名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
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名馬録

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ナミュールのイメージビジュアル
ナミュールNamur
Namur

ナミュール

通算成績18戦5勝

獲得賞金(海外含む・概算)約69,438万円

生年月日 2019.03.02(令和元年)毛色 鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
ナミュールの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
17 GIマイルチャンピオンS 京都 芝1600 2人気 C.デムーロ 1:37.8 上り39.7映像
2 GI安田記念 東京 芝1600 4人気 武豊 1:32.4 上り32.9映像
8 GIヴィクトリアマイル 東京 芝1600 2人気 武豊 1:32.3 上り33.8映像
2 GIドバイターフ メイダン 芝1800 7人気 C.デムーロ 映像
3 GI香港マイル シャティン 芝1600 2人気 W.ビュイック 映像
1 GIマイルチャンピオンS 京都 芝1600 5人気 藤岡康太 1:32.5 上り33.0映像
1 GII富士S 東京 芝1600 1人気 J.モレイラ 1:31.4 上り33.8映像
16 GI安田記念 東京 芝1600 9人気 横山武史 1:33.3 上り34.5映像
7 GIヴィクトリアマイル 東京 芝1600 2人気 横山武史 1:32.8 上り33.5映像
2 GIII東京新聞杯 東京 芝1600 2人気 横山武史 1:31.8 上り34.0映像
5 GIエリザベス女王杯 阪神 芝2200 3人気 横山武史 2:13.7 上り36.1映像
2 GI秋華賞 阪神 芝2000 2人気 横山武史 1:58.7 上り34.0映像
3 GI優駿牝馬 東京 芝2400 4人気 横山武史 2:24.3 上り34.0映像
10 GI桜花賞 阪神 芝1600 1人気 横山武史 1:33.2 上り33.7映像
1 GIIチューリップ賞 阪神 芝1600 1人気 横山武史 1:33.2 上り33.9映像
4 GI阪神ジュベナイルフィリーズ 阪神 芝1600 1人気 C.デムーロ 1:34.0 上り33.6映像
1 赤松賞 東京 芝1600 4人気 三浦皇成 1:33.8 上り33.0
1 2歳新馬 中京 芝1600 2人気 川田将雅 1:39.0 上り33.3

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
ナミュールの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
ハービンジャーHarbingerDansiliデインヒルDanehill
Hasili
Penang PearlBering
Guapa
サンブルエミューズダイワメジャーDaiwa MajorサンデーサイレンスSunday Silence
スカーレットブーケ
ヴィートマルシェフレンチデピュティFrench Deputy
キョウエイマーチ
STORY

旅程 — この馬の物語

2019年生まれの鹿毛の牝馬。父ハービンジャー、母サンブルエミューズ。主な勝ち鞍はマイルチャンピオンS・チューリップ賞・富士S。

二つの川が出会う街 ― 名前と血

ベルギー南部、サンブル川がミューズ川へ流れ込むところに、ナミュールという古い城塞都市がある。二つの流れが一つになる合流点――その街の名を、一頭の牝馬が受け継いだ。母の名はサンブルエミューズ。フランスの行進曲にもなった二つの川、サンブルとミューズ。母が二本の川なら、娘はその川が出会う街。名は母系から素直に流れ落ちていた。 血の格は、記録以上に重い。父は英キングジョージを十一馬身差で制した英国の雄ハービンジャー。母の父ダイワメジャーは、皐月賞から天皇賞・秋、安田記念、そしてマイルチャンピオンシップまで制した歴戦のマイル王である。三代母キョウエイマーチは、逃げて粘って桜の女王となった一九九七年の桜花賞馬。母の半妹マルシュロレーヌは、日本調教馬として初めてアメリカのダートGI・ブリーダーズカップディスタフを勝ち、大西洋の向こうに日本の血を刻んだ。半妹ラヴェルもまた重賞を制している。牝系をたどれば名がいくらでも湧いてくる、そういう一族の娘だった。 二〇二一年九月、中京の芝千六百メートル。川田将雅を背に、ナミュールは新馬戦を勝ち上がる。続く赤松賞も連勝。マイルを二度、危なげなく片づけて、キャロットクラブの緑の勝負服は暮れの大舞台へと進んでいく。誰の目にも、大器と映った。

一番人気の重さ ― 三歳の春秋

だが、この馬には最初から一つの課題があった。ゲートである。二〇二一年暮れの阪神ジュベナイルフィリーズ、単勝一番人気に推されながら、出脚を欠いて四着。素質は疑いようもないのに、勝ち切れない――その予感が、早くも影を落とす。 明けて二〇二二年、鞍上に横山武史を迎える。チューリップ賞を一番人気で快勝し、横山は重賞初制覇。桜花賞も、当然のように一番人気に支持された。しかし内の伸びる馬場に大外枠を引き、伸びあぐねて十着。勝ったのは、のちに二冠牝馬となるスターズオンアースだった。府中のオークスでは二千四百メートルをこなして三着、秋の秋華賞では、そのスターズオンアースをハナ差で抑えながら、スタニングローズに半馬身だけ届かず二着。 強い。確かに強い。世代の頂点にいる牝馬たちと、いつも半馬身とハナ差の圏内で走っていた。それでも、彼女の首にはタイトルの一つも掛からなかった。一番人気の重さだけが、レースごとに増していった。

