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マツリダゴッホ
通算成績27戦10勝
獲得賞金6億5,373万円
生年月日 2003.03.15(平成15年)毛色 鹿毛性 牡
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 7 | GI有馬記念 | 中山 芝2500 | 3人気 | 蛯名正義 | 2:31.9 | 上り37.6 | 映像 | |
| 17 | GI天皇賞(秋) | 東京 芝2000 | 8人気 | 蛯名正義 | 1:58.9 | 上り35.3 | 映像 | |
| 1 | GII産経賞オールカマー | 中山 芝2200 | 3人気 | 横山典弘 | 2:11.4 | 上り34.1 | — | |
| 9 | GII札幌記念 | 札幌 芝2000 | 2人気 | 横山典弘 | 2:01.3 | 上り35.6 | 映像 | |
| 7 | GII産経大阪杯 | 阪神 芝2000 | 2人気 | 武豊 | 2:00.4 | 上り35.0 | 映像 | |
| 12 | GI有馬記念 | 中山 芝2500 | 2人気 | 蛯名正義 | 2:33.1 | 上り37.5 | 映像 | |
| 4 | GIジャパンカップ | 東京 芝2400 | 5人気 | 蛯名正義 | 2:25.7 | 上り34.4 | 映像 | |
| 1 | GII産経賞オールカマー | 中山 芝2200 | 1人気 | 蛯名正義 | 2:12.0 | 上り34.6 | — | |
| 2 | GII札幌記念 | 札幌 芝2000 | 1人気 | 蛯名正義 | 1:58.6 | 上り34.9 | 映像 | |
| 6 | GIクイーンエリザベス | 香港 芝2000 | 蛯名正義 | — | — | |||
| 1 | GII日経賞 | 中山 芝2500 | 1人気 | 蛯名正義 | 2:32.7 | 上り34.6 | — | |
| 1 | GI有馬記念 | 中山 芝2500 | 9人気 | 蛯名正義 | 2:33.6 | 上り36.3 | 映像 | |
| 15 | GI天皇賞(秋) | 東京 芝2000 | 8人気 | 蛯名正義 | 2:00.1 | 上り35.8 | 映像 | |
| 1 | GII産経賞オールカマー | 中山 芝2200 | 1人気 | 蛯名正義 | 2:12.5 | 上り34.8 | — | |
| 7 | GII札幌記念 | 札幌 芝2000 | 1人気 | 安藤勝己 | 2:00.6 | 上り34.9 | 映像 | |
| 11 | GI天皇賞(春) | 京都 芝3200 | 5人気 | 横山典弘 | 3:15.1 | 上り35.6 | 映像 | |
| 3 | GII日経賞 | 中山 芝2500 | 1人気 | 横山典弘 | 2:32.0 | 上り35.9 | — | |
| 1 | GIIアメリカジョッキークラブカップ | 中山 芝2200 | 2人気 | 横山典弘 | 2:12.8 | 上り35.3 | — | |
| 1 | クリスマスC | 中山 芝1800 | 1人気 | 横山典弘 | 1:46.9 | 上り35.4 | — | |
| 2 | 冬至S | 中山 芝2000 | 1人気 | 横山典弘 | 2:00.2 | 上り35.4 | — | |
| 中 | GIIセントライト記念 | 中山 芝2200 | 3人気 | 蛯名正義 | — | — | ||
| 1 | 日高特別 | 札幌 芝2000 | 1人気 | 横山典弘 | 2:01.4 | 上り35.4 | — | |
| 7 | OP白百合S | 中京 芝1800 | 2人気 | 岩田康誠 | 1:48.0 | 上り35.4 | — | |
| 4 | GIIテレビ東京杯青葉賞 | 東京 芝2400 | 2人気 | 蛯名正義 | 2:26.4 | 上り35.5 | — | |
| 1 | 3歳500万下 | 中山 芝1800 | 2人気 | 岩田康誠 | 1:50.1 | 上り34.3 | — | |
| 6 | GIII札幌2歳S | 札幌 芝1800 | 2人気 | 蛯名正義 | 1:51.2 | 上り36.3 | 映像 | |
