名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
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名馬録

この世代(生まれ年)

スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。

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オーブルチェフのイメージビジュアル
オーブルチェフObruchev
Obruchev

オーブルチェフ

通算成績12戦4勝

獲得賞金7,025万円

生年月日 2009.04.14(平成21年)毛色 栗毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
オーブルチェフの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
12 OPアルデバランS 京都 ダ1900 13人気 D.バルジュー 2:00.5 上り39.0
10 OP師走S 中山 ダ1800 16人気 柴山雄一 1:52.9 上り38.4
13 GIII東京中日S杯武蔵野S 東京 ダ1600 13人気 北村宏司 1:36.7 上り37.0映像
15 OPフェアウェルS 中山 ダ1800 15人気 丸山元気 1:54.6 上り39.3
11 GIIIみやこS 京都 ダ1800 15人気 浜中俊 1:50.9 上り36.4
15 OPアハルテケS 東京 ダ1600 7人気 横山典弘 1:37.3 上り37.6
11 GIIIアンタレスS 阪神 ダ1800 9人気 横山典弘 1:51.2 上り35.7映像
1 JpnⅠ全日本2歳優駿 川崎 ダ1600 1人気 中舘英二 1:41.6 上り41.0
1 JpnⅢ北海道2歳優駿 門別 ダ1800 1人気 中舘英二 1:53.1 上り37.9
1 プラタナス賞 東京 ダ1600 2人気 中舘英二 1:37.7 上り37.5
1 2歳未勝利 中山 ダ1800 4人気 中舘英二 1:55.7 上り38.9
6 2歳新馬 新潟 芝1800 7人気 中舘英二 1:50.1 上り34.3

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
オーブルチェフの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
Malibu MoonA.P. IndySeattle Slew
Weekend Surprise
MacoumbaMr. Prospector
Maximova
Chatter ChatterLost SoldierDanzig
Lady Winborne
Bedroom ChatterCure the Blues
Bedroom Window
STORY

旅程 — この馬の物語

2009年生まれの栗毛の牡馬。父Malibu Moon、母Chatter Chatter。

月の裏側にある名

「オーブルチェフ」はロシア語の姓である。ロシア帝国からソビエト連邦を生きた地質学者にして小説家、ウラジミール・オーブルチェフ(1863-1956)。その名は小惑星ひとつと、月の裏側にあるクレーターに残された。賢者の海に穿たれた、地球からは決して見ることのできない側の窪みである。2009年4月14日にアメリカで生まれた栗毛の牡馬は、そのクレーターから名を採られた。生産者はBloodstock Holdings LLC、馬主は前田幸治。海を渡って預けられた先は、美浦の萩原清厩舎だった。萩原がロジユニヴァースで東京優駿を勝ち、開業14年目にして初のGI級タイトルを手にしたのは、この馬が生まれた年の5月末のことである。 父Malibu Moonは、その父にA.P. Indyを持つ。母Chatter Chatterは2001年生まれの米国産で10戦3勝、その勝ち鞍には2歳時にフロリダで挙げたMy Dear Girl Stakesがある。母もまた、二歳の砂で花を咲かせた牝馬だった。A.P. Indyの母Weekend Surpriseと、母の父Lost Soldierの母Lady Winborne——どちらもセクレタリアトの娘で、この栗毛の芯にはセクレタリアトの4×4が畳み込まれている。 一族は賑やかだ。母の全姉Chit Chatterの娘、つまりいとこにあたるI'm a Chatterboxは、アメリカでGIを複数勝った。半姉Chattertownは米国の重賞を勝ったLaobanを産み、もう一頭の半姉ブルーグラスチャッターは日本へ渡り、北海道で繁殖牝馬になった。上に姉が三頭、牡はこの馬だけ。母にとって四番目の産駒だった。

芝から砂へ ― 中舘英二の四連勝

2011年9月4日、新潟の芝1800メートル、2歳新馬。7番人気の6着で、勝ったオメガハートランドから1秒2差。ただ、上がりは34秒3を計時していた。鞍上は中舘英二、46歳。 東京・荒川に生まれ、馬事公苑で養成された最後の世代として1984年に免許を取った男である。ヒシアマゾンで1993年の阪神3歳牝馬ステークスと翌年のエリザベス女王杯を勝ち、2007年のスプリンターズステークスはアストンマーチャンで制した。だがこの騎手の背骨は大舞台ではなく、ローカルにあった。福島競馬場で挙げた425勝は同競馬場の歴代2位。表舞台で重賞やクラシックに乗るか、裏に回って数多く勝つか——迷うことなく後者を選んだ、と後年語っている。通算18130戦1869勝という数字は、そうやって積み上げられたものだ。 9月25日、中山のダート1800メートルに替わると、馬が別物になった。1秒2差の圧勝で初勝利。10月10日、東京のプラタナス賞も0秒8差で連勝する。そして11月10日、門別の北海道2歳優駿。単勝1.0倍という支持を受け、いつでも前を捕らえられる位置で運ばれた馬は、直線を向くと後続を突き放し、2着ベルモントレーサーに8馬身の差をつけた。重賞は、初出走で初制覇だった。二歳の五戦、鞍上が替わることは一度もなかった。

