名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

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ネームヴァリューのイメージビジュアル
ネームヴァリューName Value
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ネームヴァリュー

通算成績29戦10勝

獲得賞金31,299万円

生年月日 1998.03.03(平成10年)毛色 鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
ネームヴァリューの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
9 GI東京大賞典 大井 ダ2000 4人気 佐藤隆 2:06.2 上り40.4
10 GIジャパンカップダート 東京 ダ2100 6人気 M.デムーロ 2:11.9 上り40.9映像
4 GIJBCクラシック 大井 ダ2000 3人気 石崎隆之 2:05.6 上り38.4映像
1 東京記念 大井 ダ2400 1人気 石崎隆之 2:33.7 上り37.5
1 GI帝王賞 大井 ダ2000 4人気 佐藤隆 2:04.6 上り37.8
1 大井記念 大井 ダ2600 2人気 石崎隆之 2:49.0 上り37.7
4 GIIIマリーンカップ 船橋 ダ1600 1人気 佐藤隆 1:41.3 上り38.7
3 GIIダイオライト記念 船橋 ダ2400 3人気 佐藤隆 2:30.3 上り37.3
3 GIIエンプレス杯 川崎 ダ2100 1人気 佐藤隆 2:16.7 上り38.0
1 GIIITCK女王盃 大井 ダ2000 1人気 佐藤隆 2:06.7 上り37.3
4 GI東京大賞典 大井 ダ2000 6人気 佐藤隆 2:06.7 上り38.7
1 ファーストレディー賞 大井 ダ1790 1人気 佐藤隆 1:51.3 上り37.8
1 京成盃グランドマイラーズ 船橋 ダ1600 2人気 佐藤隆 1:39.0 上り38.0
1 UHB賞 札幌 芝2000 1人気 藤田伸二 2:03.5 上り36.8
7 HBC賞 札幌 芝1800 1人気 藤田伸二 1:50.1 上り35.5
1 大倉山特別 札幌 芝1800 4人気 藤田伸二 1:49.7 上り34.8
3 かもめ島特別 函館 芝1800 4人気 藤田伸二 1:55.4 上り36.8
8 函館日刊スポーツ杯 函館 芝1200 7人気 松田大作 1:13.9 上り37.7
8 TVh杯 函館 芝1200 7人気 藤田伸二 1:12.4 上り37.3
10 GIII京都牝馬S 京都 芝1600 11人気 小林徹弥 1:36.9 上り35.7
8 新春S 京都 芝1600 6人気 藤田伸二 1:34.8 上り35.2
8 逆瀬川S 阪神 芝1600 13人気 小原義之 1:35.0 上り36.3
10 GI優駿牝馬 東京 芝2400 18人気 松永幹夫 2:27.2 上り35.1映像
11 GI桜花賞 阪神 芝1600 12人気 松永幹夫 1:35.6 上り36.0映像
4 OPアネモネS 中山 芝1600 4人気 松永幹夫 1:37.3 上り37.8
5 OPエルフィンS 京都 芝1600 3人気 松永幹夫 1:36.5 上り36.0
10 GI阪神3歳牝馬S 阪神 芝1600 2人気 松永幹夫 1:36.2 上り36.1映像
1 OPコスモス賞 札幌 芝1800 1人気 松永幹夫 1:51.0 上り37.5
1 3歳新馬 札幌 芝1800 1人気 松永幹夫 1:52.4 上り34.9

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
ネームヴァリューの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
Honour and GloryRelaunchIn Reality
Foggy Note
Fair to AllAl Nasr
Gonfalon
マジソンカウンティMadison CountySeattle SlewBold Reasoning
My Charmer
Steal a KissGraustark
Queen's Paradise
STORY