G1レベル、それでも ― 信じた男と、乗り替わり

年が明けても、横山武史はこの馬を信じていた。二〇二三年の東京新聞杯、経験の浅い東京で二着に持ってくると、この馬の器はGIにあると言わんばかりに、先々の楽しみを口にした。距離をマイルに絞れば、いつか大輪が咲く――そう信じて疑わなかった。 だが春は残酷だった。ヴィクトリアマイルも安田記念も、進路をなくし、力を出せぬまま終わる。消化不良の二戦を最後に、横山はナミュールの鞍を降りることになった。秋、短期免許で来日したモレイラに乗り替わった富士ステークスを、この馬は一年半ぶりの勝利で締めくくる。強い勝ち方だった。皮肉なほど、あっさりと。育てた男が信じたGIの器は、確かにそこにあった。ただ、それを証明する手綱は、もう横山の手にはなかった。

代打の戴冠 ― 二〇二三年十一月十九日

マイルチャンピオンシップ当日、ナミュールの鞍上に予定されていたのは、世界的名手ライアン・ムーアだった。ところが京都の二レース目、ムーアはスタート直後に落馬して背中を痛め、その日の騎乗をすべて取りやめる。開催の朝、宙に浮いた鞍に呼ばれたのが、藤岡康太だった。 初コンビ。単勝十七・三倍の五番人気。藤岡は前走の映像を見返して、ゲートに向かった。四コーナー、位置は最後方。しかし直線で外に持ち出すと、上がり最速の三十三秒〇で、前を行く十五頭を根こそぎなぎ倒した。ソウルラッシュをゴール前で差し切り、ナミュールはついにGIの頂に立つ。デビューから二年、幾度も半馬身に泣いた牝馬の、悲願の初戴冠だった。 藤岡にとっては、二〇〇九年にジョーカプチーノで勝ったNHKマイルカップ以来、実に十四年ぶり、生涯二つ目のGIだった。勝因を問われても、彼は自分の手柄を語ろうとしなかった。「追い出してからはすごくいい反応で、僕がコース取りを間違えなければ突き抜けてくれると思いました」[^1]。手綱を持つ前から馬を信じていた男の、静かな言葉だった。

出典:テレビ東京「【マイルCS】ナミュールが悲願のマイル女王に 急遽乗り替わりの藤岡康太騎手が最高の結果へと導く!」2023年11月19日配信、https://www.tv-tokyo.co.jp/sports/articles/2023/11/031936.html、閲覧日:2026年7月19日。

失われた鞍上 ― 唯一の勲章

戴冠のあとも、ナミュールは走り続けた。師走の香港マイルで三着。年が明けたドバイターフでは、七番人気の低評価をものともせず、ゴール前まで競り合って二着に食い下がる。海外でも、この馬はいつも上位にいた。 そして二〇二四年四月十日。訃報が競馬界を包んだ。四日前、阪神の第七レースで落馬した藤岡康太が、頭部と胸部の傷が癒えぬまま、三十五歳で世を去ったのである。生涯に挙げたGIは、二つきり。その最後の一つが、ナミュールだった。あの秋の京都で十五頭を抜き去った差し脚は、もう二度と、彼の手綱からは繰り出されない。ナミュールが生涯にただ一度掴んだ勲章は、もういない男が遺していったものになった。

なお、あと半馬身 ― 二〇二四年の府中

その年の府中で、ナミュールはもう一度、あと半馬身のところまで来た。武豊を背にした安田記念、直線でメンバー最速の上がり三十二秒九を叩き出しながら、先に抜け出したロマンチックウォリアーを捉えきれず二着。鬼のような末脚は、最後まで一つだけ、勝利に足りなかった。武豊は悔しさを隠さなかった。 十八戦して五勝。GIは、あの一度だけ。秋のマイルチャンピオンシップ連覇はならず十七着に沈み、それが現役最後の一戦となった。二〇二四年十一月、キャロットクラブは引退と繁殖入りを発表し、ナミュールはノーザンファームの牧場へ帰っていった。 そして二〇二六年二月、彼女は最初の仔を産んだ。父は、無敗の三冠馬コントレイル。二つの川が出会う街の名を負った牝馬の血は、こうして次へと流れ出す。半馬身の悔しさも、たった一度の戴冠の重さも、あの秋の京都で彼女に手綱を託し、もう会えない男のことも――すべてを内に湛えて、川はまた、下流へ向かう。

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