川崎、悲鳴のあとに

12月14日、川崎。ダート1600メートルの全日本2歳優駿、JpnI。12頭立ての単勝1.1倍。 ゲートが開いた瞬間、この馬は躓いた。スタンドから悲鳴が漏れる。中団の後ろまで置かれた馬を、中舘は急かさずに運び、向正面の中ほどから一気に先団へ押し上げた。直線では前を行くメジャーアスリートを抜き去って先頭に立つ。1分41秒6、着差は0秒2。終わってみれば、危ういところなどどこにもなかった。 デビュー2戦目から数えて四連勝。砂では無敗のまま、二歳ダートの頂に座った。 中舘英二のGI級の勝ち鞍は、生涯で4つある。ヒシアマゾンで2つ、アストンマーチャンで1つ、そしてこの一戦で1つ。46歳の暮れに掴んだそれが、最後の一つになった。

その矢先

三歳になったらドバイへ——UAEダービーへ向かう案があった。だがその矢先、左第3指骨の骨折が判明する。蹄の内側におさまっている骨である。長い休養に入り、そのまま2012年、この馬は一度もゲートに入らなかった。 7月11日、大井のジャパンダートダービーを勝ったのは、同じ2009年生まれのハタノヴァンクール。そこで5着に敗れたホッコータルマエが砂の王座へ手を伸ばすのは、その翌年である。二歳の暮れにダート路線の頂点にいた馬は、世代のいちばん賑やかな一年を、厩舎の中で過ごした。

戻ってきて、七度

2013年4月13日、阪神のアンタレスステークス。1年4か月ぶりの実戦で、鞍上は横山典弘に替わった。9番人気の11着、勝ち馬から1秒5差。その勝ち馬は、同世代のホッコータルマエだった。 6月のアハルテケステークスは15着。11月のみやこステークスは183倍台という評価で11着、上がりは36秒4。暮れのフェアウェルステークスは15着。2013年に走った4戦で、賞金は1円も加算されていない。そして2014年、この馬はまた一度もゲートに入らなかった。 2015年1月25日、中山。中舘英二が鞍を降りた。その年の騎乗は24日と25日の二日だけで、3月1日には調教師として厩舎を開業する。GI級の4勝は4勝のまま——最後の一つは、あの川崎のままだった。 馬のほうは、なお戻ってきた。11月14日の武蔵野ステークスは414倍台の13番人気で13着、勝ったのはノンコノユメ。12月26日の師走ステークスは16頭立ての16番人気で10着。復帰してからの七戦は、すべて二桁着順である。その七戦のあいだ、厩舎が変わることは一度もなかった。

南相馬の甲冑

2016年2月6日、京都のダート1900メートル、アルデバランステークス。バルジューを背に12着。それが12戦目で、最後の一戦になった。11日後の2月17日付で競走馬登録を抹消。12戦4勝、獲得賞金7025万9000円。その全額が、2011年の秋から冬にかけての数か月で稼がれたものである。デビューから抹消まで四年五か月、この馬は美浦・萩原清厩舎の馬のままだった。 引退後、オーブルチェフは福島県南相馬市の松浦ライディングセンターで乗馬になり、のちに南相馬市ふれあい牧場へ移った。そして2019年までは、相馬野馬追に出場していた。 相馬野馬追は相馬三社の祭礼で、その神事は1952年に国の重要無形民俗文化財に指定された。南相馬市原町区の雲雀ヶ原祭場地では甲冑競馬と神旗争奪戦が行われ、近年は出陣する馬の九割ほどが元競走馬だという。この馬が新潟でデビューする半年前、2011年3月に東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故が起きている。警戒区域に残された野馬追の馬は、伝統行事を絶やさぬための特例として運び出され、5月2日に放射線スクリーニング検査を受けた28頭が避難先へ移された。その夏の野馬追は、雲雀ヶ原が緊急時避難準備区域、野馬懸を行う相馬小高神社が警戒区域に入ったため、「東日本大震災復興 相馬三社野馬追」として規模を縮めて営まれた。オーブルチェフが川崎で二歳ダートの王座に就いたのは、その5か月後である。 2020年、引退名馬繋養展示事業の助成対象馬になった。この馬を最後まで預かった萩原清は、2026年5月20日、病気のため67歳で亡くなっている。 名の由来になったクレーターは、月の裏側にある。地球からは、どうしても見えない。競馬の記録がこの馬の顔を映しているのも、2011年の数か月ぶんだけだ。けれど記録の外側で、その背にはずっと人が乗っていた。冬の川崎を運んだ46歳の騎手から、甲冑をまとって野馬追に出た武者まで。見えない側でも、この馬は走り続けていた。

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