旅程 — この馬の物語

1998年生まれの鹿毛の牝馬。父Honour and Glory、母マジソンカウンティ。

名前の価値

ネームヴァリュー。英語で「名前の価値」、世間に通る名の力を指す言葉である。 1998年3月3日、北海道静内町——いまの新ひだか町——の飛野牧場に、鹿毛の牝馬が生まれた。1950年に始まった牧場で、繁殖牝馬の数を絞り、一頭あたりの放牧地が狭くならないようにする。餌と水と空気が馬をつくる、というのが代表・飛野正昭の持論だった。 父はアメリカのHonour and Glory。母は輸入されたマジソンカウンティで、その父は無敗の三冠馬シアトルスルーである。父方も母方もアメリカの砂を走ってきた血で、日本の芝で人気を集める血統ではなかった。 2000年8月6日、札幌の芝1800メートル。松永幹夫を乗せて新馬戦に出ると、1番人気に応えて勝ち上がった。九月のコスモス賞も勝ち、二着はどちらもハッピールックという同じ馬だった。デビューの年の秋、この牝馬には確かに評判があった。 十二月、阪神3歳牝馬ステークス。いまの阪神ジュベナイルフィリーズにあたる、その世代の牝馬の頂点である。二番人気に支持された。勝ったのはテイエムオーシャンで、彼女は十着だった。

勝ち馬の名で書かれる

競馬の記録は簡潔にできている。勝った馬には名が残り、負けた馬は勝ち馬の名を借りて書かれる。「テイエムオーシャンの十着」というふうに。 2001年、彼女はクラシックへ向かった。二月のエルフィンステークスは五着、三月のアネモネステークスは四着。掲示板には載る。それでも先頭は遠かった。 四月八日の桜花賞は十二番人気で十一着。勝ち馬は、またテイエムオーシャンである。五月二十日の優駿牝馬では十八頭中の十八番人気に落ちた。府中の長い直線を上がり三ハロン——最後の六百メートル——35秒1で追い上げたが、届いたのは十着まで。勝ったのはレディパステルだった。 そこから半年以上、出走表に名前が出ない。十二月に戻ってきても、逆瀬川ステークス八着、新春ステークス八着、京都牝馬ステークス十着。翌夏には一つ下のクラスへ降級し、函館では八着が二つ続いた。 新馬戦とコスモス賞で得た評判は、二年のあいだに静かに消えていた。

北の夏、そして船橋へ

2002年の夏を、彼女は北海道で過ごした。多くのレースで手綱を取ったのは藤田伸二である。函館で二度沈み、七月のかもめ島特別で三着に上がると、八月十一日の大倉山特別をようやく勝った。2000年秋のコスモス賞以来、およそ二年ぶりの勝利だった。 九月のHBC賞は一番人気で七着。それでも三週間後のUHB賞は、札幌の芝2000メートルを一番人気のまま押し切った。 この直後、彼女は栗東の山内研二厩舎を離れ、船橋の川島正行厩舎へ移る。川島は中央で見切りをつけられた馬を預かり、もう一花咲かせることで知られた調教師だった。その手際は「川島再生工場」と呼ばれている。厩舎は客商売だと言って舎内を磨き上げ、馬に飲ませる水にも寝藁にも金を惜しまない。細かいところに信念のある人だった。 十一月六日、船橋のダート1600メートル、京成盃グランドマイラーズ。生涯で初めて砂を走る一戦である。鞍上は佐藤隆。二着に四馬身の差をつけて、移籍初戦を勝った。 十二月のファーストレディー賞も勝ち、暮れの東京大賞典ではゴールドアリュールの四着に食い込む。南関東で三戦して二勝。移ってきたばかりの牝馬が、その年のNARグランプリ最優秀牝馬に選ばれた。

牧場の勝負服

年が明けた2003年、馬主の欄が変わっている。深見富朗から富岡眞治へ渡っていた馬を、生まれ故郷の飛野牧場が自ら引き取った。以後まとうのは、白地に赤の十字襷、紫の袖。生産者自身の勝負服である。 二月五日、TCK女王盃。大井のダート2000メートルを一番人気で勝ち、ビーポジティブに二馬身をつけた。 そこから三戦、勝てない時期が続く。川崎のエンプレス杯は一番人気で三着、船橋のダイオライト記念も三着、四月のマリーンカップはまた一番人気に推されながら四着。ダイオライト記念で先着を許したカネツフルーヴは、前年の帝王賞を勝った馬だった。そのときの鞍上を務めていたのは、彼女の中央時代の主戦・松永幹夫である。 五月二十八日、大井記念。距離は2600メートル、それまで走ったどのレースよりも長い。石崎隆之に手綱が替わったこの日、二着ウエノマルクンとの差は五馬身になった。

