名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
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名馬録

この世代(生まれ年)

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キストゥヘヴンのイメージビジュアル
キストゥヘヴンKiss to Heaven
Kiss to Heaven

キストゥヘヴン

通算成績27戦5勝

獲得賞金33,971万円

生年月日 2003.04.25(平成15年)毛色 鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
キストゥヘヴンの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
1 GIII中山牝馬S 中山 芝1800 4人気 横山典弘 1:49.1 上り35.7
10 GIII東京新聞杯 東京 芝1600 11人気 藤田伸二 1:38.2 上り38.4
13 GIマイルチャンピオンS 京都 芝1600 12人気 藤田伸二 1:33.3 上り34.7映像
5 GIII府中牝馬S 東京 芝1800 2人気 藤田伸二 1:45.9 上り34.0
1 GIII京成杯オータムH 中山 芝1600 3人気 藤田伸二 1:32.1 上り35.1
7 GI安田記念 東京 芝1600 14人気 勝浦正樹 1:33.6 上り34.3映像
2 GII京王杯スプリングカップ 東京 芝1400 6人気 勝浦正樹 1:21.1 上り33.2
4 GIIサンスポ杯阪神牝馬S 阪神 芝1400 4人気 幸英明 1:21.9 上り33.8
3 GIII中山牝馬S 中山 芝1800 3人気 幸英明 1:48.7 上り35.1
3 GIII京都牝馬S 京都 芝1600 6人気 幸英明 1:36.3 上り34.6
13 OPターコイズS 中山 芝1600 1人気 O.ペリエ 1:34.5 上り35.0
6 GIエリザベス女王杯 京都 芝2200 12人気 幸英明 2:12.6 上り34.3映像
4 GIIキャッシュコールマイ アメリカ 芝1600 V.エスピノーザ
8 GI安田記念 東京 芝1600 16人気 内田博幸 1:32.8 上り34.8映像
4 GIヴィクトリアマイル 東京 芝1600 7人気 横山典弘 1:32.8 上り34.1映像
5 GIII中山牝馬S 中山 芝1800 2人気 横山典弘 1:50.3 上り36.0
7 GIII東京新聞杯 東京 芝1600 7人気 横山典弘 1:33.3 上り34.4
10 GIエリザベス女王杯 京都 芝2200 9人気 安藤勝己 2:12.7 上り35.9映像
6 GI秋華賞 京都 芝2000 3人気 安藤勝己 1:58.8 上り34.4映像
5 GIIセントライト記念 中山 芝2200 5人気 安藤勝己 2:13.5 上り36.0
6 GI優駿牝馬 東京 芝2400 2人気 安藤勝己 2:26.9 上り35.3映像
1 GI桜花賞 阪神 芝1600 6人気 安藤勝己 1:34.6 上り34.9映像
1 GIIIフラワーカップ 中山 芝1800 6人気 横山典弘 1:48.9 上り35.5
1 3歳未勝利 中山 芝1600 2人気 安藤勝己 1:36.0 上り35.6
2 3歳未勝利 東京 ダ1400 1人気 吉田豊 1:27.5 上り37.5
2 3歳未勝利 中山 ダ1200 4人気 吉田豊 1:12.5 上り37.8
2 2歳新馬 中山 芝1200 4人気 吉田豊 1:10.7 上り35.3

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
キストゥヘヴンの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
アドマイヤベガAdmire VegaサンデーサイレンスSunday SilenceHalo
Wishing Well
ベガトニービンTony Bin
アンティックヴァリューAntique Value
ロングバージンノーザンテーストNorthern TasteNorthern Dancer
Lady Victoria
スイーブテューダーペリオッドTudor Period
ゴールデンドラゴン
STORY

