名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
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ヌーヴォレコルトのイメージビジュアル
ヌーヴォレコルトNuovo Record
Nuovo Record

ヌーヴォレコルト

通算成績23戦6勝

獲得賞金45,671万円

生年月日 2011.02.25(平成23年)毛色 栗毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
ヌーヴォレコルトの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
10 GII金鯱賞 中京 芝2000 6人気 岩田康誠 1:59.7 上り34.6映像
7 GII中山記念 中山 芝1800 6人気 岩田康誠 1:48.1 上り34.4映像
4 GI香港ヴァーズ シャティン 芝2400 5人気 岩田康誠 2:27.4 映像
1 GIIIレッドカーペットH アメリカ 芝2200 3人気 岩田康誠 2:15.5
11 GIBCフィリーアンドメア サンタアニタパー 芝2000 3人気 武豊 映像
4 GII札幌記念 札幌 芝2000 2人気 吉田隼人 2:02.3 上り37.1映像
6 GIクイーンエリザベス2世カップ 香港 芝2000 6人気 武豊 2:02.5
6 GII産経大阪杯 阪神 芝2000 3人気 岩田康誠 2:00.0 上り33.9
2 GI香港カップ 香港 芝2000 3人気 R.ムーア 2:00.7 映像
2 GIエリザベス女王杯 京都 芝2200 1人気 岩田康誠 2:14.9 上り34.3映像
2 GII産経賞オールカマー 中山 芝2200 1人気 岩田康誠 2:12.1 上り34.5
5 GI宝塚記念 阪神 芝2200 3人気 岩田康誠 2:14.7 上り34.9映像
6 GIヴィクトリアマイル 東京 芝1600 1人気 岩田康誠 1:32.5 上り33.5映像
1 GII中山記念 中山 芝1800 3人気 岩田康誠 1:50.3 上り35.6映像
2 GIエリザベス女王杯 京都 芝2200 1人気 岩田康誠 2:12.3 上り33.6映像
2 GI秋華賞 京都 芝2000 1人気 岩田康誠 1:57.0 上り34.0映像
1 GII関西TVローズS 阪神 芝1800 2人気 岩田康誠 1:46.0 上り33.6
1 GI優駿牝馬 東京 芝2400 2人気 岩田康誠 2:25.8 上り34.2映像
3 GI桜花賞 阪神 芝1600 5人気 岩田康誠 1:33.4 上り33.8映像
2 GIIIチューリップ賞 阪神 芝1600 4人気 岩田康誠 1:34.7 上り34.7映像
1 こうやまき賞 中京 芝1600 2人気 吉田隼人 1:36.5 上り34.6
1 2歳未勝利 東京 芝1600 1人気 福永祐一 1:37.0 上り33.7
4 2歳新馬 東京 芝1600 1人気 戸崎圭太 1:36.8 上り34.3

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
ヌーヴォレコルトの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
ハーツクライHeart's CryサンデーサイレンスSunday SilenceHalo
Wishing Well
アイリッシュダンストニービンTony Bin
ビューパーダンスBuper Dance
オメガスピリットスピニングワールドSpinning WorldNureyev
Imperfect Circle
ファーガーズプロスペクトFager's ProspectChief's Crown
Fager's Glory
STORY

旅程 — この馬の物語

2011年生まれの栗毛の牝馬。父ハーツクライ、母オメガスピリット。主な勝ち鞍は優駿牝馬・関西TVローズS・中山記念。

「新記録」という名前

2011年2月25日、北海道千歳市の社台ファームに栗毛の牝馬が生まれた。父はハーツクライ。母オメガスピリットは芝1200mだけを14回走り、未勝利戦と500万下をふたつ勝っただけで、条件戦の壁を最後まで抜けられなかった短距離馬である。母もこの仔も、同じ馬主の所有だった。 名は、イタリア語で「新記録」を意味する言葉から採られた。ヌーヴォレコルト。母の戦績から測れば、ずいぶん大きな名前だった。 ただし、母系を五代さかのぼると景色が変わる。五代母のネイティヴストリートは1963年に米国で生まれた芦毛で、父はネイティヴダンサー。24戦10勝を挙げ、1966年のケンタッキーオークスを勝っている。その血は1990年代に、母の母ファーガーズプロスペクトとして日本へ渡り、静かに根を張った。もっとも、輸入後のこの一族から重賞の勝ち馬が出たことは、まだ一度もなかった(のちに同じ一族からミューチャリーが現れ、2021年のJBCクラシックを勝つ)。 2013年10月19日、東京の芝1600mでデビュー。鞍上は戸崎圭太。1番人気に推されたが前を捕まえきれず4着に終わる。3週間後の未勝利戦は福永祐一を背に人気どおり勝ち上がり、12月8日、中京のこうやまき賞は吉田隼人が2番手から抜け出して連勝。2歳のうちにオープン入りを果たした。

