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ヒルノダムール
通算成績21戦4勝
獲得賞金3億9,871万円
生年月日 2007.05.20(平成19年)毛色 鹿毛性 牡
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 3 | GII札幌記念 | 札幌 芝2000 | 2人気 | 藤田伸二 | 1:58.9 | 上り35.1 | 映像 | |
| 11 | GI天皇賞(春) | 京都 芝3200 | 5人気 | 藤田伸二 | 3:15.6 | 上り34.0 | 映像 | |
| 4 | GII阪神大賞典 | 阪神 芝3000 | 2人気 | 藤田伸二 | 3:12.5 | 上り37.7 | — | |
| 3 | GII京都記念 | 京都 芝2200 | 3人気 | 藤田伸二 | 2:12.9 | 上り35.0 | — | |
| 6 | GI有馬記念 | 中山 芝2500 | 8人気 | 藤田伸二 | 2:36.4 | 上り33.7 | 映像 | |
| 10 | GI凱旋門賞 | フランス 芝2400 | 4人気 | 藤田伸二 | — | 映像 | ||
| 2 | GIIフォワ賞 | フランス 芝2400 | 4人気 | 藤田伸二 | — | 映像 | ||
| 1 | GI天皇賞(春) | 京都 芝3200 | 7人気 | 藤田伸二 | 3:20.6 | 上り35.3 | 映像 | |
| 1 | GII産経大阪杯 | 阪神 芝2000 | 1人気 | 藤田伸二 | 1:57.8 | 上り34.4 | — | |
| 3 | GII京都記念 | 京都 芝2200 | 2人気 | 藤田伸二 | 2:14.2 | 上り34.7 | — | |
| 2 | GII日経新春杯 | 京都 芝2400 | 3人気 | 藤田伸二 | 2:24.9 | 上り34.4 | 映像 | |
| 2 | GIII鳴尾記念 | 阪神 芝1800 | 1人気 | 藤田伸二 | 1:45.0 | 上り33.5 | 映像 | |
| 7 | GI菊花賞 | 京都 芝3000 | 3人気 | 藤田伸二 | 3:06.5 | 上り34.0 | 映像 | |
| 4 | GII札幌記念 | 札幌 芝2000 | 2人気 | 藤田伸二 | 1:59.9 | 上り35.6 | 映像 | |
| 9 | GI東京優駿 | 東京 芝2400 | 3人気 | 藤田伸二 | 2:27.5 | 上り33.3 | 映像 | |
| 2 | GI皐月賞 | 中山 芝2000 | 6人気 | 藤田伸二 | 2:01.0 | 上り35.0 | 映像 | |
| 2 | OP若葉S | 阪神 芝2000 | 1人気 | 藤田伸二 | 2:00.0 | 上り35.9 | — | |
| 1 | OP若駒S | 京都 芝2000 | 2人気 | 藤田伸二 | 2:02.0 | 上り33.1 | — | |
| 4 | GIIIラジオNIKKEI杯 | 阪神 芝2000 | 3人気 | 藤田伸二 | 2:01.5 | 上り34.3 | — | |
| 1 | 2歳未勝利 | 京都 芝1800 | 1人気 | 藤田伸二 | 1:47.9 | 上り35.3 | — | |
| 2 | 2歳新馬 | 東京 芝2000 | 1人気 | 藤田伸二 | 2:03.7 | 上り34.7 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父マンハッタンカフェManhattan Cafe | サンデーサイレンスSunday Silence | Halo |
| Wishing Well | ||
| サトルチェンジSubtle Change | Law Society | |
| Santa Luciana | ||
| 母シェアエレガンス | ラムタラLammtarra | Nijinsky |
| Snow Bride | ||
| メアリーリノアMary Linoa | L'Emigrant | |
| Marie Noelle |
旅程 — この馬の物語
