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レッドディザイア
通算成績14戦4勝
獲得賞金3億2,811万円
生年月日 2006.04.19(平成18年)毛色 鹿毛性 牝
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 3 | GII札幌記念 | 札幌 芝2000 | 2人気 | 四位洋文 | 2:00.5 | 上り34.0 | 映像 | |
| 14 | GI有馬記念 | 中山 芝2500 | 11人気 | 四位洋文 | 2:34.0 | 上り34.2 | 映像 | |
| 4 | GIBCフィリー&メアター | アメリカ 芝2200 | デザーモ | — | 映像 | |||
| 3 | GIフラワーボウル招待 | アメリカ 芝2000 | 1人気 | デザーモ | — | — | ||
| 4 | GIヴィクトリアマイル | 東京 芝1600 | 2人気 | 四位洋文 | 1:32.5 | 上り33.9 | 映像 | |
| 11 | GIドバイワールドカップ | アラブ首長国連邦 ダ2000 | C.スミヨン | — | 映像 | |||
| 1 | GIIマクトゥームCR3 | アラブ首長国連邦 ダ2000 | O.ペリエ | 2:02.6 | — | — | ||
| 3 | GIジャパンカップ | 東京 芝2400 | 6人気 | 四位洋文 | 2:22.6 | 上り34.7 | 映像 | |
| 1 | GI秋華賞 | 京都 芝2000 | 2人気 | 四位洋文 | 1:58.2 | 上り34.5 | 映像 | |
| 2 | GII関西TVローズS | 阪神 芝1800 | 1人気 | 四位洋文 | 1:44.7 | 上り34.0 | — | |
| 2 | GI優駿牝馬 | 東京 芝2400 | 2人気 | 四位洋文 | 2:26.1 | 上り34.2 | 映像 | |
| 2 | GI桜花賞 | 阪神 芝1600 | 2人気 | 四位洋文 | 1:34.1 | 上り33.7 | 映像 | |
| 1 | OPエルフィンS | 京都 芝1600 | 1人気 | 四位洋文 | 1:36.0 | 上り34.2 | — | |
| 1 | 3歳新馬 | 京都 芝1800 | 1人気 | 四位洋文 | 1:48.9 | 上り34.2 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父マンハッタンカフェManhattan Cafe | サンデーサイレンスSunday Silence | Halo |
| Wishing Well | ||
| サトルチェンジSubtle Change | Law Society | |
| Santa Luciana | ||
| 母グレイトサンライズ | Caerleon | Nijinsky |
| Foreseer | ||
| グレースアンドグローリーGrace And Glory | Sadler's Wells | |
| Grace Note |
旅程 — この馬の物語
2006年生まれの鹿毛の牝馬。父マンハッタンカフェ、母グレイトサンライズ。主な勝ち鞍は秋華賞・マクトゥームCR3。
赤は勝負服の色 ― 千歳、四月十九日
2006年4月19日、北海道千歳市の社台ファームに鹿毛の牝馬が生まれた。父マンハッタンカフェ、母グレイトサンライズ。母の生まれた日も、八年前の4月19日である。 その母は英国産で、日本では栗東の森秀行厩舎に入り、7戦して1勝。ただ一つの勝ち鞍は、2000年10月、京都の芝1800mの新馬戦だった。次走の阪神3歳牝馬ステークスは18頭立ての18着。持ち主は歌手のやしきたかじん――馬主名義には本名の家鋪隆仁と記されていた。 牝系を遡ると、名前の格が変わる。祖母グレースアンドグローリーの半兄にあたるBelmezは、1990年のキングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークスを制し、同じ年の秋にはジャパンカップへ1番人気で出走している。