名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
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名馬録

この世代(生まれ年)

スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。

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ナカヤマフェスタのイメージビジュアル
ナカヤマフェスタNakayama Festa
Nakayama Festa

ナカヤマフェスタ

通算成績15戦5勝

獲得賞金41,979万円

生年月日 2006.04.05(平成18年)毛色 鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
ナカヤマフェスタの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
11 GI凱旋門賞 フランス 芝2400 11人気 蛯名正義 映像
4 GIIフォワ賞 フランス 芝2400 3人気 蛯名正義 映像
14 GIジャパンカップ 東京 芝2400 2人気 蛯名正義 2:26.1 上り35.2映像
2 GI凱旋門賞 フランス 芝2400 10人気 蛯名正義 映像
2 GIIフォワ賞 フランス 芝2400 蛯名正義 映像
1 GI宝塚記念 阪神 芝2200 8人気 柴田善臣 2:13.0 上り35.8映像
1 OPメトロポリタンS 東京 芝2400 3人気 柴田善臣 2:26.1 上り34.3
13 GIII中日新聞杯 中京 芝2000 3人気 蛯名正義 1:59.5 上り37.3
12 GI菊花賞 京都 芝3000 4人気 蛯名正義 3:05.2 上り36.5映像
1 GIIセントライト記念 中山 芝2200 2人気 蛯名正義 2:12.0 上り35.0
4 GI東京優駿 東京 芝2400 9人気 蛯名正義 2:34.5 上り39.0映像
8 GI皐月賞 中山 芝2000 6人気 蛯名正義 2:00.1 上り36.3映像
2 GIII京成杯 中山 芝2000 1人気 蛯名正義 2:02.7 上り35.0
1 GIII東京スポーツ杯2歳S 東京 芝1800 9人気 蛯名正義 1:47.7 上り33.8
1 2歳新馬 東京 芝1600 3人気 内田博幸 1:35.9 上り34.5

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
ナカヤマフェスタの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
ステイゴールドStay GoldサンデーサイレンスSunday SilenceHalo
Wishing Well
ゴールデンサッシュディクタスDictus
ダイナサッシュ
ディアウィンクタイトスポットTight SpotHis Majesty
Premium Win
セイレイデインヒルDanehill
センスオブリズムSense of Rhythm
STORY

旅程 — この馬の物語

2006年生まれの鹿毛の牡馬。父ステイゴールド、母ディアウィンク。主な勝ち鞍は宝塚記念・東京スポーツ杯2歳S・セントライト記念。

一千万円の鹿毛 ― ディアウィンクの二〇〇六

北海道むかわ町、新井牧場。2006年4月5日に生まれた鹿毛の牡馬には、まだ名前がなかった。母ディアウィンクはダートを中心に20戦して1勝。父ステイゴールドは香港ヴァーズの勝ち馬である。紙の上で人目を惹く配合ではなかった。 翌年のセレクトセールに、この馬は「ディアウィンクの2006」の名で上場される。美浦の二ノ宮敬宇が進言し、和泉信一が引き取った。落札額は1000万円(税別)。億の値がつく仔が並ぶ市場では、端のほうの数字である。馬主名義には、信一の娘・信子の名が記された。 名は、冠名の「ナカヤマ」に、祝祭を意味する「フェスタ」を継いだ。祭り。血を遡れば、4代母センシビリティの牝系からは、ブリーダーズカップ・ターフを制したシアトリカルや、安田記念のタイキブリザードが出ている。半妹には、のちに紫苑ステークスを勝つディアアレトゥーサがいる。1000万円という値札は、この一族を測り切ってはいなかった。 そして、この馬を推した調教師には、まだ終えていない仕事がひとつ残っていた。1999年、パリのロンシャンで、半馬身だけ足りなかった仕事である。

祭りの名の二歳馬 ― 東京、十一月

2008年11月2日、東京の芝1600m。内田博幸を背に3番人気で送り出され、そのまま勝ち上がった。 20日後、同じ東京競馬場の東京スポーツ杯2歳ステークス。鞍上は蛯名正義に替わった。単勝27.5倍の9番人気。4、5番手を進んで直線で抜け出すと、1番人気ブレイクランアウトの追い込みをクビ差でしのぎ切る。上がり3ハロン33秒8。新馬から連勝で重賞を獲った2歳馬は、GI候補と呼ばれるようになった。

