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ヘヴンリーロマンス
通算成績33戦8勝
獲得賞金3億9,123万円
生年月日 2000.03.05(平成12年)毛色 鹿毛性 牝
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 6 | GI有馬記念 | 中山 芝2500 | 8人気 | 松永幹夫 | 2:32.5 | 上り34.9 | 映像 | |
| 7 | GIジャパンカップ | 東京 芝2400 | 8人気 | 松永幹夫 | 2:22.7 | 上り35.5 | 映像 | |
| 1 | GI天皇賞(秋) | 東京 芝2000 | 14人気 | 松永幹夫 | 2:00.1 | 上り32.7 | 映像 | |
| 1 | GII札幌記念 | 札幌 芝2000 | 9人気 | 松永幹夫 | 2:01.1 | 上り35.9 | 映像 | |
| 2 | GIIIクイーンS | 札幌 芝1800 | 10人気 | 松永幹夫 | 1:46.7 | 上り34.2 | — | |
| 10 | GIII福島牝馬S | 福島 芝1800 | 5人気 | 松永幹夫 | 1:50.1 | 上り34.6 | — | |
| 10 | GIII中山牝馬S | 中山 芝1800 | 3人気 | 松永幹夫 | 1:50.1 | 上り34.5 | — | |
| 11 | GIフェブラリーS | 東京 ダ1600 | 10人気 | 松永幹夫 | 1:36.0 | 上り36.9 | 映像 | |
| 6 | GIII京都牝馬S | 京都 芝1600 | 2人気 | 松永幹夫 | 1:35.4 | 上り33.1 | — | |
| 1 | GIIサンスポ杯阪神牝馬S | 阪神 芝1600 | 3人気 | 松永幹夫 | 1:34.0 | 上り34.3 | — | |
| 1 | ゴールデンホイップトロフィー | 阪神 芝1600 | 4人気 | 内田博幸 | 1:33.4 | 上り34.5 | — | |
| 2 | 古都S | 京都 芝2200 | 4人気 | 松永幹夫 | 2:17.5 | 上り33.0 | — | |
| 4 | ユートピアS | 東京 芝1600 | 3人気 | 吉田豊 | 1:35.1 | 上り33.1 | — | |
| 7 | GIII府中牝馬S | 東京 芝1800 | 11人気 | 松永幹夫 | 1:46.8 | 上り34.1 | — | |
| 5 | GIIIマーメイドS | 阪神 芝2000 | 4人気 | 松永幹夫 | 2:00.9 | 上り35.4 | — | |
| 10 | GIII愛知杯 | 中京 芝2000 | 1人気 | 松永幹夫 | 2:02.4 | 上り38.7 | — | |
| 1 | メイS | 東京 芝1800 | 3人気 | 吉田豊 | 1:46.4 | 上り33.1 | — | |
| 8 | 難波S | 阪神 芝2000 | 1人気 | 松永幹夫 | 2:02.1 | 上り34.6 | — | |
| 3 | 但馬S | 阪神 芝2000 | 3人気 | 角田晃一 | 2:01.4 | 上り34.1 | — | |
| 2 | オリオンS | 阪神 芝2200 | 2人気 | 松永幹夫 | 2:13.9 | 上り35.7 | — | |
| 2 | ゴールデンホイップトロフィー | 阪神 芝2000 | 1人気 | D.オリヴァー | 1:59.1 | 上り35.6 | — | |
| 10 | GIエリザベス女王杯 | 京都 芝2200 | 9人気 | 松永幹夫 | 2:12.5 | 上り35.3 | 映像 | |
| 1 | 3歳以上1000万下 | 京都 芝2000 | 3人気 | 松永幹夫 | 1:59.6 | 上り34.7 | — | |
| 6 | GII関西TVローズS | 阪神 芝2000 | 7人気 | 松永幹夫 | 2:02.5 | 上り35.5 | — | |
| 2 | かもめ島特別 | 函館 芝1800 | 1人気 | 松永幹夫 | 1:52.3 | 上り36.6 | — | |
