名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。

名馬録
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ジョーカプチーノのイメージビジュアル
ジョーカプチーノJo Cappuccino
Jo Cappuccino

ジョーカプチーノ

通算成績23戦6勝

獲得賞金3220万円

生年月日 2006.04.11(平成18年)毛色 芦毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
ジョーカプチーノの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
11 GII京王杯スプリングカップ 東京 芝1400 3人気 藤岡康太 1:20.9 上り34.8
11 GI高松宮記念 中京 芝1200 4人気 内田博幸 1:11.0 上り35.6映像
5 GIII夕刊フジオーシャンS 中山 芝1200 3人気 内田博幸 1:09.5 上り35.2
6 GIII京阪杯 京都 芝1200 2人気 C.ルメール 1:08.6 上り34.0映像
2 GII毎日放送賞スワンS 京都 芝1400 3人気 福永祐一 1:19.6 上り34.3
9 GIIIキーンランドカップ 札幌 芝1200 2人気 福永祐一 1:09.6 上り36.3映像
5 GI安田記念 東京 芝1600 6人気 福永祐一 1:32.1 上り34.9映像
3 GII京王杯スプリングカップ 東京 芝1400 2人気 福永祐一 1:20.2 上り33.5
10 GI高松宮記念 阪神 芝1200 1人気 藤岡康太 1:08.9 上り34.7映像
1 GIIIシルクロードS 京都 芝1200 1人気 藤岡康太 1:08.2 上り32.6
1 OPラピスラズリS 中山 芝1200 1人気 吉田豊 1:07.3 上り34.1
9 GIマイルチャンピオンS 京都 芝1600 7人気 藤岡康太 1:32.4 上り35.7映像
3 GII毎日放送賞スワンS 京都 芝1400 10人気 藤岡康太 1:21.2 上り34.9
18 GI東京優駿 東京 芝2400 7人気 藤岡康太 2:43.0 上り49.0映像
1 GINHKマイルカップ 東京 芝1600 10人気 藤岡康太 1:32.4 上り34.7映像
3 GIIニュージーランドトロフィー 中山 芝1600 3人気 松岡正海 1:34.1 上り35.5
1 GIII中スポ賞ファルコンS 中京 芝1200 4人気 藤岡康太 1:08.9 上り34.8
1 萌黄賞 小倉 芝1200 4人気 藤岡康太 1:08.9 上り35.6
7 OPクロッカスS 東京 芝1400 7人気 中舘英二 1:26.1 上り37.8
1 3歳未勝利 中京 ダ1700 1人気 中舘英二 1:47.3 上り38.1
2 2歳未勝利 阪神 ダ1400 1人気 M.デムーロ 1:25.2 上り37.4
4 2歳未勝利 札幌 ダ1700 1人気 三浦皇成 1:48.7 上り39.2
2 2歳新馬 札幌 ダ1700 1人気 武豊 1:47.4 上り38.3

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
ジョーカプチーノの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
マンハッタンカフェManhattan CafeサンデーサイレンスSunday SilenceHalo
Wishing Well
サトルチェンジSubtle ChangeLaw Society
Santa Luciana
ジョープシケフサイチコンコルドCaerleon
バレークイーンBallet Queen
ジョーユーチャリストウショウボーイ
ジョーバブーン

