名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。

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イスラボニータのイメージビジュアル
イスラボニータIsla Bonita
Isla Bonita

イスラボニータ

通算成績25戦8勝

獲得賞金75,202万円

生年月日 2011.05.21(平成23年)毛色 黒鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
イスラボニータの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
1 GII阪神カップ 阪神 芝1400 2人気 C.ルメール 1:19.5 上り33.9映像
5 GIマイルチャンピオンS 京都 芝1600 1人気 C.ルメール 1:34.1 上り34.5映像
2 GIII富士S 東京 芝1600 4人気 C.ルメール 1:35.1 上り34.9映像
8 GI安田記念 東京 芝1600 1人気 C.ルメール 1:31.9 上り34.4映像
1 GII読売マイラーズカップ 京都 芝1600 2人気 C.ルメール 1:32.2 上り32.9映像
2 GII阪神カップ 阪神 芝1400 2人気 C.ルメール 1:21.9 上り35.3
2 GIマイルチャンピオンS 京都 芝1600 2人気 C.ルメール 1:33.1 上り35.0映像
2 GIII富士S 東京 芝1600 4人気 C.ルメール 1:34.1 上り33.7
5 GI安田記念 東京 芝1600 4人気 蛯名正義 1:33.3 上り33.9映像
5 GII産経大阪杯 阪神 芝2000 7人気 蛯名正義 1:59.9 上り33.6
9 GII中山記念 中山 芝1800 3人気 蛯名正義 1:46.9 上り34.9映像
3 GIマイルチャンピオンS 京都 芝1600 1人気 蛯名正義 1:33.0 上り33.0映像
3 GI天皇賞(秋) 東京 芝2000 6人気 蛯名正義 1:58.6 上り33.6映像
3 GII毎日王冠 東京 芝1800 7人気 蛯名正義 1:45.8 上り33.7映像
5 GII中山記念 中山 芝1800 1人気 蛯名正義 1:50.7 上り36.0映像
9 GIジャパンカップ 東京 芝2400 5人気 蛯名正義 2:24.4 上り35.9映像
3 GI天皇賞(秋) 東京 芝2000 1人気 C.ルメール 1:59.8 上り34.4映像
1 GII朝日セントライト記念 新潟 芝2200 1人気 蛯名正義 2:11.7 上り35.4映像
2 GI東京優駿 東京 芝2400 1人気 蛯名正義 2:24.7 上り34.3映像
1 GI皐月賞 中山 芝2000 2人気 蛯名正義 1:59.6 上り34.6映像
1 GIII共同通信杯 東京 芝1800 1人気 蛯名正義 1:48.1 上り33.2映像
1 GIII東京スポーツ杯2歳S 東京 芝1800 2人気 蛯名正義 1:45.9 上り34.1映像
1 OPいちょうS 東京 芝1800 3人気 蛯名正義 1:49.6 上り34.0
2 GIII新潟2歳S 新潟 芝1600 4人気 蛯名正義 1:35.0 上り33.7映像
1 2歳新馬 東京 芝1600 2人気 蛯名正義 1:37.9 上り34.2

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
イスラボニータの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
フジキセキFuji KisekiサンデーサイレンスSunday SilenceHalo
Wishing Well
ミルレーサーMillracerLe Fabuleux
Marston's Mill
イスラコジーンIsla CozzeneCozzeneCaro
Ride the Trails
Isla MujeresCrafty Prospector
Lido Isle
STORY

