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ノヴェリスト
通算成績7戦5勝
生年月日 2009.03.10(平成21年)毛色 黒鹿毛性 牡
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | GIバーデン大賞 | ドイツ 芝2400 | 1人気 | ペドロサ | — | ||
| 1 | GIKジョージ6世&QES | イギリス 芝2400 | 4人気 | ムルタ | 2:24.6 | — | |
| 1 | GIサンクルー大賞 | フランス 芝2400 | 2人気 | ムーア | 2:31.1 | — | |
| 1 | GIIバーデン企業大賞 | ドイツ 芝2200 | 1人気 | ペドロサ | 2:24.6 | — | |
| 1 | GIジョッキークラブ大賞 | ドイツ 芝2400 | 1人気 | ペドロサ | 2:29.5 | — | |
| 4 | GIバーデン大賞 | ドイツ 芝2400 | 2人気 | ビュイッ | — | ||
| 2 | GI独ダービー | ドイツ 芝2400 | 1人気 | ペドロサ | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父Monsun | Konigsstuhl | Dschingis Khan |
| Konigskronung | ||
| Mosella | Surumu | |
| Monasia | ||
| 母Night Lagoon | Lagunas | イルドブルボンIle de Bourbon |
| Liranga | ||
| Nenuphar | Night Shift | |
| Narola |
引退後・牧場での映像
ゴール板の先の時間旅程 — この馬の物語
2009年生まれの黒鹿毛の牡馬。父Monsun、母Night Lagoon。主な勝ち鞍はジョッキークラブ大賞・サンクルー大賞・Kジョージ6世&QES。
アイルランドで生まれたドイツ馬 ― Nで始まる一族
2009年3月10日、一頭の黒鹿毛の牡馬がアイルランドで生まれた。血はドイツで固められている。父はドイツのモンズーン、母もドイツのNight Lagoon。それでも産地が愛国になったのは、母がその年、ダラカニを配されるためにアイルランドへ送られ、現地に滞在していたからだった。翌年、母はそのダラカニの牡駒を産んでいる。 生産者と馬主は同じ人物である。クリストフ・バーグラー。1997年から2000年までドイツジョッキークラブのCEOを務めた男で、この馬も、母も、祖母も、彼が自分の手で生ませた馬だった。 父モンズーンはオイロパ賞を連覇し、種牡馬としてシロッコ、マンデュロ、スキャパレリを送り出したドイツ競馬の大黒柱である。母Night Lagoonは5戦2勝、2003年に2歳牝馬のヴィンターケーニギン賞(GⅢ)を勝った。その母Nenuphar、さらにその母Narola――母系はずっとNの頭文字を継いできた。Night Lagoonが残した13頭のうち、初めの8頭にもそろってNで始まる名がついている。2009年の仔に与えられたのは、小説家を意味する名だった。ノヴェリスト。鼻先に小さな白があり、脚は三本が白い。 この母はのちにもう一頭、ヨーロッパのクラシックを勝つ牝馬を産む。それはノヴェリストが走り終えたあとの話である。
父の厩舎を継いだ男 ― デビューから四連勝
アンドレアス・ヴェーラーは1962年2月10日、ドルトムントに生まれた。父アドルフ・ヴェーラーの厩舎でアマチュア騎手として乗り、1986年に父が亡くなると、ブレーメンにあったその厩舎を24歳で引き継いだ。2004年に拠点をギュータースローへ移す。ドルトムントとハノーファーの間にある町である。1992年と1999年にドイツダービーを勝ち、2011年にはヴァルトパークで三度目のダービーを手にしていた。ノヴェリストが入ったのは、そういう厩舎だった。 デビューは2011年8月7日、デュッセルドルフの1500m。相手は5頭で、8馬身ちぎった。鞍上はパナマ出身のペドロサ。1994年に単身ドイツへ渡ってブレーメンを本拠とし、ヴェーラーが厩舎をギュータースローへ移したのと同じ2004年に自分も本拠を移した男で、この厩舎の主戦を長く務めてきた。 明けて3歳。ホッペガルテンの1600mを単勝1.2倍で5馬身。5月6日、フランクフルトのメツレル春季賞(GⅢ・2000m)は後方に控えて残り300mで先頭に立ち、6馬身。6月10日、ケルンのウニオンレネン(GⅡ・2200m)も同じ形で5馬身。四連勝。着差はいつも、追ってきた馬が届かない距離だった。
