名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
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ルヴァンスレーヴのイメージビジュアル
ルヴァンスレーヴLe Vent Se Leve
Le Vent Se Leve

ルヴァンスレーヴ

通算成績10戦7勝

獲得賞金29,144万円

生年月日 2015.01.26(平成27年)毛色 鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
ルヴァンスレーヴの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
10 JpnⅠ帝王賞 大井 ダ2000 4人気 D.レーン 2:07.5 上り38.1
5 JpnⅠかしわ記念 船橋 ダ1600 2人気 M.デムーロ 1:40.2 上り37.7
1 GIチャンピオンズカップ 中京 ダ1800 1人気 M.デムーロ 1:50.1 上り35.6映像
1 JpnⅠマイルチャンピオンシップ 盛岡 ダ1600 2人気 M.デムーロ 1:35.3 上り35.3
1 JpnⅠジャパンダートダービー 大井 ダ2000 1人気 M.デムーロ 2:05.8 上り36.5
1 GIIIユニコーンS 東京 ダ1600 1人気 M.デムーロ 1:35.0 上り35.2映像
2 OP伏竜S 中山 ダ1800 1人気 内田博幸 1:54.9 上り36.6
1 JpnⅠ全日本2歳優駿 川崎 ダ1600 1人気 M.デムーロ 1:41.6 上り38.2
1 プラタナス賞 東京 ダ1600 1人気 M.デムーロ 1:36.2 上り35.4
1 2歳新馬 新潟 ダ1800 1人気 M.デムーロ 1:54.8 上り38.5

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
ルヴァンスレーヴの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
シンボリクリスエスSymboli Kris SKris S.Roberto
Sharp Queen
Tee KayGold Meridian
Tri Argo
マエストラーレネオユニヴァースNeo UniverseサンデーサイレンスSunday Silence
ポインテッドパスPointed Path
オータムブリーズティンバーカントリーTimber Country
セプテンバーソング
STORY

旅程 — この馬の物語

2015年生まれの鹿毛の牡馬。父シンボリクリスエス、母マエストラーレ。主な勝ち鞍は全日本2歳優駿・ジャパンダートダービー・チャンピオンズカップ。

風の名を継ぐ ― 白老の牝系

2015年1月26日、北海道白老町。社台コーポレーション白老ファームで、鹿毛の牡馬が生まれた。父はシンボリクリスエス、母はマエストラーレ。 マエストラーレとは、イタリアの海で北西から吹く風の名である。船乗りたちが、ローマやヴェネツィアの方角から吹いてくるその風を、そこに住む「主(マエストロ)」への敬意を込めてそう呼んだと伝えられる。その母はオータムブリーズ、秋の微風。さらにその母はセプテンバーソング、九月の歌。この牝系には、風と季節の名が代々並んでいた。 だから仔に与えられた名も風だった。ルヴァンスレーヴ。Le Vent Se Leve――フランス語で「風立ちぬ」。堀辰雄の小説の題であり、その仏訳版の題でもある。作中の詩句「風立ちぬ、いざ生きめやも」は、ポール・ヴァレリーの詩『海辺の墓地』の一行、Le vent se lève, il faut tenter de vivre. を堀が訳したものだ。風が立った、という一瞬。そこに生まれる生きようとする覚悟と、その裏に貼りついた不安。名は、そこまで含んでいた。 母マエストラーレは美浦の鈴木康弘厩舎で24戦4勝、走ったのはほとんど砂の上だった。祖母オータムブリーズは、マエストラーレの8年後にゴールドアリュールとの間にもう一頭の牝馬を産んでいる。アイアンテーラー――のちにクイーン賞を勝つダート牝馬で、ルヴァンスレーヴにとっては一つ年上の叔母にあたる。そしてマエストラーレの半妹チュウワブロッサムは、2015年4月19日、キングカメハメハとの仔を産んだ。チュウワウィザードである。三か月と離れずに生まれた従兄弟の名は、この物語の最後まで消えない。 馬主はクラブ法人のG1レーシング。勝負服は黒に赤襷、袖に赤の一本輪である。預けられたのは美浦の萩原清厩舎だった。1996年に開業し、14年目の2009年、ロジユニヴァースの日本ダービーでようやくGIに手が届いた男である。2016年には同厩舎のエピカリスが新潟の新馬とプラタナス賞を圧勝して北海道2歳優駿を大差で勝ち、翌春にはドバイのUAEダービーでサンダースノーとの接戦の末に2着まで走っていた。砂の馬を仕上げる厩舎が、そこにあった。

