名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
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この世代(生まれ年)

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メイショウマンボのイメージビジュアル
メイショウマンボMeisho Mambo
Meisho Mambo

メイショウマンボ

通算成績31戦6勝

獲得賞金43,519万円

生年月日 2010.02.25(平成22年)毛色 鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
メイショウマンボの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
14 GIIサンスポ杯阪神牝馬S 阪神 芝1600 11人気 小牧太 1:36.1 上り35.4映像
14 GIII中山牝馬S 中山 芝1800 13人気 柴田善臣 1:50.4 上り35.0映像
12 GIエリザベス女王杯 京都 芝2200 13人気 池添謙一 2:14.0 上り35.0映像
13 GII府中牝馬S 東京 芝1800 10人気 武幸四郎 1:48.1 上り34.8
11 GIIIマーメイドS 阪神 芝2000 12人気 武幸四郎 2:00.5 上り36.3
12 GIヴィクトリアマイル 東京 芝1600 17人気 武幸四郎 1:33.2 上り34.6映像
13 GIIサンスポ杯阪神牝馬S 阪神 芝1600 9人気 武幸四郎 1:34.3 上り34.5映像
14 GIII京都金杯 京都 芝1600 10人気 武幸四郎 1:33.9 上り34.1映像
12 GII金鯱賞 中京 芝2000 10人気 武幸四郎 2:02.1 上り38.2映像
17 GIエリザベス女王杯 京都 芝2200 12人気 武幸四郎 2:15.9 上り35.0映像
14 GII府中牝馬S 東京 芝1800 8人気 武幸四郎 1:47.4 上り35.7
6 JpnⅢスパーキングレディー 川崎 ダ1600 4人気 武幸四郎 1:43.2 上り40.8
14 GI安田記念 東京 芝1600 15人気 武幸四郎 1:33.0 上り35.0映像
17 GIヴィクトリアマイル 東京 芝1600 8人気 武幸四郎 1:33.7 上り33.9映像
13 GIIサンスポ杯阪神牝馬S 阪神 芝1400 6人気 武幸四郎 1:22.1 上り35.3映像
15 GI有馬記念 中山 芝2500 14人気 武幸四郎 2:36.4 上り33.9映像
12 GIエリザベス女王杯 京都 芝2200 2人気 武幸四郎 2:13.3 上り34.8映像
10 GII京都大賞典 京都 芝2400 2人気 武幸四郎 2:25.4 上り34.6
11 GI宝塚記念 阪神 芝2200 4人気 武幸四郎 2:15.4 上り36.4映像
2 GIヴィクトリアマイル 東京 芝1600 3人気 武幸四郎 1:32.4 上り33.5映像
7 GII産経大阪杯 阪神 芝2000 3人気 武幸四郎 2:02.5 上り36.4映像
1 GIエリザベス女王杯 京都 芝2200 2人気 武幸四郎 2:16.6 上り34.1映像
1 GI秋華賞 京都 芝2000 3人気 武幸四郎 1:58.6 上り34.2映像
4 GII関西TVローズS 阪神 芝1800 4人気 武幸四郎 1:47.8 上り36.3
1 GI優駿牝馬 東京 芝2400 9人気 武幸四郎 2:25.2 上り34.6映像
10 GI桜花賞 阪神 芝1600 4人気 武幸四郎 1:35.9 上り36.5映像
1 GIIフィリーズレビュー 阪神 芝1400 3人気 川田将雅 1:22.1 上り34.8
1 こぶし賞 京都 芝1600 2人気 武幸四郎 1:37.2 上り34.3
2 OP紅梅S 京都 芝1400 7人気 武幸四郎 1:24.0 上り36.5
10 GI阪神ジュベナイルフィリーズ 阪神 芝1600 14人気 飯田祐史 1:35.0 上り36.4映像
1 2歳新馬 京都 芝1400 1人気 飯田祐史 1:23.3 上り35.2

血統

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メイショウマンボの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
スズカマンボSuzuka MamboサンデーサイレンスSunday SilenceHalo
Wishing Well
スプリングマンボKingmambo
キーフライヤーKey Flyer
メイショウモモカグラスワンダーGrass WonderSilver Hawk
Ameriflora
メイショウアヤメジェイドロバリーJade Robbery
ウイルムーン
STORY

