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イングランディーレ
通算成績34戦8勝
獲得賞金4億700万円
生年月日 1999.05.21(平成11年)毛色 鹿毛性 牡
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 6 | GIIブリーダーズゴールドカップ | 旭川 ダ2300 | 3人気 | 五十嵐冬樹 | 2:34.3 | 上り43.2 | — | |
| 3 | OPみなみ北海道S | 函館 芝2600 | 6人気 | 安藤勝己 | 2:43.0 | 上り37.6 | — | |
| 10 | GIIステイヤーズS | 中山 芝3600 | 5人気 | 柴田善臣 | 3:50.6 | 上り37.5 | — | |
| 12 | OPカシオペアS | 京都 芝1800 | 8人気 | O.ペリエ | 1:48.5 | 上り35.1 | — | |
| 2 | GIIブリーダーズゴールドカップ | 旭川 ダ2300 | 1人気 | 五十嵐冬樹 | 2:31.7 | — | — | |
| 9 | GIゴールドカップ | イギリス 芝4000 | 横山典弘 | — | — | |||
| 1 | GI天皇賞(春) | 京都 芝3200 | 10人気 | 横山典弘 | 3:18.4 | 上り36.1 | 映像 | |
| 2 | GIIダイオライト記念 | 船橋 ダ2400 | 4人気 | 蛯名正義 | 2:31.2 | 上り39.5 | — | |
| 5 | GII名古屋グランプリ | 名古屋 ダ2500 | 1人気 | 安藤勝己 | 2:42.3 | — | — | |
| 4 | GIIステイヤーズS | 中山 芝3600 | 2人気 | 小林淳一 | 3:48.6 | 上り35.5 | — | |
| 6 | GIJBCクラシック | 大井 ダ2000 | 4人気 | M.デムーロ | 2:06.2 | 上り39.4 | 映像 | |
| 1 | GIII白山大賞典 | 金沢 ダ2100 | 1人気 | 安藤勝己 | 2:14.6 | — | — | |
| 1 | GIIブリーダーズゴールドカップ | 旭川 ダ2300 | 2人気 | 五十嵐冬樹 | 2:30.7 | — | — | |
| 9 | GI天皇賞(春) | 京都 芝3200 | 5人気 | 小林淳一 | 3:18.1 | 上り37.0 | 映像 | |
| 1 | GII日経賞 | 中山 芝2500 | 5人気 | 小林淳一 | 2:31.3 | 上り36.1 | — | |
| 1 | GIIIダイヤモンドS | 中山 芝3200 | 8人気 | 小林淳一 | 3:23.7 | 上り37.5 | — | |
| 6 | アレキサンドライトS | 中山 ダ1800 | 8人気 | 小林淳一 | 1:54.8 | 上り39.7 | — | |
| 4 | GIIステイヤーズS | 中山 芝3600 | 9人気 | 小林淳一 | 3:45.8 | 上り35.1 | — | |
| 1 | 3歳以上1000万下 | 中山 ダ1800 | 6人気 | 小林淳一 | 1:54.7 | 上り38.5 | — | |
| 6 | 3歳以上1000万下 | 中山 ダ1800 | 2人気 | 江田照男 | 1:55.4 | 上り39.9 | — | |
| 4 | 3歳以上1000万下 | 中山 ダ1800 | 6人気 | 江田照男 | 1:55.4 | 上り40.2 | — | |
| 13 | GIIIユニコーンS | 東京 ダ1600 | 12人気 | 小林久晃 | 1:38.3 | 上り38.3 | — | |
| 4 | OP昇竜S | 中京 ダ1700 | 11人気 | 小林久晃 | 1:44.8 | 上り37.8 | — | |
| 13 | GIIテレビ東京杯青葉賞 | 東京 芝2400 | 18人気 | 吉田豊 | 2:28.3 | 上り35.3 | 映像 | |
| 4 | OP伏竜S | 中山 ダ1800 | 9人気 | 中舘英二 | 1:53.9 | 上り38.9 | — | |
| 1 | 3歳500万下 | 中山 ダ1800 | 2人気 | O.ペリエ | 1:54.7 | 上り39.1 | — | |