| 1 | 2歳新馬 | 札幌 芝1800 | 3人気 | 蛯名正義 | 1:52.8 | 上り34.8 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父サンデーサイレンスSunday Silence | Halo | Hail to Reason |
| Cosmah | ||
| Wishing Well | Understanding | |
| Mountain Flower | ||
| 母ペイパーレインPaper Rain | Bel Bolide | Bold Bidder |
| Lady Graustark | ||
| フローラルマジックFloral Magic | Affirmed | |
| Rare Lady |
旅程 — この馬の物語
2003年生まれの鹿毛の牡馬。父サンデーサイレンス、母ペイパーレイン。主な勝ち鞍は有馬記念・アメリカジョッキーC・産経賞オールカマー。
二週間かけて生まれた仔 ― 名と血
2003年3月15日、北海道静内の岡田スタッドで、一頭の鹿毛の牡馬が生まれた。ペイパーレインの五番仔である。 母は仔を産むのが下手な繁殖牝馬だった。産道に仔がいながら娩出を途中でやめてしまう癖があり、自力ではうまく産み落とせない。この仔のときは出産の兆候が二週間も続き、寝ずに付き添った繁殖担当者が最後は自分の手で引き出して、ようやく地面に下ろした。 母ペイパーレインは1991年にアメリカで生まれ、向こうで六勝している。岡田スタッドが1999年にこの牝馬を買ったのは、彼女自身の走りにではなく、その弟に目をつけたからだった。母フローラルマジックが日本で産んだ六番仔――のちに菊花賞を勝つナリタトップロード。つまりこの鹿毛にとって、菊花賞馬は叔父にあたる。 父はサンデーサイレンス。2002年3月21日にペイパーレインと交配し、その二か月後に跛行して種付けを中断、8月19日に死んだ。この仔は、日本の血の流れを変えた種牡馬が最後に残した世代、ラストクロップの一頭である。 馬主は岩手の高橋文枝。夫の福三郎が馬券を買いすぎるので、いっそ自分が馬主になろうと考えた人だった。冠名は当初「ハッピー」、のちに周囲から祭り好きと言われる夫にちなんで「マツリダ」へ改めている。それでも所有馬は思うように走らず、そろそろ馬主をやめようかと考えていた頃に、この仔がやってきた。名の後半は、会社の社長室に飾ってあったお気に入りの布――絵を織り込んだその一枚の、作者から採られた。フィンセント・ファン・ゴッホ。 マツリダゴッホは美浦の国枝栄厩舎に入る。素直で乗り味はいいが、身体が貧しい。筋肉が足りない、と国枝は見ていた。2005年8月21日、札幌の芝1800mの新馬戦。鞍上は蛯名正義。三番人気の鹿毛は三コーナーからまくって先頭に立ち、そのまま七馬身突き放した。
四コーナー手前で、鞍が空になる
秋の札幌2歳ステークスは二番人気。ゲートで出遅れ、後方からまくって追い上げたが、前で危なげなく抜け出したアドマイヤムーンには届かなかった。六着。レースの後で捻挫が見つかり、そのまま半年を休養に費やす。復帰できないまま年が明け、三歳になった。 2006年3月、中山の500万下で復帰。直線で内に詰まり、外へ切り替えて差し切った。皐月賞は諦め、ダービーの切符を取りに青葉賞へ向かう。ここでも出遅れ、逃げるアドマイヤメインを捉えられずに四着。優先出走権は二着までで、届かなかった。 夏の札幌で日高特別を勝ち、菊花賞のトライアルであるセントライト記念に三番人気で臨む。舞台は中山の芝2200m。だがこのレースを、マツリダゴッホは走り終えることができなかった。最終コーナーの手前で躓いて前の馬に接触し、蛯名が落ちた。競走中止。 クラシックはこれで全部終わった。皐月賞にもダービーにも菊花賞にも、この馬は一度も出走していない。叔父は菊花賞を勝った馬だったが、甥はそのゲートに入ることすらできなかった。 年の暮れ、中山の冬至ステークスをハナ差の二着、続くクリスマスカップを内から差し切ってオープン入りする。三歳を終えて勝ち鞍は四つ。重賞はまだ一つもない。
中山二二〇〇という発見
