名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

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インティのイメージビジュアル
インティInti
Inti

インティ

通算成績23戦7勝

獲得賞金32,912万円

生年月日 2014.04.08(平成26年)毛色 栗毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
インティの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
7 JpnⅠかしわ記念 船橋 ダ1600 3人気 武豊 1:41.4 上り39.9映像
11 GIフェブラリーS 東京 ダ1600 7人気 武豊 1:35.2 上り35.1映像
4 GIチャンピオンズカップ 中京 ダ1800 9人気 武豊 1:50.8 上り37.0映像
4 JpnⅠマイルチャンピオンシップ 盛岡 ダ1600 5人気 岩田望来 1:35.8 上り35.8
3 JpnⅠかしわ記念 船橋 ダ1600 4人気 武豊 1:39.6 上り38.2映像
6 GIフェブラリーS 東京 ダ1600 7人気 武豊 1:35.1 上り35.5映像
12 GII東海テレビ杯東海S 中京 ダ1800 1人気 武豊 1:52.2 上り40.8映像
3 GIチャンピオンズカップ 中京 ダ1800 10人気 武豊 1:49.7 上り37.4映像
9 JpnⅠマイルチャンピオンシップ 盛岡 ダ1600 5人気 戸崎圭太 1:34.8 上り37.5
14 GIフェブラリーS 東京 ダ1600 2人気 武豊 1:38.3 上り39.0映像
3 GII東海テレビ杯東海S 京都 ダ1800 1人気 武豊 1:50.4 上り36.1映像
3 GIチャンピオンズカップ 中京 ダ1800 3人気 武豊 1:48.7 上り35.9映像
15 GIIIみやこS 京都 ダ1800 1人気 川田将雅 1:52.8 上り40.9映像
6 JpnⅠ帝王賞 大井 ダ2000 1人気 武豊 2:05.5 上り38.9
2 JpnⅠかしわ記念 船橋 ダ1600 1人気 武豊 1:40.4 上り38.2
1 GIフェブラリーS 東京 ダ1600 1人気 武豊 1:35.6 上り35.4映像
1 GII東海テレビ杯東海S 中京 ダ1800 1人気 武豊 1:49.8 上り35.9映像
1 観月橋S 京都 ダ1800 1人気 武豊 1:49.4 上り35.9
1 3歳以上1000万下 京都 ダ1800 1人気 武豊 1:50.1 上り36.8
1 3歳以上500万下 中京 ダ1800 1人気 武豊 1:51.3 上り37.3
1 3歳以上500万下 小倉 ダ1700 1人気 松若風馬 1:43.8 上り37.5
1 3歳未勝利 阪神 ダ1800 5人気 藤岡康太 1:53.6 上り36.8
9 3歳未勝利 阪神 ダ1800 6人気 藤岡康太 1:54.0 上り39.4

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
インティの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
ケイムホームCame HomeGone WestMr. Prospector
Secrettame
Nice AssayClever Trick
インフルヴユーIn Full View
キティNorthern AfleetアフリートAfleet
Nuryette
フォレストキティForest KittyForestry
Haleakala

引退後・牧場での映像

ゴール板の先の時間
STORY

旅程 — この馬の物語

2014年生まれの栗毛の牡馬。父ケイムホーム、母キティ。主な勝ち鞍はフェブラリーS・東海テレビ杯東海S。

太陽の名 ― 荻伏の八ヘクタール

北海道浦河町野深、かつて荻伏村と呼ばれた土地に、1940年創業の小さな牧場がある。放牧地は八ヘクタール、繋養する繁殖牝馬は五頭。二代目の山下恭茂が四十年ほどサラブレッドを送り出してきた家族経営の牧場だ。地方競馬では九州ダービー栄城賞と岩手ダービーダイヤモンドカップ、二つの「ダービー」の勝ち馬を出している。だが中央の重賞を勝つ馬が出るのは、この先に生まれる一頭を待って、実に四十数年ぶりのことになる。 その牧場で2006年に生まれた鹿毛の牝馬が、キティである。骨折のためにデビューは遅れたが、初出走を勝つと、そこから四戦して二勝二着二回。一気に準オープンまで駆け上がった。中山の初茜賞、札幌のオーロラ特別と特別戦を二つ勝ち、通算四勝を挙げて2012年に競走生活を終える。 繁殖に上がったキティの、初年度の相手に選ばれたのはケイムホームだった。母のダート適性をそのまま伸ばす配合である。こうして2014年4月8日、キティの初仔が生まれた。栗毛の牡馬。その名は、インカ神話の太陽の神から採られた。インティ。