旅程 — この馬の物語

2003年生まれの鹿毛の牝馬。父アドマイヤベガ、母ロングバージン。主な勝ち鞍は桜花賞・フラワーC・京成杯オータムH。

天国への口づけ ― 十一番仔の誕生

2003年4月25日、北海道門別町の正和山本牧場で、一頭の鹿毛の牝馬が生まれた。母ロングバージンは身重のまま、同じ町の天羽牧場からこの牧場へ移ってきていた。親戚筋にあたる二つの牧場のあいだで、腹の仔ごと譲られた形だった。生まれたのはロングバージンの十一番仔。正和山本牧場は1952年の開場以来、中央の平地重賞を勝った生産馬を持たない牧場だった。 その夏、台風が日高を襲い、牧場のライフラインは一時断たれた。生まれた仔は小さかった。夏はアブが出るせいで昼に放牧できず、この牧場では虫の少ない夜に馬を出す。牧場の山本正秋は後年、この馬の根性は夜間放牧で自然に鍛え上げられたのかもしれない、と振り返っている。 母系は薄くない。祖母スイーブは日高屈指の繁殖牝馬と呼ばれた一頭で、その仔には1983年のエリザベス女王杯を勝ったロンググレイス、1981年の菊花賞で三着に入ったロングイーグル、1989年の東京優駿で一番人気に推されたロングシンホニーがいる。ロンググレイスは、母ロングバージンの半姉にあたる。 父は、この仔が一歳の秋に死んでいた。アドマイヤベガ。1999年の東京優駿を大外から差し切ったダービー馬で、その母は1993年に桜花賞と優駿牝馬を勝ったベガである。種牡馬として四年目の2004年10月29日、疝痛から偶発性胃破裂を起こし、八歳で急逝した。遺した産駒は、四世代しかない。 一歳の夏、この牝馬は北海道サマーセールに上場されたが買い手がつかず、牧場へ戻された。秋のオータムセールで再び上場され、今度は社台が落札する。祖母ベガと同じ、吉田和子の勝負服を着ることになった。和子は、1993年に世を去った社台の創業者・吉田善哉の妻にあたる。 名は、父の死のあとに付いた。キストゥヘヴン ― 天国への口づけ。天国のアドマイヤベガと、天国の吉田善哉に宛てたキスだった。 預けられたのは美浦の戸田博文厩舎。戸田は牧場でこの馬に跨り、小柄だが背中がよく、先々面白そうだと感じていた。2001年に開業して、まだ重賞を勝っていない調教師だった。 2005年12月17日、中山の芝1200メートル。吉田豊を背にデビューして二着。年が明けてダートを二度使い、いずれも二着。道中で器用に走れない日もあれば、落鉄した日もあった。三戦して、まだ勝てていなかった。

三月の二週間

2006年3月5日、中山の芝1600メートル。鞍上が安藤勝己に替わった。道中は後ろに置き、勝負どころで一気に押し上げていく ― まくりだった。四戦目で、ようやく未勝利を脱した。 二週間後の3月18日、同じ中山でフラワーカップ(GIII)。今度は横山典弘が乗った。相手には阪神ジュベナイルフィリーズ三着のフサイチパンドラがいて、未勝利を勝ったばかりの馬は20.7倍の六番人気にすぎない。 大逃げを打つ馬がいる隊列で、キストゥヘヴンは中団の後ろにいた。直線、二番手に控えていたフサイチパンドラが逃げ馬に代わって抜け出し、独走に入る。それを追ったのは、後方の馬群から伸びてきた一頭だけだった。じりじりと差を詰め、ゴール前で捉え、そのまま置き去りにして一馬身半差。 重賞初勝利。戸田博文にとっても、開業六年目にして初めての重賞だった。未勝利馬が重賞馬になるまで、二週間しかかかっていない。

四月九日、満開の桜の下で

満開の桜に見守られて、ゲートが開いた。阪神競馬場はこの年を最後に馬場を改める。芝1600メートルのスタート地点は向こう正面へ移り、いわゆる「おむすび型」のコースで行われる桜花賞は、これが最後だった。 陣営は普段しないことをした。追い切りを火曜に繰り上げ、前々日に輸送し、この日はじめてシャドーロールを着けた。パドックを回る馬体は四百十八キロ。十八頭のなかで、いちばん小さい馬だった。単勝は六番人気。前に並ぶのは、チューリップ賞を勝ったアドマイヤキッス、素質を語られ続けたフサイチパンドラ、二歳女王のテイエムプリキュア、報知杯フィリーズレビューのダイワパッション、クイーンカップのコイウタ ― タイトルを持つ馬たちである。 七枠十四番。ゲートが開くと、安藤勝己は馬を後ろに置いた。折り合いに気をつけて、この馬の良さを引き出すことだけに徹する。あとから彼はそう説明している。 前ではアサヒライジングが逃げていた。速すぎず、しかし緩みもしない。息の入りにくい流れだった。十八頭は隊列を伸ばせないまま、ぎっしりとかたまって最終コーナーを回っていく。安藤はそこで外へ持ち出した。内はもう埋まっている。回る距離は増える。それ以外に道はなかった。 直線。粘るアサヒライジングに、武豊のアドマイヤキッスと横山典弘のコイウタが並びかけ、三頭の叩き合いになる。内でベテランたちが自分の馬を追っている。その外を、小さな鹿毛が一頭で上がってきた。 差は詰まる。だが決着は、ゴールの手前まで持ち越された。残り五十メートル。そこで、外の一頭が前に出た。四分の三馬身。 六番人気の、十八頭でいちばん小さな馬が、桜の女王になっていた。

