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ナイキアディライト
通算成績43戦14勝
獲得賞金4億840万円
生年月日 2000.03.12(平成12年)毛色 青鹿毛性 牡
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 12 | オーバルスプリント | 浦和 ダ1400 | 3人気 | 戸崎圭太 | 1:29.7 | 上り41.8 | — | |
| 5 | 埼玉栄冠賞 | 浦和 ダ1900 | 4人気 | 川島正太郎 | 2:03.5 | 上り41.3 | — | |
| 10 | JpnⅡ日本テレビ盃 | 船橋 ダ1800 | 6人気 | 石崎駿 | 1:53.1 | 上り42.9 | — | |
| 5 | 京成盃グランドマイラーズ | 船橋 ダ1600 | 4人気 | 戸崎圭太 | 1:40.1 | 上り39.7 | — | |
| 8 | マイルグランプリ | 大井 ダ1600 | 3人気 | 佐藤博紀 | 1:41.0 | 上り39.7 | — | |
| 5 | 東京シティ盃 | 大井 ダ1200 | 3人気 | 戸崎圭太 | 1:13.0 | 上り38.4 | — | |
| 1 | テレビ埼玉杯 | 浦和 ダ1400 | 1人気 | 内田博幸 | 1:26.9 | 上り38.7 | — | |
| 6 | JpnⅠJBCスプリント | 大井 ダ1200 | 6人気 | 今野忠成 | 1:11.4 | 上り36.8 | 映像 | |
| 1 | 日本テレビ盃 | 船橋 ダ1800 | 2人気 | 内田博幸 | 1:53.0 | 上り37.8 | — | |
| 1 | 京成盃グランドマイラーズ | 船橋 ダ1600 | 1人気 | 内田博幸 | 1:39.3 | 上り38.3 | — | |
| 11 | マイルグランプリ | 大井 ダ1600 | 2人気 | 戸崎圭太 | 1:41.3 | 上り41.6 | — | |
| 2 | 東京シティ盃 | 大井 ダ1200 | 3人気 | 戸崎圭太 | 1:12.0 | 上り38.0 | — | |
| 13 | GI東京大賞典 | 大井 ダ2000 | 7人気 | 酒井忍 | 2:11.5 | 上り45.7 | — | |
| 9 | GIJBCマイル | 川崎 ダ1600 | 3人気 | 内田博幸 | 1:42.3 | 上り41.7 | — | |
| 1 | 埼玉新聞杯 | 浦和 ダ1900 | 1人気 | 内田博幸 | 2:00.8 | 上り38.5 | — | |
| 5 | GIかしわ記念 | 船橋 ダ1600 | 5人気 | 石崎隆之 | 1:40.2 | 上り39.0 | — | |
| 3 | マイルグランプリ | 大井 ダ1600 | 2人気 | 石崎隆之 | 1:38.4 | 上り39.5 | — | |
| 1 | 報知グランプリカップ | 船橋 ダ1800 | 1人気 | 石崎隆之 | 1:53.8 | 上り37.5 | — | |
| 11 | GI東京大賞典 | 大井 ダ2000 | 9人気 | 石崎隆之 | 2:05.8 | 上り39.9 | — | |
| 9 | GIJBCクラシック | 名古屋 ダ1900 | 6人気 | 石崎駿 | 2:02.9 | 上り39.6 | 映像 | |
| 2 | GII日本テレビ盃 | 船橋 ダ1800 | 3人気 | 石崎隆之 | 1:52.7 | 上り39.4 | — | |
| 3 | GI帝王賞 | 大井 ダ2000 | 1人気 | 石崎隆之 | 2:04.1 | 上り38.9 | — | |
| 3 | GIかしわ記念 | 船橋 ダ1600 | 3人気 | 石崎隆之 | 1:38.5 | 上り38.4 | — | |
| 1 | マイルグランプリ | 大井 ダ1600 | 2人気 | 石崎駿 | 1:37.8 | 上り37.5 | — | |
| 14 | GIジャパンカップダート | 東京 ダ2100 | 9人気 | 石崎隆之 | 2:16.3 | 上り44.3 | 映像 | |
| 9 | GIJBCクラシック | 大井 ダ2000 | 2人気 | 石崎隆之 | 2:05.3 | 上り40.0 | 映像 | |
| 1 | GII日本テレビ盃 | 船橋 ダ1800 | 1人気 | 石崎隆之 | 1:49.7 | 上り36.0 | — | |
