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メイショウボーラー
通算成績29戦7勝
獲得賞金4億6,672万円
生年月日 2001.04.16(平成13年)毛色 黒鹿毛性 牡
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 15 | GIスプリンターズS | 中山 芝1200 | 11人気 | 福永祐一 | 1:11.9 | 上り37.3 | 映像 | |
| 中 | GI香港スプリント | 香港 芝1200 | 福永祐一 | — | 映像 | |||
| 9 | GII毎日放送賞スワンS | 京都 芝1400 | 5人気 | 福永祐一 | 1:20.8 | 上り34.8 | — | |
| 2 | GIスプリンターズS | 中山 芝1200 | 10人気 | 福永祐一 | 1:08.5 | 上り35.3 | 映像 | |
| 7 | GIIセントウルS | 中京 芝1200 | 5人気 | 福永祐一 | 1:09.5 | 上り35.4 | — | |
| 2 | GIIIサマーチャンピオン | 佐賀 ダ1400 | 2人気 | 福永祐一 | 1:26.1 | — | — | |
| 14 | GI安田記念 | 東京 芝1600 | 13人気 | 福永祐一 | 1:34.2 | 上り36.1 | 映像 | |
| 4 | GIIIかきつばた記念 | 名古屋 ダ1400 | 2人気 | 福永祐一 | 1:27.5 | 上り37.1 | — | |
| 15 | GIフェブラリーS | 東京 ダ1600 | 9人気 | 福永祐一 | 1:38.8 | 上り41.4 | 映像 | |
| 7 | GIII根岸S | 東京 ダ1400 | 2人気 | 福永祐一 | 1:24.3 | 上り37.3 | — | |
| 2 | GIII兵庫ゴールドトロフィー | 園田 ダ1400 | 2人気 | 横山典弘 | 1:27.9 | — | — | |
| 4 | GIJBCスプリント | 名古屋 ダ1400 | 2人気 | 福永祐一 | 1:26.5 | 上り38.7 | 映像 | |
| 5 | GIかしわ記念 | 船橋 ダ1600 | 1人気 | 福永祐一 | 1:38.6 | 上り38.2 | — | |
| 16 | GI高松宮記念 | 中京 芝1200 | 2人気 | 福永祐一 | 1:09.5 | 上り35.9 | 映像 | |
| 1 | GIフェブラリーS | 東京 ダ1600 | 1人気 | 福永祐一 | 1:34.7 | 上り36.9 | 映像 | |
| 1 | GIII根岸S | 東京 ダ1400 | 1人気 | 福永祐一 | 1:23.0 | 上り35.7 | — | |
| 1 | GIIIガーネットS | 中山 ダ1200 | 3人気 | 福永祐一 | 1:10.2 | 上り36.9 | — | |
| 4 | GIICBC賞 | 中京 芝1200 | 1人気 | 中舘英二 | 1:08.3 | 上り33.9 | — | |
| 7 | GIマイルチャンピオンS | 京都 芝1600 | 7人気 | 福永祐一 | 1:33.9 | 上り35.4 | 映像 | |
| 3 | GII毎日放送賞スワンS | 京都 芝1400 | 1人気 | 福永祐一 | 1:21.9 | 上り35.6 | — | |
| 11 | GI安田記念 | 東京 芝1600 | 8人気 | 福永祐一 | 1:33.4 | 上り35.4 | 映像 | |
| 3 | GINHKマイルカップ | 東京 芝1600 | 3人気 | 福永祐一 | 1:33.6 | 上り35.4 | 映像 | |
| 3 | GI皐月賞 | 中山 芝2000 | 6人気 | 福永祐一 | 1:59.1 | 上り34.9 | 映像 | |
| 2 | GII報知杯弥生賞 | 中山 芝2000 | 3人気 | 福永祐一 | 2:00.7 | 上り35.0 | — | |
| 2 | GI朝日杯FS | 中山 芝1600 | 1人気 | O.ペリエ | 1:33.7 | 上り36.2 | — | |