| 1 | 3歳以上500万下 | 函館 芝1800 | 2人気 | 松永幹夫 | 1:48.7 | 上り36.1 | — | |
| 3 | 陸奥湾特別 | 函館 芝2000 | 4人気 | 松永幹夫 | 2:03.7 | 上り35.5 | — | |
| 2 | 遊楽部特別 | 函館 芝1800 | 1人気 | 松永幹夫 | 1:51.7 | 上り35.9 | — | |
| 2 | 3歳500万下 | 中京 芝2000 | 6人気 | 松永幹夫 | 2:03.2 | 上り34.7 | — | |
| 1 | 3歳未勝利 | 京都 ダ1800 | 1人気 | 松永幹夫 | 1:54.3 | 上り38.8 | — | |
| 2 | 3歳未勝利 | 京都 ダ1800 | 2人気 | 松永幹夫 | 1:55.6 | 上り38.7 | — | |
| 3 | 2歳新馬 | 阪神 芝2000 | 4人気 | 松永幹夫 | 2:04.8 | 上り35.5 | — | |
| 6 | 2歳新馬 | 阪神 芝1400 | 5人気 | 松永幹夫 | 1:23.2 | 上り35.0 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父サンデーサイレンスSunday Silence | Halo | Hail to Reason |
| Cosmah | ||
| Wishing Well | Understanding | |
| Mountain Flower | ||
| 母ファーストアクトFirst Act | Sadler's Wells | Northern Dancer |
| Fairy Bridge | ||
| Arkadina | Ribot | |
| Natashka |
旅程 — この馬の物語
2000年生まれの鹿毛の牝馬。父サンデーサイレンス、母ファーストアクト。主な勝ち鞍は天皇賞・サンスポ杯阪神牝馬S・札幌記念。
一秒
2002年11月30日、阪神競馬場の芝1400メートル。十六頭の牝馬による新馬戦で、五番人気の鹿毛は六着に終わった。勝ち馬から一秒離されている。その勝ち馬が、翌年に牝馬三冠を獲るスティルインラブだった。 鞍上は松永幹夫。三十五歳、騎手になって十七年目である。デビュー以来ずっと栗東の山本正司厩舎に所属し、一度も離れていない。この時点で中央のGIを五つ勝っていた。五つとも牝馬で、五つとも牝馬限定の競走だった。「牝馬の松永」と呼ばれていた。 馬名は英語で「神々しい恋愛」を指す。父はサンデーサイレンス、母はサドラーズウェルズの娘ファーストアクト。その母アーカディナはリボーの産駒で、三代母のナタシュカは1966年にアメリカでアラバマステークスを勝っている。 三週間後、阪神の芝2000メートルで三着。年が明けて京都のダート1800メートルで二着。四戦目、不良馬場になった同じコースで単勝1.0倍に推され、ようやく勝った。2003年1月26日である。 そのあと四か月、放牧に出た。桜花賞にも優駿牝馬にも間に合わない。同じ年、新馬戦で先に決勝線を過ぎたほうの馬が、三つの冠を全部持っていった。
函館の、あと少し
復帰は5月24日の中京、五百万下で二着だった。6月28日、函館の遊楽部特別は一番人気で二着。7月13日の陸奥湾特別が三着。7月26日の函館で、ようやく二勝目を挙げる。8月2日のかもめ島特別も一番人気に推され、また二着だった。 伸びる。しかし前に届かない。この夏、函館で四回走って、勝ったのは一度きりである。 9月、初めての重賞はローズステークスだった。六着。勝ったのはアドマイヤグルーヴである。このレースは秋華賞のトライアルで、上位に入れば本番への優先出走権がついた。権利は取れなかった。 代わりに10月の京都で千万下を勝ち、11月のエリザベス女王杯で初めてGIのゲートに入る。九番人気の十着。勝ったのは、またアドマイヤグルーヴだった。 12月は準オープンを二度走って、二度とも二着。三歳の一年は、そうやって終わる。
降級