三歳、西へ運ぶたび

2009年1月の京成杯。1番人気に推されたが、アーリーロブストにクビ差の2着。その後はトライアルを挟まずに皐月賞へ直行して8着に終わる。勝ったのはアンライバルドだった。 雨に沈んだ府中のダービーは不良馬場。18頭立ての16番手を進んだナカヤマフェスタは、メンバー最速タイの上がり3ハロン39秒0で追い込み、4着まで押し上げた。勝ったロジユニヴァースから0秒8、3着とは半馬身。世代の上位にいることだけは示した。 秋、セントライト記念。中山の2200mを7番手から進み、4コーナーで3番手に上がると、直線でセイクリッドバレーを半馬身抑えた。重賞2勝目。菊の大輪も、この馬のものになるかに見えた。 ところが京都の菊花賞は12着、暮れの中日新聞杯は13着。西へ運ぶたびに走らなかった。そしてこの年の暮れ、馬主の和泉信子が世を去る。名義は実父の信一が引き継いだ。祭りの名を持つ馬は、最初の馬主を見送って四歳を迎えた。

柴田善臣の仁川 ― 八番人気の直線

2010年、鞍上は柴田善臣に替わった。4月のメトロポリタンステークスを先団から抜け出して快勝すると、陣営はステップを踏まず、そのまま宝塚記念へ向かう。 疑ったのは輸送だった。菊花賞と中日新聞杯、西へ運んだ二度がいずれも二桁着順。ならば運んで走らせるのではなく、先に運んで置いておく。1週前追い切りの直後、ナカヤマフェスタは美浦から栗東へ入った。気の悪さを承知で僚馬を帯同させ、担当の助手を二人つけての滞在である。 6月27日、稍重の阪神。8番人気。ゲート入りを嫌がって鞍上が一度降りる一幕もあった。道中は10番手前後、4コーナーから外を回して進出し、残り100mで馬場の中央外寄りへ持ち出す。前ではブエナビスタアーネストリーが競り合っている。その二頭を外からまとめてかわしたところがゴールだった。2分13秒0、半馬身。10戦目にして、初めてのGI。 関東馬が宝塚記念を勝ったのはグラスワンダー以来11年ぶり。二ノ宮敬宇にとっては1998年のジャパンカップ以来の国内GIであり、初めてのグランプリ制覇だった。レース後、師は亡くなった和泉信子の名を出してこう言った。「その思い入れをみんなで形にしたい」[^1] この日、蛯名正義も同じレースの中にいた。フォゲッタブルの手綱を取り、10着に敗れている。かつての相棒がグランプリを獲ったその日、彼は別の馬の鞍上にいた。

出典:スポーツニッポン「【宝塚記念】1着ナカヤマフェスタ」2010年6月28日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2010/06/28/kiji/K20100628Z00001660.html 、閲覧日:2026年8月1日。

すみれの花を積んで ― ロンシャンへ

凱旋門賞の話は、ダービーの頃からあった。二ノ宮敬宇が登録だけはしておきたいと言い、実際に走らせるかまでは決めていなかった。宝塚記念を勝って、それが現実の予定に変わる。 1着賞金は1億3200万円。そこから税を引いた馬主の手取りと、遠征にかかる費用はほぼ同じ額になると聞かされていた。それでも和泉信一の答えは決まっていた。「勝っても負けても凱旋門賞に行くつもりだった」[^1] 遠征チームには「チームすみれの花」という名がついた。前の馬主・信子が愛した宝塚歌劇団にちなむ。宝塚記念を勝った馬が、宝塚の花を掲げてパリへ発つ。話は、偶然にしてはよくできていた。 現地の受け入れ先はトニー・クラウト厩舎。11年前、二ノ宮がエルコンドルパサーを預けたのと同じ厩舎である。そして鞍上には蛯名正義が戻った。ロンシャンの直線で半馬身に泣いた男が、もう一度呼ばれたのだ。 9月12日、前哨戦のフォワ賞。スタート直後にいったん先頭へ出て、道中は3番手。直線の追い比べからダンカンに3/4馬身届かず2着。本番までは、三週間だった。

出典:スポーツニッポン「【宝塚記念】1着ナカヤマフェスタ」2010年6月28日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2010/06/28/kiji/K20100628Z00001660.html 、閲覧日:2026年8月1日。