| 5 | 3歳500万下 | 東京 ダ1600 | 3人気 | 北村宏司 | 1:40.0 | 上り39.3 | — | |
| 6 | 黒竹賞 | 東京 ダ1600 | 7人気 | 中舘英二 | 1:39.4 | 上り38.4 | — | |
| 4 | 樅の木賞 | 中京 ダ1700 | 5人気 | 中舘英二 | 1:49.5 | 上り38.8 | — | |
| 5 | プラタナス賞 | 東京 ダ1400 | 11人気 | 田面木博公 | 1:25.8 | 上り37.6 | — | |
| 1 | 2歳未勝利 | 東京 ダ1200 | 1人気 | 柴田善臣 | 1:13.8 | 上り36.9 | — | |
| 8 | 2歳未勝利 | 中山 芝1600 | 1人気 | 木幡初広 | 1:36.7 | 上り38.0 | — | |
| 2 | 2歳新馬 | 新潟 ダ1200 | 1人気 | 柴田善臣 | 1:13.9 | 上り37.2 | — | |
| 3 | 2歳新馬 | 新潟 ダ1200 | 2人気 | 柴田善臣 | 1:14.9 | 上り38.7 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父ホワイトマズルWhite Muzzle | ダンシングブレーヴDancing Brave | Lyphard |
| Navajo Princess | ||
| Fair of the Furze | Ela-Mana-Mou | |
| Autocratic | ||
| 母マリリンモモコ | リアルシャダイReal Shadai | Roberto |
| Desert Vixen | ||
| ピーチクリアー | ノーザンテーストNorthern Taste | |
| シヤダイクリアー |
旅程 — この馬の物語
1999年生まれの鹿毛の牡馬。父ホワイトマズル、母マリリンモモコ。主な勝ち鞍は天皇賞・ダイヤモンドS・日経賞。
「大きくする」という名前
1999年5月21日、北海道千歳市の社台ファームで鹿毛の牡が生まれた。 父はホワイトマズルという。イギリス生まれで、イタリアダービーをレコードで勝ち、その秋の凱旋門賞で2着に入った馬である。鼻から口にかけての部分をマズルといい、そこに目立つ白があったので、それがそのまま名前になった。社台の吉田照哉がイタリアの馬主から買い取って、日本へ連れてきている。 母マリリンモモコも同じ社台ファームの生産で、リアルシャダイの娘にあたる。祖母ピーチクリアーの全兄ピーチシャダイは東京障害特別(春)の勝ち馬で、3代母シヤダイクリアーの子孫にはダイナマイトダディやマッキーマックスがいる。血統表を見ると、Northern Dancerが4代前に2度並んでいる。 その仔には、イタリア語の名前がついた。イングランディーレ。大きくする、拡大する、という意味の動詞である。 デビューは2001年8月11日、新潟のダート1200メートル。鞍上は柴田善臣。2番人気で3着だった。3週間後、同じ新潟の同じ条件に1番人気で出て、今度は2着。9月15日には中山の芝1600メートルを試して8着に沈む。10月7日、東京のダート1200メートルに戻して、ようやく勝った。2着に0.6秒の差をつけている。 大きな名前をもらった馬が走っていたのは、競馬でいちばん短い部類の距離だった。
三千六百メートル
2002年、この馬はまだダートの条件戦にいた。1月の黒竹賞が6着、2月の3歳500万下が5着。3月10日、中山のダート1800メートルをオリビエ・ペリエで勝つ。2着とは同じ時計だった。月末の伏竜ステークスは4着。 4月27日、東京優駿への出走権がかかる青葉賞に出た。芝2400メートルである。18頭立ての18番人気で、13着だった。勝ったのはシンボリクリスエス。ただ、最後の600メートルは35秒3でまとめている。 6月のユニコーンステークスで13着に敗れたあと、4か月半、レースを使われなかった。 秋は中山のダート1800メートルを三度続けた。10月に4着、11月に6着、そして11月17日に勝つ。この日から小林淳一が手綱を取った。デビュー11年目のフリー騎手で、重賞は前年のフローラステークスをひとつ勝っただけである。 13日後の11月30日、同じ中山。格上挑戦でステイヤーズステークスに出た。芝3600メートル、JRAでいちばん長い競走である。9番人気だった。 結果は4着。勝ち馬とは0.2秒差で、最後の600メートルを35秒1で上がった。春に青葉賞で使った35秒3を、さらに上回っている。勝ったホットシークレットは、かつて小林自身が乗っていた馬だった。 ダートの1200メートルから始めた馬が、芝の3600メートルで4着に来た。この日から、この馬には長距離という言葉がついて回るようになる。