旅程 — この馬の物語

2010年生まれの鹿毛の牝馬。父スズカマンボ、母メイショウモモカ。主な勝ち鞍は優駿牝馬・秋華賞・エリザベス女王杯。

三代の手綱 ― 浦河の鹿毛

2010年2月25日、北海道浦河町の高昭牧場に鹿毛の牝馬が生まれた。父スズカマンボ、母メイショウモモカ、母の父グラスワンダー。馬主・松本好雄の冠名「メイショウ」に父の名の一部を重ねて、メイショウマンボと名づけられた。 父は2005年の天皇賞(春)を13番人気で勝ったサンデーサイレンス産駒だが、種牡馬としては地味な存在で、この時点でJRAの重賞を勝った産駒はまだ一頭もいなかった。目を引くのは、むしろ牝系のほうだった。祖母メイショウアヤメは、栗東・飯田明弘厩舎に所属していた馬である。 1998年3月15日、阪神の芝1400m。報知杯4歳牝馬特別――のちのフィリーズレビュー――で、そのメイショウアヤメは2着に敗れている。鞍上は、厩舎を預かる明弘の息子、飯田祐史だった。祐史は母メイショウモモカの手綱も取っている。祖母、母、そして今度の仔。この一族の背には、いつも同じ男が乗ってきた。 2012年11月25日、京都の芝1400m、二歳新馬。鞍上はやはり飯田祐史で、単勝2.6倍の支持に応えて0.2秒差の快勝だった。生涯で三十一回ゲートをくぐることになるこの牝馬が、1番人気に推されたのは、これが最初で最後である。

代打の一四〇〇 ― 十五年越しの重賞

二週間後の阪神ジュベナイルフィリーズで、この馬は別の顔を見せた。普段はおとなしいのに、厩務員を振り落とし、馬場へ向かう途中で立ち上がる。返し馬から落ち着かず、ゲートに入った瞬間に体を潜らせて出遅れた。14番人気10着。陣営はここから、この馬の心と向き合い直す。仕上げの重心を、体からメンタルへ移していった。 年が明けて、鞍上が替わる。飯田祐史が調教師試験に合格し、2013年2月末で二十年の騎手生活を終えたためだ。主戦を引き継いだのは武幸四郎――1997年にデビュー二日目で重賞を勝ち、2000年の秋華賞を10番人気のティコティコタックで制した男である。ただし当時の彼は下り坂にいた。2011年の勝ち鞍は年間7勝、デビュー以来最低の数字だった。 新コンビは紅梅ステークスで2着、こぶし賞を直線一気に差し切って勝ち上がる。そして3月10日、報知杯フィリーズレビュー。ところが武幸四郎は騎乗停止で乗れず、代打として川田将雅が跨った。3番人気のメイショウマンボは後方から末脚を伸ばし、重賞初制覇。父スズカマンボにとっても、産駒によるJRA重賞初勝利だった。 十五年前、同じ阪神の芝1400mで、この馬の祖母があと一歩届かなかったレースである。あのとき鞍上にいた男は、その十日前に鞭を置いたばかりだった。 続く桜花賞は4番人気。だが引いたのは大外18番枠で、見せ場のないまま10着に終わる。三歳の春は、そこでいったん途切れたように見えた。

九番人気 ― 二〇一三年五月十九日

クラシック登録の時点で、この馬には桜花賞の登録しかなかった。オークスに出るには追加登録料が要る。陣営はそれを払った。 そして当日、厩舎は司令塔を失っていた。飯田明弘が前日に体調を崩し、医師に止められて入院したのだ。息子の祐史は海外研修で日本にいない。東京競馬場に入っていたのは、担当の塩見覚と今村康成の二人だけだった。 パドックでマンボは荒れに荒れた。返し馬へ向かう際に首を激しく振り、塩見の眼鏡を弾き飛ばす。落ちた眼鏡が見つからなければ発走できないと言われ、GIの発走時刻が自分のせいで遅れるという恐怖のなかを探し回った。ひん曲がった眼鏡はどうにか見つかった。ゲート裏では口を切って血だらけになっていた。それでも、枠に体が収まった瞬間、この馬はすっと静かになった。 レースは、武豊のクロフネサプライズが1000m通過59秒6で引っ張る厳しい流れになる。3番ゲートのメイショウマンボは馬群の内で脚をため、坂上で先行勢が力尽きたところを外へ持ち出された。4コーナーでもまだ引っ張ったままだった、と武幸四郎は振り返っている。入れ込みが、この日はいい方に出た。長い府中の直線でも脚色は緩まず、エバーブロッサムに1馬身1/4差をつけて先頭でゴール板を過ぎる。単勝2850円、九番人気の樫の女王だった。 武幸四郎にとっては2006年の菊花賞以来七年ぶりのGI、そして五年ぶりの重賞勝利。1989年に厩舎を開いた飯田明弘にとっては、二十五年目にして初めてのJRA・GIだった。オーナーと握手した幸四郎は目を潤ませ、「自分のキャラじゃないのに」とこぼした[^1]。 勝ち鞍のゼッケンは、そのどさくさに紛れて消えた。いまも行方が分からない。