引退後・牧場での映像

ゴール板の先の時間
STORY

旅程 — この馬の物語

2006年生まれの芦毛の牡馬。父マンハッタンカフェ、母ジョープシケ。主な勝ち鞍はNHKマイルC・中スポ賞ファルコンS・シルクロードS。

一滴のミルク ― 浦河、四月十一日

2006年4月11日、北海道浦河町のハッピーネモファームで、一頭の牡馬が生まれた。父マンハッタンカフェ、母ジョープシケ。母にとっての初仔であり、この牧場が世に送り出す最初の生産馬でもあった。 牧場主の根本明彦は、同じ町のバンダム牧場で経験を積み、2004年に独立していた。生計の柱は中期育成とコンサイナー業で、生産は片手間の仕事である。一度だけ手がけた仔は生後まもなく死に、競馬場まで届けることができなかった。喪った一頭のやり直しのために新しい繁殖牝馬を探していたとき、ちょうど上田けい子の所有馬が競走生活を終えようとしていた。 上田けい子は1971年に馬主資格を取り、以来「ジョー」を冠した馬を送り出し続けてきた。姓の「上」から採った二文字である。1991年の阪急杯を勝ったジョーロアリング、1999年の函館記念など重賞を三つ勝ったジョービッグバン。所有した牝馬は仔分けで繁殖に上げて持ち続けたから、「ジョー」の連なる牝系が幾筋も育っていた。そのうちの一本が、1977年生まれのジョーバブーン(父フォルティノ)から始まる。1981年の京阪杯でノトダイバーに次ぐ2着、阪神牝馬特別で3着に入り、32戦して7勝を挙げた牝馬である。その4番仔が、トウショウボーイを父に持つ芦毛のジョーユーチャリス。さらにその4番仔が、フサイチコンコルド産駒のジョープシケだった。 ジョープシケは走れなかった。ソエと喘鳴症に悩まされ、思うように使えず、使えば落鉄で取りこぼす。3歳の夏には放牧先の川が氾濫して命の危機にも遭った。厩舎も栗東の渡辺栄から大橋勇樹へ移り、16戦して1勝で引退している。名の「プシケ」は、ギリシャ神話のプシューケーに由来する。試練を課され続け、最後にようやく結ばれる娘の名である。 上田は根本を信頼していた。開業まもない根本に託した4頭が、すべてデビューし、うち2頭が勝ち上がっていたからだ。生産の実績がない牧場に、上田のほうから繁殖牝馬を預けると申し出た。 配合はマンハッタンカフェに決まった。社台スタリオンステーションで気品を感じたその種牡馬に、上田は別の所有牝馬を配していたのだが、その仔は死産に終わり、フリーリターンの権利だけが手元に残った。同じ牝馬にもう一度つける勇気はなかったという。権利は、繁殖初年度のジョープシケに回された。 生まれた仔は体が茶色く、顔に白い紋がひとつあった。ミルクを一滴落としたような形である。名付け親になった根本は、父の名がマンハッタンカフェであることと重ねて、冠名の下にコーヒーの飲み方の名前を置いた。ジョーカプチーノ。ところが馬は育つにつれて色を変え、デビューの頃には芦毛になっていた。祖母も曾祖母もその色である。カプチーノの面影は、名前のほうにだけ残った。

四戦目の白星 ― 一番人気という重さ

当歳の12月に挫石を患うなど、頻繁に怪我をする手のかかる馬だった。中期育成までを生まれた牧場で済ませ、同じ浦河町の山口ステーブルへ渡る。弱点は爪で、そのせいで前脚の動きが硬かった。山口裕介が蹄鉄で不安を消すと動きが変わり、入厩前にはこの世代でいちばんの馬だと言えるまでになっていたという。 預けられたのは栗東の中竹和也厩舎である。中竹と根本は、ヨーロッパでの研修中に知り合った友人だった。 2008年9月13日、札幌のダート1700m、2歳新馬。鞍上は武豊。単勝1.5倍の1番人気に応えてスタートから逃げたが、直線で捕まって2着。2週後の未勝利戦は三浦皇成を背に4着。そこから間隔があき、12月21日の阪神ダート1400mで復帰する。初めての輸送に気を昂らせ、輪乗りを逆に回るほど落ち着きを欠いたまま、ミルコ・デムーロを背に2着。前を行ったのは、のちのシルクメビウスである。 四度目のゲートは年を越した。2009年1月11日、中京のダート1700m。二度目の輸送は堪えなかった。中舘英二がハナを切り、そのまま押し切って初勝利。ここまで四戦、単勝はすべて1倍台で、人気はすべて1番だった。期待だけが先に走っていた四か月が、ようやく終わったことになる。この頃はソエにも悩まされていて、骨膜を強くする処置を受けながら、弱点をひとつずつ潰していた。 1月31日、芝に替わってオープンのクロッカスステークスへ格上挑戦する。中舘は逃げなかった。この馬の将来を考えて控える競馬を選び、不良馬場の東京で7着に終わる。以後この馬が砂を走ることは、引退まで一度もなかった。