中山の二月と三月
2003年1月25日、中山のアレキサンドライトステークスは6着。ダートの1600万下である。 3週間後の2月16日、ダイヤモンドステークス。東京競馬場がスタンドの増設工事に入っていたため、この年は中山の芝3200メートルで行われた。ハンデは52キロ。8番人気だった。 稍重の馬場を逃げて、そのまま押し切る。2着とは0.2秒。重賞は初めてで、芝で勝ったのも初めてだった。 3月29日、日経賞。中山の芝2500メートル、5番人気。4コーナーで先頭に立ち、バランスオブゲームを0.2秒抑えた。重賞連勝である。二か月前まで条件戦を走っていた馬が、春の盾の一角に数えられるようになった。 5月4日、京都。天皇賞(春)。5番人気に推され、58キロを背負って9着に終わる。勝ち馬から1.1秒差。この年はヒシミラクルが勝った。 このときのイングランディーレ自身の時計は、3分18秒1だった。
旭川、金沢、大井、名古屋
芝の頂点に届かなかった馬は、また砂へ戻された。 8月、旭川。ダート2300メートルのブリーダーズゴールドカップ、不良馬場である。鞍上は地元の五十嵐冬樹。2着に3馬身の差をつけて勝った。 10月、金沢の白山大賞典。安藤勝己が乗って単勝1.4倍。2周目の3コーナーで先頭に並びかけ、直線は6馬身離した。 11月3日、大井のJBCクラシック。ミルコ・デムーロで4番人気、6着。勝ったアドマイヤドンとは1.9秒あった。 12月6日、中山のステイヤーズステークス。2番人気で4着、0.4秒差。小林淳一がこの馬に乗ったのは、これが最後になる。 12月23日の名古屋グランプリは1番人気で5着。年が明けて3月24日、船橋のダイオライト記念に蛯名正義で出て、不良馬場の2着に入った。 七か月のあいだに、この馬は旭川と金沢と大井と名古屋と船橋を回っている。芝とダートを行き来し、良も稍重も重も不良も走った。デビューから引退までに背に乗った騎手は、15人を数える。 得意な条件が見つからなかったのではない。どこへ連れて行っても走る馬だった。
一人旅
2004年5月2日、京都。芝3200メートルに18頭が並んだ。 人気を集めていたのはリンカーン、ザッツザプレンティ、ネオユニヴァース、ゼンノロブロイの四頭である。うちネオユニヴァース、ゼンノロブロイ、リンカーンは、いずれも後ろから来る差し馬だった。イングランディーレは10番人気にすぎない。 鞍上は横山典弘。この馬に乗るのは、この日が初めてである。 京都の3200メートルは、スタンド前から一周目に入り、外回りを回って、3コーナーの坂を二度上る。長い。だから普通は、最初の一周で息を入れる。 この日は違った。ゲートが開くと、横山は迷わず押した。先頭を取り、そこから緩めない。後続との差は開く一方で、一時は20馬身を超えた。競走馬を縦に20頭並べた長さである。 四頭は、互いを見ていた。誰かが出て行けば、そのぶん自分の脚を使う。3200メートルは、早く動いた馬から順に脚を失う距離でもある。だから四頭とも、隣が動くのを待った。鈴を付けに行く馬が現れないまま、隊列は二度目の坂へ入っていく。 坂を下り、4コーナーを回る。それでも、前の一頭は捕まらなかった。 直線を向いても、イングランディーレはまだ一頭で走っている。追われて、脚色は明らかに鈍った。それでも、並びかけてくる馬はいない。差は詰まった。詰まっただけだった。 決勝線を過ぎたとき、2着のゼンノロブロイまで7馬身あった。地上波の実況は、この逃げを一人旅と呼んだ。 先頭に立ってから決勝線まで、この馬の前を走った馬は一頭もいない。 レースのあと、横山は「セイウンスカイに乗っているようでした」[^1]と言った。6年前の菊花賞を、同じ京都で逃げ切ったときの馬の名前である。
出典:フリー百科事典『ウィキペディア』「イングランディーレ」(2004年5月2日の勝利ジョッキーインタビューでの発言として記載)、https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%AC 、閲覧日:2026年8月2日。