2004年は但馬ステークスの三着から始まった。乗ったのは角田晃一。4月の難波ステークスは松永に戻って一番人気の八着。5月2日、東京のメイステークスを吉田豊で勝ち、オープン馬になった。 そこからが長い。6月の愛知杯で初めて重賞の一番人気に推され、十着に沈む。勝ち馬から一秒八。7月のマーメイドステークス五着、10月の府中牝馬ステークス七着。ここで準オープンに降級した。オープン馬の資格を一度手放し、格下のクラスからやり直すことになる。 11月のユートピアステークス四着、古都ステークス二着。降級して三戦目、12月4日のゴールデンホイップトロフィーを内田博幸で勝ち、オープンに戻った。 その二週間後、12月19日のサンスポ杯阪神牝馬ステークス。三番人気だった。内から抜け出して、その年の優駿牝馬を勝ったダイワエルシエーロらを抑える。重賞初制覇である。四歳の暮れだった。
五歳の春が終わってから
2005年は、勝てないところから始まった。1月の京都牝馬ステークスは二番人気で六着。2月、東京のダート1600メートルのフェブラリーステークスに使われて十一着。3月の中山牝馬ステークス十着、4月の福島牝馬ステークス十着。四戦とも掲示板——競馬場が五着までを電光板に出す、あの掲示板——に名前が載らなかった。暮れの重賞勝ちはまぐれだったのだろう、という見方が立つ。放牧に出された。 戻ってきたのは夏の札幌である。8月14日のクイーンステークスは十番人気だった。先に抜け出したレクレドールにゴール前で並びかけ、ハナ差の二着。届かない。だが走りは戻っていた。 一週おいて、翌週の札幌記念に使った。連闘である。牡馬も出てくるGII、九番人気。馬群を割って伸び、菊花賞で二着したことのあるファストタテヤマをハナ差で退けた。 この一勝で、陣営は秋の行き先を変えた。牝馬同士のエリザベス女王杯ではなく、天皇賞(秋)に向かうと決めたのである。
十月三十日
2005年10月30日、東京競馬場。晴れ、芝は良。 この日、天皇と皇后が観戦に来た。前年の天皇賞(秋)に来る予定だったが、開催の八日前に新潟県中越地震が起き、取りやめになっていた。天皇が競馬を見るのは1899年以来、百六年ぶりである。天皇賞に天皇が来たことは、それまで一度もなかった。競走名には「エンペラーズカップ100年記念」の副題が添えられていた。 その日の昼、松永は日本騎手クラブ関西支部長として、柴田善臣、武豊とともに両陛下を出迎えている。のちに彼は、レースよりそちらのほうが緊張したと振り返っている。 十八頭。彼女は一枠一番、いちばん内にいた。 ゲートは決めた。ストーミーカフェが先頭に立ち、タップダンスシチーが二番手につく。どちらも急がない。前半の1000メートルが62秒4。二千メートルのGIとしては、隊列が止まっているに等しい数字である。 彼女は内の八番手にいた。ゼンノロブロイは、その少し前を進んでいる。 四コーナーを回る。残り400メートルで、逃げていたストーミーカフェの脚が上がった。内が開く。三番手にいたダンスインザムードがそこへ入り、抜け出した。後ろの馬群からゼンノロブロイが来る。残り100メートル、ゼンノロブロイがダンスインザムードを捉えた。前年の覇者が連覇を決める形になっている。 その内側で、彼女はまだ内ラチに沿っていた。松永はそこから追い出す。前で並んだ二頭のあいだに、馬一頭が通れるだけの幅が空いていた。 最後の600メートルを32秒7で上がってきた脚が、その幅に入る。 アタマ差だった。
馬上の礼
単勝は七千五百八十円ついた。十八頭のうち十四番人気である。天皇賞をこれより人気のない馬が勝ったことはない。のちの2012年、春の天皇賞をビートブラックが同じ十四番人気で勝ち、記録は並んだ。牝馬が秋の天皇賞を勝つのは1997年のエアグルーヴ以来八年ぶり、史上十二頭目だった。 いちばん驚いていたのは、勝った本人である。直線では五着に来るくらいだと思っていた、とのちに話している。ウイニングランのことが頭から抜け、そのまま引き上げようとして、短期免許で来日していたペリエに促されて向きを変えた。 東京のGIのウイニングランは、二コーナーのあたりで反転して芝を戻ってくるのが普通である。この日は違った。向きを変えないまま、左回りにコースを一周した。そしてロイヤルボックスの真下で止まる。 松永はヘルメットを取り、馬上から深々と頭を下げた。 普段は噛みつくし、蹴る馬だった。その間、彼女は動かなかった。耳を前に揃えて、終わるのを待っていた。 中央のGIは、これが六勝目になる。前の五つはすべて牝馬限定戦だった。そして二十年在籍した山本正司厩舎の馬で獲った、初めての中央GIでもあった。師にとっては1984年の安田記念以来、二十一年ぶりのJRAのGI制覇である。 「こんなに幸せなことはなかったです」[^1]