旅程 — この馬の物語

2011年生まれの黒鹿毛の牡馬。父フジキセキ、母イスラコジーン。主な勝ち鞍は皐月賞・東京スポーツ杯2歳S・共同通信杯。

島の名を継ぐ

2011年5月21日、北海道浦河町。社台コーポレーション白老ファームで生まれた黒鹿毛の牡馬に、イスラボニータという名が付いた。スペイン語で「美しい島」を意味する。 名の源は母系にある。母はアメリカ生まれのイスラコジーン。その母は Isla Mujeres――メキシコ・ユカタン半島の沖、カリブ海に浮かぶ小島の名だ。さらにその母は Lido Isle。カリフォルニア州ニューポートビーチの入江に築かれた人工島で、名はヴェネツィアのリド島に由来する。母から母へ、島の名だけが渡されてきた牝系の末に、この馬は生まれた。 母イスラコジーンは芝1700mのホーソーンオークスを勝ち、同じ距離のGIIミセスリヴィアステークスで2着している。2005年のアメリカンオークスでは、日本から海を渡ってきたシーザリオと同じレースを走っている。父はフジキセキ。 2013年6月2日、東京の芝1600m。鞍上は蛯名正義。2番人気に支持されたが、スタートで出遅れ、後方から押し上げての勝利だった。夏の新潟2歳ステークスでもまた出遅れ、馬群を裂いて伸びながら、大外から飛んできたハープスターに3馬身突き放されて2着。秋にいちょうステークスを勝ち、11月の東京スポーツ杯2歳ステークスではプレイアンドリアルとの叩き合いをクビ差で制して重賞初制覇。勝ち時計1分45秒9は、東京芝1800mの2歳コースレコードだった。

一九九四年八月二十日、新潟

話は二十年ほど遡る。 1994年8月20日、新潟競馬場。当時はまだ右回りだったこのコースの芝1200mで、一頭のサンデーサイレンス産駒がデビューした。スタートで大きく出遅れて最後方。それでも直線で先行勢を呑み込み、2着に8馬身の差をつけてゴールする。1分9秒8。その手綱を取っていたのが、蛯名正義だった。 馬の名はフジキセキ。2戦目からは厩舎所属の角田晃一に手綱が渡り、もみじステークス、朝日杯3歳ステークス、弥生賞と勝ち続けて4戦4勝。皐月賞の断然の主役になった。ところが1995年3月24日、左前脚に屈腱炎が見つかる。復帰に一年以上を要すると診断され、馬主・生産者・調教師の協議の末、そのまま引退が決まった。父は、皐月賞のゲートに入ることができなかった。 種牡馬となったフジキセキは、カネヒキリキンシャサノキセキダノンシャンティストレイトガールとGI馬を送り出しながら、クラシックだけが獲れずにいた。2010年の種付けを最後に休養に入り、その年の交配から生まれたのがイスラボニータの世代――フジキセキの最後の産駒たちである。 2014年2月、共同通信杯。イスラボニータは1番人気に応え、内から迫るベルキャニオンを凌いで1馬身1/4差をつけた。陣営はトライアルを使わず、このまま中山へ向かうことを選んだ。

父が立てなかった舞台

2014年4月20日、中山。18頭立ての1枠2番。弥生賞を制したトゥザワールドに次ぐ2番人気だった。 好スタートから、外に殺到した先行勢を先へ行かせ、蛯名は馬群に生まれた切れ目へ馬を導いた。3コーナーから4コーナーは先行馬群のすぐ外、荒れた内を避ける進路を通る。直線に向いたとき、目標はトゥザワールドただ一頭だった。前脚を水平に突き出す独特の走法で坂を上がると、食い下がる相手を突き放して1馬身1/4差。いちょうステークスから数えて4連勝でのクラシック制覇だった。 蛯名は19度目の皐月賞挑戦で、初めてこのタイトルを手にした。栗田博憲にとっては1998年の高松宮記念以来、約16年ぶりのGIであり、1980年の開業から数えて初めてのクラシックタイトルでもあった。そしてフジキセキ産駒にとっては、最初のクラシック優勝を最後の世代が持ち帰ったことになる。 父のデビュー戦の鞍上だった男は、レース後にこう語っている。「その最後の産駒で、こうして勝てたことに運命的なものを感じる」[^1] ゴールの瞬間、蛯名は左手をサラリと上げただけだった。ここは通過点だという顔をしていた。

出典:スポニチアネックス「【皐月賞】イスラボニータ フジキセキ産駒最終世代でクラシック初制覇」2014年4月21日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2014/04/21/kiji/K20140421008013420.html、閲覧日:2026年7月27日。

