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キンシャサノキセキ
通算成績31戦12勝
獲得賞金7億8,530万円
生年月日 2003.09.24(平成15年)毛色 鹿毛性 牡
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | GI高松宮記念 | 阪神 芝1200 | 3人気 | U.リスポリ | 1:07.9 | 上り34.0 | 映像 | |
| 2 | GIII夕刊フジオーシャンS | 中山 芝1200 | 2人気 | U.リスポリ | 1:07.9 | 上り33.4 | — | |
| 1 | GII阪神カップ | 阪神 芝1400 | 2人気 | C.スミヨン | 1:20.3 | 上り34.3 | 映像 | |
| 13 | GIマイルチャンピオンS | 京都 芝1600 | 3人気 | R.ムーア | 1:32.5 | 上り34.9 | 映像 | |
| 2 | GIスプリンターズS | 中山 芝1200 | 3人気 | 四位洋文 | 1:07.6 | 上り33.9 | 映像 | |
| 取 | GIIセントウルS | 阪神 芝1200 | 四位洋文 | — | — | |||
| 1 | GI高松宮記念 | 中京 芝1200 | 1人気 | 四位洋文 | 1:08.6 | 上り34.6 | 映像 | |
| 1 | GIII夕刊フジオーシャンS | 中山 芝1200 | 2人気 | 四位洋文 | 1:09.8 | 上り35.7 | 映像 | |
| 1 | GII阪神カップ | 阪神 芝1400 | 1人気 | M.デムーロ | 1:20.4 | 上り34.7 | 映像 | |
| 1 | GII毎日放送賞スワンS | 京都 芝1400 | 4人気 | C.スミヨン | 1:20.3 | 上り33.9 | 映像 | |
| 12 | GIスプリンターズS | 中山 芝1200 | 4人気 | 三浦皇成 | 1:07.9 | 上り34.6 | 映像 | |
| 10 | GI高松宮記念 | 中京 芝1200 | 5人気 | 岩田康誠 | 1:08.8 | 上り35.5 | 映像 | |
| 10 | GIII夕刊フジオーシャンS | 中山 芝1200 | 1人気 | 岩田康誠 | 1:09.5 | 上り36.0 | — | |
| 2 | GIスプリンターズS | 中山 芝1200 | 2人気 | 岩田康誠 | 1:08.2 | 上り34.0 | 映像 | |
| 3 | GIIIキーンランドカップ | 札幌 芝1200 | 1人気 | 岩田康誠 | 1:08.1 | 上り33.7 | — | |
| 1 | GIII函館スプリントS | 函館 芝1200 | 1人気 | 岩田康誠 | 1:08.4 | 上り35.3 | 映像 | |
| 2 | GI高松宮記念 | 中京 芝1200 | 5人気 | 岩田康誠 | 1:07.1 | 上り33.4 | 映像 | |
| 5 | GIII阪急杯 | 阪神 芝1400 | 2人気 | 安藤勝己 | 1:21.3 | 上り34.6 | — | |
| 10 | GIII京都金杯 | 京都 芝1600 | 2人気 | 藤田伸二 | 1:34.3 | 上り35.2 | — | |
| 1 | OPキャピタルS | 東京 芝1600 | 2人気 | 藤田伸二 | 1:32.8 | 上り34.1 | — | |
| 3 | GIIセントウルS | 阪神 芝1200 | 1人気 | 藤田伸二 | 1:07.9 | 上り34.0 | — | |
| 1 | OP谷川岳S | 新潟 芝1400 | 1人気 | 藤田伸二 | 1:20.1 | 上り35.1 | — | |
| 4 | GIII阪急杯 | 阪神 芝1400 | 1人気 | O.ペリエ | 1:20.7 | 上り34.3 | — | |