乗り替わりの春 ― 小倉と中京

2月28日、小倉の芝1200m、500万下の萌黄賞。鞍上が替わった。手が空いていたから、というだけの理由だったと中竹はのちに説明している。乗ったのは藤岡康太、20歳。栗東の調教師・藤岡健一の二男で、二歳上の兄・佑介も同じ栗東の騎手だった。2007年3月、初騎乗のレースをいきなり勝ってデビューしている。 小倉ではスタートから先手を取り、後続に1馬身の差をつけて逃げ切った。2勝目である。 3月21日、中京の芝1200m、ファルコンステークス。単勝9.4倍の4番人気。ここで初めて逃げなかった。18頭立ての9番手前後で脚を溜め、直線で外へ持ち出す。内から先に抜け出していた12番人気のカツヨトワイニングを、ゴール板の手前で捉えた。クビ差。重賞初勝利であり、鞍上にとっても、管理する中竹和也にとっても、これが最初の重賞タイトルだった。同じレースの15着には、同じ勝負服のジョーメテオがいる。 4月11日、中山のニュージーランドトロフィー。松岡正海に乗り替わり、3番人気。ハナを切ったが直線でサンカルロに捕まり、2馬身以上離された3着に終わる。それでも、NHKマイルカップへの優先出走権だけは手に入れた。

五月十日 ― 三十九・八倍の東京

2009年5月10日、東京の芝1600m、18頭立て。1番人気は共同通信杯を勝ったブレイクランアウトで3.3倍、2番人気は毎日杯のアイアンルックで3.7倍。ジョーカプチーノの単勝は39.8倍、10番人気だった。1200mの重賞を勝った先行馬という以上の評価は、この日までついていない。 四日前の最終追い切りに、藤岡は遅刻していた。中竹は一度は乗り替わりも考えたと明かしている。それでも降ろさず、スタッフに迷惑をかけたのだから結果を出して来い、そうすればみんなが許してくれる、と送り出した。指示は一つだけだった。位置はどこでもいい、折り合いにだけ専念しろ。 最内のゲットフルマークスがハナを主張し、後続を大きく引き離して行った。追ったのはジョーカプチーノ一頭である。三番手以下はさらに離れ、馬群は後ろでひと塊になった。前半1000mの通過は57秒2。 直線、坂を上がったところで先頭に立つ。後方の追い込み勢は動き出しが遅れ、人気馬は馬群のなかでもがいていた。抜け出すのが早すぎると感じた鞍上は、後ろの蹄音を聞かないまま右ムチを振るい続ける。ゴール前でもう一度伸びて、レッドスパーダに2馬身。上がり3ハロン34秒7。 1分32秒4は、2004年にキングカメハメハが刻んだ1分32秒5を0秒1縮めるレースレコードだった。3連単は238万1660円。 「帰ってからカプチーノを飲みたいです」[^1] 初めてのお立ち台で、20歳はそう言って報道陣を笑わせた。GIに乗るのは二度目、デビュー3年目である。この日、同じレースには兄の佑介もいた。父・藤岡健一が管理するワンカラットに騎乗して6着。GIの表彰台には、弟のほうが先に上がった。 開業11年目の中竹和也にとっても、これが初めてのGIだった。上田けい子にとっても、ハッピーネモファームにとっても初めてで、種牡馬マンハッタンカフェにとっても、産駒が獲る最初のGIだった。三年目の産駒である。この年の秋には同じ2006年産のレッドディザイアが秋華賞を勝ち、マンハッタンカフェはリーディングサイアーの座に就く。その先頭を切ったのが、浦河の小さな牧場の初生産馬だった。 母ジョープシケは16戦して1勝、勝てないまま繁殖に上がった牝馬である。上田の娘・江吏子は、母は名前のとおりの道を歩いたのだろう、と振り返っている。