「メジロの頭脳」が待った時間

キティを所有していたのは、武田茂男という馬主である。東京に生まれ、日本大学の農獣医学部を出て、1974年にメジロ牧場へ獣医として入った。副場長を経て場長となり、「メジロの頭脳」と呼ばれた人だ。1995年にメジロ牧場を離れると、1997年、浦河町に自ら育成牧場・武田ステーブルを開く。その手を通ってGIを勝った馬に、アドマイヤコジーン、ファインモーションスプリングゲントトーホウジャッカルがいる。走らせる側ではなく、育てる側から競馬を見続けてきた人である。 母と同じ白と黒格子の勝負服を着ることになった初仔は、生まれたときは小柄だった。中期育成を終えて武田ステーブルに移ってからも、化骨――骨組織が固まっていく成長――の進みが遅く、GIを勝つほどの馬とは見られていない。食欲は旺盛で馬体はぐんぐん大きくなったのに、その体を持て余す。走ることは好きなのに、しっかりしたフォームで走れるようになるまでに長い時間がかかった、と陣営は振り返っている。 預けられたのは、母キティと同じ栗東の野中賢二厩舎。2008年に開業した厩舎である。育成牧場からトレーニングセンターへ入ろうという頃、インティの半弟が病死する不幸があった。武田と野中は、それでも急がなかった。体質が弱く、成長の遅い馬である。ダートの馬には三歳の夏まで適性を活かせる番組がほとんど無いことも、待つという選択を後押しした。

三歳四月の船出、そして十一か月

デビューは三歳の四月までずれ込んだ。2017年4月8日――生まれた日からちょうど三年にあたるその日、阪神のダート1800mで藤岡康太を鞍上に初陣を迎え、六番人気の九着に終わる。 二戦目は同じ阪神の同じ距離、同じ鞍上。今度は一変した。二着に七馬身の差をつける圧勝である。夏の小倉では松若風馬を背に条件戦も危なげなく勝ち、これで二連勝。 だが、そこで球節が腫れた。長い休みに入る。復帰までに十一か月。三歳の秋も四歳の春も、この馬は競馬場にいなかった。

超新星 ― 手前を変えぬまま

2018年7月15日、中京。復帰戦の鞍上は武豊だった。前走で乗った松若風馬に先約があったための巡り合わせである。インティはこの一戦を、最後まで手前――走りながら踏み替える脚の左右――を変えないまま勝ち切った。粗い。粗いのに、勝つ。 続く京都の一戦は十馬身差。単勝1.1倍に支持された観月橋ステークスでは、コーナーで前後の手前が食い違う不正駈歩になりながら、それでも五馬身差で楽勝した。好時計の圧勝が続き、ダート界に「超新星」が現れたと言われるようになる。 明けて2019年1月20日、中京の東海ステークス。重賞は初挑戦で、陣営は左回りへの不安を口にしていたが、単勝1.5倍の圧倒的な支持を集めた。四番ゲートから楽に先手を奪い、1000m通過61秒5。直線を向いても手応えは余っている。二着チュウワウィザードに二馬身、三着スマハマはさらに七馬身後ろ。重賞初挑戦での初制覇、未勝利戦から数えて六連勝だった。 鞍上にも記録がついた。1987年のデビュー以来、武豊はこれで三十三年続けてJRAの重賞を勝ったことになる。当の本人は、その数字にきょとんとしていた。「23年じゃないですか?33年なの?」[^1]

出典:スポーツニッポン「【東海S】武豊 33年連続重賞制覇に笑顔「23年じゃないですか?」」2019年1月20日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2019/01/20/kiji/20190120s00004048250000c.html 、閲覧日:2026年7月26日。

クビ差 ― 二〇一九年二月十七日

一か月後の東京、フェブラリーステークス。相手には2016年から2018年までのこの競走の優勝馬三頭を含む、四頭のGI馬が並んだ。それでも一番人気はインティだった。 芝から始まるスタートを苦にせず、ダートコースに入ったところでハナを奪う。前半800m通過48秒0。自分のリズムだった。直線を向くとリードをじわりと広げ、内ラチ沿いを走る。残り200m、外からゴールドドリームが伸びてきた。二年前のこの競走の勝ち馬である。差は詰まる。詰まるが、届かない。クビ差。 未勝利戦から七連勝でのGI初制覇だった。 武豊にとっては、このレース五勝目である。ゴールドアリュールカネヒキリヴァーミリアンコパノリッキー――名前の並びは、そのまま日本のダート王の系譜だ。その末尾に、繁殖牝馬五頭の牧場で生まれた初仔が加わった。2017年の有馬記念をキタサンブラックで勝って以来、一年二か月ぶりのGIでもある。野中賢二にとっては開業から初めてのGI。そして山下恭茂の牧場にとっては、四十数年ぶりに出た中央の重賞優勝馬が、そのままGI馬になった。 化骨の遅い初仔を、急がずに待つと決めた人たちがいた。武田茂男が待った時間の先に、東京のダートの、あのクビ差があった。