| 2 | GI帝王賞 | 大井 ダ2000 | 5人気 | 石崎隆之 | 2:04.0 | 上り36.4 | — | |
| 1 | GIIかしわ記念 | 船橋 ダ1600 | 4人気 | 石崎隆之 | 1:39.7 | 上り38.3 | — | |
| 3 | テレビ埼玉杯 | 浦和 ダ1900 | 2人気 | 石崎隆之 | 2:00.4 | 上り38.2 | — | |
| 3 | 報知グランプリカップ | 船橋 ダ1800 | 2人気 | 石崎隆之 | 1:54.9 | 上り40.4 | — | |
| 5 | 報知オールスターカップ | 川崎 ダ2000 | 2人気 | 石崎隆之 | 2:10.6 | 上り40.2 | — | |
| 7 | 京成盃グランドマイラーズ | 船橋 ダ1600 | 1人気 | 石崎隆之 | 1:42.5 | 上り42.2 | — | |
| 7 | GIJBCスプリント | 大井 ダ1190 | 5人気 | 石崎隆之 | 1:11.0 | 上り37.4 | 映像 | |
| 3 | GIジャパンダートダービー | 大井 ダ2000 | 3人気 | 石崎隆之 | 2:05.1 | 上り38.4 | — | |
| 1 | 東京ダービー | 大井 ダ2000 | 1人気 | 石崎隆之 | 2:08.9 | 上り38.6 | — | |
| 1 | 羽田盃 | 大井 ダ1790 | 1人気 | 石崎隆之 | 1:52.3 | 上り38.6 | — | |
| 1 | 京浜盃 | 大井 ダ1690 | 1人気 | 石崎隆之 | 1:46.6 | 上り38.3 | — | |
| 1 | ブルーバードC | 船橋 ダ1600 | 1人気 | 石崎隆之 | 1:42.1 | 上り38.5 | — | |
| 8 | ひいらぎ賞 | 中山 芝1600 | 8人気 | 石崎隆之 | 1:35.5 | 上り36.9 | — | |
| 6 | ベゴニア賞 | 中山 芝1600 | 7人気 | 石崎隆之 | 1:36.3 | 上り36.9 | — | |
| 1 | 金木犀特別 | 船橋 ダ1400 | 1人気 | 石崎隆之 | 1:30.7 | 上り39.8 | — | |
| 1 | 2歳新馬 | 船橋 ダ1000 | 1人気 | 石崎隆之 | 1:01.4 | 上り37.7 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父ディアブロDiablo | Devil's Bag | Halo |
| Ballade | ||
| Avilion | Cornish Prince | |
| Style and Grace | ||
| 母ナイキアラモード | スリルショーThrill Show | Northern Baby |
| Splendid Girl | ||
| シャダイノラリーン | エルセンタウロ | |
| ギャラントノラリーンGallant Noralien |
旅程 — この馬の物語
2000年生まれの青鹿毛の牡馬。父ディアブロ、母ナイキアラモード。
芝は二度で足りた
2002年9月20日、船橋。JRA認定の二歳新馬戦を、単勝一番人気で勝った。鞍上は石崎隆之。十日後の金木犀特別も勝って、二戦二勝で秋を迎えた。 父はディアブロ。アメリカ生まれの黒鹿毛で、その父デヴィルズバッグはヘイローの仔である。日本でヘイローの名は、同じ父を持つサンデーサイレンスとともに覚えられている。ただし、この馬に流れてきたのは、その隣の枝だった。 母はナイキアラモード。浦河の山口牧場で生まれ、大井の長沼正義厩舎で走った。三十三戦して七勝。大井の条件戦を勝ち上がった馬である。母は七頭を産んだが、四億を超える賞金を運んだのは、そのうちの一頭だけだった。 生まれたのは新冠のハシモトファーム。五代さかのぼっても同じ名前が二度現れない、まったくのアウトブリードだった。名の後半は英語の a delight ――喜び。ナイキのほうは馬主の冠名である。 十一月と十二月、陣営は中山へ二度遠征した。ベゴニア賞六着、ひいらぎ賞八着。どちらも芝千六百メートルの五百万下で、上がりは三十六秒九ずつ使っている。走れてはいた。ただ、勝てなかった。 芝を走ったのは、生涯でこの二度きりである。そのまま砂へ戻った。
三冠のうち、二つ