| 6 | GIII京都金杯 | 京都 芝1600 | 1人気 | 安藤勝己 | 1:34.3 | 上り35.0 | — | |
| 5 | GIマイルチャンピオンS | 京都 芝1600 | 5人気 | 秋山真一郎 | 1:33.2 | 上り35.3 | 映像 | |
| 1 | 桂川S | 京都 芝1400 | 1人気 | 安藤勝己 | 1:19.4 | 上り32.9 | — | |
| 4 | アイルランドT | 東京 芝1600 | 1人気 | 安藤勝己 | 1:33.6 | 上り34.8 | — | |
| 3 | GINHKマイルカップ | 東京 芝1600 | 6人気 | 安藤勝己 | 1:33.4 | 上り35.3 | 映像 | |
| 4 | OPマーガレットS | 阪神 芝1400 | 1人気 | 武豊 | 1:26.6 | 上り39.1 | — | |
| 6 | GIIIアーリントンC | 阪神 芝1600 | 1人気 | 柴山雄一 | 1:35.8 | 上り35.9 | — | |
| 1 | OPジュニアカップ | 中山 芝1600 | 5人気 | 柴山雄一 | 1:33.6 | 上り34.3 | — | |
| 1 | 2歳新馬 | 中山 芝1200 | 1人気 | 五十嵐冬樹 | 1:11.7 | 上り34.7 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父フジキセキFuji Kiseki | サンデーサイレンスSunday Silence | Halo |
| Wishing Well | ||
| ミルレーサーMillracer | Le Fabuleux | |
| Marston's Mill | ||
| 母ケルトシャーンKeltshaan | Pleasant Colony | His Majesty |
| Sun Colony | ||
| Featherhill | Lyphard | |
| Lady Berry |
旅程 — この馬の物語
2003年生まれの鹿毛の牡馬。父フジキセキ、母ケルトシャーン。主な勝ち鞍は高松宮記念・函館スプリントS・毎日放送賞スワンS。
九月の仔
2003年9月24日、オーストラリアで鹿毛の牡馬が生まれた。父フジキセキ、母ケルトシャーン、母の父プレザントコロニー。 父フジキセキは、日本で三歳の三月に故障して引退し、若くして種牡馬に転じた馬だった。活躍馬の初年度産駒として期待を集めながら、出てきた仔たちが期待どおりには走らず、人気を落としていく。供用四年目からは北半球の春を日本で、秋をオーストラリアで過ごすシャトル種牡馬になった。その豪州供用は五年で終わる。最後の年、2002年に配合された相手がケルトシャーンだった。 母は競走馬にならないままオーストラリアで繁殖に上がったアメリカ産の牝馬で、その半兄には1987年のリュパン賞を勝ち、日本の社台スタリオンステーションでも種牡馬になったグルームダンサーがいる。ケルトシャーンは1998年に初仔を産んだあと、2001年に流産し、同じ年の種付けシーズンに日本へ渡ってサンデーサイレンスと交配したものの、帰ってから双子を宿して流した。二年続けて仔を得られなかったあとの、四番仔である。 この牡馬は日本に輸入され、ノーザンファーム代表・吉田勝己の妻、吉田和美の名義で競走馬になった。与えられた名は「キンシャサノキセキ」。1974年、ザイールの首都キンシャサで行われたモハメド・アリとジョージ・フォアマンのヘビー級タイトルマッチを、日本では「キンシャサの奇跡」と呼ぶ。徴兵を拒んで王座を剥奪されたアリが、長い空白を経てリングに戻り、序盤は打たれるだけ打たれ、終盤にただ一度ひっくり返してベルトを取り返した夜のことである。父の名の末尾に、その一夜が重ねられた。 