半馬身 ― ハンブルクの取りこぼしと、父の死
2012年7月1日、ハンブルク。ドイチェスダービーで単勝1.7倍の一本かぶりに推された。残り100mで先頭に立つ。そこから外に馬影が伸びた。25対1の人気薄パストリオスに交わされ、半馬身差の2着。無敗のまま迎えたダービーで、初めて先頭でゴールできなかった。走りは悪くなかったが、この日は少し淡々としていた――ヴェーラーはそう認めている。 9月2日、初めて古馬に混じったバーデン大賞。鞍上はウィリアム・ビュイックに替わり、7頭立ての4着。勝ったのは前年の凱旋門賞馬デインドリームで、3着はダービーで自分を負かしたパストリオスだった。 その9日後、9月11日、父モンズーンがシュレンダーハン牧場で死んだ。重い急性の神経疾患を発症し、安楽死の措置がとられた。22歳だった。 10月21日、ミラノのサンシーロ。ジョッキークラブ大賞は単勝1.6倍に応えて4馬身半差の圧勝で、GI初制覇となった。父を見送った秋に、その仔がGI馬になった。
アタマ差の春 ― 先輩と、ムーア
2013年5月12日、バーデンバーデンの2200m。バーデン企業大賞(GⅡ)で正面に立ったのは、5歳のヴァルトパークだった。ヴェーラーに2011年のダービーをもたらした馬である。6ポンド重い斤量を背負い、アタマ差で先着した。 6月23日、フランス。サンクルー大賞で、初めてライアン・ムーアが跨る。残り400mで先頭に立ち、1馬身1/4差。1番人気のシリュスデゼーグルは5着に沈んだ。先頭に立つのが少し早すぎたとムーアは言ったが、それでも最後までしっかり伸びていた、とヴェーラーは満足を語っている。 ドイツとイタリアで勝ってきた馬が、四歳の春にフランスの2400mを取った。次に越える国境の先は、アスコットだった。
二分二十四秒六 ― 少年が休暇に見ていたレース
7月27日、アスコット。芝12ハロンのキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス。硬い馬場を走るのは初めてだったが、動きのいい馬だから速い馬場でも心配はいらない、とヴェーラーは事前に語っていた。 ムーアは同じレースに出る3歳馬に乗ることが決まり、鞍上はアイルランドのベテラン、ジョニー・ムルタに替わる。この競走をすでに三度勝っている男だった。ノヴェリストは4番人気。上に見られていたのは、サンクルーで5着に負かしたシリュスデゼーグル、アイリッシュダービーを勝ってきた3歳馬、そしてムーアが選んだ3歳馬である。 2頭が速い流れをつくり、ノヴェリストは4番手で我慢した。直線を向いて先頭に立つと、あとは加速するだけだった。5馬身。2着にアイリッシュダービー馬、3着にムーアの3歳馬、1番人気は4着に終わった。 時計は2分24秒60。2010年にハービンジャーが11馬身差で勝ったときの2分26秒78を、2秒あまり縮めた。1951年に始まったこの競走の最速勝ち時計は、いまもこの日の数字である。 ドイツ調教馬の連覇でもあった。前年、ドイツ馬として初めてこのレースを勝ったデインドリームは、社台ファームの吉田照哉が権利の半分を持つ牝馬だった。 子どものころ、休暇のたびにアスコットへキングジョージを見に来ていた。いまは自分がそれを勝つ側にいる――レース後、51歳のヴェーラーはそう口にした。ムルタはこの馬をエンジンのいい非常に高いクラスの馬だと評し、手を焼いたのはゴールを過ぎてから止めることだけだった、と言い添えている。
十月五日 ― 前日に消えた最大の敵