2007年1月21日、アメリカジョッキークラブカップ。落馬したのと同じ中山の2200mに、四歳になったマツリダゴッホが戻ってきた。鞍上は横山典弘。 インティライミがかかり気味に大きく逃げ、こちらは離れた四番手で折り合った。三コーナーから動き出すと後続を置き去りにし、最終コーナーで前を捉える。直線は独走だった。五馬身差。このレースの優勝着差としては史上最大で、国枝にとってはJRA通算400勝目でもあった。 だが、そこから先が続かない。同じ中山でも2500mの日経賞は一番人気で三着、ゴール前で脚が上がった。京都の3200m、初めてのGIとなった天皇賞(春)は十一着。夏の札幌記念は安藤勝己を迎えて一番人気に推されながら七着。距離が長いのか、中山でしか走らないのか。評価は定まらないままだった。 九月、オールカマー。中山の2200mである。鞍上には、落馬したセントライト記念以来となる蛯名が戻った。中団から三コーナーで進出し、直線で先頭に立つ。内から食い下がるシルクネクサスを半馬身抑えて、二つ目の重賞を獲った。古馬に開かれた中山2200mの重賞はアメリカジョッキークラブカップとオールカマーの二つきりで、その両方を同じ年に勝ったのは史上初めてだった。 続く天皇賞(秋)は十五着。ジャパンカップを見送って短い放牧に出し、陣営は翌年のアメリカジョッキークラブカップ連覇を次の目標に据えていた。ところが帰厩した馬体は、出世を阻んできた薄さがようやく埋まっている。国枝は生産者と馬主を説き伏せ、暮れの有馬記念への出走を決めた。周囲からの賛同は、ほとんど得られなかったという。
二〇〇七年十二月二十三日、中山、稍重
朝までの雨が残り、芝は稍重になっていた。単勝は九番人気。二冠を獲って天皇賞を春秋とも勝ったメイショウサムソンがいて、牝馬二冠のダイワスカーレットがいて、ダービーを勝った牝馬ウオッカがいる。マツリダゴッホの枠は、内から二枠三番だった。 ゲートが開く。鼻先に白いシャドーロールを着けた鹿毛は、きれいに出た。一頭が単騎で先手を取り、その直後にダイワスカーレットが続く。蛯名はさらにその後ろ、内ラチ沿いの三番手に入れて手綱を抑えた。「誰も行かなかったら逃げるくらいのつもりでいました」[^1]――前に行く馬がいたぶん、我慢する側に回る。それでも馬は行きたがった。 ペースは上がらない。スタンド前を過ぎ、向正面へ。ここで後ろの馬たちが外から動き出す。ラチから離れた場所を、大きな塊がじりじりと押し上げてくる。 蛯名は動かない。手綱は持ったままだ。促さなくても、内の三番手はその圧力に抗ってついていった。三コーナー、四コーナー。先頭が失速し、ダイワスカーレットが外へ進路を求めて、鞍上の手が動く。 その瞬間、内が空いた。 蛯名は迷わなかった。コーナーの内側をすくうように回って、四コーナーの出口では、もう先頭にいる。直線を向いて追い出すと、外へ持ち出したダイワスカーレットは並びかけてこない。後ろから来るはずの馬たちも来ない。中山の短い直線を、桃と黒の勝負服が独りで駆け上がっていった。 一馬身四分の一。中山のグランプリを勝ったのは、九番人気の鹿毛だった。
出典:スポーツナビ「蛯名も『ビックリ!』 大穴マツリダゴッホが激走V=有馬記念」2008年4月24日配信、https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/200804240001-spnavi 、閲覧日:2026年8月1日。
表彰台に、人がいない
勝ったのに、表彰式に立つ人がいなかった。 馬主の高橋文枝は、岩手から中山までの新幹線の切符を用意していた。だが当日、体調を崩して立ち上がることもできず、自宅の布団に臥したままテレビを見た。夫の福三郎がその横についていた。自分が見に行くと勝てないのだ、と彼女はのちに語っている。 生産者の岡田牧雄も来ていなかった。天気予報が悪く、この馬の苦手な渋った馬場になる。勝てる見込みはない――そう読んで、自宅のソファに座っていた。岡田スタッドは1972年の開設以来、グレード制になってからJRAのGIを勝ったことがない牧場だった。その最初の一つが、代表の留守中に届いたことになる。 競馬場にいたのは調教師の国枝栄だけである。国枝は大レースのとき競馬場にいないことが多く、この年もピンクカメオで勝ったNHKマイルカップを見ていない。有馬記念だけは、たまたま中山にいた。 単勝の払戻は五千二百三十円。有馬記念の配当としては、ダイユウサクに次ぐ史上二番目だった。三連単は八十万円を超え、このレースの最高配当記録になっている。年が明けてのJRA賞、年度代表馬の投票で、二百八十九票のうちマツリダゴッホに投じられたのは一票だけだった。 そしてファン投票での順位は、十九番目である。