| 1 | GIIデイリー杯2歳S | 京都 芝1600 | 1人気 | 福永祐一 | 1:34.1 | 上り34.7 | — | |
| 1 | GIII小倉2歳S | 小倉 芝1200 | 1人気 | 福永祐一 | 1:09.3 | 上り36.4 | — | |
| 1 | OPフェニックス賞 | 小倉 芝1200 | 1人気 | 福永祐一 | 1:10.1 | 上り36.1 | — | |
| 1 | 2歳新馬 | 小倉 芝1000 | 1人気 | 福永祐一 | 0:57.6 | 上り34.3 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父タイキシャトルTaiki Shuttle | Devil's Bag | Halo |
| Ballade | ||
| ウェルシュマフィンWelsh Muffin | Caerleon | |
| Muffitys | ||
| 母ナイスレイズNice Raise | Storm Cat | Storm Bird |
| Terlingua | ||
| Nice Tradition | Search Tradition | |
| Nice Dancing |
引退後・牧場での映像
ゴール板の先の時間旅程 — この馬の物語
2001年生まれの黒鹿毛の牡馬。父タイキシャトル、母ナイスレイズ。主な勝ち鞍はフェブラリーS・小倉2歳S・デイリー杯2歳S。
帽子の名 ― 二〇〇三年、小倉
ボーラーハットという帽子がある。頭のてっぺんが丸く、縁の短い、黒くて硬い帽子だ。生まれは一八五〇年のロンドンで、目的は装いではなかった。馬に乗った人間が低い枝の下をくぐるとき、頭を割らずにすむように作られた道具である。試作を仕上げたサザークの帽子職人の名が、そのまま帽子の名になった。ウィリアム・ボーラー。 二〇〇一年四月十六日に北海道浦河町の日の出牧場で生まれた黒鹿毛の牡馬は、この帽子から名を貰った。冠名の「メイショウ」は馬主・松本好雄が明石の明と自らの松を合わせた造語で、そこに願いは入っていない。願いを託す場所は、うしろの三文字だった。 父はタイキシャトル。母はアメリカから輸入されたナイスレイズで、その父は北米の大種牡馬ストームキャットである。預けられたのは栗東の白井寿昭厩舎だった。 二〇〇三年七月二十日、小倉の芝千メートル。福永祐一を背にした新馬戦で、メイショウボーラーは先頭に立ち、そのまま二馬身半差で帰ってきた。夏の小倉でフェニックス賞と小倉二歳ステークスを続けて勝ち、秋には京都のデイリー杯二歳ステークスも二馬身差で制した。フェニックス賞では二着に二馬身半をつけ、その三着はさらに九馬身うしろにいた。小倉二歳ステークスで五馬身突き放した相手の名は、コスモサンビームという。 四連勝で暮れの朝日杯フューチュリティステークスへ向かい、一番人気に推された。鞍上はこの一戦だけO・ペリエ。外の十五番枠から前々で運び、直線でも食い下がった。そこへ外から並びかけてきたのが、夏に五馬身ちぎったコスモサンビームだった。クビ差。初めての敗北である。
前で運んで、直線で捕まる
年が明けて三歳。白井はクラシックを目指すと公言した。千メートルの新馬戦を勝った馬に、中山の二千メートルを走らせるという意味である。 三月の弥生賞。先頭に立ったメイショウボーラーを、一番人気のコスモバルクが道中ずっとマークした。振り切れないまま、二着。 皐月賞は六番人気だった。直前に左の後肢が腫れ、四日ほどまともに追えていない。当日の馬体重は四七六キロで、前走から十キロ減っていた。それでもゲートが開けば、この馬の行き先はいつもと同じだった。一コーナー先頭、二コーナー先頭、三コーナーでは後続を離して先頭、四コーナーも先頭。中山の二千メートルを、最初から最後まで自分の呼吸で刻んだ。直線、二番手にいた十番人気のダイワメジャーが前へ出る。好位のコスモバルクも並びかけてくる。二馬身差の三着。 五月のNHKマイルカップは三番人気。今度はハナを取りきれなかった。タイキバカラにかぶされ、速い流れを追う形になる。直線では、キングカメハメハとコスモサンビームに突き放された。また三着。 三度、前で運んで、三度、直線で交わされた。脚は足りている。世代の頂に半歩だけ届かない。この馬の負け方には、それくらい一貫した形があった。