年が明けて1月22日、船橋のブルーバードカップ。一番人気に応えて重賞を初めて勝った。二月の京浜盃も一番人気で勝った。どちらも二着に一秒近い差をつけている。 5月14日、大井の羽田盃。単勝一番人気。二着はナイキゲルマンだった。6月11日の東京ダービーも一番人気で、二着はまたナイキゲルマンだった。同じ馬を、同じ場所に二度置いたことになる。 当時の南関東三冠は、羽田盃、東京ダービー、そして七月のジャパンダートダービーである。ここまでは危なげがなかった。四戦四勝、すべて一番人気。三歳の春の南関東で、この馬は一度も負けていない。 7月8日、大井。三つ目は重馬場だった。三番人気。勝ったのはビッグウルフで、0.2秒足りない。三着。三冠は、そこで途切れる。 秋の大井、JBCスプリント。千百九十メートルという半端な距離を五番人気で走って七着に終わった。師走の京成盃グランドマイラーズは一番人気を裏切って七着、二秒九差。夏以降は勝ち星から遠ざかったままだった。 それでも三歳の一年は七戦四勝。年が明けて、NARグランプリのサラブレッド3歳最優秀馬に選ばれている。
六十一秒四
2004年のかしわ記念。船橋のダート千六百メートルに十頭が並んで、この馬は四番人気だった。年明けから三戦して、まだ勝っていない。 ゲートが開くと、先頭に立った。 最初の千メートルを、六十一秒四で通っている。逃げ馬の数字としては速くない。かといって、緩くもない。追う側に「まだ届く」と思わせて、そのぶん脚を使わせてしまう。逃げが手にできる、いちばん厄介な速さである。 石崎隆之は、この舞台を知っていた。二年前の同じ競走を、トーシンブリザードで勝っている。2001年、羽田盃と東京王冠賞と東京ダービーを無敗で勝って、当時の南関東三冠を達成した馬である。ジャパンダートダービーまで勝って、四つにした。その四つとも、手綱は石崎が握っていた。 その馬が、この日は後ろにいる。鞍上は的場文男だった。 直線。最後の六百メートルに三十八秒三かかった。前を行く馬の脚は、もう伸びない。ただ、落ちきりもしない。トーシンブリザードが追ってきた。詰めてきて、詰めきらなかった。 差は0.3秒。中央との交流重賞の一つ目を、逃げて、粘って、手に入れた。
ハナ差の夏
六月三十日、大井の帝王賞。単勝五番人気。二千メートルを二分四秒〇で走り、勝ち馬とまったく同じ時計だった。 先に決勝線を過ぎたのはアドマイヤドンで、差はハナ。上がりは三十六秒四。二千メートルを走ったあとの脚としては、じゅうぶんに速い。届かなかった、というより、あと一完歩だった。 九月二十三日、船橋。不良馬場の日本テレビ盃を、一番人気に応えて逃げ切った。半馬身うしろにアジュディミツオーがいる。この先の南関東を背負っていく三歳馬である。最後の六百は三十六秒〇。泥の上で使う数字ではなかった。 秋は続かなかった。十一月三日、大井のJBCクラシックは二番人気に推されて九着、二秒九差。二十五日後のジャパンカップダートは東京で、九番人気の十四着、七秒六差。中央の砂を踏んだのは、この一度きりである。 中央では三度走った。芝で二度、砂で一度。いずれも掲示板には届いていない。 それでもこの年、NARグランプリのサラブレッド4歳以上最優秀馬に選ばれた。前年の3歳最優秀馬から、二年続けての受賞である。
中央だけじゃない
2005年4月6日、大井のマイルグランプリ。鞍が石崎駿に渡った。石崎隆之の長男である。 駿は1999年の四月、JRAの競馬学校に十八期生として入っている。同期には田辺裕信がいた。ところが入学から半月と経たない四月十六日付で退学する。公表された理由は内臓疾患による体調不良だった。背が急に伸びて減量が苦しくなり、大腸炎を起こしたとされる。 泣きじゃくる息子を迎えに行った父は、学校にひと言だけ告げたという。「騎手の道は中央だけじゃないですから」[^1]。 駿は治療に専念し、快復すると地方へ進路を変えた。船橋の佐藤賢二厩舎に入り、厩務員として修業する。トーシンブリザードを預かっていた厩舎である。免許が下りたのは2001年五月だった。 そして2005年の春、二十一歳になった駿は、父がずっと乗ってきた馬でハナを切り、十三頭立ての二番人気に応えて、二着を0.8秒後ろに置いた。彼にとって、初めての重賞だった。 五歳のこの年は、大きいところであと一歩が続く。五月のかしわ記念は三着。六月の帝王賞は単勝一番人気に推されて三着。九月の日本テレビ盃はサカラートの二着。 十一月三日、名古屋のJBCクラシック。枠入りの際に係員による不作法があったとして、翌日、名古屋競馬の開催執務委員長の名で、関係者とファンに宛てた詫び文が公表されている。レースは九着に終わった。暮れの東京大賞典は十一着。六戦して、一勝だった。