五十九キロと、三年目のオールカマー
2008年、有馬記念を勝った馬にはメンバー中ただ一頭の五十九キロが課された。三月の日経賞、その斤量を背負って三コーナーから上がり、直線で突き放して三馬身差。前年の有馬記念馬が日経賞を勝ったのは、1985年のシンボリルドルフ以来だった。 陣営が次に見ていたのは外である。ドバイ、香港、そして夏のイギリスと秋のフランス――国枝はエルコンドルパサーに倣った長期滞在まで考えていた。だが日本で流行した馬インフルエンザが、その計画を一つずつ削っていく。検疫は美浦ではできず、いったん新潟へ移してから通常の倍の日数をかけた。美浦から新潟、新潟から成田。香港へ向かう機は台風に叩かれ、予定より四時間半遅れて着き、馬は体重を大きく落としていた。クイーンエリザベス2世カップは六着。欧州遠征の話は、そこで消えた。 秋、札幌記念はコースレコードの決着でクビ差の二着。中山に戻ったオールカマーは、再び五十九キロを背負って二馬身差の完勝だった。オールカマーを二度勝った馬は、それまで一頭もいない。ジャパンカップでは日本ダービー馬が三頭揃うなか、直線で先頭に立って四頭の競り合いに持ち込み、四着まで粘っている。暮れの有馬記念は外枠から出負けし、最初のコーナーを大きく膨れて回った。勝負はそこで決まっていた、と蛯名は振り返っている。十二着。 六歳になった2009年は、中山以外での実績を作りに出た。武豊を鞍上に迎えた産経大阪杯は七着、金鯱賞は鼻出血で回避。夏の札幌記念も九着。そして九月、三度目のオールカマー。他に先手を主張する馬がなく、大外枠からハナを奪い、先頭を脅かされないまま最終コーナーを回って二馬身差で押し切った。同じ平地重賞を三年続けて勝ったのはJRA史上五頭目、中山の平地重賞六勝はスピードシンボリ、シンボリルドルフと並ぶ最多タイである。 この日の鞍上は横山典弘だった。九日前に父の富雄を亡くし、葬儀を終えたばかりだった彼は、ゴールの後、三本の指を天に突き上げ、跳ぶようにして馬を降りた。
連れて行ってもらった舞台
2009年12月27日、引退レースの有馬記念。三番人気に支持されたマツリダゴッホは、向正面から進出して最終コーナーを先頭で回った。二年前と同じ形である。だが直線で脚が上がり、七着に終わった。年が明けた1月4日、競走馬登録を抹消。二週間かけてこの馬を産んだ母ペイパーレインも、その年に死んでいる。 種牡馬になり、ロードクエストやウインマーレライを送り出した。2023年の種付けを最後に役目を終え、生まれた場所である岡田スタッドへ帰っている。 有馬記念は、ファンの投票によって出走馬が選出されるレースである。2007年の暮れ、その投票がこの馬に与えた席は十九番目だった。ファンが自分たちの手で選ぶ一年最後の大レースを、ファンが十九番目に選んだ馬が勝った。優勝の直後、国枝は、左回りでは結果が出ないのだから他のGIも中山に移してもらおうか、と冗談を言っている。移してもらう必要はなかった。一年でいちばん大きなレースは、はじめから中山にあったのだ。 その中山で、蛯名正義は騎手を終えた。2021年2月28日、無観客のウイナーズサークルで引退式が行われ、最後の騎乗も中山の一鞍だった。翌年に厩舎を開き、2026年6月15日には国枝栄とともにJRAの顕彰者に選ばれている。「34年間の騎手生活の中で、多くの馬に素晴らしい舞台に連れて行ってもらい、たくさんのレースを勝たせていただきました」[^1]――蛯名はそう述べた。連れて行ってもらった舞台のひとつが、あの暮れの中山である。かつて中山の四コーナー手前で振り落とされた男は、同じ競馬場の同じコーナーで、内が空くのをただ待っていた。待った甲斐は、その一度だけで十分だった。 一年の最後に、中山でいちばん大きなレースが行われる。その日の四コーナーで、内にひと筋の隙間が空いた。祭りの名を負った馬が、そこを通っていった。
出典:日本中央競馬会「2026年度顕彰者の選定」2026年6月15日、https://www.jra.go.jp/news/202606/061503.html 、閲覧日:2026年8月1日。
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