馬して左腎臓を摘出している。この牝馬には新馬戦から乗っていた。そして暮れのこの一戦を、彼はのちに自分のミスだと呼ぶことになる。

十七番枠から前へ

空は青く、芝は緑で、桜が満開だった。 福永には、この春、二頭いた。彼はシーザリオという牝馬にも乗っていて、その馬はここまで三戦して三つとも勝っている。桜花賞でどちらの手綱を取るのか——それ自体が話題になっていた。彼はラインクラフトを選んだ。 枠は十七番。外は不利だと言われていた。前走は後ろから差し切っての勝ちだったが、この日は違う。ゲートが開くと、ひとつ内のモンローブロンドが懸命に出てハナを取りにいく。それを見ながら、鞍上は馬をすっと前へ置いた。好位の四、五番手の外。囲まれる心配のない場所だった。 桜花賞の流れは速い。この年も速かった。一〇〇〇メートルの通過は五十八秒フラット。前が飛ばすほど、マイルを苦にしない馬には都合がよくなる。後ろから突かれることもなく、前の各馬を射程に入れたまま、楽な手ごたえのままコーナーを回り切る。 直線。粘るデアリングハートに馬体を並べて、競り落としにかかる。抜け出す。勝負どころで包まれていたシーザリオが追ってきたのは、そのあとだった。 残っていたのは、坂と、わずかな距離である。 アタマ差。 「去年の暮れは僕のミスで負けた」[^1]。だから桜花賞はどうしても勝ちたかった、と福永は言った。返す相手は、暮れに自分が負けさせてしまった、その馬自身だった。

出典:日本中央競馬会「第65回 桜花賞(GⅠ)レース結果」2005年4月10日、https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/ouka/result/ouka2005.html、閲覧日:2026年8月2日。

オークスへは行かなかった

五月八日、東京。曇。 オークスへは向かわなかった。二四〇〇メートルは長い、というのが陣営の判断で、代わりに選ばれたのはNHKマイルカップだった。クラシックを勝った馬がこのレースに出走するのは、それが初めてである。長距離輸送も、左回りも、牡馬との対戦も、この馬にとっては初めてだった。 一枠一番のエイシンヴァイデンが一気にハナを奪い、一〇〇〇メートルの通過は五十九秒四。このレースで五十九秒台が刻まれたのも初めてのことだった。緩い流れのなか、好位四番手の内で折り合う。最終コーナーを小さく器用に回り切り、直線、残り三〇〇メートル。荒れの少ない内ラチ沿いから先頭へ出ると、あとは一直線だった。デアリングハートに一馬身四分の三。牝馬が一着と二着を占めたのも、このレースでは初めてである。 「オークスではなくここを使ったのはオーナーとトレーナーの英断」[^1]と福永は言った。桜花賞とNHKマイルカップ。同じ春にこの二つを勝った馬は、それまでいなかった。 二週間後、彼はシーザリオでオークスを勝つ。七月にはその馬でアメリカへ渡り、アメリカンオークスも勝った。日本で生産され日本で調教された馬がアメリカのGIを勝ったのは、それが最初である。選ばなかったほうの馬でも、彼は勝った。

出典:日本中央競馬会「第10回 NHKマイルC(GⅠ)レース結果」2005年5月8日、https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/nmc/result/nmc2005.html、閲覧日:2026年8月2日。