姫路から来た男

2014年3月8日、チューリップ賞。初めての長距離輸送で、初めての右回りだった。そしてここから、この馬の手綱はほとんど一人の男に預けられることになる。岩田康誠である。 岩田は1974年、兵庫県姫路市の生まれ。1991年に兵庫県競馬でデビューし、地方競馬で2941勝を積み上げてから2006年にJRAへ移った。中央のクラシックには早くから届いていて、2004年の菊花賞をデルタブルースで制し、地方競馬所属の騎手として初めて中央のクラシックを勝っている。移籍後は2009年の皐月賞をアンライバルドで、2012年の桜花賞をジェンティルドンナで、同じ年の東京優駿を七度目の挑戦の末にディープブリランテで勝った。 五つのクラシックのうち、四つまでが埋まっていた。残っていたのは、オークスだけだった。 チューリップ賞は2着。直線で伸びたところを、大外から一頭だけ違う脚で来たハープスターにかわされた。続く桜花賞は5番人気。1000m通過57秒0という大逃げが打たれた流れを、ヌーヴォレコルトは馬群を割って伸びた。阪神ジュベナイルフィリーズを勝っていたレッドリヴェールが抜け出しかけたその瞬間、大外からハープスターがまとめて交わし去る。勝ち時計1分33秒3はタイレコード。ヌーヴォレコルトは、そこから3/4馬身の3着だった。 二度続けて、同じ馬の背中を見た。

勝てるレースをしてください

5月25日、東京の芝2400m。桜花賞馬ハープスターが単勝1.3倍の断然人気を背負い、その先には凱旋門賞という夢まで託されていた。ヌーヴォレコルトは9.8倍の2番人気。有力な2着候補、というのが世間の見立てだった。 だが陣営の見立ては違った。最終追い切りを終えた斎藤誠は、桜花賞のときを100とすればいまは110から120に伸びている、と踏んでいた。相手は末脚勝負で来る。ならば先に動く。当日のパドックで調教師が鞍上に伝えたのは、ひと言だけだった。 「勝てるレースをしてください」[^1] ペイシャフェリスが引く隊列の中ほど、9番手。ヌーヴォレコルトはリラックスして追走した。外を回るロスを選ばず、内で進路が開くのを待つ。手応えを十分に残したまま4コーナーを回り、直線、先行集団の間に隙間が生まれた瞬間に一気に踏んだ。坂を駆け上がりながら加速し、残り200mで先頭に立つ。 内からバウンスシャッセ。そして大外から、いつもの豪脚でハープスター。 「内からも外からも来ているのは気づいていたが、こちらにも余裕があった」[^2] クビ差。三度目の対戦で、初めて先にゴール板を過ぎた。重賞初制覇が、オークスだった。 岩田康誠、史上7人目のクラシック完全制覇。兵庫でデビューしてから23年後に、最後のひとつが埋まった。斎藤誠にとっては2007年の朝日杯フューチュリティステークス以来のGIで、クラシックは初めての制覇だった。

出典:中日スポーツ「今年と似ていた2014年…「勝てるレースをして下さい」ヌーヴォレコルト陣営が胸に秘めていた逆転への自信【オークス】」2023年5月17日配信、https://www.chunichi.co.jp/article/691620 、閲覧日:2026年7月28日。/日本中央競馬会「第75回 優駿牝馬(オークス)」レース結果・レース回顧、2014年5月25日、https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/oaks/result/oaks2014.html 、閲覧日:2026年7月28日。

クビひとつ

秋初戦に選んだのは阪神のローズステークス。馬体重を6kg減らしながら、1 1/4馬身差の完勝だった。 そこからは栗東トレーニングセンターへ移り、関東の厩舎に籍を置いたまま西で二冠目に向けた調整を積んだ。秋華賞は単勝1.5倍。ハープスターは凱旋門賞へ向かって京都にいなかった。二冠目は、この馬のために空いているように見えた。 レースは緩みのない流れになった。ショウナンパンドラが内ラチ沿いをするすると回って直線で先行勢の間を割る。ヌーヴォレコルトはローズステークス2着のタガノエトワールと並んで迫ったが、クビ差だけ足りなかった。勝ち時計の1分57秒0は、当時の秋華賞のレコードである。「新記録」の名を持つ馬は、記録が生まれたレースで、クビひとつぶん遅れて入線した。 1か月後のエリザベス女王杯も1番人気。上がり33秒6の脚で追い込んだが、ラキシスにまたクビ差だけ届かない。 3歳の秋は、二度、同じ幅で終わった。

