名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
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名馬録

この世代(生まれ年)

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マインドユアビスケッツのイメージビジュアル
マインドユアビスケッツMind Your Biscuits
Mind Your Biscuits

マインドユアビスケッツ

通算成績13戦4勝

獲得賞金(海外含む・概算)約42,678万円

生年月日 2013.03.15(平成25年)毛色 栗毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
マインドユアビスケッツの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム映像
11 GIBCクラシック アメリカ ダ2000 ガファリ 映像
1 GIドバイゴールデンシャヒーン メイダン ダ1200 3人気 ロザリオ 1:10.1 映像
2 アローワンス アメリカ ダ1400 1人気 I.オルティスJr.
2 GIシガーマイルH アメリカ ダ1600 4人気 I.オルティスJr.
3 GIBCスプリント アメリカ ダ1200 5人気 ロザリオ
6 GIフォアゴーS アメリカ ダ1400 2人気 ロザリオ
1 ベルモントスプリント アメリカ ダ1400 1人気 ロザリオ 1:21.8
1 GIドバイゴールデンシャヒーン メイダン ダ1200 1人気 ロザリオ 1:10.9 映像
2 GIIIガルフストリームパー アメリカ ダ1300 1人気 ロザリオ
1 GIマリブS アメリカ ダ1400 2人気 ロザリオ 1:20.8
2 GIブリーダーズCスプリ サンタアニタパー ダ1200 6人気 ロザリオ
2 GIIIギャラントボブS アメリカ ダ1200 5人気 ヴェラス
5 GIキングスビショップS アメリカ ダ1400 7人気 ヴェラス

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
マインドユアビスケッツの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
PosseSilver DeputyDeputy Minister
Silver Valley
RaskaRahy
Borishka
JazzmaneToccetAwesome Again
Cozzene's Angel
AlljazzStop the Music
Bounteous
STORY

旅程 — この馬の物語

2013年生まれの栗毛の牡馬。父Posse、母Jazzmane。主な勝ち鞍はマリブS・ドバイゴールデンシャ。

大きなお世話 ― 名前と血

Mind Your Biscuits。英語の慣用句「Mind Your (own) Business」——余計な口を出すな、大きなお世話だ——をもじって付けられた名である。 2013年3月15日、アメリカ・ニューヨーク州のジャンピング・ジャック・レーシング社の生産。栗毛の牡馬。父Posseはシルヴァーデピュティの産駒、母Jazzmaneの父はオーサムアゲイン産駒のToccet。血統表を開くと、父方の三代目と母方の四代目にデピュティミニスターの名が並ぶ。3×4のクロス、いわゆる奇跡の血量である。速さを司る血を、二重に持って生まれた馬だった。 2014年、キーンランドのセリに上場され、47,000ドルで売られている。決して高い馬ではない。のちにジェイ・ステーブル、マイケル・キスバー、サマーズ親子らの共同所有となり、ロードリック・ロドリゲス厩舎から2015年8月10日、サラトガの未勝利戦でデビューした。結果は2着。この年はさらに三度走ったが勝てず、2歳を未勝利のまま終えている。 名前だけが、先に出来上がっていた。

アケダクトの七馬身半 ― 遅れてきた3歳

2016年、管理はロバート・ファルコン・ジュニアに移る。年内初戦は4月9日、アケダクトの未勝利戦。ここで二着馬に七馬身半という差をつけて、ようやく初勝利を挙げた。五戦目にして、ようやくである。 ベルモントパークの一般戦を三つ使って三着、二着、一着。実戦のなかで体ができていく夏だった。そして7月30日、サラトガのアムステルダムステークス(G2・ダート6.5ハロン)。手綱を取ったのはジョエル・ロサリオ。二着マニアカルに1馬身3/4差をつけて、初めての重賞を勝つ。管理するファルコンにとっても、これが初の重賞制覇だった。 続く8月27日、同じサラトガのキングスビショップステークス(GI・7ハロン)。七番人気の評価どおり、終始中団から伸びずに五着。勝ったのはドレフォンで、三馬身以上を離されている。GIの壁は、まだ厚かった。