砂を疑う ― 二〇〇四年冬
三歳の六月、古馬に混じった安田記念は十一着。秋は京都のスワンステークスを一番人気で三着、マイルチャンピオンシップはデュランダルの追い込みの前に七着、暮れのCBC賞も一番人気で四着に沈んだ。この時期、胃潰瘍を患って食欲を落としている。 白井には、前から考えていたことがあった。この馬を砂で走らせたい。根拠は血にあった。父タイキシャトルの父デヴィルズバッグはアメリカのダートで鳴らした馬であり、母の父ストームキャットは北米のリーディングサイアーである。芝の一線級に半歩足りないスピードとパワーは、砂の上でなら余るのではないか。 松本好雄はためらった。競走馬の花形は芝である。四連勝でクラシック戦線に食い込んだ馬だった。白井は説き続け、CBC賞の敗戦でようやく話がついた。 二〇〇五年一月九日、中山のダート千二百メートル。ダート初戦のガーネットステークスで、メイショウボーラーは三番手につけ、直線で抜け出して三馬身の差をつけた。 三週間後、東京のダート千四百メートル、根岸ステークス。今度は自分でハナを切り、先頭で流れを作った。それでいて、最後の六百メートルの時計はメンバー中いちばん速い。着差は七馬身。 走り方は何ひとつ変えていない。ゲートを出て、先頭に立ち、そのまま行く。変わったのは蹄の下にあるものだけだった。
二月二十日、東京ダート千六百
小雨だった。ダートは水を含んで不良、時計の出る馬場である。 外の十四番枠。単勝は二・〇倍。十五頭のうち、支持はこの一頭に集まっていた。前年の覇者アドマイヤドン、ジャパンカップダートを勝ったタイムパラドックス、マイルチャンピオンシップ南部杯のユートピア。砂で積み上げてきた実績なら、みな格上である。鞍上の福永祐一は、この日の馬の気持ちの高ぶりを気にしていた。折り合いがつくかどうか、という不安である。 ゲートが開く。不安は当たった。抑えが利かない。抑えるどころではない行きっぷりで、メイショウボーラーは外の枠から一気に先頭へ出た。 最初の二百メートルが十二秒三。次の二百メートルが十秒八。ここは千四百ではなく千六百なのだ、ということを忘れたような刻み方だった。十一秒一、十一秒六と続き、千メートルの通過は五十七秒八。ダートのマイル戦としては、ほとんど無茶と呼んでいい数字である。 三コーナーを回るころには、二番手までの間隔が七馬身とも八馬身とも見えるほど開いていた。追う側にとって、これは絶望の景色ではない。この流れで行った逃げ馬は、直線で必ず止まるからだ。 止まらなかった。 残り四百メートルからの時計は十二秒三、十二秒七。落ちてはいる。落ちてはいるが、うしろの脚も同じだけ落ちていた。叩き合いながら伸びてくるシーキングザダイヤとヒシアトラスが、並びきれない。鞍上は最後までムチを打たなかった。見せただけである。 一分三十四秒七。レコード。着差、一馬身と四分の一。JRAのダートGIで逃げ切り勝ちが記録されたのは、これが初めてだった。砂を走り始めて三戦目、六週間後のことである。 この日、白井寿昭はフェブラリーステークスの二勝目を挙げている。一勝目は三年前、アグネスデジタルだった。芝のマイルチャンピオンシップも、芝の天皇賞・秋も、香港のカップも勝った馬である。芝の頂点に立った馬を砂へ連れてきて勝ち、芝で半歩足りなかった馬を砂へ降ろして勝つ。この調教師は、馬より先に地面のほうを疑う人だった。
帰れなかった芝
GIを獲った五週間後、陣営はもう一度この馬を芝へ戻した。三月二十七日、中京の高松宮記念。二番人気。しかしダートのように主導権は握れず、好位を追走したまま四コーナーで一杯になった。十八頭立ての十六着。この大敗で、その春の芝路線は打ち切られた。 五月、船橋のかしわ記念。一番人気で直線を先頭で迎えながら、四頭にまとめて交わされて五着に終わる。 秋にはアメリカのブリーダーズカップ遠征が組まれた。蹄鉄をスパイク鉄に替え、九月五日の出国日まで決まっていた。その直前、右後肢に跛行――歩様の乱れが出て、計画は取りやめになる。 十一月、名古屋のJBCスプリント。ハナを切ったが、ブルーコンコルドにかわされて四着。年の瀬の兵庫ゴールドトロフィーは横山典弘が乗り、スタートで躓いて後方からの競馬になり二着。 翌二〇〇六年二月十九日、フェブラリーステークス連覇のかかった日。レース前の角馬場で、メイショウボーラーは福永を振り落とした。空馬のまま五千メートルを走ってから、この馬はゲートに入っている。十五着。勝ったのはカネヒキリだった。