紅一点

2015年3月1日、中山記念。稍重の中山1800mに揃ったのは11頭で、牝馬はこの馬だけだった。相手は2013年の皐月賞馬ロゴタイプと、2014年の皐月賞馬イスラボニータ。牡馬の一線級に、牝馬が一頭で挑む形になった。 この日のヌーヴォレコルトは、じっと内で我慢した。そして直線、最内から抜け出していたロゴタイプを、クビ差だけ差し切った。 牝馬によるこのレースの制覇は、1991年のユキノサンライズ以来24年ぶりだった。 前年の秋に二度、クビ差で取りこぼした馬が、今度はクビ差で拾い上げた。

銀の一年

そこから先は、勝ち切れない一年になった。 5月のヴィクトリアマイルは1番人気に推されたが、前で粘るミナレットを捕まえられずストレイトガールの6着。6月の宝塚記念はラブリーデイの5着。秋初戦のオールカマーは1番人気で最内を伸びたものの、ショウナンパンドラに再び先着を許して2着。11月のエリザベス女王杯は18番、いちばん外の枠から後方に控え、直線で猛然と追い込んだが、先に抜け出していたマリアライトを捉えきれずにまたクビ差の2着だった。 12月13日、香港。手綱はライアン・ムーアに託された。逃げたエイシンヒカリを最後まで追ったが、0秒17届かず2着。 この一年で挙げた勝利は中山記念のひとつきりである。だが、前を行った馬の名を並べれば、ショウナンパンドラマリアライトエイシンヒカリ――いずれもGIを勝つ馬たちだった。届かなかったのではない。いつも、その一角にいた。

デルマーの午後

5歳になった2016年は、旅の年だった。 産経大阪杯は先団で好感触のまま直線を迎えたが、前に壁ができて動けず6着。4月にはラブリーデイサトノクラウンとともに香港へ渡り、クイーンエリザベス2世カップは武豊を背に、これまでとは違う後方3番手から折り合って運んだものの、先団にあと一歩届かず6着。8月の札幌記念は武が騎乗停止のため2歳時に乗った吉田隼人が手綱を取り、道悪に苦しんで4着に終わった。 秋、アメリカへ渡る。11月5日、サンタアニタパークのブリーダーズカップ・フィリー&メアターフは中団から伸びを欠いて11着。遠征の総決算になるはずの一戦は、あっけなく終わった。 それでも、この馬は負けたまま帰らなかった。 19日後の11月24日、デルマー。レッドカーペットハンデキャップ。岩田が戻ってきた。道中は中団の内で我慢し、直線で外へ持ち出す。先に抜け出していたアルルを、ゴール寸前で外から差し切った。海外の重賞は四度目の挑戦で、初めての勝利だった。 五代母ネイティヴストリートがケンタッキーオークスを勝ったのは1966年、アメリカのダートでのことである。半世紀のち、その血を引く栗毛の牝馬が、同じ国の芝で先頭でゴールに入った。 12月11日、香港ヴァーズ。最後方から追い上げて4着。勝ったのは、春に一緒に香港へ渡ったサトノクラウンだった。

余力を残して

2017年、6歳。中山記念は7着、中1週で臨んだ金鯱賞は10着。どちらも鞍上は岩田だった。全23戦のうち16戦、この馬の背には同じ男が乗っていたことになる。 金鯱賞から4日後の3月15日、斎藤誠が引退を発表した。 「もう1年現役も考えたが、近走の内容も考え、余力を残して繁殖入りさせようと決断した」[^1] 厩舎にとっても大きな存在だった、といい、産駒でまた大きなレースを目指したい、と続けた。23戦6勝。中央18戦5勝、海外5戦1勝。獲得賞金は4億5671万6000円。GIの勝利は優駿牝馬のひとつで、GIの2着が四度あった。 宮城の山元トレーニングセンターを経由して、生まれ故郷の社台ファームへ帰る。初年度はロードカナロアを受胎したのち英国へ渡り、そこで初仔を産んだ。2番仔の父はフランケル、3番仔と4番仔はキングマン。母の1200mも、自身の2400mも越えて、血は海を渡って広がっていった。 そして2025年7月20日、小倉。3番仔のイングランドアイズが、9番人気・51キロで小倉記念を勝った。その4か月あまり前、この牝馬に2勝クラスの千里山特別を勝たせた騎手の名は、岩田康誠である。 24年ぶりの牝馬、史上7人目の完全制覇、一族で初めての重賞。この馬が動かした数字は、「初めて」と「以来」ばかりだった。新記録とは、誰かが最初に越えていく線のことをいう。名前は、間違っていなかった。

出典:スポーツニッポン「オークス馬・ヌーヴォレコルト引退 斎藤誠師「産駒で大きなレースを」」2017年3月15日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2017/03/15/kiji/20170315s00041000285000c.html 、閲覧日:2026年7月28日。

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