そのBelmezの母Grace Note、さらにその母である4代母Val de Graceからは、もう一本の枝も伸びている。Val de Graceの娘Gracefullyの仔Lypharitaが、1985年のディアヌ賞(フランスのオークス)を勝っているのだ。一頭の牝馬の孫の代から、欧州の芝の中距離で二つの大レースの勝ち馬が出た一族である。 その血が日本の千歳で結んだ仔に、東京サラブレッドクラブは一口6万円、総額1200万円という値をつけた。同じ年にこのクラブが募った馬のなかで、いちばん安い一頭である。 名はレッドディザイア。「レッド」は赤、白星散、袖白一本輪という勝負服の色から取られた冠名で、この馬に固有なのは後ろの一語だけだ――ディザイア、欲望。登録された馬名の意味も、そのまま「赤い欲望」と記されている。 もっとも、欲望を見せる場所になかなか立てなかった。2008年4月に調教中に転倒して負傷し、9月には疝痛を起こす。同期の馬たちが2歳の重賞を賑わせているあいだ、この馬はまだ一度もゲートに入っていない。デビューは年を越し、2009年までずれ込んだ。
ハナ、またハナ ― 京都の二連勝と阪神の坂
2009年1月4日、京都の芝1800m、3歳新馬。鞍上は四位洋文。単勝3.4倍の1番人気に応え、直線で末脚を伸ばしてサトノエンブレムをゴール寸前で捉えた。着差はハナ。九年前に母がただ一度勝ったのと、同じ競馬場の同じ距離だった。 2月7日のエルフィンステークス。今度も後方から馬群の間を縫って伸び、ワイドサファイアを差したところがゴール板だった。またハナ差。二戦二勝、二度ともタイム差なしである。この馬の勝ち方は、最初から「わずかに足りている」という形をしていた。 トライアルを使わずに桜花賞へ向かう。相手は前年の2歳女王ブエナビスタ。単勝1.2倍という圧倒的な支持に対し、レッドディザイアは14.4倍の2番人気だった。後方に控え、直線で外へ持ち出して抜け出しにかかる。上がり3ハロン33秒7は、この馬が日本の競馬場で刻んだ最も速い上がりである。それでも、さらに外からブエナビスタが伸びてきた。1/2馬身。初めてのGIは、背中を見せられて終わった。
わずかに足りない ― 府中の坂と、仁川の直線
5月24日、東京の芝2400m、優駿牝馬。2番人気。前走とは組み立てを変え、中団に取り付いて4コーナーでは内をつく。直線で馬群を割って抜け出したとき、レッドディザイアは確かに先頭にいた。 坂を上がったところで、外からブエナビスタが来た。二頭だけの追い比べになり、決勝線でハナ――また、ハナだった。2分26秒1。この直線で長く先頭にいたのは、間違いなくレッドディザイアのほうである。 夏を休んで、9月20日のローズステークス。単勝1.4倍の断然人気に推される。中団後方から3コーナーで押し上げ、外を回して追い込んだが、内をすくって抜け出したブロードストリートにクビ差届かない。三戦続けての2着。届かない幅は、半馬身、ハナ、クビ。いつも半馬身までだった。
攻める競馬 ― 十月十八日の七センチ
10月18日、京都、芝2000m。牝馬三冠の最終戦、秋華賞。ブエナビスタが単勝1.8倍の1番人気、レッドディザイアは3.8倍の2番人気だった。 四位洋文と松永幹夫は、レース前に腹を決めていた。京都の内回りは馬群が固まりやすく、後ろから運べば最後に捌き切れない。ならば前で勝負する。 「攻める競馬をして、それで負けたら仕方ない」[^1] ヴィーヴァヴォドカとワイドサファイアが引っ張り、前半1000mは58秒0。レッドディザイアは春の三戦よりも前、中団の位置で流れに乗った。3コーナーから4コーナーにかけて、四位は待たなかった。内から先行集団のすぐ後ろまで接近し、直線を向くと残り200mで先頭に立つ。 外から、ブエナビスタが並びかけてきた。二頭は馬体を併せたまま決勝線を通過する。写真判定、さらに審議。確定までに17分を要した。 写真が示した差は7センチだった。先にゴール線を過ぎていたのはレッドディザイアである。そのうえでブエナビスタには、4コーナーで外へ持ち出す際の斜行が後方のブロードストリートの走行を妨げたと認定され、3着への降着が下された。2着はブロードストリート。