2007年生まれの鹿毛の牡馬。父マンハッタンカフェ、母シェアエレガンス。主な勝ち鞍は天皇賞・産経大阪杯。
マルセルブサック賞の牝馬 ― 血が日高へ渡る
1988年の秋、フランスで一頭の二歳牝馬がマルセルブサック賞を勝った。黒鹿毛のメアリーリノア。同じ年にオマール賞も勝ち、フランスで通算14戦3勝を残して繁殖に上がる。その後タタソールズのディセンバーセールに上場され、北海道新ひだか町の橋本牧場が買って日本へ連れ帰った。 1998年、その腹にラムタラを配して生まれた牝馬がシェアエレガンスである。2000年にデビューして26戦2勝、スイートピーステークス4着が最高という成績で走り終え、生まれ故郷の橋本牧場で母になった。 その二年目の種付け相手に選ばれたのが、マンハッタンカフェだった。理由は三つあった。サンデーサイレンス系であること。ノーザンダンサーの血を持たないこと。そして大柄であること。母系にはラムタラを通じても、母の母の父を通じてもノーザンダンサーが入っている――四代目と五代目で重なる血だ。これ以上は重ねない、という選択だった。 2007年5月20日、橋本牧場でその二番仔が生まれた。鹿毛の牡馬。牧場では独りでいることが多かったが、大きなトラブルもなく育ち、橋本は手のかからない優等生だと評している。 栗東の昆貢が蛭川正文に紹介し、所有が決まった。昆は北海道の生まれで、日高の馬にこだわる調教師として知られている。社台グループが強くなりすぎては競馬そのものが面白くなくなる、という趣旨のことも公に語ってきた人である。ただ、この仔については5月20日という遅生まれを見て、走るまでには時間がかかると踏んでいた。蛭川はそれを承知のうえで買った。 与えられた名は、冠名の「ヒルノ」に、フランス語で愛を意味する「ダムール」。祖母が二歳女王になった国の言葉が、名前の後ろ半分についた。
十一月十四日 ― 二十一回のうちの一回目
2009年10月に昆厩舎へ入り、11月14日、東京の芝2000メートルで新馬戦に出走した。鞍上は藤田伸二。坂路の動きが良く1番人気に推されたが、アリゼオにクビ差だけ届かず2着に敗れる。二週間後、京都の未勝利戦を3馬身差で勝ち上がった。暮れのラジオNIKKEI杯2歳ステークスは、最後までハミを取らないまま走って4着。 藤田伸二は北海道新冠町の牧場のなかで生まれた男である。1991年にデビューして、その年の最多勝利新人騎手に選ばれた。1996年にフサイチコンコルドで東京優駿を、翌年にシルクジャスティスで有馬記念を勝っている。この鹿毛に初めて跨ったとき、三十七歳だった。 そしてこの日から三年近くのちの最後の一戦まで、二十一回のゲートのすべてに、この男が入った。乗り替わりは一度もない。
若駒ステークス ― 三歳の春
2010年1月23日、京都の若駒ステークス。1番人気はルーラーシップで、ヒルノダムールは2番人気だった。中団の内をロスなく回り、直線で外へ持ち出したルーラーシップをかわして1馬身半差の勝利。藤田は、ゲートさえ出れば負ける気はしなかったと振り返っている。 皐月賞へのトライアルは、メンバーが手薄という昆の判断で若葉ステークスが選ばれた。単勝1.3倍。後方から進んだが道中ずっとペルーサにマークされ、抜け出しにかかった直線で外から交わされて2着に終わる。 4月18日、稍重の中山。皐月賞では6番人気に落ちていた。後方から三、四コーナーにかけて外を回して押し上げたが、内をロスなく選んだヴィクトワールピサには届かず、1馬身半差の2着。上がり3ハロン35秒0は、出走馬中の最速だった。 5月30日、東京優駿。3番人気。上がり33秒3の脚を使いながら、着順は9着だった。勝ったのは、同じ2007年生まれのエイシンフラッシュだった。
銀 ― 勝てなかった一年
夏を休ませ、秋は札幌記念から菊花賞へ直行するローテーションが組まれた。8月の札幌記念は2番人気で4着、勝ったのはアーネストリー。10月の菊花賞は3番人気で7着、勝ったのはビッグウィークだった。12月4日の鳴尾記念は1番人気に支持されながら、直線で内へ斜行するなどもあって、ルーラーシップの2着に終わる。 年が明けて2011年1月16日、日経新春杯。3番人気。好位から抜け出したルーラーシップには2馬身及ばなかったが、前年のジャパンカップを勝って1番人気に推されていたローズキングダムを、ハナ差だけ抑えて2着に入った。同じ2007年に生まれた三頭が、京都のハンデ戦で順番を分け合ったことになる。 2月13日の京都記念は後方から追い込み、直線でいったん先頭に立ちながら、トゥザグローリーとメイショウベルーガに交わされて3着。 若駒ステークス以来、一年勝っていなかった。重賞とGIで2着と3着ばかりを積み上げるこの馬に、シルバーコレクターという呼び名がつくまでになっていた。