先頭に立ってから

秋はローズステークスから始まった。一番人気。先に抜け出して逃げ込みを図ったが、ゴール前でエアメサイアに差される。半馬身だった。 一か月後の秋華賞は、その二頭のためのレースになった。三番人気の単勝オッズは二十倍を超えていて、ファンの目はほかへ向いていない。二〇〇〇メートル。行きたがる素振りを福永になだめられながら五、六番手を進み、三コーナーから少しずつ位置を上げ、直線の入口で先頭に立つ。中団から押し上げてきた武豊のエアメサイアが、一完歩ずつ詰めてくる。クビ差。三着のニシノナースコールは、そこから三馬身離れていた。福永はのちに、叩き二戦目でも少し行きたがったこと、三コーナーで接触して馬が気を悪くしたことを挙げている。 マイルチャンピオンシップは、初めての古馬との対戦だった。三連覇を狙うデュランダルダイワメジャーハットトリック、そして叔父にあたるアドマイヤマックス。一番枠から中団を進み、直線で先に抜け出したダイワメジャーを捉えにかかったところへ、大外からハットトリックが飛んできた。三着。 十二月の阪神牝馬ステークス。単勝1.6倍に支持されながら逃げる形になり、四着に沈む。勝ったのはアドマイヤグルーヴで、その馬の引退レースだった。 年が明けて、JRA賞の最優秀3歳牝馬はシーザリオに決まる。差は九票だった。

一二〇〇メートルの春

2006年、最初の一戦は高松宮記念になった。出走は直前まで決まっていない。一二〇〇メートルは初めてで、それまでの最短は一四〇〇メートルだった。 前の年、このレースを勝ったのは叔父のアドマイヤマックスである。その馬もデュランダルもすでにターフを去り、スプリント界は主役不在と言われていた。 好位を進む。すぐ隣にオレハマッテルゼがいた。三、四コーナーで先行馬群のポケットへ潜り込んだその馬は、コースロスなく直線へ向かい、前をゆく馬の間隙を突いて抜け出す。外から追い上げたが、クビ差だけ届かなかった。 四月、阪神牝馬ステークス。新設のヴィクトリアマイルの前哨戦として一四〇〇メートルに短縮された一戦で、五十七キロを背負い、好位から先頭に立ってエアメサイアらを寄せつけなかった。秋に二度先着された相手に、春に勝ち返している。十一か月ぶりの勝利だった。 五月十四日、第一回ヴィクトリアマイル。稍重の東京で単勝1番人気に推されたが、中団から伸びきれず九着。掲示板を外したのは、これが初めてだった。勝ったのは二年ぶりの勝利をつかんだダンスインザムード——二〇〇四年の桜花賞馬である。

その秋は来なかった

夏は放牧に出た。陣営は十月一日のスプリンターズステークスを見ていて、八月の末には栗東へ帰す予定を立てていた。その矢先の八月十九日早朝、放牧先のノーザンファーム空港牧場で、調教中に急性心不全を起こして死んだ。四歳だった。脚元が弱いからと慎重に育てられた、あの牧場である。 「オークスではなくここを使ったのはオーナーとトレーナーの英断」。福永がそう呼んだ判断は、勝てるレースを選んだという意味ではない。この馬の間合いが一六〇〇メートルにあることを早くに見切った、という意味である。距離を伸ばさないと決めたから、桜花賞馬は牡馬の集まるマイルへ行き、そこでも勝った。見切れなかったのは、残りの時間だけだった。 福永はそのあとも長く鞍にまたがり、2013年に菊花賞をエピファネイアで勝って牡馬クラシックを初めて手にし、父・洋一との親子制覇を果たす。2018年には十九回目の挑戦でダービーを勝った。父が届かなかったレースである。2023年2月末に二十七年の騎手生活を終え、翌月から調教師になった。瀬戸口勉のほうは、1963年に騎手としてミスマサコで桜花賞を勝ち、1994年にオグリローマンで、2005年にこの馬で、同じレースを勝っている。2007年2月に定年で厩舎を閉じ、2017年に世を去った。 桜花賞の勝ち馬とNHKマイルカップの勝ち馬に、同じ名前が並ぶ年は、いまも二〇〇五年しかない。二頭のうちの一頭を選ばなければならなかったあの春に、選ばれたほうの馬が残した二行である。四歳の夏に途切れたのは、記録ではない。そのつづきを、この馬はまだ走っている途中だった。

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