南半球の九月生まれということは、日本の暦では半年の遅れを背負うということだった。負担重量をいくらか減じる措置はあっても、二歳の秋に半年若いというのは、埋めようのない差である。育成は宮城県山元町の山元トレーニングセンターで、2005年6月に始まる。ハミ受けの馴致から施された。気性が荒く、人に付き従いにくい馬だったという。それでも二歳の秋には、古馬と併せ馬をして先着した。 預けられたのは美浦の堀宣行だった。堀が厩舎を開けたのは2003年、この馬が生まれたのと同じ年である。 デビューは2005年12月3日、中山の芝1200メートルの新馬戦。ホッカイドウ競馬の五十嵐冬樹が乗って一番人気に応え、中団から抜け出して一馬身四分の一差をつけた。年が明けた1月5日、マイルのジュニアカップでは柴山雄一に替わって五番人気。大外枠から出遅れ、後方を進み、ハイペースで逃げるアドマイヤカリブを直線で追い詰めて、決勝線でハナだけ前に出た。二連勝でオープンの仲間入りである。半年の遅れを、この馬は最初の二戦では感じさせなかった。
マイルの器
陣営が見ていたのはマイルだった。二月のアーリントンカップに一番人気で臨み、スタートで接触して二コーナーで外を回らされ、六着。これが初めての敗戦になる。四月のマーガレットステークスは武豊を背に四着。 五月七日、NHKマイルカップ。同じ2003年生まれの朝日杯優勝馬フサイチリシャールらが並ぶなかで、六番人気だった。安藤勝己が中団から直線で外に持ち出すと、フサイチリシャールを上回る脚で先頭に立つ。その先頭が、続かなかった。内からロジックとファイングレインが伸びて、二頭に譲る。一頭で先頭に立った途端にふわっとしてしまったのだと、安藤は敗因を語っている。この癖は、この先ずっとこの馬に付いて回ることになる。 秋は条件戦の桂川ステークスを三馬身差で勝ち、追っていればレコードだったと安藤に言わせたが、マイルチャンピオンシップではダイワメジャーらに屈して五着だった。 四歳の2007年は、京都金杯も阪急杯も一番人気で凡走した。軽い挫石が出て山元へ戻り、四月末の谷川岳ステークスで復帰して勝つ。九月のセントウルステークスでは一番人気に推されたが、十一番人気のサンアディユがとうに安全圏を築いており、五馬身千切られた。サンアディユの走破時計はレースレコードだった。二着カノヤザクラにもクビ差先着を許して、三着。十一月のキャピタルステークスを勝って、この年はオープン二勝。 四歳を終えて、重賞はまだ一つも勝っていない。マイルで出世させるという方針のまま、二年が過ぎていた。
すべてを捨てる
2008年、五歳。京都金杯は二番手から三コーナーで掛かって十着、阪急杯は五着。ここまで陣営は、自分から1200メートル戦に出走させたことがなかった。 京都金杯の敗退が呼び水になった。デビュー戦が1200メートルだったことも背中を押した。次走は春のスプリントGI、高松宮記念と決まる。1200メートルなら競馬は明らかに楽になる、しかしそれまでやってきたすべてを捨てることになる、勇気が要った――堀はのちにそう振り返っている。転向の一週間前に再び挫石が出て、特殊な蹄鉄で凌ぎ、遅れた分は坂路で埋めた。 三月三十日、中京。岩田康誠を背に五番人気。先行して好位を確保し、ローレルゲレイロを追った。四コーナー手前でローレルゲレイロが垂れ、代わって同期のフサイチリシャールが台頭する。そのフサイチリシャールも失速し、残り百メートルで先頭に立った。内で盛り返すローレルゲレイロも、外から追い上げるスズカフェニックスも寄せ付けなかった。ただ一頭、真後ろにいたファイングレインだけが伸びてきて、決勝線の寸前で並び、差した。クビ差の二着。急造の、万全とは言えない転向初戦で、GIまでクビ一つだった。 七月六日、函館スプリントステークス。一番人気。逃げ争いが激しく先行馬に楽ではない流れになったが、三番手からその二頭をかわして独走に持ち込む。そこでまた、一頭になると集中を失う癖が出た。