出典:スポーツニッポン「1着ジョーカプチーノ」2009年5月11日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2009/05/11/kiji/K20090511Z00002280.html 、閲覧日:2026年8月1日。

不良の府中 ― 四つのコーナーの先頭で

中竹は距離延長に前向きだった。マイルで折り合えたのだから、と。血統も味方に見えた。父は菊花賞と天皇賞(春)の勝ち馬であり、母の父フサイチコンコルドは1996年のダービー馬である。 5月31日、東京優駿。7番人気。この日の東京は不良馬場だった。 ゲートを出ると、迷わずハナへ行った。二つ目のコーナーを回るころには、後続を大きく離している。四つのコーナーをすべて先頭で通過し、そして最後の直線で止まった。 2分43秒0。上がり3ハロンは49秒0。勝ったロジユニヴァースから9秒3差の18着で、17着のアイアンルックからも3秒4離されていた。着差の欄には「大差」とだけ記されている。3着のアントニオバローズは、ジョーカプチーノと同じマンハッタンカフェ産駒だった。4着には、16番手からこの日のメンバー最速タイの脚で追い込んだナカヤマフェスタがいる。 放牧に出されたが、筋肉の疲労が引かなかった。秋のマイルチャンピオンシップに登録し、暮れの阪神カップに切り替え、どちらも使わずに放牧へ戻る。翌春の高松宮記念を目標に据えると、今度は右前脚の深管に不安が出て回避した。 GIを勝った三週間後のこの一日が、そのまま長い空白の入口になった。

一年五か月 ― 帰ってきた一二〇〇

2010年10月30日、京都のスワンステークス。10番人気。ハナを切って、マルカフェニックスに差されて3着。1年5か月ぶりの実戦だった。11月21日のマイルチャンピオンシップは9着。 12月11日、中山の芝1200m、ラピスラズリステークス。単勝1.7倍の1番人気。吉田豊が二の脚でハナを奪い、向かい風のなかを力で押し切った。1馬身1/4差。NHKマイルカップを勝った日から、1年7か月が経っていた。 年が明けて1月29日、京都のシルクロードステークス。58kgのトップハンデを背負い、単勝2.2倍の1番人気に推される。逃げるつもりだった。ところがゲートで後ろにもたれ、1馬身の出遅れ。ファルコンステークス以来の後方待機になる。道中は十番手前後、行きたがるのを我慢させ続けた。 直線、外から追い上げた。上がり3ハロン32秒6は、この日の最速タイである。前を行く馬をすべて捉え、2着のアーバニティに半馬身。同じ32秒6で伸びてきたそのアーバニティも、父はマンハッタンカフェだった。 「いやあ、びっくりした」[^1] 10キロ増えた馬体を見ながら、中竹はそう言った。逃げても勝ち、出遅れても差して勝つ。芝1200mは、これで4戦4勝になった。

出典:スポーツニッポン「【シルクロードS】ジョーカプチーノ“びっくり”V」2011年1月30日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2011/01/30/kiji/K20110130000147090.html 、閲覧日:2026年8月1日。