中山、十番人気
五歳の六月、久しぶりに芝へ戻った安田記念は十四着。八月、佐賀のサマーチャンピオンでは二着に敗れた。勝ったのはメイショウバトラー。同じ勝負服を着た、一つ上の牝馬である。九月のセントウルステークスは七着。 十月一日、中山。スプリンターズステークス。単勝の人気は十番目だった。 ゲート入りで、この馬は嫌がった。残り二頭というところで動かなくなり、発走は二分遅れる。十六頭が待たされる、長い二分である。 ようやく開いたゲートから先頭に立ったのは、オーストラリアから来たテイクオーバーターゲット。メイショウボーラーはハナを譲り、先行する三頭のうしろ、四番手に収まった。逃げなかったのである。 最初の二百メートルが十二秒〇、次が十秒一。世界のスプリンターが刻む流れは、かつて自分が東京の砂で作った流れより、さらに速い。三コーナーでも四コーナーでも、この馬の位置は変わらない。 直線でテイクオーバーターゲットが後続を突き放していく。届く距離ではない。それでもメイショウボーラーは止まらなかった。最後の六百メートルの時計は三十五秒三――勝ち馬とまったく同じ数字である。粘って、粘って、二着でゴールへ飛び込んだ。三着との差はクビだった。 GIを勝った日から、一年七か月が過ぎていた。 十二月の香港スプリントは出遅れ、道中で走る気をなくして競走中止。海を渡った一戦は、それきりになった。
期待ばかりがふくらむ
六歳の年は調教中の故障で春を棒に振った。復帰は九月三十日、一年前と同じ中山のスプリンターズステークス。雨が降り続き、芝は不良になっていた。九か月半ぶりのゲートを出た馬は三コーナーでも四コーナーでも最後方にいて、十五着でゴールした。勝った三歳牝馬アストンマーチャンの鞍上は、かつて一度だけメイショウボーラーの手綱を取ったことのある中舘英二である。十月二十七日付で登録を抹消。二十九戦七勝。GIは、あの二月の一つきりだった。 「まだ若い馬。期待ばかりがふくらむ」[^1] レコードで逃げ切った日、福永祐一はそう言った。三歳春に三度も上位へ食い込みながらタイトルを持たなかった馬が、砂に降りて六週間で頂点へ着いたのだから、そう言いたくもなる。だが、この見立ては当たらなかった。ふくらんだ期待は、この馬自身の上では実らない。あの日のあと、GIの勝ち馬欄にこの名が載ることは二度となかった。 期待が形になったのは十二年後である。二〇一七年十一月、大井。産駒のニシケンモノノフがJBCスプリントを勝った。父が二〇〇五年に、ハナを切りながら交わされて四着に沈んだレースだった。同じ年、別の産駒ラインミーティアが新潟の直線千メートルを制している。父の七つの勝ち鞍は、芝に四つ、砂に三つ。仔たちも、どちらの地面でも勝った。 白井寿昭は二〇一五年二月に厩舎を閉じた。騎手を経ずに厩務員から上がり、血統を読み、馬体重を見て、馬より先に地面を疑い続けた調教師だった。メイショウボーラーは二〇二二年十二月に種牡馬を退き、浦河から日高町の牧場へ移された。引退馬協会が世話を引き受ける、功労馬としてである。 馬に乗る人間の頭を守るために、飾りを削って硬く丸く作られた帽子。芝のクラシックに似合うのはシルクハットのほうで、この馬に与えられた名前は、そちらではなかった。二〇〇五年二月二十日、小雨の東京。ダート千六百メートルのあいだ、彼の前には何もなかった。ゲートが開いた瞬間から、ゴール板を過ぎるまで、ずっと。
出典:日本中央競馬会「第22回フェブラリーステークス」2005年2月20日、https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/feb/result/feb2005.html、閲覧日:2026年8月2日。
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