後方からトウショウカレッジが迫り、ゴール寸前で並ばれる。岩田が強く締め直し、最後まで保たせて、クビ差だけ先に決勝線へ届いた。十度目の重賞挑戦での、初めての重賞制覇である。走破時計はレースレコードだった。 八月末のキーンランドカップは一番人気で三着。前を行く二頭を追い詰めながら、かわすだけの進路がなかった。 十月五日、スプリンターズステークス。一番人気は一歳下のスリープレスナイトで、この馬は二番人気だった。中団から直線で追ったが突き放され、一馬身以上離された。それでも内で粘るビービーガルダンにクビ差先着して二着。春と秋、スプリントのGIで続けて二着に入った。五歳の秋にして、ようやく主役の隣に立っていた。
どん底
夏からの連戦の疲れを抜くため、半年弱の休みに入った。そして2009年、六歳の春に崩れる。 三月のオーシャンステークスは一番人気で十着。1200メートルで初めて掲示板を外した。本番の高松宮記念も五番人気で十着だった。 原因は、前の年にあった。堀の見立てはこうである。不調のまま送り出した高松宮記念で二着に粘り、函館スプリントステークスではそれよりいくらか良い状態で勝った。あそこがこの馬の状態の頂点だった。しかし人間の側がそれを認識できず、キーンランドカップとスプリンターズステークスに向けて、さらに負荷をかけた。馬は応えてしまった。応えた分だけ、状態は落ちていった。春には限界が来ていた。自分がこの馬をどん底にしてしまったのだと、堀は言っている。 山元での長期休養に入る。デビュー前の育成に関わったスタッフが再び集まり、立て直しにあたった。最初の一か月はウォーキングマシンだけ。ダクもキャンターも慎重に足していった。どん底からは脱したが、体には傷が残った。本来なら今ごろは体が完成して、加減せずに鍛えられていたはずだ、それができない馬を作ってしまった――堀はのちにそう回顧している。以後、この馬の調教には常にいくらかの手加減が要った。 十月四日、半年ぶりの復帰戦となったスプリンターズステークスは、三浦皇成を背に十二着。デビュー以来の最低着順だが、三コーナーでの接触による不利が原因で、状態のせいではなかった。 十月三十一日、1400メートルのスワンステークス。短期免許で来日していたクリストフ・スミヨンを確保する。歳を重ねて気性が厳しくなった馬に、宥めるのが上手い騎手を当てる判断だった。右だけを覆うブリンカー、リング状のハミ、鼻革。馬装にも手を尽くしている。四番人気。好位から直線で先行馬に内から並びかけ、二頭横並びの競り合いを終いでクビだけ抜け出した。一年四か月ぶりの勝利であり、スミヨンにとってはJRA重賞の初制覇でもあった。 十二月二十日、阪神カップ。ミルコ・デムーロが乗って一番人気。だが出遅れて最後方に置かれ、三コーナーを十六番手で通過する。そこから大外をまくり上げ、直線で垂れる先行勢をまとめて呑み込んで、一馬身抜け出した。走破時計はレースレコードで、関東所属馬として初めてこのレースを勝った。 年が明けた三月六日、雨の中山。オーシャンステークスは、道悪が不得手なはずのこの馬が内に拘って経済コースを回り、押し切った。重賞は三つ続いた。
中京、三月二十八日
曇り。芝は良。中京は左回りの小回りで、直線は短い。この開催が終われば馬場の改修工事が始まる予定で、現行のコースで行われる高松宮記念は、これが最後だった。 出遅れなかった。セブンシークィーンが速い流れを作り、その背後に先行集団ができる。四位洋文はその一団の後ろ、好位に馬を置いたまま、短い直線に備えて動かない。最終コーナーまで、位置は変わらなかった。 直線に入る。逃げたセブンシークィーンを交わしてヘッドライナーが先頭に踊り出た。その外から、キンシャサノキセキが脚を伸ばす。ヘッドライナーを抜き、先頭を奪う。 そこで、いつもの癖が出た。一頭になると気が緩む。三歳の春から抱えていた性分が、生涯で最も大きな直線で顔を出す。伸びあぐねる背中に、四方から馬群が寄ってきた。