六月二十五日、大井

一か月後の帝王賞に、ダートの王者がいた。ゴールドアリュールである。前年の東京大賞典を勝ち、その年のフェブラリーステークスも勝った。春はドバイへ渡るはずだったが、中東情勢の悪化で輸送の便が確保できず、遠征は消えている。国内に残った王者の単勝は、1.1倍だった。 彼女に集まった支持は、その足元にも及ばない。馬場は不良と発表された。 ゲートが開く。ネームヴァリューは、ためらわずに前を取りにいった。王者の鞍上も同じ場所を狙っていたが、先頭は譲られなかった。一番人気を背中に置いたまま、彼女は大井の砂を先頭で回っていく。 三コーナーから四コーナー。二番手の王者が動くとすれば、ここだった。 その脚は来なかった。ゴールドアリュールは二番手のまま伸びを欠き、直線へ向いてからは失速して後退していく。 先頭は入れ替わらなかった。追ってきたビワシンセイキとの差は、ゴール板で四馬身あった。 王者は十一着に終わった。レースのあと社台ファームで検査を受けると喘鳴症が見つかり、七月に引退が決まる。日本のダートの頂点にいた馬の、最後の一行はこう記録された——ネームヴァリューの十一着。

秋、そして去り際

牝馬がこの競走を勝つのは、2000年のファストフレンドから三年ぶりのことだった。そして2026年の第四十九回まで、帝王賞の優勝馬の欄に牝馬の名は二度と現れていない。 九月三十日、東京記念。大井の2400メートルを一番人気、五十七キロで走った。石崎隆之は逃げるカイジンクンのすぐ後ろに彼女を置き、直線でその馬を七馬身突き放す。重賞は六つになった。 ここが頂だった。十一月三日のJBCクラシックはアドマイヤドンの四着。二十九日のジャパンカップダートはデムーロに乗り替わって十着。暮れの東京大賞典は九着に沈み、これが最後の一戦になった。2004年1月13日、競走馬登録が抹消される。 それでもその年のNARグランプリで、彼女は年度代表馬に選ばれた。サラブレッド4歳以上最優秀馬、そして二年連続の最優秀牝馬も同時に受けている。 川島正行にとって、あの帝王賞は最初の一つだった。のちにアジュディミツオーで一度、フリオーソで二度、同じ競走を勝つ。四勝は調教師の最多記録として残り、そのうち牝馬で挙げた一勝が、ネームヴァリューだった。

名は、血に残る

引退した彼女は、生まれた飛野牧場へ帰って繁殖牝馬になった。 初仔のピサノエミレーツは父ブライアンズタイム。中央から大井へ移り、2012年に岩手のせきれい賞を勝っている。六番仔のハッピーヴァリューは父ゼンノロブロイで、一度走って勝てないまま母になった。2017年の夏に繁殖を退いてからは、功労馬として同じ牧場の放牧地で暮らす。2024年10月14日、二十六歳で世を去った。 その余生の途中、2023年の早春に、同じ牧場でハッピーヴァリューの娘が生まれている。ジュウリョクピエロ。2026年5月24日、東京の芝2400メートルで優駿牝馬を勝った。祖母が十八番人気の十着に終わった、あのレースである。 競馬の記録は、負けた馬を勝ち馬の名で書く。中央で走った二年あまり、彼女はいつも誰かの名の後ろに置かれていた。船橋へ渡り、不良馬場の大井を先頭で走り抜けてからは、順序が入れ替わった。単勝1.1倍の王者でさえ、彼女の名の後ろに書かれた。 名前の価値は、生まれたときに配られているものではなかった。二十九回ゲートに入って、自分で作るものだった。 あの日、彼女を大井の先頭に立たせた佐藤隆は、2006年の春、浦和で騎乗馬の故障により落馬し、頭部を強打して意識が戻らないまま、その夏に四十九歳で世を去っている。彼女を再生させた川島正行も、2014年9月に六十六歳で逝った。二人とも、府中の樫は見ていない。 2026年5月の東京競馬場に、彼女はいない。それでも樫を勝った牝馬の血統表をひらけば、母の、そのまた母の欄に一頭の牝馬の名がある。ネームヴァリュー。名前の価値、という名の。

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