初めての一番人気 ― 三コーナーのブレーキ

2011年3月27日、阪神の芝1200m、高松宮記念。単勝2.8倍。前年の覇者キンシャサノキセキも、オーシャンステークスを勝ったダッシャーゴーゴーも4倍台で、いちばん支持を集めたのはジョーカプチーノだった。GIで1番人気に推されたのは、これが最初である。 好位につけた。3コーナー、外から鋭角に切れ込んできたダッシャーゴーゴーに前をふさがれる。 「3コーナーで引っ張ってブレーキをかけた」[^1] 気で走る馬だった。一度手応えを失うと戻らない。直線は伸びず10着。前をふさいだダッシャーゴーゴーは、11着に降着となった。初めて背負った1番人気は、追い比べにすらならないまま終わった。 以後、勝ち鞍は増えなかった。5月の京王杯スプリングカップは福永祐一に乗り替わって、勝ったストロングリターンと同タイムの3着。6月の安田記念はリアルインパクトから0秒1差の5着。8月の札幌、キーンランドカップは2番人気で9着。10月のスワンステークスはリディルに0秒2差の2着。11月の京阪杯は6着で、勝ったのは3歳のロードカナロアだった。 2012年は3月の中山でオーシャンステークス5着、中京に替わった高松宮記念で11着。5月12日、東京の京王杯スプリングカップも11着。この日の鞍上は藤岡康太だった。三年前の五月に同じ競馬場でGIを掴んだ人馬の、これが最後の一戦になる。 6月2日付で競走馬登録を抹消。23戦6勝、獲得賞金3億220万1000円。芝1200mは4戦4勝のあと、5戦して一度も勝てなかった。

出典:スポーツニッポン「【高松宮記念】競馬にならず…ジョーカプチーノ10着」2011年3月28日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2011/03/28/kiji/K20110328000513380.html 、閲覧日:2026年8月1日。

新冠にて ― 走り終えたあとの十四年

引退後は新冠の優駿スタリオンステーションで種牡馬になり、2016年からはビッグレッドファームに移った。種付頭数は初年度から28頭、16頭、14頭と細り、2016年に54頭、2017年には103頭まで増え、その後はまた二桁に戻っている。 2016年6月4日、東京の新馬戦をマイネルバールマンが勝ち、産駒のJRA初勝利となった。翌2017年4月8日には、中山のニュージーランドトロフィーをジョーストリクトリが勝つ。父が3着に敗れたのと同じ舞台を、同じ「ジョー」の名を持つ仔が獲った。2021年には、ナムラリコリスが函館2歳ステークスを勝っている。 母ジョープシケは、初仔のあともマンハッタンカフェの仔を三頭産み、2011年にはディープインパクト産駒の牡馬ジョーエクスカリバを産んでいる。GIを勝つ仔を出すということは、母の余生の相手が変わるということでもある。 藤岡康太は、その後も栗東で乗り続けた。2023年11月19日のマイルチャンピオンシップ、落馬負傷したライアン・ムーアの代わりに乗ったナミュールで、14年ぶり二度目のGIを勝つ。それが生涯最後の重賞制覇になった。2024年4月6日、阪神競馬第7競走で騎乗中に落馬し、頭部と胸部を負傷。意識が戻らないまま、4月10日に亡くなった。35歳だった。JRA通算803勝、GIは2勝。その最初のGIが、ジョーカプチーノだった。 兄の佑介は、2018年のNHKマイルカップをケイアイノーテックで勝ち、GI86度目の挑戦にして初めてのタイトルを手にした。弟が九年前に最初のGIを掴んだのと、同じレースだった。2026年2月28日、佑介は騎手を引退する。最終日の阪神、マーガレットステークスを父・健一が管理するタマモイカロスで勝ち、翌3月から調教師になった。 ジョーカプチーノは、いまも新冠にいる。2026年で20歳。生まれた日に顔にあった一滴のミルクは、芦毛に変わる過程でどこかへ消えてしまった。残ったのは、その一滴に因んだ名前と、東京の芝1600mに刻んだ1分32秒4である。二十三回ゲートに入り、六回勝った。そのうちの一回、10番人気で獲った五月の一日を持って、この馬は走り終えたあとの十四年を生きている。

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