掲示板の順位は動いたが、いちばん上の名前は最初から動いていない。 松永幹夫にとって、これが調教師としての初めてのGIだった。現役騎手時代は「牝馬のミキオ」と呼ばれた男である。1991年にイソノルーブルで優駿牝馬を勝ってGIの扉を開き、1997年の桜花賞をキョウエイマーチで制して騎手として史上3人目の牝馬三冠に到達、2000年にはファレノプシスでエリザベス女王杯を勝ち、史上初の牝馬四冠に届いた。なかでも1996年、牝馬三冠の最終戦として新設された第1回秋華賞を勝ったのが、ファビラスラフインだった。騎手として最初に名を刻んだそのレースで、開業3年目の調教師は最初のGIを手にしたことになる。馬主のクラブにとっても、初めてのGIだった。
出典:スポーツナビ「レッドディザイアついに逆転! ブエナビスタの三冠阻止=秋華賞」2009年10月19日配信、https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/200910190001-spnavi 、閲覧日:2026年8月1日。
三歳牝馬の府中 ― ジャパンカップ
秋華賞の直後、四位は笑ってこう言った。「もっと、もっと強くなりますよ」[^1] エリザベス女王杯は外傷のため回避した。代わりに選んだのが、11月29日のジャパンカップである。3歳牝馬、斤量53kg、単勝9.6倍の6番人気。 中団に控え、直線で一気に先団を飲み込みにかかった。前ではウオッカとオウケンブルースリが、二頭だけの写真判定に持ち込んでいる。レッドディザイアは0秒2差の3着まで詰めた。2分22秒6。古馬の一線級を相手に、三歳の牝馬が三着まで来た。 19年前、祖母の半兄Belmezが1番人気で走って7着に終わったのが、この同じ2400mである。欧州の芝で大レースを勝った一族の血が、二十年近くを経て、同じ2400mの掲示板に名を戻したことになる。 もっとも、この日の勝ち馬は走りながら鼻から血を流していた。ウオッカが競走中に鼻出血を発症していたことは、レースのあとに判明する。翌年の2月、二頭は連れ立ってドバイへ発つことになる。
出典:スポーツナビ「レッドディザイアついに逆転! ブエナビスタの三冠阻止=秋華賞」2009年10月19日配信、https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/200910190001-spnavi 、閲覧日:2026年8月1日。
メイダンの二〇〇〇メートル ― 二〇一〇年三月四日
2010年2月、レッドディザイアはウオッカとともにドバイへ渡った。当初の目標は芝2410mのドバイシーマクラシック。その前哨戦に選ばれたのが、3月4日のマクトゥームチャレンジラウンド3である。 この年、ドバイの舞台はメイダン競馬場で、その2000mはダートではなくオールウェザーだった。日本の芝馬にとっては、走ったことのない馬場である。 鞍上はオリビエ・ペリエ。負担重量は55.5kg――予定の55.0kgを0.5kg超過しての出走だった。レースは後方で脚を溜め、直線で大外へ持ち出す。入り口でやや内にもたれたが、ペリエが立て直すと、あとは一頭だけの脚だった。逃げ込みを図るGloria de Campeaoを、捕らえたところがゴール。日本調教馬がオールウェザーの重賞を勝ったのは、これが初めてだった。所属するクラブにとっても、初の国外重賞である。 そして同じレースに、ウオッカがいた。クリストフ・ルメールを背に8着。走り終えたあとで二度目の鼻出血が判明し、ドバイワールドカップへの出走は取りやめになる。3月18日、二年続けて年度代表馬に選ばれた牝馬は競走馬登録を抹消された。メイダンのその直線が、ウオッカにとって最後の直線になった。 レッドディザイアは目標をドバイワールドカップに切り替え、3月27日、クリストフ・スミヨンを乗せて同じ2000mに立つ。前走の脚はどこにもなく、11着。勝ったのは、三週間前に自分が差し切ったGloria de Campeaoだった。
血 ― 二〇一〇年の残り