四分の三馬身

六週間後、東京。二冠を懸けたイスラボニータは1番人気に推された。枠は7枠13番。 道中は外めの3番手。手応えは十分だった。直線、坂下で馬なりのまま先頭に立つ。ここまでは思い描いたとおりだったはずだ。だが内でぴたりとマークしていたワンアンドオンリーが外へ持ち出し、横山典弘の手に応えて並びかけてくる。蛯名がステッキを入れる。差し返そうとする。差は詰まらない。3/4馬身。 検量室の片隅で、蛯名は何度も顔をぬぐいながら言葉を振り絞った。「枠が逆なら、着順も逆になっていた」[^1]。1991年のシャコーグレイド以来、22度目のダービーだった。 栗田も無念を隠さなかった。この師にとってもダービーは長い宿題である。1984年、初めてGIに送り出したフジノフウウンが東京優駿の3着。1986年にはグランパズドリームが、ダイナガリバーの半馬身うしろでゴールしている。二着の記憶を、この師は二十八年前から抱えていた。

出典:スポニチアネックス「【日本ダービー】イスラボニータ、差し返せず2着…蛯名「枠の差」」2014年6月2日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2014/06/02/kiji/K20140602008282660.html、閲覧日:2026年7月27日。

一頭にしか乗れない

秋。中山競馬場が改修工事に入ったため、セントライト記念は12年ぶりに新潟で行われた。単勝1.4倍。道中6番手から4コーナーで押し上げ、先に抜け出したトゥザワールドを残り150mで捉えて1馬身1/4差。菊花賞トライアルを圧勝しながら、陣営が選んだ本番は天皇賞(秋)だった。 ここで鞍上が替わる。蛯名には、天皇賞(春)を連覇したフェノーメノへの先約があった。騎手は一頭にしか乗れない。イスラボニータの手綱はクリストフ・ルメールに渡った。 7枠15番から3番手。ジェンティルドンナと馬体を併せ、直線では真っ先に先頭へ躍り出る。二頭の叩き合いになった――そこへ外からスピルバーグの脚が伸びてきた。ゴール前で失速し、ジェンティルドンナにもかわされて3着。同じレースで、蛯名の乗るフェノーメノは14着に沈んでいる。 ジャパンカップでは蛯名が戻ってきた。好位で手応えよく運びながら、追い出してからの伸びを欠いて9着。デビュー以来はじめて掲示板を外した。勝ったのはエピファネイア――その母シーザリオは、九年前のアメリカンオークスでイスラボニータの母と同じレースを走った馬である。 年が明けて、2014年のJRA賞最優秀3歳牡馬に選出された。ダービー馬ワンアンドオンリーに、61票の差をつけての受賞だった。

三着と、二着

2015年3月1日、中山記念。1番人気。昼前から降り出した豪雨のなか、直線で外から先団を捉えにいったが、残り100mで力尽きて5着に終わる。 それから半年以上、この馬はターフに現れなかった。3月27日の調教後、左前の球節に微熱が出た。産経大阪杯を回避し、レントゲンでは骨に異常なく打撲と判明したが、5月になって熱がぶり返す。春の最大目標だった安田記念も見送りになった。 7か月ぶりの実戦は10月の毎日王冠。7番人気。エイシンヒカリの作るスローを追い、直線で捉えにかかったが残り50mで脚が上がり、外からディサイファに首差交わされて3着。続く天皇賞(秋)は不利とされる8枠16番から6番人気で3着。中2週で臨んだマイルチャンピオンシップは1番人気に応えられず、出遅れて後方からになりながら内を突いて伸び、モーリスとフィエロに屈して3着。三度続けての三着で、4歳の一年は一勝もできずに終わった。 2016年も中山記念から始まり、ドゥラメンテの前に9着。産経大阪杯5着、安田記念5着。潮目が変わったのは秋だった。富士ステークスから鞍上がルメールになり、58kgを背負って内から伸び、先に抜け出したヤングマンパワーを追い詰めて2着。マイルチャンピオンシップでは直線でミッキーアイルを捉えかけて頭差2着。年末の阪神カップは、逃げるミッキーアイルを早めに交わして押し切る構えから、残り100mでシュウジに差し込まれてまた頭差の2着。 三戦続けての二着。強さは誰の目にも明らかなのに、勝ち鞍だけが増えなかった。

