名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
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名馬録

この世代(生まれ年) —

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キングスポイントKings Point
Kings Point

キングスポイント

通算成績34戦15勝

獲得賞金3億1,181万円

生年月日 1977.05.01(昭和52年)毛色 鹿毛性 牡

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
キングスポイントの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム映像
中 中山大障害(春) 中山 障4100 1人気 小島貞博
1 障害オープン 中山 障3550 2人気 小島貞博 4:02.2
4 中山大障害(秋) 中山 障4100 1人気 小島貞博 4:42.5
1 障害オープン 中山 障3200 2人気 小島貞博 3:36.2
1 中山大障害(秋) 中山 障4100 1人気 小島貞博 4:42.6
1 障害オープン 中山 障3200 1人気 小島貞博 3:35.8
8 天皇賞(秋) 東京 芝3200 11人気 鹿戸明 3:19.1
10 京都大賞典 京都 芝2400 7人気 鹿戸明 2:27.4
1 中山大障害(春) 中山 障4100 1人気 小島貞博 4:44.1
1 障害勝入 中山 障3550 1人気 小島貞博 4:07.4
1 阪神障害S(春) 阪神 障3200 1人気 小島貞博 3:32.4
1 障害S 京都 障3290 1人気 小島貞博 3:38.7
1 阪神障害S(秋) 阪神 障3200 1人気 小島貞博 3:34.7
2 京都大障害(秋) 京都 障3270 1人気 小島貞博 3:42.8
2 障害S 阪神 障3200 1人気 小島貞博 3:31.9
1 障害S 阪神 障3200 1人気 小島貞博 3:33.3
1 阪神障害S(春) 阪神 障3200 1人気 小島貞博 3:32.4
1 障害オープン 京都 障3290 1人気 小島貞博 3:42.4
1 障害400万下 京都 障3290 1人気 小島貞博 3:41.9
1 障害未勝利 京都 障3000 3人気 小島貞博 3:27.3
7 400万下 京都 ダ1800 5人気 鹿戸明 1:56.9
8 400万下 阪神 芝2000 2人気 鹿戸明 2:10.7
12 野分特別 阪神 芝2000 2人気 鹿戸明 2:04.4
2 はまゆう特別 中京 芝2000 2人気 清水英次 2:06.6
2 露草賞 中京 芝2000 3人気 鹿戸明 2:08.5
7 400万下 阪神 芝2000 2人気 鹿戸明 2:04.1
2 あずさ賞 阪神 芝2000 5人気 横山富雄 2:04.0
8 すみれ賞 小倉 芝1800 1人気 鹿戸明 1:57.4
1 未勝利 小倉 芝1800 1人気 鹿戸明 1:54.6
2 未勝利 小倉 芝1800 1人気 鹿戸明 1:53.0
5 未勝利 阪神 ダ1700 1人気 鹿戸明 1:49.8
3 未勝利 阪神 芝1400 1人気 鹿戸明 1:25.0
2 新馬 阪神 芝1400 1人気 鹿戸明 1:25.3
3 新馬 阪神 芝1400 1人気 鹿戸明 1:26.5

血統

金色の名は掲載馬 — その馬のページへ/点線の名は押すと一言解説
キングスポイントの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
Singing Grass
PentiencePetition
Bootless
カバーラップ二世Cover Up IICover Up
Betty Martin
丘高
月丘
STORY

旅程 — この馬の物語

1977年生まれの鹿毛の牡馬。父コントライト、母ワカクモ。

皇若と呼ばれた仔

1977年5月1日、北海道早来町の吉田牧場で、ワカクモが鹿毛の牡馬を産んだ。父はコントライト。四年前に同じ両親から生まれた栗毛の兄が、テンポイントである。 兄はその年の暮れ、中山の有馬記念でトウショウボーイを四分の三馬身退け、年度代表馬に選ばれた。年が明けた1月、日本経済新春杯の四コーナーで左後脚を折る。一か月半の闘病の末、3月5日に世を去った。 3月10日、吉田牧場で兄の葬儀が営まれ、およそ四百人が集まった。その途中から、母のワカクモと、生まれて一年に満たない仔馬が姿を見せている。仔馬は皇若という幼名で呼ばれていた。のちの登録名が、キングスポイントである。 1979年、その仔は栗東の小川佐助厩舎に入った。兄を育てた厩舎である。担当の厩務員も、兄の世話をした山田幸守が務めた。馬主も兄と同じ高田久成。テンポイントの全弟という話題は大きく、調教の様子までが逐一報じられたという。

平地の十四戦

1979年11月11日、阪神の芝1400メートルで迎えた新馬戦。手綱を取ったのは、兄の主戦だった鹿戸明である。1番人気に推されたが、3着に終わった。反応が鈍く、ついていくのが精一杯だった、と鹿戸は振り返っている。 勝ち上がるまでに六戦を要した。1980年3月1日、小倉の未勝利戦を半馬身差で抜け出す。そこから先が続かない。あずさ賞、露草賞、はまゆう特別と、2着が三度並んだ。はまゆう特別は、勝ち馬と同じタイムでの2着だった。 秋に入ると、着順は12着まで沈んだ。ここまで平地で走った十四戦のうち、勝ったのは小倉の一戦だけである。 陣営は障害への転向を決める。新しい鞍上を小川に推したのは、鹿戸だった。名を挙げたのは小島貞博。北海道の新冠に生まれ、1971年に騎手となり、障害で頭角を現しはじめていた男である。小川と小島のあいだに付き合いは無かった。親しかったのは、同じ北海道から出てきた鹿戸と小島のほうである。 気性の難しい馬だが、小島なら乗りこなせる。鹿戸はそう言って、兄から続く手綱を友人に渡した。