新潟の七馬身 ― 二〇一七年

2017年8月13日、新潟のダート1800メートル。鞍上はミルコ・デムーロ。1番人気に推されたこの2歳馬は、ゲートで出遅れた。それでも向正面から押し上げ、3コーナーで一気に先頭に立つと、そのまま後続を突き放していく。2着ビッグスモーキーとの差は7馬身。前年のエピカリスと同じ新潟の新馬戦を、同じ厩舎の馬が、同じように独走で勝った。 10月14日、東京のプラタナス賞。不良馬場のダート1600メートルを1分36秒2で走り、2歳のコースレコードを更新して、2着ソリストサンダーに2馬身半差をつけた。無傷の2連勝。 12月13日、川崎。全日本2歳優駿、JpnI。最後方を進み、3コーナー付近でスパートをかけると、直線半ばで先頭に立つ。外から追い上げてきたドンフォルティスを振り切り、無敗のまま3連勝でJpnIを手にした。萩原清にとっては、2011年のオーブルチェフ以来、二度目の全日本2歳優駿だった。 三戦とも、鞍上はデムーロだった。

中山の二着 ― デムーロのいない日

2018年4月1日、中山のダート1800メートル、伏竜ステークス。3歳の始動戦である。単勝1.6倍。だが、この日デムーロは中山にいなかった。同じ日、阪神で大阪杯が行われ、彼はスワーヴリチャードに騎乗して勝っている。手綱は内田博幸に渡った。 先に抜け出したのはドンフォルティスだった。川崎で振り切ったはずの相手である。追いすがったが、0.2秒届かない。2着。 この馬が生涯で喫した敗戦は三度しかない。これがその最初で、3歳の一年に負けた唯一のレースでもある。そして、デムーロが乗らなかった数少ない一日だった。

三つの砂 ― 東京、大井、盛岡

6月17日、東京のユニコーンステークス。重馬場。伏竜ステークスの勝ち馬ドンフォルティスの姿はなく、1番人気に応えて直線で抜け出すと、後続に0.6秒――3馬身半の差をつけた。JRAでの重賞初制覇。デムーロが戻ってきていた。 7月11日、大井2000メートル、ジャパンダートダービー。最後の直線を大外から差し切って優勝する。1馬身半差の2着は、のちに東京大賞典を四連覇することになるオメガパフュームだった。全日本2歳優駿、ユニコーンステークス、ジャパンダートダービー――この三つを同じ馬が勝ったのは、史上初めてのことである。 10月8日、盛岡。マイルチャンピオンシップ南部杯。初めて古馬と走る日だった。相手はGI・JpnIを4勝しているゴールドドリーム。単勝人気はわずかに向こうが上で、この馬は2番人気に置かれた。レースでは、その古馬王者と並ぶような位置から中団を進み、直線で先頭に立つと、そのまま押し切った。1馬身半差の2着はゴールドドリーム。3歳馬による南部杯制覇は、これが史上初だった。 夏から秋にかけて、東京の重賞、大井のJpnI、盛岡のJpnI。三つの競馬場の、三つの砂を、ひと息に渡った。

バケモン ― 二〇一八年十二月二日、中京

第19回チャンピオンズカップ。JBCクラシックを勝ったケイティブレイブ、そこで2着に追い込んだオメガパフューム、3着に粘ったサンライズソア。フェブラリーステークスの覇者ノンコノユメ。三連勝で武蔵野ステークスを制したサンライズノヴァ。アメリカのGI馬パヴェル。前年の覇者ゴールドドリームは筋肉痛で直前に回避したが、それでも古馬の一線が並んだ。3歳馬の単勝は1.9倍だった。 ゲートに課題のある馬だった。だがこの日はすんなりと出て、逃げたアンジュデジールのすぐ後ろ、2番手を確保する。それまでの中団待機から一転した競馬である。いい位置が取れて道中はずっと馬なりだった、とデムーロはあとで語っている。 直線。粘るアンジュデジール、並びかけるヒラボクラターシュ、外から脚を伸ばすサンライズソア。三頭のあいだを割って伸び、残り100メートルで先頭に立つと、あとは影も踏ませない。インから鋭く追い込んだウェスタールンドに2馬身半。1分50秒1。 両手を高く上げて脱鞍所へ引き揚げてきたデムーロに、検量室でルメールが声をかけた。砂のアーモンドアイだね、と。ミルコが笑って応じる。 「僕もそう思う。バケモンだよ」[^1] 3歳馬による同競走――2013年まではジャパンカップダートと呼ばれた――の制覇は、2001年クロフネ、2005年カネヒキリ、2006年アロンダイトに次ぐ史上4頭目である。萩原清にとってJRAのGIは、ロジユニヴァースの2009年ダービー以来、九年ぶりだった。師は、ゲートに課題はあったが力がついて後肢の左右差がなくなり、スタートダッシュがつくようになったと勝因を挙げ、まだ3歳で心身ともにレベルアップできる、と続けている。 これで8戦7勝。そのうち7勝は、デムーロが乗った7戦のすべてだった。次はフェブラリーステークス、その先はドバイかアメリカか。海外ならどこへでも乗りに行く、夢がいっぱいだ――ミルコは少年のような目でそう言った。 年が明けて2018年度のJRA賞。最優秀ダートホースの票は、276票のうち274票がこの馬に入った。3歳馬の受賞は2006年のアロンダイト以来12年ぶりである。最優秀3歳牡馬の投票でも、有馬記念を勝ったブラストワンピース、ダービー馬ワグネリアンに次ぐ69票を集めた。