三代の桜

1993年の春、武豊とベガは桜花賞をクビ差で制し、続く優駿牝馬も勝った。牝馬クラシック二冠。馬主は吉田和子である。その年の8月13日、社台を興した夫の吉田善哉が世を去った。 ベガの桜花賞の直前、馬主の近藤利一が和子の次男・吉田勝己に、ベガを一億円で譲ってほしいと持ちかけたことがある。断られても引き下がらず、それならベガの仔を売ってくれ、約束ですよ、と念を押した。その約束から生まれた初仔がアドマイヤベガだった。武豊が全戦の手綱を取り、1999年の東京優駿を、母が走ったのと同じ府中の直線で、大外から差し切っている。 そして2006年4月9日、ベガの孫娘が桜花賞を勝った。父の母ベガ、父アドマイヤベガ、そして娘。三代続けてのクラシック制覇である。父が遺した産駒は四世代しかない。その二年目の一頭が、父の母が勝った桜を勝った。 二着はアドマイヤキッス。勝負服は近藤利一のもので、鞍上は武豊だった。ベガに乗り、アドマイヤベガに乗り、二代でクラシックを勝ってきた男が、その孫娘に四分の三馬身届かなかった。 勝った安藤勝己には、別の十一年があった。1995年、まだ笠松の騎手だった彼はライデンリーダーで桜花賞に乗り、一番人気に推されながら四着に敗れている。芝の流れを読み切れなかったという不完全燃焼が、のちに中央へ移る動機のひとつになった。2003年にJRAの騎手となり、十一年後の春、彼はついに桜花賞を勝った。自分のなかに残っているものがあったから、余計に嬉しかった ― 彼は後年そう振り返っている。 戸田博文は、開業六年目でGIを初めて勝った調教師になった。 名は、届いていた。天国への口づけと付けられた馬が、天国にいる父の、その母が勝った桜を勝ったのだ。

頂は、別の場所に

五月の優駿牝馬(オークス)で、桜花賞馬は二番人気に推された。府中の2400メートルを走り切って六着。勝ったのはカワカミプリンセスである。桜花賞に登録しながら賞金が足りずに除外された馬が、四連勝でオークスを獲った。二着には、フラワーカップで一馬身半離したフサイチパンドラが入っている。 秋。関西への輸送を嫌い、中山で行われる菊花賞トライアルのセントライト記念に牝馬のまま出て五着。牝馬三冠路線に戻った秋華賞は三番人気で六着だった。勝ったのはまたカワカミプリンセスで、五連勝での二冠である。 十一月のエリザベス女王杯。カワカミプリンセスが先頭で決勝線を通過したが、直線で内へ斜行してヤマニンシュクルの進路を妨害したと裁定され、十二着に降着した。繰り上がって女王になったのは二位入線のフサイチパンドラ ― 春に一馬身半差をつけた、あの相手だった。キストゥヘヴンはその日、十着に終わっている。 六着、五着、六着、十着。四月に桜を勝った馬は、その年もう一度も勝てないまま三歳を終えた。世代の頂は、桜花賞馬のいない場所で決まっていった。

二年半

2007年も勝てなかった。東京新聞杯七着、中山牝馬ステークス五着。マイルの女王を決めるヴィクトリアマイルは四着、安田記念は八着。 夏にはアメリカへ渡った。ハリウッドパーク競馬場のキャッシュコールマイル(G2)に、ディアデラノビア、コイウタと日本から三頭で臨んで四着。帰国して秋はエリザベス女王杯六着、暮れのターコイズステークスでは一番人気に支持されながら十三着に沈んだ。 2008年、五歳。京都牝馬ステークス三着、中山牝馬ステークス三着、阪神牝馬ステークス四着。勝てないが、崩れもしない。そして五月、前年に四着だったヴィクトリアマイルに登録したところ、賞金が足りずに除外された。GIを勝った馬が、GIに出走できなかったのである。戸田はこのとき、出走順位の決め方についてJRAへ問題提起を行っている。代わりに出走した京王杯スプリングカップで二着に入り、ようやく賞金を積み増した。安田記念は七着。 復調の手がかりは、遠征先に落ちていた。アメリカの調教でこの馬はポリトラックとの相性がよく、そのポリトラックが2007年の秋、美浦にできた。戸田は後年、それが復活のきっかけになったと語っている。 9月14日、中山の京成杯オータムハンデキャップ。鞍上は藤田伸二。大外の十六番から出て中団の後ろにつけ、コーナーで外を回って進出し、直線で先頭に並びかけて内の各馬を差し切った。一馬身四分の一差。この馬が先頭で決勝線を通過するのは、桜花賞以来、二年半ぶりのことだった。