出典:Number Web「“穴男”の武幸四郎、オークスを制す。「頼りない弟」が表彰式で流した涙。」2013年5月22日配信、https://number.bunshun.jp/articles/-/445139 、閲覧日:2026年7月29日。

夏を越して ― 二冠と、古馬の壁

秋緒戦のローズステークスは、大外から一気に来たデニムアンドルビーの4着。人気は譲ったが、陣営に迷いはなかった。 10月13日の秋華賞、3番人気で16番ゲート。ビーナストリックが作った縦長の隊列が3コーナー手前で動き、デニムアンドルビーが大外を押し上げ、スマートレイアーも追随して、中団の外にいたメイショウマンボのすぐ脇まで迫る。来るのは分かっていた、ここからが勝負だ、と武幸四郎は腹をくくった。4コーナーからスパート態勢に移ると、舞台が府中から京都へ変わっても脚さばきはパワフルだった。内で粘るセキショウを難なく交わし、馬場の真ん中から堂々と、2着スマートレイアーに1馬身1/4差をつける。 その2着馬の鞍上は、兄の武豊だった。兄弟によるGIのワンツーである。オークスでは泣いた弟が、この日は笑っていた。「馬と同様、人間も夏を越して大人になりましたから」[^1] 11月10日、エリザベス女王杯。京都は雨、芝は重。1番人気は前年2着のヴィルシーナで、メイショウマンボは2番人気だった。前走の反動、厳しいローテーション、強くなる相手、この馬場で内めのゲートを引いたこと――武幸四郎は不安ばかり数えていたという。ところがゲートが開くと、3番ゲートから無理なく外へ出せてしまう。最大の強敵を内に閉じ込める位置を取り、4コーナーでも手応えは絶好。外から駆け上がり、残り200mを切ったところで先頭に立った。2着ラキシスに、またも1馬身1/4差。ヴィルシーナは馬群のなかでもがき、10着に沈んだ。 三歳の秋に、古馬牝馬の頂点まで登り切った。この年のJRA賞最優秀3歳牝馬。飯田明弘がGIに初めて馬を送り出したのは1992年のエリザベス女王杯で、16番人気11着だった。二十一年後、彼は同じレースを勝った。 次にこの馬が破るべき壁として名が挙がったのは、もう、ジェンティルドンナと牡馬だけだった。

出典:日本中央競馬会「第18回秋華賞(GI)レース結果/馬場の真ん中を力強く伸びて、メイショウマンボが二冠獲得!」2013年10月13日、https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/shuka/result/shuka2013.html 、閲覧日:2026年7月29日。

父から子へ ― 二〇一四年三月

2014年2月28日、飯田明弘が体調不良を理由に調教師を引退した。1989年の開業から二十五年。その最後の一年に、この牝馬がGIを三つ持ってきたことになる。 3月、息子の祐史が厩舎を開業し、メイショウマンボを引き継いだ。デビュー戦で自ら跨った馬を、今度は預かる側から見ることになった。 陣営は大阪杯から天皇賞(春)へ向かうプランを掲げる。だが4月6日の産経大阪杯、エピファネイアキズナに次ぐ3番人気に支持されながら、4コーナーで早くも手応えが怪しくなった。8頭立ての7着、勝ったキズナから2秒2離された。春の天皇賞は白紙になり、目標はヴィクトリアマイルへ切り替えられる。 5月18日、東京の芝1600m。11番人気のヴィルシーナが果敢にハナを奪って粘り込むところへ、内ラチ沿いからメイショウマンボが伸びた。半馬身届かず2着。上がり33秒5は、この馬らしい末脚だった。担当の塩見は、発情が来ていたから諦めていた、それでもよく走った、と振り返っている。 飯田祐史にとって、これが調教師としてのGI初出走だった。そして――彼女がターフで見せた、最後の見せ場でもあった。