サンタアニタの十二月

秋、パークスレーシングのギャラントボブステークス(G3)で二着。そして11月5日、サンタアニタパークのブリーダーズカップ・スプリント(GI・6ハロン)へ向かう。七頭立ての六番人気だった。 例によって、後方から追いかける競馬である。最後の直線でドレフォンとマゾヒスティックを追い、ドレフォンから1馬身1/4、マゾヒスティックにはハナ差。三位で入線した。 12月26日、同じサンタアニタ。三歳短距離路線の最終戦、マリブステークス(GI・7ハロン)。二番人気。前を行くジャジータイムズとシャープアステカを見ながら三番手を進み、力尽きたジャジータイムズが下がっていくと、四コーナーで先頭のシャープアステカまで二馬身に迫る。直線、外から並びかけ、半馬身だけ抜き去ってゴールした。1分20秒8。初めてのGIだった。 その五日後の大晦日、ブリーダーズカップ・スプリントで二位入線だったマゾヒスティックが、競走後の薬物検査により失格となる。マインドユアビスケッツの着順は、二着に繰り上がった。十一月に一度こぼれた二着が、年をまたぐ前に戻ってきた。 翌春、ニューヨーク・サラブレッド・ブリーダーズは、この年のニューヨーク産年度代表馬にマインドユアビスケッツを選んでいる。

免許 ― チャド・サマーズの最初の一頭

2017年、共同馬主の一族であるチャド・サマーズが調教師免許を取得した。そして自分の厩舎に最初に入れた馬が、マインドユアビスケッツだった。ロドリゲスからファルコン、そしてサマーズへ。三人目の調教師である。 初戦は2月25日、ガルフストリームパークスプリント(G3)。一番人気に応えられず、先行したユニフィードをクビ差捉えきれずに二着。次走に選ばれたのは、海を越えた先だった。 3月25日、ドバイ・メイダン競馬場。ドバイゴールデンシャヒーン(GI・ダート1200メートル)。十四頭立ての大外十四番枠、一番人気。ゲートが開くとロサリオは中団の後ろに控え、馬群の外を回った。そして最後の直線、大外から一気に先行集団を飲み込み、二着コミカスに三馬身の差をつけてゴール板を過ぎる。1分10秒9。 サマーズにとって、調教師として初めてのGI制覇だった。免許を取ったときからずっと思い描いていた景色だ、と彼は語っている。共同馬主として父とともに持っていた一頭を、他人に預けたのち、自分の手で管理することにした。その最初の一頭が、いきなり世界の砂の頂に立った。

勝ちきれない ― 二〇一七年の後半

帰国後は少し間を置き、夏は7月8日のベルモントスプリントチャンピオンシップステークス(G2・7ハロン)から始動した。一番人気。飛び出したグリーングラットを見ながら四番手に控え、残り2ハロンでその外へ。直線を向く前に先頭を奪うと、二着オーサムスルーに三馬身半差をつけて完勝する。1分21秒8。 そこからが長かった。8月26日のフォアゴーステークス(GI・サラトガ・7ハロン)は二番人気で六着。この日も前にいたのはドレフォンで、軽快に逃げ切られた。11月4日、デルマーのブリーダーズカップ・スプリントは五番人気の三着。勝ったのはロイエイチ。12月2日、アケダクトのシガーマイルハンデキャップ(GI・8ハロン)では、シャープアステカに五馬身半も離されての二着。 短距離の一線級として、名前はすっかり知れ渡っていた。それでもGIの勝ち鞍は、前年暮れのマリブステークスから増えないまま一年が過ぎようとしていた。ニューヨークの生産者たちは、この年も彼を州の年度代表馬に選んでいる。二年続けての選出だった。 脚は毎回きちんと使えていた。ただ、いつも一完歩だけ足りない場所で、レースが終わっていた。

メイダン、最後方から ― 連覇

2018年の初戦は2月9日、ガルフストリームパークのオプショナルクレーミング(ダート7ハロン)。単勝1倍台の圧倒的な支持を受けながら、逃げたコンクエストウィンディシティをアタマ差捉えきれずに二着だった。それでも陣営は予定を変えない。目的地は、一年前と同じメイダンである。 3月31日、ドバイゴールデンシャヒーン。当日の取り消しもあって八頭立て、枠は一番、三番人気。ゲートが開くとエックスワイジェットとジョーダンスポートが飛び出し、地元のジョーダンスポートが先手を奪う。前年のブリーダーズカップ・スプリントを制したロイエイチは中団、日本のマテラスカイもそこに続いた。マインドユアビスケッツはといえば、外へ持ち出して、最後方にいた。 三コーナーを過ぎても、まだ最後方だった。ロサリオはのちに、この馬の最後の脚に賭けていた、残り3/16ポールのあたりで先頭に届くと見えたがまだ距離はあった、と振り返っている。残り300メートルでジョーダンスポートが失速する。先頭に立ったエックスワイジェットへロイエイチが襲いかかり、その二頭のさらに外から、栗毛が来た。エックスワイジェットはロイエイチの追撃を凌いだ。凌いだ相手が、違った。アタマ差。 1分10秒1。メイダンのダート1200メートルのコースレコードだった。レース後、サマーズはこう言っている。「彼はゴール板がどこにあるかを知っている馬で、決してあきらめない」[^1] 余計な口出しは無用――そういう名の馬だった。前の七頭が先に決着をつけようとするのを最後方から眺め、最後の200メートルだけで話をひっくり返す。二年続けて、同じやり方でドバイの砂の短距離王座を獲った。