跳ばない馬

障害馬になるには、まず試験を通らなければならない。キングスポイントは最初の転向試験で障害から逃げ、落第している。 跳ぶこと自体を嫌がる馬だった。斜めに跳ぶ斜飛を、わざと繰り返しもした。小島はその頃をこう語っている。「反抗の連続。飛越拒否は当たり前。ジョッキーを困らせるために障害物に対して斜飛を再三繰り返した」[^1] 1980年12月14日、京都の障害未勝利戦。3番人気。小島は最初から最後まで追い通しだったと伝えられる。それでも半馬身、先にゴールした。 そこから、負けなくなる。年明けの京都で二つ勝ち、2月22日の阪神障害ステークス(春)をレコードで制して重賞初勝利。3月の障害ステークスは、2着に大差をつけて、ここもレコードだった。障害に転じてから五戦五勝。飛越や着地にはまだ危うさが残っていたが、それを上回るものが育っていた。 左前脚に骨瘤(骨膜炎の一種)が出て、春から夏を休む。秋の復帰後は2着が二つ続いた。どちらも勝ち馬との差は0秒1である。11月の阪神障害ステークス(秋)を勝って、また勝ち出した。1982年に入ると京都、阪神、中山と三連勝。阪神障害ステークス(春)では64.5キロを背負っていた。

出典:青木幸三『追憶 - 天国へ出走した駿馬、騎手たち』日本短波放送、1995年、106頁(ja.wikipedia.org/wiki/キングスポイント 経由で確認)、閲覧日:2026年10月19日。

中山の四千百メートル

1982年4月11日、中山大障害(春)。日本の障害競走の最高峰とされるレースである。 距離は4100メートル。途中には、高さ160センチの大竹柵が立ちはだかる。この時代の大竹柵では、転倒や落馬が非常に多かった。1981年の春から1985年の秋までに大障害を走った馬のうち、四頭に一頭近くがここで転倒や落馬を起こしている。 出走は八頭。その中に、二年前の試験で障害から逃げた馬がいた。乗り手を困らせるために斜めに跳んだ馬である。その馬が、ここでは圧倒的な1番人気だった。 障害競走は、平地のように一度の仕掛けで決まらない。踏み切り、宙に浮き、着地して、また走り出す。その繰り返しの一つひとつで、差は生まれる。小島は、この馬の跳び方をこう語っている。 「跳びの大きさが他の馬と違っていて、跳ぶたびに、他馬より半馬身、1馬身と前に出ているんです」[^1] ふだんは不器用な馬が、勝負にいくとまるで違う、とも言った。 平地の競馬なら、半馬身は勝敗を分ける差である。それが障害を越えるたびに積み重なっていく。 2着はイチエイボーイ。そのあいだに開いた距離は、記録の上では大差とだけ書かれている。十馬身を超えると、競馬はもう差を数えない。 兄が有馬記念を勝った中山で、弟は障害の頂点に立った。

出典:井口民樹『瀬戸際の勝負師 - 騎手たちはそのときをどう生きたか』VIENT、2004年、86頁(ja.wikipedia.org/wiki/キングスポイント 経由で確認)、閲覧日:2026年10月19日。

もう一度、鹿戸と

秋の目標は、大障害の連覇に置かれた。ただ、障害の一般戦に出れば重い斤量を課される。それを避けるため、陣営は平地の重賞から始動する道を選んだ。 10月10日の京都大賞典。鞍上には、約二年ぶりに鹿戸が戻った。7番人気で10着。勝ったのはメジロカーラである。 続いて10月31日、東京の天皇賞(秋)。兄が手にした天皇賞は、春の京都だった。弟は秋の府中で11番人気の8着。勝ったメジロティターンからは1秒1離されたが、1番人気のサンエイソロンには先着している。これが、鹿戸がこの馬に乗った最後のレースになった。 障害に戻ると、12月5日の中山のオープンを9馬身差で勝つ。そして12月25日、中山大障害(秋)。2着モンタアローに8馬身をつけた。三週間前に9馬身離した相手を、大舞台でもまた寄せつけなかった。 春秋連覇。キングスポイントはその年の優駿賞最優秀障害馬に選ばれ、小島もこの年、優秀障害騎手賞を受けている。

跳ぶたびに

そこからは、休む時間のほうが長くなる。左膝を骨折し、約十一か月。1983年12月の復帰戦を7馬身差で勝ったが、三度目の中山大障害は4着だった。今度は内臓の病で休み、1984年3月11日のオープンで戻る。65キロを背負い、クビ差で勝った。 4月8日、中山大障害(春)。1番人気。レースの途中、水濠の障害で右脚を板に打ちつけ、骨を折った。競走中止。その怪我がもとで、キングスポイントは生涯を閉じている。 兄もまた、レースの途中で脚を折った。同じ母から生まれた二頭は、どちらも最後の一戦を走り終えることができなかった。 鹿戸はその年の2月、すでに騎手を引退していた。のちに調教師として厩舎を開いている。 小島は乗り続けた。1986年の暮れに障害の練習中に落馬して重傷を負い、それを機に平地へ専念する。1992年、ミホノブルボンで皐月賞と日本ダービーを勝った。1995年には、タヤスツヨシで二つ目のダービーを手にしている。平地の頂点を二度極める前に、この男は障害の頂点を二度、キングスポイントで極めていた。 テンポイントの弟に、ファンが最初に待っていたのは兄の続きだった。平地では、それは来なかった。代わりに来たのは、兄が一度も見せたことのない走りである。 最初の試験で障害から逃げた馬が、跳ぶたびに、半馬身、一馬身と前へ出ていく。鹿戸が見込み、小島が引き出したのは、その跳躍だった。

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