9月1日、二度目のバーデン大賞。5頭立ての単勝1.3倍。今度はハナから先頭に立ち、抑えようとするペドロサの手綱に逆らって走った。道中で同じ厩舎の僚馬に前へ出られたが、残り200mで抜き返して3/4馬身差。GIを三つ続けて勝った。 10月2日、スポーツニッポンの紙面で、競馬評論家の合田直弘がこう書いている。オルフェーヴルとキズナの前に立ちはだかるのはこの馬で、ドイツでは「近年屈指の傑作」と言われている[^1]、と。日本勢最大の敵と目されていた。 だが10月5日、レースの前日に異常な発熱が見つかり、出走取消となる。翌6日のロンシャンはトレヴが勝ち、オルフェーヴルが2着、キズナが4着。凱旋門賞のゲートに、この馬は一度も入っていない。 そのまま10月に引退が決まり、社台コーポレーションに買われて、11月には日本の社台スタリオンステーションに入った。11戦9勝、賞金117万7788ポンド。負けたのはハンブルクの半馬身と、バーデンの4着だけである。 ドイツの年度代表馬には49パーセントの票で選ばれた。2位はその年のドイチェスダービーを勝った3歳馬で30パーセント。この年の世界のレーティングは128だった。
出典:スポーツニッポン「【凱旋門賞】日本勢最大の敵は独「近年屈指の傑作」ノヴェリスト」2013年10月2日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2013/10/02/kiji/K20131002006728170.html 、閲覧日:2026年7月30日。
日高へ ― 四か国のタイトルと、その続き
2014年、社台スタリオンステーションで種牡馬になった。アスコットで彼が消した時計の持ち主ハービンジャーは、その3年前から同じ場所に立っていた。キングジョージの最大着差はハービンジャーの11馬身、最速時計はノヴェリストの2分24秒60。二つの記録は、どちらも日本へ渡った馬が持っている。 2017年に産駒がデビューした。2019年1月14日、中山の京成杯をラストドラフトが勝ち、産駒のJRA重賞初勝利となる。母は2011年の桜花賞馬マルセリーナである。同じ年の10月にはオーストラリアで、母ピースオブワールドの仔ウォルフがGⅢクーンジーカップを勝って海外重賞にも手が届いた。2021年にはドイツでもリステッド競走の勝ち馬が出た。 2022年11月6日、東京の芝2500m、アルゼンチン共和国杯。ブレークアップが勝った。二年前の同じ競走ではラストドラフトが2着に来ている。翌春、ブレークアップは京都の天皇賞(春)で4着まで走った。四つの国で2400mを勝った父の血は、府中の2500mに出た。地方ではメイドイットマムが東京2歳優駿牝馬とロジータ記念を制し、母の父としても、2025年にセントウルステークスと阪急杯を勝つカンチェンジュンガと、ラストドラフトと同じ京成杯を勝つニシノエージェントが出た。 母Night Lagoonの物語も続いていた。2022年7月16日のアイリッシュオークス。父ガリレオの牝馬マジカルラグーンが1番人気に応え、半馬身差で勝つ。ノヴェリストの半妹である。半弟の一頭は日本へ渡り、佐賀で走った。 ムルタは2014年2月に騎手を退いている。アスコットの5馬身は、そのキャリアの終い際に置かれた一勝である。ヴェーラーのほうは勝ち続けた。ノヴェリストの翌年、2014年11月4日、ドイツ人として初めてメルボルンカップを勝つ。プロテクショニストの鞍上にいたのはライアン・ムーア――アスコットで別の馬を選んだ男である。2026年7月5日には、ハンブルクの第157回ドイチェスダービーを単勝84倍の伏兵で制した。この競走の史上最も人気のない優勝馬で、彼にとっては五度目のダービーだった。 11回ゲートを出て、9度先頭でゴールした。ドイツ、イタリア、フランス、イギリス――四つの国でタイトルを持ち、凱旋門賞には一度も出られなかった馬である。2021年にレックススタッドへ移り、2023年12月からは日高町の牧場にいる。17歳になったいまも、種牡馬として立っている。アイルランドで生まれてドイツで育った血は、いま北海道から出ていく。
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