内からアルティマトゥーレ、真後ろからサンカルロ、外からビービーガルダン、大外からエーシンフォワード。ビービーガルダンには完全に並ばれ、そのまま馬体を併せての競り合いになった。追っているのは安藤勝己である。 譲らなかった。伸びない脚のまま、譲らなかった。横一線のまま、五頭がほとんど同時に決勝線へ達する。 写真判定になった。やがて電光掲示板の一着の欄に、この馬の馬番が灯る。ハナ差。 「安藤さん(ビービーガルダン)の方が脚色は良かったので、交わされたかも知れないと感じた」[^1]と四位は振り返っている。鞍上ですら、勝ったとは思っていなかった。 堀宣行にとって、開業から八年目にして初めてのGIだった。四位にとっては二度目の高松宮記念である。半年遅れて生まれ、二年余りをマイルで費やし、六歳の春にどん底まで落ちた馬が、七歳の三月に頂へ立った。
出典:JRA公式サイト「高松宮記念(2010年3月28日・中京)レース結果」、https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/takamatsu/result/takamatsu2010.html 、閲覧日:2026年8月1日。
王者の秋
南半球で生産された馬がJRAのGIを勝ったのは、これが初めてだった。四十回を数えた高松宮記念で、七歳以上の馬が勝ったのも初めてである。 安田記念に向かう選択肢もあったが、回復に手間取って断念し、山元で早めの夏休みに入った。 秋の始動戦に選んだ九月のセントウルステークスは、阪神に着いた直後に疝痛を発症して出走取消になる。程度は軽く痛みはすぐ収まったが、結局ぶっつけで十月三日のスプリンターズステークスへ向かうことになった。香港のグリーンバーディーが一番人気、この馬は三番人気。十番人気のウルトラファンタジーが逃げた。大外から追い詰めたが届かず、内から伸びたダッシャーゴーゴーにも先着を許して、三位で決勝線を通過した。裁決でダッシャーゴーゴーがサンカルロの進路を妨害したと認められて四着に降着し、繰り上がって二着になる。2008年に続く、二度目のスプリンターズステークス二着だった。前哨戦を取り消したことを、四位は悔やんでいる。 十一月のマイルチャンピオンシップは二年十か月ぶりのマイルで、三番人気十三着。 十二月十八日、阪神カップ。スミヨンが再び手綱を取り、二番人気。好位の四番手で最終コーナーを回り、直線で逃げるレッドスパーダに外から迫って、ゴール寸前でクビだけ差し切った。走破時計は前年の自身の記録を更新するレースレコードで、このレースを連覇したのは史上初めてだった。 年末のJRA賞、最優秀短距離馬。二百八十五票のうち、二百五十七票がこの馬に入った。
三月二十七日、阪神
八歳になっても現役を続けた。三月五日のオーシャンステークスは五十九キロを背負い、短期免許で来日していたウンベルト・リスポリを新たに迎えて二着。ダッシャーゴーゴーに四分の三馬身届かなかった。この一戦から、堀は頬にチークピーシズを着けている。抜け出すと気を緩めるという、デビュー以来の癖に対する最後の手当てだった。 六日後、地震が起きた。開催は中止になり、この馬を育てた宮城県山元町の山元トレーニングセンターも、所属する茨城県の美浦トレーニングセンターも被害を受けた。 高松宮記念は、中京の改修工事のためにもともと阪神で行われることが決まっていた。十八年ぶりの代替開催であり、そしてそれは、震災のあとに行われた最初のJRAのGIになった。 三番人気。リスポリ続投、チークピーシズに鼻革が加わった。ヘッドライナーが逃げ、ダッシャーゴーゴーがそれを追い、この馬は好位でワンターンを待つ。三コーナー、外から来たダッシャーゴーゴーが斜行し、キンシャサノキセキとジョーカプチーノの前に割り込んだ。一番人気のジョーカプチーノは行き場を失って後退し、そこで終わる。すぐ内にいたキンシャサノキセキもぶつけられて下がった。突然のブレーキは、気性の激しいこの馬にとって折り合いを失う入口である。