帰国初戦は5月16日のヴィクトリアマイル。2番人気に推され、ブエナビスタとの二強と言われた。中団の外を進み、直線では先に仕掛ける。しかし伸び切れず4着、勝ち馬から0秒1。先頭でゴールしたのは、またブエナビスタだった。 次は宝塚記念のはずだった。6月23日の追い切りのあとに軽度の鼻出血が見つかり、出走を取りやめて休養に入る。 陣営が次に選んだ場所はアメリカだった。理由のひとつは、向こうの競馬では鼻出血の予防薬の使用が認められていることにある。走らせるためではなく、走り続けさせるための遠征だった。8月中旬に渡米する。 10月、ベルモントパークのフラワーボウル招待ステークス。鞍上はデザーモ。芝10ハロン、7頭立ての1番人気。現地は雨と風で、最終追い切りらしい追い切りもできないまま出走した。超スローペースのなかを3、4番手の内で進み、約5か月ぶりの実戦にいくらか力んで、直線では内から最初に先頭へ出る。差し返してきたAveに3/4馬身、3着。 11月、チャーチルダウンズのブリーダーズカップ・フィリー&メアターフ。11頭立ての3番人気。好位で脚をため、4コーナーから早めに動いたが、直線で伸びを欠いて4着。勝ったのはShared Accountだった。 12月26日、中山。有馬記念は11番人気で14着。海を二つ渡った一年は、最後まで噛み合わないまま暮れた。
最後の直線 ― 札幌、二〇一一年八月
2011年は春を丸ごと休養に充て、夏を待った。8月21日、札幌記念。13頭立ての2番人気。 道中は11番手、後ろから三頭目である。3コーナーから外へ持ち出し、直線でメンバー最速の上がり3ハロン34秒0を繰り出した。届いたのは3着まで。勝ったトーセンジョーダンとの差は0秒1で、2着アクシオンとの差はさらに小さかった。そのトーセンジョーダンは二か月後、天皇賞(秋)を1分56秒1で勝つ。芝2000mの日本レコードだった。負けた相手の格だけは、最後まで落ちなかった。 秋は天皇賞に登録したが、除外された。11月13日のエリザベス女王杯へ目標を切り替える。そして11月2日、1週前追い切りのあとに鼻出血が出た。 その日のうちに、現役引退と繁殖入りが決まる。松永幹夫はこう話した。 「G1の大舞台で走る姿をまだ見たかったし、ファンに見せたかった。こういう形で終わることになって残念。この馬には感謝の気持ちしかない」[^1] 11月5日付で競走馬登録を抹消。14戦4勝。国内10戦3勝、国外4戦1勝だった。
出典:スポーツニッポン「09年秋華賞女王…レッドディザイアが引退 調教後に鼻出血発症」2011年11月2日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2011/11/02/kiji/K20111102001944520.html 、閲覧日:2026年8月1日。
千歳の五月 ― 赤い欲望のゆくえ
繁殖生活は、生まれた牧場と同じ社台ファームで始まった。 初仔は2013年生まれのハービンジャー産駒レッドディヴェル。母と同じ松永幹夫厩舎に入り、2015年に4戦して2着一回、3着三回。勝ち鞍を残せないまま、2016年3月に骨折して安楽死の処置が取られた。二番仔はキングカメハメハ産駒の牡馬ビッグディザイア、三番仔はノヴェリスト産駒の牝馬ノスタルジア。そして2016年、四番仔となるキングカメハメハ産駒の牝馬を産んだ。 その出産のあとに腹膜炎を発症し、5月20日、千歳の牧場で息を引き取った。10歳。生まれた牝馬は無事だった。 手綱を取り続けた四位洋文は2020年に騎手を引退して調教師になり、松永幹夫はその後もラッキーライラックでエリザベス女王杯を連覇した。二人が最初に一緒に立ったGIの表彰台は、あの京都の秋である。 ブエナビスタと同じレースを走ったのは五度あった。先に決勝線を過ぎたのは、そのうち一度きりである。ただしその一度は、牝馬三冠の最終戦だった。 クラブでいちばん安い値札を貼られて募集され、故障でデビューが二歳の年を越し、ハナ差で二つ勝ち、半馬身とハナとクビで三つ落とし、最後の一冠だけを七センチで手に入れた。千歳の五月の放牧地に残ったのは、母を知らない当歳の牝馬が一頭。赤い欲望という名を与えられた鹿毛は、欲しかったものをひとつだけ、七センチぶん確かに掴んで去っていった。
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