掛かる ― 頂の裏側

五月、船橋。初めての地方遠征となったかしわ記念で、インティはゴールドドリームとともに単勝一倍台の支持を受けた。だがスタートで後手を踏んで三番手からの競馬になり、向正面では後方から上がってきたオールブラッシュに競りかけられる。三コーナーで先頭に立ったものの、直線でゴールドドリームに差し切られて二着。連勝は七で止まった。 六月の帝王賞は、有力と見られた二頭が回避して一番人気。二番手につけたが折り合いを欠き、直線で一度は先頭に立ちながら失速して六着に終わる。自分のリズムで行ければ強いが、気性の弱さが出てしまった――武豊はそう振り返った。 秋初戦のみやこステークスは、武豊がアメリカのブリーダーズカップに騎乗する日と重なり、川田将雅が手綱を取った。十六頭立ての大外枠、メンバー最重量の59kg。道中でまた掛かり、最終コーナーで馬体をぶつけられて鞍上が手綱を引くと、そのまま後退した。追われることのないまま十五着。 暮れのチャンピオンズカップは三番人気。好スタートから先手を奪い、折り合いをつけ、直線では後続を突き放す構えさえ見せた。しかしゴール前でクリソベリルゴールドドリームに差し切られて三着。クリソベリルの勝ち時計は、それまでのレース記録を1秒6も更新するものだった。後ろの馬が強かった、レベルの高い一戦だった――武豊はそう振り返り、野中賢二も、相手のレベルの高さを認めた。

復活の兆し ― 二〇二〇年十二月

六歳。前年と同じ道筋を辿ろうとした。だが京都の東海ステークスでは単騎の逃げを宣言しながら、58kgという重い斤量もあって番手からの競馬になり三着。続くフェブラリーステークスは、ワイドファラオアルクトスブルドッグボスに前を取られ、終いも伸びず十四着に沈む。この馬らしさが全く無かった、と武豊は言った。春はそのまま全休した。 秋、盛岡のマイルチャンピオンシップ南部杯から始動する。主戦の武豊はフランスからの帰国後の待機期間にかかって騎乗できず、戸崎圭太が乗った。ハナは切ったものの直線で早々に手応えを失い、日本レコードで駆け抜けたアルクトスの九着。 十二月、中京。チャンピオンズカップの単勝は十番人気だった。それでもこの馬は二番手を追走し、三~四コーナーで掛かって余力を削がれながら、最後まで粘って二年連続の三着に残る。勝ったチュウワウィザードとの差は0秒4。レースのあと、武豊はこう言った。「復活の兆しは見せてくれたと思います」[^1]

出典:中日スポーツ・東京中日スポーツ「【チャンピオンズC】インティ意地見せた! 今年も3着 武豊「復活の兆しは見せてくれた」」2020年12月6日配信、https://www.chunichi.co.jp/article/166050 、閲覧日:2026年7月26日。

傾いてなお ― 八歳の春まで

七歳の一月、中京の東海ステークス。一番人気に推されたが、スタート後に他馬との競り合いになり、前半1000mが59秒3という速い流れを刻んでしまう。三コーナーでも後ろからプレッシャーを受け、直線は余力なく十二着に沈んだ。 翌月、三年連続のフェブラリーステークス。ここでこの馬は逃げなかった。七番人気。武豊が選んだのは、後方三、四番手に控える競馬である。直線でメンバー二位の脚を使って追い込み、前は捉えきれずに六着。先手を取らなくても走れることを、七歳の逃げ馬はそこで示した。 五月のかしわ記念は後方から上がり最速の脚で三着。秋の南部杯は岩田望来を背に、メンバーでただ一頭の上がり35秒台を使って四着。暮れのチャンピオンズカップは武豊が戻り、二番手から直線でいったんは先頭に立って四着。勝ち鞍こそ増えなかったが、七歳のこの馬はまだ、GIの舞台で前を狙える場所にいた。 八歳になった2022年、フェブラリーステークスは後方から進めて十一着。五月五日、三度目のかしわ記念は三番人気に推されたが、直線で手応えは劣勢のまま七着だった。折り合いはついていたのに三コーナーから反応がなく、いい時の走りがなかなか戻らない――武豊はそう語った。それが最後の一戦になる。 9月7日付でJRAの競走馬登録は抹消された。二十三戦七勝、獲得賞金3億2912万8000円。太陽は、静かに沈んだ。

新冠から、世代の一番星へ

引退したインティは、北海道新冠町の優駿スタリオンステーションで種牡馬になった。ダートのGIを勝った馬たちが並ぶスタリオンの展示会に、栗毛の太陽神も名を連ねた。 2026年5月1日、大井競馬の第五競走。南関東でその年最初に組まれた二歳新馬戦を、ダート1000mで、四番人気のキョウエイアカギが勝った。父インティ。産駒は初出走で初勝利を挙げ、その世代の一番星になった。 八ヘクタールの放牧地と、五頭の繁殖牝馬。そこで待たれて生まれた初仔は、遅れて船出し、七つ勝ち、東京のダートを一度だけ先頭で駆け抜けた。太陽の名はいま新冠へ渡り、最初の産駒が、もう大井の砂で先頭を走っている。

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