三分十八秒
前の年、この馬は同じ京都の同じ3200メートルを3分18秒1で走って9着だった。天皇賞を勝った日の時計は3分18秒4である。0秒3遅い。 速く走ったから勝ったのではない。後ろが追ってこなかったから勝った——そう言うこともできる。ただ、追いつけない場所まで一息で行き、3200メートルを一頭のまま持たせたのは、この馬の脚である。不良の旭川も、重い金沢も走ってきた馬だった。 1か月半後の6月17日、イギリス。アスコット競馬場のゴールドカップ、芝4000メートル。天皇賞(春)が手本にしたと言われるレースである。横山はここでも先頭を奪いに行った。だが4000メートルの逃げは、京都と同じようにはならない。最後の直線の半ばで脚が上がり、13頭の9着に終わった。 8月12日、旭川。前の年に勝ったブリーダーズゴールドカップに1番人気で戻り、2着に敗れる。勝ったのはタイムパラドックスだった。 このあと、左の前脚に浅屈腱炎が見つかる。脚を支える腱が傷む故障で、治るのに時間がかかり、治っても元どおりになるとは限らない。 天皇賞(春)は、この馬の最後の勝利になった。
済州島まで
復帰までに1年3か月かかった。 2005年11月5日、京都のカシオペアステークス。芝1800メートル、ハンデは62キロ。酷量である。12頭立ての12着で、勝ち馬から2秒4離された。 12月3日、中山のステイヤーズステークス。10着。三年前に4着へ食い込んだ3600メートルで、今度は2秒9の差がついた。 年が明けても走らなかった。次に出走したのは2006年8月5日、函館のみなみ北海道ステークスである。芝2600メートル、安藤勝己で3着。勝ち馬とは0.7秒だった。 12日後、旭川。三年前に3馬身差で勝った、あのダート2300メートルに3番人気で出て6着。3秒3離された。9月29日、脚部不安のため競走馬登録を抹消される。7歳だった。 その年の11月、韓国での種牡馬入りが決まった。済州島の金岳牧場である。同じく日本から渡ったエアスマップと一緒だった。供用は翌2007年から始まる。初年度に種付けしたのは19頭。少ない。だが2年目の産駒からチグミスンガンという馬が出て、2012年のコリアンダービーを勝った。翌年、この馬に集まった牝馬は93頭になる。チグミスンガンも、のちに種牡馬になった。 2020年12月12日の午後、金岳牧場で老衰のため死んだ。21歳だった。 この馬で中山の二月と三月を勝った小林淳一は、あの二つを最後に重賞を勝っていない。2012年3月、JRA通算299勝で騎手を辞めた。あと1勝で300だった、と本人は悔しがっている。その翌日から競馬学校の教官になった。騎手課程を出た人間が教官になるのは、彼が初めてである。
七馬身
清水美波が厩舎を開いたのは1982年である。イングランディーレが天皇賞(春)を勝ったとき、開業から22年が過ぎていた。GIを勝ったのは、これが最初で最後になる。重賞を勝ったのも、これが最後だった。2014年2月に厩舎を畳んでいる。 清水には、もうひとつ天皇賞(春)との縁があった。騎手だったころの話である。 1964年12月12日、中山の条件戦。20歳の清水が乗ったアサホコという馬が勝った。長いあいだ勝てずにいた馬である。馬主が地方へ出そうと決め、引き取りに来た調教師を、管理する藤本冨良が怒って追い返した——その当日のことだった。アサホコはこの日から連勝を始める。東の金杯、アメリカジョッキークラブカップ、京王盃スプリングハンデキャップ、スワンステークス。そして1965年の天皇賞(春)を、雨で不良になった馬場で勝った。2着に7馬身の差をつけている。鞍上は加賀武見だった。連勝は6で止まる。止めたのは、6月に戻ってきた清水である。彼が乗って2着に敗れ、そこで終わった。 盾を勝つ馬に、清水は乗っていた。盾を勝った日には、乗っていなかった。 39年後の京都で、清水の厩舎の馬が同じ盾を勝った。着差は、また7馬身だった。 イングランディーレという名は、イタリア語で「大きくする」を意味する動詞である。ダートの1200メートルでデビューした馬には、ずいぶん大きな名前だった。それでもこの馬は一度だけ、名前のとおりのことをした。京都の3200メートルで、後ろの17頭との距離を、ただ大きくしていった。
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