出典:スポーツニッポン「【チャンピオンズC】3歳が砂王!ルヴァンも「バケモン」」2018年12月3日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2018/12/03/kiji/20181202s00004048507000c.html 、閲覧日:2026年7月25日。

吹きやんだ ― 一年五か月

2019年2月17日、東京。フェブラリーステークスから始動する予定だった。左前脚に軽度の不安が出て、回避が決まる。同時に、ドバイワールドカップへの登録も見送られた。どこへでも乗りに行くと言われた海外は、ゲートに入る前に消えた。 復帰の目標は6月26日の帝王賞と発表された。大井には、フェブラリーステークスを勝ったインティ、かしわ記念でそのインティを破ったゴールドドリーム、そして初めて同じレースに出るはずだった従兄弟のチュウワウィザードが待っていた。だが6月、再び左前脚に不安が出る。回避。2019年、この馬は一度もゲートに入らなかった。 戻ってきたのは2020年5月5日、船橋のかしわ記念である。1年5か月ぶり。7頭立ての2番人気。出遅れながら2番手まで押し上げ、逃げるワイドファラオを追ったが、直線で後退して5着に終わった。1年5か月ぶりで4コーナーではバテていた、ただ馬の状態も走りも良かったので次が楽しみだ――デムーロはそう振り返っている。 その次が、6月24日の帝王賞だった。デムーロはオメガパフュームに騎乗するため、鞍上にはダミアン・レーンを迎える。二年前の大井で1馬身半差の2着に退けた相手に、7勝すべてを共にした男が乗る。そういう日になった。 4番人気。クリソベリルの後ろに位置を取り、直線で失速して10着。勝ったのはクリソベリル、2着オメガパフューム、3着は従兄弟のチュウワウィザードだった。同じ牝系から三か月と離れずに生まれた二頭が同じレースを走ったのは、生涯でこの一度きりである。 その年の暮れ、チュウワウィザードは中京のチャンピオンズカップを勝ち、2020年度のJRA賞最優秀ダートホースに選ばれた。二年前に従兄弟が受け取ったのと、同じレースと、同じ賞だった。 ルヴァンスレーヴは帝王賞のあと追分ファームリリーバレーで秋へ向けて調整されていたが、8月17日、本来の走りを取り戻すのは難しいという判断で、現役引退が発表された。27日付で競走馬登録抹消。10戦7勝、獲得賞金2億9144万4000円。中央5戦4勝、地方5戦3勝。5歳だった。

風は、立ったところから

2021年、社台スタリオンステーションで種牡馬になった。初年度の種付料は150万円。集まった牝馬は223頭――その年、国内で最も多い数である。中央で走ったのは五度だけ、JRAのGIに立ったのは一度きりの馬に、生産界はそれだけの期待を寄せた。 2024年、初年度産駒がデビューする。5月20日、名古屋の2歳新馬でエレインアスティが産駒初勝利を挙げた。同じ年の11月、ソルジャーフィルドがJBC2歳優駿を3馬身差で勝ち、産駒として初めて重賞を制する。その仔は暮れの全日本2歳優駿でも3着に走った――父が無敗で勝った、あのレースである。翌2025年には北斗盃、北海優駿、王冠賞を制し、ホッカイドウ競馬史上8頭目の三冠馬になった。 2026年5月2日、京都。ダート1900メートルのユニコーンステークスを、2番人気のシルバーレシオが後方4番手から抜け出し、メルカントゥールを差し切って勝った。父が8年前に東京で勝ったのと、同じ競走である。翌月、この仔は大井の東京ダービーで1番人気に推され、2着に入った。 その京都から18日後の5月20日、萩原清が病気のため逝去した。67歳だった。1996年に開業し、14年目のダービーでようやくGIに手が届いた調教師である。そのあと、2017年12月の川崎から2018年12月の中京までのちょうど一年で、一頭の馬から四つの王冠を受け取った。管理していた44頭は、かつて自分の厩舎で調教助手を務めていた大竹正博のもとへ移された。 白老に生まれ、美浦で鍛えられ、砂の上だけを10回走った馬だった。芝は一度も走らず、海も渡らなかった。2歳の暮れから3歳の暮れまでの一年に、川崎、中山、東京、大井、盛岡、中京と六つの競馬場を渡り歩いて四つの王冠を積み上げ、それきり風はやんだ。 風立ちぬ、いざ生きめやも。名の元になった詩句は、風が立った瞬間の覚悟と不安を同時に抱えている。この馬の場合、覚悟はあの一年で使い切られ、不安のほうが後から吹いた。それでも――名づけられたとおり、風は、立ったところから吹きはじめる。いまその血が、砂の上を走っている。

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