だがこの日の馬は落ち着いていて、リスポリが宥めるとすぐに折り合った。道中ではウエスタンビーナスがアクシデントに見舞われて競走を中止し、スタンドが言葉を失う場面もあった。 直線入口でダッシャーゴーゴーが先頭に立つ。並びかける。レッドスパーダも追いすがる。叩き合いを制して残り百メートルで抜け出すと、そこからはもう緩まなかった。差してくるサンカルロとアーバニティに一馬身四分の一。前を塞いだダッシャーゴーゴーは、入線したあとに降着となり、着順を下げている。 高松宮記念史上初の連覇である。スプリントのGIを連覇したのはサクラバクシンオー以来で、八歳でのJRA平地GI制覇は史上三例目だった。三着のアーバニティに乗っていたのは四位洋文で、前年この馬の背にいた男は、この日は追う側にいた。 リスポリは何度も拳を振り上げ、雄叫びを上げた。しかしマイクを向けられると、被災者を気遣う言葉とともに「複雑だ」[^1]と語った。
出典:JRA公式サイト「高松宮記念(2011年3月27日・阪神)レース結果」、https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/takamatsu/result/takamatsu2011.html 、閲覧日:2026年8月1日。
遅れてきた馬
翌日、引退が決まった。故障ではない。父フジキセキが種付けを休止しており、その後継を一シーズンでも早く立てたいという判断だった。連覇は種牡馬としての価値を高めると同時に、引退を前倒しさせもした。三月三十日付で登録を抹消。三十一戦十二勝、重賞七勝、獲得賞金七億八千五百三十万円。 社台スタリオンステーションでの初年度に百五十四頭の繁殖牝馬を集め、十年目まで毎年百頭を超え、2022年に十三頭を種付けして種牡馬を退いた。産駒からは小倉2歳ステークスと阪神カップのシュウジが出ている――父が連覇した1400メートルのレースを、その仔が勝った。京王杯2歳ステークスのモンドキャンノ、スプリングステークスのガロアクリークが続いた。そして2025年十一月、大井のファーンヒルが船橋のJBCスプリントを逃げ切り、産駒として初めてGI級のタイトルを持ち帰る。引退から十四年が経っていた。母ケルトシャーンはのちに日本へ渡り、2010年に安平でもう一頭フジキセキの仔を産んでいる。全妹マルシアーノ。その娘エリカヴィータが2022年のフローラステークスを勝った。 堀宣行はその後、ドゥラメンテとモーリスを送り出し、GIを重ねていく。だが開業から八年目、初めてのGIを持ってきたのは、自分が壊してしまったと悔いていた馬だった。加減せずに鍛えられる体を作ってやれなかった、と堀は言った。けれど、その加減の要る体で、この馬は八歳の三月まで走った。 2007年のセントウルステークスで、この馬を五馬身千切ってレコードで駆け抜けた牝馬がいた。サンアディユ。三週間後の中山では、三歳のアストンマーチャンに逃げ切られて二着だった。二頭とも、翌春に死んでいる。サンアディユは三月九日に栗東の馬房で、アストンマーチャンは四月二十一日に、どちらも心不全だった。キンシャサノキセキが中京でクビ差の二着に敗れ、まだ重賞を一つも持っていなかった、あの春のことである。 半年遅れて生まれたこの馬は、その遅れを最後まで取り戻さなかった。取り戻す代わりに、走る時間のほうを延ばした。マイル路線に二年余りを費やし、1200メートルに移ってから三年を走り、八歳の三月にもまだ、先頭で決勝線を通過している。名の由来になった夜の男も、王座を剥奪され、長い空白を経てリングに戻り、序盤は打たれるだけ打たれて、終盤にただ一度ひっくり返した。遅れて始まった者の勝ち方は、たぶんそれしかない。打たれているあいだずっと立っていて、そして、まだ立っている。
産駒 — 旅を継ぐ馬
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