最も内から ― 有終の一戦

秋の続きは静かだった。府中牝馬ステークスは二番人気で五着。十一月のマイルチャンピオンシップは十三着で、勝ったのはブルーメンブラット ― 同じアドマイヤベガの娘だった。父が遺した四世代からまたひとつGIが出た日、キストゥヘヴンは京都の直線の、その後ろにいた。 年が明けて東京新聞杯は十着。この春での引退が決まり、最後の一戦に中山牝馬ステークスが選ばれた。 鞍上には横山典弘が戻ってきた。三年前、この馬に初めての重賞をもたらし、桜花賞ではコイウタに乗り、二着とハナ差の三着から桜を見送った男である。 トールポピーと並ぶ最重量、五十六・五キロを背負って四番人気。逃げたのは十五番人気のピンクカメオ、NHKマイルカップを勝ったことのある牝馬だった。キストゥヘヴンは好位の、最も内を進む。コーナーを回るごとに前との差を詰め、四コーナーでは逃げる背中のすぐ後ろにいた。 直線、最内。後方勢の追い上げはなく、GIを勝った二頭の一騎打ちになった。内から差して、ゴールの手前で前に出る。一馬身。 四コーナーでザレマの内に入れたときの手応えが凄かった、と横山は振り返り、こう続けた。「やっぱりG1馬だよ」[^1]。二年半勝てなかった時期を挟んで、最後に残ったのは「やっぱり」というひとことだった。 引き上げてきた馬を出迎えた戸田は、涙ぐんでいた。3月24日、競走馬登録は抹消される。二十七戦五勝、重賞四勝。その四つ目が、最後の一戦だった。

出典:スポーツニッポン「有終Vキストゥ!交配相手はチチカステナンゴ最有力」2009年3月16日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2009/03/16/kiji/K20090316Z00002150.html 、閲覧日:2026年8月1日。

口づけは、一度では終わらなかった

引退したその春から、白老ファームで繁殖牝馬になった。仔を産み続け、のちに繁殖馬セールを経て日高の牧場へ移っている。 八番仔は、父をロードカナロアという牡馬だった。名をタイムトゥヘヴンといい、母と同じ美浦・戸田博文厩舎からデビューする。2022年4月2日、中山競馬場のダービー卿チャレンジトロフィー。十一番人気で後方を進み、直線は大外から伸びて、先に抜け出した馬をゴール前で捉えた。重賞初勝利である。 その中山の芝1600メートルは、母が二年半の沈黙を破った京成杯オータムハンデキャップと同じ舞台で、勝ち時計もほとんど変わらなかった。戸田は「お母さんが京成杯AHを勝った時のようだった」[^1]と言った。普段は似ていないのに、時計も内容も同じだったのだ、と。 牧場で小柄な牝馬に跨り、背中がいい、先々面白そうだと感じた調教師は、この馬で初めて重賞を勝ち、初めてGIを勝ち、最後の直線のあとで涙ぐみ、十六年後にその息子を連れて同じ中山の直線へ帰ってきた。 名前とは、祈りである。届いたかどうかを確かめる術がないから、祈りなのだ。天国への口づけ、と名づけた人たちも、それが誰かに受け取られるとは思っていなかったはずだ。宛先の二人は、もう返事を書けない。 それでもこの馬は、届いたことを走って示した。父が死んだ翌々年の春に、父の母が勝った桜を勝つという形で。そして十六年後、今度は息子の脚で、母が沈黙を破ったのと同じ中山のマイルで、もう一度示した。 馬主だった吉田和子は、その十六年目の春を見ていない。2022年1月19日、百歳で世を去り、息子が中山の直線を差し切ったのは、その二か月半後のことだった。宛先が、また一人増えたことになる。口づけは、一度きりの挨拶ではなかった。

出典:スポーツニッポン「【ダービー卿CT】タイムトゥヘヴンが重賞初V 桜花賞馬の母も手掛けた戸田師『胸を張ってGⅡ、GⅠへ』」2022年4月2日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2022/04/02/kiji/20220402s00004048396000c.html 、閲覧日:2026年8月1日。

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