二桁の日々 ― 「ももクロ」と呼ばれた馬

夏の宝塚記念は4番人気で11着、勝ったのはゴールドシップ。秋の京都大賞典は2番人気で10着。連覇のかかったエリザベス女王杯も2番人気に推されながら12着で、この日勝ったのは、前年に彼女が1馬身1/4差で退けたラキシスだった。暮れの有馬記念は14番人気15着。中山の2500mを制したのは、ジェンティルドンナである。一年前に「残る壁」と名指しされた相手とは、そういう形ですれ違った。 2015年から2017年まで、彼女はさらに十五回ゲートに入った。二桁着順を免れたのは、川崎のダート1600mで走ったスパーキングレディーカップの6着ただ一度きり。中央では、ついに一度も掲示板に載らなかった。 陣営はやれることをやった。障害練習から始まり、ブリンカー、シャドーロール、ハミの変更、初めてのダート。験担ぎに、塩見がオークスの日にひん曲がったあの眼鏡を自分で掛けて送り出したこともあった。それでも、この馬は変わらなかった。 担当の塩見は彼女を「ももクロ」と呼んでいた。二枠の黒帽か、八枠の桃帽――極端な枠に入ったときしか走らない、という意味である。事実、六つの勝ち鞍も、二度の2着も、すべて二枠か八枠から出たものだった。気の強さを抱えた馬が、自分の機嫌と折り合えた日にだけ、あの脚は出た。 二桁着順が続けば、もうやめさせてやれという声も出る。だが、パソコンを使わない塩見のもとに届いたのは、厩舎宛のファンレターだけだった。九州の高齢の女性から、若い女の子まで。マンボに勇気づけられた、という便りである。もうひと花咲かせてやりたい――そう思って、彼らは走らせ続けた。

二〇一七年四月八日 ― わがままを貫いて

2017年3月12日、中山牝馬ステークス14着。その四日後、飯田祐史は4月8日の阪神牝馬ステークスを最後に現役を退かせると発表した。 二十五戦で手綱を握った武幸四郎は、その日、鞍上にいなかった。彼もまた調教師試験に合格し、2月28日付で約二十年の騎手生活を終えている。ラストランの、三十九日前のことだった。 11番人気。後方三、四番手を追走して14着。有終の美にはならなかった。それでも彼女は無事に走り切り、4月14日に競走馬登録を抹消されて、生まれ故郷の高昭牧場へ帰っていった。三十一戦六勝、獲得賞金四億三千五百十九万五千円。 「わがままな馬で、最後までそれを貫いた。ああいう終わり方も、マンボらしいですよ」[^1]。光も影も一番近くで見てきた塩見覚は、そう言って笑った。 そして同じ年の9月15日、飯田明弘が病気のため世を去った。七十歳だった。二十五年の調教師生活で初めてつかんだJRA・GI――あのオークスの日、彼だけが東京競馬場にいなかった。

出典:デイリースポーツ「【競馬】メイショウマンボ、13年オークスVの舞台裏」2017年5月16日配信、https://www.daily.co.jp/opinion-d/2017/05/16/0010189864.shtml 、閲覧日:2026年7月29日。

母の時間 ― 四代目へ

2018年、初仔メイショウイチヒメが生まれた。父はメイショウボーラー、預けられたのは栗東・飯田祐史厩舎。翌年のメイショウヒメサマ(父メイショウサムソン)は、栗東・武幸四郎厩舎に入った。武幸四郎は2018年3月に厩舎を開業している。オークスで泣いた騎手が、その馬の仔を預かる立場になっていた。 以後もロードカナロアエピファネイアレイデオロ。仔たちは飯田祐史と武幸四郎の厩舎を行き来した。1998年に祖母の手綱を取り、母にも跨り、2012年にこの馬のデビュー戦を勝ち、2014年から調教師として彼女を預かった男が、いまその仔たちの馬房を持っている。三代の手綱は、四代目へ渡っていた。 2025年4月9日、メイショウマンボはホッコータルマエとの牡馬を産んだ。だが産後の出血が悪化する。一時は容体が落ち着いたものの、同月24日に再び悪くなり、翌25日の朝に息を引き取った。十五歳だった。 訃報を受けた飯田祐史は、父にとっても特別な馬だったと思う、いい思い出をたくさんもらった、と語った。オーナーの松本好雄はこう振り返っている。「一番印象に残っているのはオークスです。幸四郎の顔を見て、勝ち馬の写真を撮るときは涙が止まりませんでした」[^1]。その松本も、同じ年の8月29日に八十七歳で世を去った。 生後わずか半月で母を亡くした牡馬が、いま一歳になっている。三十一回ゲートをくぐって、六度だけ先頭でゴール板を過ぎた牝馬の、あの気の強さを、どこかに宿しているかもしれない。

出典:デイリースポーツ「メイショウマンボが急死 15歳 G1・3勝で13年JRA最優秀3歳牝馬 松本好雄会長「オークスは涙が止まりませんでした」」2025年5月1日配信、https://www.daily.co.jp/umaya/news/2025/05/01/0018934679.shtml 、閲覧日:2026年7月29日。

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