四月三日、阪神 ― 時計を書き替える
4月3日の産経大阪杯には、GIを勝った四頭が顔をそろえた。そのなかで、まだ大きなタイトルを持たないヒルノダムールが1番人気に支持される。エイシンフラッシュより上の評価だった。 レースは中団から。逃げるキャプテントゥーレを直線でかわして先頭に立つと、外から飛んでくるダークシャドウをハナ差だけ抑え込んだ。走破時計1分57秒8は、タップダンスシチーが持っていた阪神芝2000メートルのコースレコードを0秒3更新するものだった。 デビューから十三戦目にして、初めての重賞である。銀ばかりを集めていた馬が、その日は一番速い時計を持って帰ってきた。
五月一日、京都 ― 父の盾
その春、競馬の日程は大きく組み替えられていた。3月11日の東日本大震災で中山競馬場の開催は十二日間にわたって取りやめとなり、重賞は阪神や東京へ振り替えられている。皐月賞は中山から東京へ移り、一週間遅れて4月24日に行われた。天皇賞(春)は変更の対象にならず、京都で、当初の日程どおり5月1日に組まれた。同じ日の京都の番組には、売上の一部を拠出する被災地支援競走として「いぶき賞」が入っている。 第143回天皇賞、十八頭立て。前哨戦を勝ったばかりのヒルノダムールは、7番人気だった。1番人気はトゥザグローリー、2番人気はローズキングダム、3番人気はエイシンフラッシュ。 馬番は内の二番。藤田は道中を中団の内で進めた。向正面ではトゥザグローリーとナムラクレセントが先手を取り合い、隊列は目まぐるしく入れ替わったが、この一頭だけがまるで別のレースを走るように静かに脚をためている。四コーナーを回って直線に入ると、馬群は扇のように横へ広がった。その隙間をさばいて一気に伸び、残り1ハロンで早めに抜け出していたナムラクレセントを競り落とす。外から飛んできたエイシンフラッシュの追撃を、半馬身だけ抑えた。稍重の3分20秒6。 レース後、藤田の第一声は自分のことではなかった。「自分のことは後でいいです。自分のことよりも、この馬でGIを勝てたこと、この馬をGI馬にできたことが本当にうれしいですね」[^1] 藤田にとっても、昆貢にとっても、天皇賞は初めての勝利だった。そして父マンハッタンカフェは、2002年にこの同じ盾を掲げている。春の天皇賞の父子制覇は、1948年のシーマーと1955年のタカオー以来、五十六年ぶりの二組目だった。 当時“最強世代”と呼ばれた2007年産の頂点に立ったのは、新ひだか町の橋本牧場が送り出した一頭だった。
出典:スポーツナビ「最強はヒルノダムール! 伝統の春の盾制し頂点へ=天皇賞・春」2011年5月1日配信、https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201105030003-spnavi 、閲覧日:2026年7月30日。
ロンシャン ― 祖母の国へ
秋の目標は凱旋門賞に決まり、6月に正式に発表された。現地で厩舎を構える日本人・小林智の厩舎に入り、フランスへ留学中だった田中博康が調教を担当する。 この馬の泣き所は、脚元でも体質でもなく輸送だった。頑丈に育ったかわりに、運べば馬体重が減る。栗東から関西圏の競馬場へ動かすだけでも減ることがあった。陣営は帯同する現役馬を現地で買い、水の浄化装置まで持ち込んで、その一点に備えている。 9月11日、ロンシャンのフォワ賞。四頭立てで、前年の凱旋門賞2着馬ナカヤマフェスタも同じゲートにいた。サラフィナに次ぐ2着。ナカヤマフェスタは四頭の最後尾だった。 10月2日、第90回凱旋門賞。十六頭。発走直前の猛暑と、競馬場までの道路の渋滞で体調が整わないまま走り、10着に終わる。勝ったのはドイツから来た三歳牝馬デインドリーム。2着に5馬身をつけ、2分24秒49のレコードだった。ナカヤマフェスタは11着で、この一戦を最後に現役を退いている。 祖母メアリーリノアがフランスで二歳女王になってから、二十三年が経っていた。日高へ渡った血が二代を経て元の国の芝に戻り、そして負けた。 帰国して暮れの有馬記念。8番人気で、上がり3ハロン33秒7を使いながら6着。中山の直線を先頭で抜けたのは、三冠を成し遂げたばかりのオルフェーヴルだった。