十月三日 ― アタマ

1999年10月3日、ロンシャン。エルコンドルパサーは最内枠から先頭に立ち、後続に二馬身ほどの差をつけて直線に入った。残り400mから外に持ち出したモンジューが襲いかかり、残り100mで並ばれる。いったん前に出られたあと、差し返しにいって――半馬身、届かなかった。鞍上は蛯名正義、管理は二ノ宮敬宇である。 2010年10月3日、ロンシャン。同じ日付、同じ競馬場、同じ厩舎、同じ騎手。 馬場は不良。59.5kgを背負ったナカヤマフェスタは中団の外を進む。最終コーナー付近で不利を受け、蛯名は鞍上で数度立ち上がった。それでも立て直し、長い直線でいったん先頭に立つ。内から差してきたのは、その年のエプソムダービーを制した3歳のワークフォース。鞍上はライアン・ムーア。二頭は並んだまま、ゴール板を通過した。 アタマ差。3着サラフィナは2馬身半うしろで、勝負は完全に二頭のものだった。同じレースに出走したヴィクトワールピサは7着。 日本調教馬がこのレースで2着に入るのは、エルコンドルパサー以来だった。内国産馬としては初めてである。この年のワールドサラブレッドランキングで127ポンド、世界6位タイ。11年前より近づいて、それでもなお届かなかった。

帰国、そしてもう一度 ― 二〇一一年

帰国初戦のジャパンカップは2番人気。好位を進みながら直線でまったく伸びず、日本馬最下位の14着に終わった。2日後、左肩の跛行と左前脚膝裏の内出血が判明し、有馬記念は回避となる。 それでも、宝塚記念とロンシャンの2着を並べた一年は正当に評価された。2010年のJRA賞最優秀4歳以上牡馬。表彰の鞍上には、グランプリで手綱を取った柴田善臣が選ばれている。 2011年は春を丸ごと休養に充て、秋にもう一度ロンシャンへ渡った。フォワ賞は先手を取ったがサラフィナに離されて4着。10月2日の凱旋門賞は後方2番手からの競馬になり、直線で伸びず11着。勝ったのは3歳牝馬デインドリームだった。 10月13日、二ノ宮敬宇が引退と種牡馬入りを表明。11月2日付で競走馬登録が抹消された。15戦5勝――新馬、東京スポーツ杯2歳S、セントライト記念、メトロポリタンS、そして宝塚記念。 同じ年、日本では父を同じくする3歳馬が三冠を制していた。オルフェーヴル。彼はその翌年と翌々年、同じロンシャンで2着になる。ステイゴールドの仔は、三度あの直線で2着になった。最初に半歩届かなかったのが、この馬だった。

浦河の風 ― 功労馬ナカヤマフェスタ

2012年、日高のブリーダーズ・スタリオン・ステーションで種牡馬生活が始まった。初年度から111頭、105頭、99頭と、100頭近い繁殖牝馬を集めている。だが産駒の出足は鈍く、2016年は35頭、2017年は16頭まで落ち込み、シンジケートはその年限りで解散した。 血は、遅れて届いた。2018年の日経賞をガンコが勝ち、産駒の重賞初制覇となる。そのガンコは引退後に乗馬となり、2021年からは函館競馬場の誘導馬を務めている。 2020年にはバビットが現れた。ラジオNIKKEI賞を5馬身差で逃げ切ると、続くセントライト記念も先手を取って押し切る。中山の芝2200m――11年前に父が中団から進出して勝った舞台を、仔は今度は逃げて奪った。 2019年にアロースタッドへ移り、2023年7月13日、種牡馬を引退。浦河のうらかわ優駿ビレッジAERUへ、功労馬として送られた。ダービー馬ウイニングチケットを引き取ったのと同じ牧場である。 現役のころは気分屋で、急に立ち上がることもあったという。受け入れる側にも身構えがあった。だが、功労馬の世話をするマネージャーの太田篤志はこう言う。「来た初日から本当におとなしくて」[^1]。ストレスのかからない場所で、馬はすっかり穏やかになった。 1000万円の値札を貼られて市場に立っていた鹿毛は、あの日ロンシャンの直線で、世界の頂にアタマひとつぶんまで近づいた。いまは浦河の風の中で草を食んでいる。祭りの名前を、そのままつけたまま。

出典:テレ東スポーツ「ナカヤマフェスタ『凱旋門賞制覇の栄冠にもっとも近づいた日本馬』【もうひとつの引退馬伝説】」2024年10月5日配信(『もうひとつの引退馬伝説〜関係者が語るあの馬たちのその後』マイクロマガジン社より抜粋)、https://www.tv-tokyo.co.jp/sports/articles/2024/10/035710.html 、閲覧日:2026年8月1日。

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