出典:デイリースポーツ「【競馬】思い出す05年天覧競馬の馬上礼 今年の秋盾はどんなドラマが見られるか」2017年10月24日配信、https://www.daily.co.jp/opinion-d/2017/10/24/0010670656.shtml、閲覧日:2026年8月2日。
アメリカへ渡った母
秋はあと二戦あった。11月のジャパンカップは七着、12月25日の有馬記念は六着。勝ったのはハーツクライだった。有馬記念が最後の一戦になる。その年のJRA賞の最優秀4歳以上牝馬は、宝塚記念とエリザベス女王杯を勝ったスイープトウショウが受けた。2006年1月11日、競走馬の登録が消える。 鞍上も、同じ冬に鞍を降りた。2006年2月26日の阪神、阪急杯。松永はブルーショットガンで十一番人気を覆して勝ち、続く最終レースも勝って、JRA通算1400勝に届いた。重賞の最後の騎乗を勝った騎手は、1975年の野平祐二に次いで二人目である。二月二十八日付で引退した。翌2007年2月、山本正司が七十歳で勇退する。3月1日、松永がその厩舎をそのまま引き継いだ。 彼女は生まれた新冠に戻り、繁殖牝馬になった。初年度と二年度はキングカメハメハ。そして2010年1月、ジャングルポケットの仔を宿したまま海を渡り、繁殖生活の場をアメリカに移した。 その仔は5月10日にアメリカで生まれた。アウォーディーという。翌年にスマートストライクの牝馬アムールブリエ、2013年にタピットの芦毛の牡馬ラニ。ラニはハワイ語で「天国」「天空」を指す言葉である。母の名から一語だけ、別の言語で受け継いだような名前だった。 三頭とも、栗東の松永幹夫厩舎に入った。ラニに付いた調教助手の丸内永舟は、現役時代の母にも付いていた男である。 2015年、アムールブリエがエンプレス杯を勝つ。同じ年、アウォーディーがシリウスステークス。2016年、アウォーディーは名古屋大賞典、アンタレスステークス、日本テレビ盃と勝ち進み、11月3日の川崎でJBCクラシックを制した。鞍上は武豊。その年の3月には、ラニがドバイでUAEダービーを勝ち、そのままケンタッキーダービー、プリークネスステークス、ベルモントステークスの三つすべてに出走している。日本の調教馬では初めてで、ベルモントでは三着まで来た。 山本正司は、その2016年の12月24日に死んだ。八十歳だった。アウォーディーは2018年8月、放牧先で右の飛節を折り、八歳で死んでいる。 あの日勝っていなければ、この馬をアメリカへ連れて行こうという話にはならなかったかもしれない——松永はそう振り返っている。だとすれば、府中の直線で二頭のあいだを抜けたあの数秒の先に、五年後にアメリカで生まれるアウォーディーも、その三年後に生まれてドバイとケンタッキーとニューヨークを走るラニも、揃っていたことになる。「本当にいいお母さんですよ」[^1]と彼は言う。 仔は、そのあとも栗東へ届きつづけた。2020年生まれのカウピリ、2021年生まれのディフェリ、2022年生まれのアインプレーゲン。三頭とも松永の管理馬になり、三頭とも一勝もできずに競走馬をやめている。それでも、届く先は変わらなかった。 一枠一番から出てきた鹿毛は、2010年の冬に海を渡ったきりである。代わりに、彼女の仔が一頭ずつ日本へ運ばれてきて、栗東の同じ厩舎の門をくぐる。馬上で帽子を取った男が、いまその門の内側にいる。
出典:デイリースポーツ「【競馬】思い出す05年天覧競馬の馬上礼 今年の秋盾はどんなドラマが見られるか」2017年10月24日配信、https://www.daily.co.jp/opinion-d/2017/10/24/0010670656.shtml、閲覧日:2026年8月2日。
産駒 — 旅を継ぐ馬
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