十一着の同着 ― 終わりの一年
2012年、五歳。2月の京都記念は3番人気で3着、勝ったのはトレイルブレイザー。 3月18日の阪神大賞典は2番人気で4着に終わったが、このレースは別の一頭のために記憶されている。単勝1.1倍のオルフェーヴルが三コーナーで外ラチまで逸走し、そこから盛り返してギュスターヴクライの半馬身差まで押し上げた一戦である。最後の直線でオルフェーヴルは内へささり、ヒルノダムールの進路を妨害した。鞍上の池添謙一に過怠金十万円の制裁が科されている。 4月29日、連覇のかかった天皇賞(春)。5番人気。ゴールデンハインドとビートブラックが大きく逃げる流れになり、ビートブラックが後続を4馬身突き放して逃げ切った。ヒルノダムールは11着。同じ着順に、単勝1.3倍の1番人気だったオルフェーヴルが並んでいる。前年の覇者と三冠馬が、同着で京都のゴール板を過ぎた。 8月19日の札幌記念は2番人気で3着。勝ち馬はフミノイマージンだった。このレースのあと右前脚に浅屈腱炎が見つかり、11月21日付で競走馬登録が抹消される。21戦4勝、獲得賞金3億9871万6300円。二十一戦、鞍上は一度も替わらなかった。
日高町にて ― 黄金世代の三頭
引退後は新ひだか町のアロースタッドで種牡馬になった。2016年に初年度産駒がデビューし、翌2017年6月17日、ロードゼストが未勝利戦を勝ってJRAでの産駒初勝利を挙げる。大きな走り手が現れないまま、2019年をもって種牡馬を退いた。 移った先は日高町のヴェルサイユリゾートファーム。2020年9月には千葉県八街市の東関東馬事高等学院へ移って乗馬としてのリトレーニングを受け、2021年8月にそれを終えて日高の放牧地へ戻った。走ることも血を残すことも終えたあとで、人を背に乗せるための習いごとを、一年近くかけて覚えたことになる。 2025年10月31日、同じ2007年生まれの一頭がその牧場に着いた。エイシンフラッシュ。三歳の府中では先頭でゴール板を過ぎ、四歳の京都では半馬身だけ後ろにいた馬である。同じ牧場には、日経新春杯でハナ差だけ後ろに置いたローズキングダムもいる。三歳の春に同じ直線を走った三頭が、十五年を隔てて同じ放牧地に揃った。牧場の岩﨑崇文社長は、こう呼びかけている。「ダムール、ローズとは黄金世代トリオになるので、ぜひ会いに来てください」[^1] 母シェアエレガンスは静内で仔を産み続けた。全弟のファーガソンとヒルノリヴァプール、全妹のパルフェダムール。冠名の「ヒルノ」と、愛を意味する「ダムール」が、弟と妹に分かれて受け継がれた。その全妹パルフェダムールが2020年に産んだ牡馬の名を、ミヨノイナズマという。父はエイシンフラッシュである。京都の直線で半馬身だけ前に出た馬の全妹が、半馬身だけ後ろにいた馬の仔を産んだことになる。 藤田伸二は2015年9月6日、札幌でイキオイに騎乗したのを最後に騎手を引退した。中央で重賞93勝。GI級の勝利は地方交流を含めて二十一を数えるが、そのうち天皇賞は、2011年5月1日の一つだけである。一頭の馬の二十一回のゲートに一度も欠けずに入り続けた男が、その馬とだけ掲げた盾だった。 新ひだかの牧場で生まれた馬が、日高の牧場で草を食んでいる。二つの牧場のあいだに挟まっているのは、二十一回のゲートと、京都の三千二百メートルだけである。
出典:サンケイスポーツ「日本ダービー馬エイシンフラッシュが種牡馬を引退し、功労馬としてヴェルサイユリゾートファームに到着!」2025年10月31日配信、https://www.sanspo.com/race/article/general/20251031-ASC5N2YMUNLMPHAOBXQGGMJK4Y/ 、閲覧日:2026年7月30日。
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