出典:BloodHorse「Mind Your Biscuits Rallies to Repeat in Golden Shaheen」2018年3月31日配信、https://www.bloodhorse.com/horse-racing/articles/226764/mind-your-biscuits-rallies-to-repeat-in-golden-shaheen、閲覧日:2026年7月26日。

北海道からの手紙 ― 距離を伸ばした最後の年

ドバイ連覇のあと、陣営は翌年のペガサスワールドカップまで視野に入れていた。だが5月、日本の社台ファームの代表・吉田照哉がこの馬の所有権の五割を取得する。その方針で、年内は現役を続け、暮れに引退して種牡馬入りすることが決まった。まだ走っている途中で、次の住所が北海道に決まった馬だった。 復帰初戦は6月9日、ベルモントパークのメトロポリタンハンデキャップ(GI・8ハロン)。トップハンデの122ポンドを背負い、中団から早めに動いたが、逃げ切ったビージャージーにハナ差だけ届かず二着。8月4日、不良馬場のホイットニーステークス(GI・サラトガ・9ハロン)でも、逃げたディヴァーシフィから三馬身半差の二着だった。 しかし9月29日、チャーチルダウンズのルーカスクラシックステークス(G3・9ハロン)で、この馬は答えを出す。早めに先頭に立つとどんどん差を広げ、二着トーストオブニューヨークに4馬身3/4差。1200メートルで世界を獲った馬が、その倍近い距離で圧勝した。 距離の幅ができたことで、秋のブリーダーズカップはスプリント、ダートマイル、クラシックの三択になった。陣営が選んだのはクラシックだった。11月3日、チャーチルダウンズのダート10ハロン。終始後方のまま、勝ったアクセラレートの十一着。この日、鞍上にロサリオの姿はなかった――主戦はそのアクセラレートに乗り、勝っている。 11月14日、引退が発表された。サマーズは、百パーセントを出せなかったあのブリーダーズカップ・クラシックを最後の一戦にはしたくなかった、と語っている。それでも、あれが最後の一戦になった。獲得賞金は427万ドル余り。ニューヨーク産馬として、史上最も稼いだ一頭になっていた。

安平の朝 ― 血が渡っていく

2019年1月27日、マインドユアビスケッツは北海道安平町の社台スタリオンステーションに入った。初年度の種付け料は200万円。アメリカの短距離GI馬が日本の生産界にどう受け入れられるかは、このときまだ分からなかった。 2022年7月10日、函館の2歳未勝利戦をワタシダケドナニカが勝ち、産駒の初勝利が記録される。そしてその初年度産駒から、デルマソトガケが出た。同年暮れの全日本2歳優駿を勝ち、明けて2023年3月25日――父が六年前、同じ日付にメイダンの大外から差し切った、その同じ砂で――今度は逃げ切ってUAEダービーを制した。同じ年の11月、サンタアニタのブリーダーズカップ・クラシックでは二着に食い込んでいる。父が最後の一戦で十一着に沈んだ、あの競走だった。 血は方々へ渡っていった。ホウオウビスケッツが2024年の函館記念を、マピュースが2025年の中京記念を勝つ。ダートの1200メートルで世界を獲った父の産駒が、日本では芝の重賞まで届いた。 2026年6月9日の午後。種付けを終えたあと、容体が急変した。社台スタリオンステーションで息を引き取る。13歳だった。吉田照哉は「まだ13歳で若かったし、いい子供を出していたから本当に残念です」[^1]と惜しんだ。 名前の意味は、最後まで変わらなかった。前の馬たちが先に決着をつけようとするのを後ろから眺め、最後の200メートルだけで話を決める――余計な口出しは無用、というやり方である。安平の放牧地に、その脚はもう出てこない。それでも三月末のメイダンの砂にも、十一月のサンタアニタの直線にも、夏の函館の洋芝にも、この馬の血を引く馬が立った。名は、まだ呼ばれ続けている。

出典:サンケイスポーツ「マインドユアビスケッツ急死…13歳 デルマソトガケなどの活躍馬を送る 吉田照哉氏「いい子供を出していたから本当に残念です」」2026年6月10日配信、https://www.sanspo.com/race/article/general/20260610-74M2BNJP5JIQDBPAN66CRLOXRA/、閲覧日:2026年7月26日。

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