出典:Number Web「それぞれの騎手道。」大塚美奈、2004年5月20日配信(Sports Graphic Number More)、https://number.bunshun.jp/articles/-/12018 、閲覧日:2026年8月3日。
軍団へ移る
2006年二月、船橋の報知グランプリカップを一番人気で勝った。石崎隆之がこの馬で挙げた九つ目の勝利であり、最後の勝利になった。五月五日のかしわ記念は五着。それが石崎の乗った最後の一戦である。二十六回跨って、九つ勝った。 秋、厩舎が替わった。出川龍一から川島正行へ。どちらも船橋である。 出川龍一は、石崎隆之がデビューした厩舎の主・出川己代造の息子で、石崎はこの厩舎の所属騎手だった。馬と鞍上は、同じ屋根の下から出てきた組み合わせだったことになる。 移った先の川島正行は、南関東のリーディングを何度も獲った調教師である。中央で見切られた馬をもう一度走らせることから「川島再生工場」と呼ばれ、アジュディミツオーやフリオーソを送り出した。厩舎の主戦は内田博幸。2004年に的場文男と石崎隆之の時代を終わらせ、南関東のリーディングを初めて獲った男だった。 10月11日、浦和の埼玉新聞杯。転厩の初戦を、内田を背に一秒差で勝った。ただし暮れの東京大賞典は十三着、八秒差である。六歳は、勝ちと惨敗が同居する年になった。 2007年は三月の東京シティ盃でフジノウェーブの二着、四月のマイルグランプリは十一着。ここから七歳の夏が始まる。 6月19日、船橋の京成盃グランドマイラーズを一番人気で勝った。9月24日の日本テレビ盃は、交流競走として行われなかった。八月に馬インフルエンザが広がり、JRAや他地区との馬の移動が止まっていたためである。南関東の馬だけで争われたその一戦を、一秒五差で勝った。2004年に続く、二度目の日本テレビ盃だった。 10月31日、大井のJBCスプリントは六番人気の六着。勝ったのはフジノウェーブである。そして12月26日、浦和のテレビ埼玉杯。単勝一・一倍に応えて勝った。七歳で重賞を三つ。これが最後の勝利になる。
府中の芝、二〇一四年二月
年が明けると、鞍上がいなくなった。内田博幸は2008年、JRAへ移っている。 八歳の一年は六戦して、一度も勝てなかった。三月の東京シティ盃は五着、四月のマイルグランプリは八着、六月の京成盃グランドマイラーズは五着。九月の日本テレビ盃には石崎駿が乗って十着、十月の埼玉栄冠賞は川島正太郎で五着だった。川島正行の四男である。 12月24日、浦和のオーバルスプリント。三番人気の十二着。これが最後の一戦になり、翌2009年1月15日に競走馬登録が抹消された。四十三戦十四勝。そのうち十二が重賞だった。 種牡馬になった。優駿スタリオンステーションで2009年から供用され、初年度に十頭を送り出したあとは、年に〇頭から二頭のあいだを行き来する。のちに新冠の太平洋ナショナルスタッドへ移り、2021年2月1日、用途変更で種牡馬をやめた。 その少ない仔のなかに、マイネルディアベルという牡馬がいた。生産は父と同じ、新冠のハシモトファームである。二歳の暮れには朝日杯フューチュリティステークスで四着に入った。そして2014年2月1日、東京競馬場の芝千四百メートル、クロッカスステークス。柴田大知を背に、一分二十一秒九で勝っている。父が中央で挙げた勝ち星は、ひとつもない。府中の芝を先頭で駆け抜ける仕事は、十一年あとに生まれた仔に残された。 人のほうも動いた。石崎隆之は2019年三月、船橋で引退式をしている。地方通算六二六九勝は当時の史上三位で、勝負服は佐々木竹見に次いで二人目の永久保存になった。2025年四月には、農林水産省から競馬功績者として表彰されている。石崎駿は同じ2025年の三月末で騎手をやめ、翌日から調教師になった。その秋、船橋に厩舎を開いている。 父はこの馬に二十六回乗って、九つ勝った。息子は三回乗って、一つ勝った。その一つが、息子の最初の重賞だった。 統一GIには最後まで手が届かなかった。いちばん近づいたのは、大井の夏のハナ差である。それでも2005年四月の大井で、この馬はもっと目減りしない何かを渡している。父が三十年余り通いつづけた砂の上で、二十一歳の息子が最初の一つを受け取った。逃げて、押し切って、それを手渡したのは、南関東の砂を六年あまり走りつづけた、船橋の青鹿毛だった。
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