二年七か月

2017年、陣営は惜敗続きに終止符を打つべく、早めに入厩させて仕上げる作戦を採った。始動戦はマイラーズカップ。2番人気。中団から向正面で積極的に押し上げ、直線では馬群を捌いてブラックスピネルとヤングマンパワーを差し切り、外から迫るエアスピネルを半馬身凌いだ。上がり32秒9。 2014年9月のセントライト記念以来、2年7か月ぶりの勝利だった。 続く安田記念は1番人気。だが馬群に揉まれ、進路が開かないまま8着。秋の富士ステークスは不良馬場を先行してエアスピネルの2着、1番人気のマイルチャンピオンシップは道中で他馬と接触するアクシデントもあって5着。六歳の秋も、二つ目のGIには届かなかった。 マイルチャンピオンシップのあと、陣営は年内での引退を発表する。ラストランは暮れの阪神カップと決まった。

ひと足お先に

2017年12月23日、阪神。芝1400m、18頭立ての1枠2番。1番人気は4連勝中のモズアスコット、イスラボニータは2番人気だった。 アポロノシンザンが逃げ、イスラボニータは先行集団に取り付きかけて控え、中団の内でじっと脚を溜める。直線、前の壁が動いた。好位から満を持して抜け出したのは、武豊のダンスディレクター。翌日の有馬記念でキタサンブラックのラストランに騎乗する男である。開いた隙間へ、イスラボニータが鋭く伸びた。二頭の一騎打ち。最後の最後に鼻面を前へ出したのは、イスラボニータだった。 1分19秒5。1994年のスワンステークスでサクラバクシンオーが刻んだ1分19秒9――日本の1400mではじめて1分20秒を切ったあのタイム――を、23年ぶりに0秒4更新するコースレコードだった。 「まずは無事に上がってきてくれたことに感謝です」[^1]。栗田はそう言った。表彰式を終えてウイナーズサークルを去る馬に、スタンドから「ありがとう」の声が飛ぶ。ルメールは厩舎スタッフや牧場関係者と抱き合った。25戦8勝。デビューから4年半の現役生活は、勝利で閉じられた。

出典:スポニチアネックス「【阪神C】イスラボニータ有終の剛脚V、レコードのおまけ付き」2017年12月24日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2017/12/24/kiji/20171224s00004048053000c.html、閲覧日:2026年7月27日。

島から島へ

イスラボニータが皐月賞を持ち帰った2014年の春、父フジキセキは北海道安平町の社台スタリオンステーションにいた。2013年に種牡馬を退き、功労馬用の厩舎で余生を送っていたのである。その翌年、2015年12月28日、フジキセキは頚椎損傷で息を引き取った。23歳だった。 イスラボニータが同じ社台スタリオンステーションに種牡馬として入ったのは2018年である。父は、もういなかった。 産駒は2021年に走り出した。2022年、プルパレイがファルコンステークスで重賞初制覇。ヤマニンサルバムが中日新聞杯と新潟大賞典を、父の名の片割れを継いだコスタボニータが福島牝馬ステークスを、トゥードジボンが関屋記念を勝ち、2025年にはニシノエージェントが京成杯を、ヤマニンアルリフラが北九州記念を制した。2026年春には、アルトラムスが毎日杯を勝っている。 人にも時間は流れた。栗田博憲は2019年2月、定年で厩舎の扉を閉じた。蛯名正義は2021年2月に騎手を退いて調教師となり、2026年6月、騎手部門の顕彰者に選ばれている。GI26勝、JRA通算2541勝。ダービーだけは、25回の騎乗を経てついに勝てないまま終わった。それでも、1994年の新潟で8馬身ちぎった馬と、2014年の中山でその馬の届かなかったタイトルを獲った馬の、両方の背中を知る騎手は、この人ひとりである。 安平の放牧地で草を食む黒鹿毛は、いま名前を配る側にいる。母から母へと渡されてきた島の名は、この馬のところで向きを変え、仔たちの血へ流れ出した。

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