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ハーツクライ
通算成績19戦5勝
獲得賞金9億2,536万円
生年月日 2001.04.15(平成13年)毛色 鹿毛性 牡
全成績
主要戦績(抜粋)・新しい順| 年月日 | 着順 | レース | コース | 人気 | 騎手 | タイム | 上り3F | 映像 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 10 | GIジャパンカップ | 東京 芝2400 | 2人気 | C.ルメール | 2:27.7 | 上り36.4 | 映像 | |
| 3 | GIキングジョージ6世 | イギリス 芝2400 | ルメール | — | 映像 | |||
| 1 | GIドバイシーマクラシック | アラブ首長国連邦 芝2400 | C.ルメール | 2:31.8 | — | 映像 | ||
| 1 | GI有馬記念 | 中山 芝2500 | 4人気 | C.ルメール | 2:31.9 | 上り35.0 | 映像 | |
| 2 | GIジャパンカップ | 東京 芝2400 | 2人気 | C.ルメール | 2:22.1 | 上り34.4 | 映像 | |
| 6 | GI天皇賞(秋) | 東京 芝2000 | 2人気 | C.ルメール | 2:00.4 | 上り32.8 | 映像 | |
| 2 | GI宝塚記念 | 阪神 芝2200 | 3人気 | 横山典弘 | 2:11.5 | 上り35.2 | 映像 | |
| 5 | GI天皇賞(春) | 京都 芝3200 | 8人気 | 横山典弘 | 3:17.1 | 上り34.5 | 映像 | |
| 2 | GII産経大阪杯 | 阪神 芝2000 | 4人気 | 横山典弘 | 1:59.2 | 上り34.2 | — | |
| 9 | GI有馬記念 | 中山 芝2500 | 10人気 | 横山典弘 | 2:30.5 | 上り34.2 | 映像 | |
| 10 | GIジャパンカップ | 東京 芝2400 | 3人気 | 武豊 | 2:25.7 | 上り35.2 | 映像 | |
| 7 | GI菊花賞 | 京都 芝3000 | 1人気 | 武豊 | 3:06.2 | 上り35.3 | 映像 | |
| 3 | GII神戸新聞杯 | 阪神 芝2000 | 2人気 | 武豊 | 1:59.4 | 上り33.8 | 映像 | |
| 2 | GI東京優駿 | 東京 芝2400 | 5人気 | 横山典弘 | 2:23.5 | 上り34.3 | 映像 | |
| 1 | GII京都新聞杯 | 京都 芝2200 | 2人気 | 安藤勝己 | 2:11.9 | 上り33.4 | 映像 | |
| 14 | GI皐月賞 | 中山 芝2000 | 5人気 | 安藤勝己 | 2:00.0 | 上り34.3 | 映像 | |
| 1 | OP若葉S | 阪神 芝2000 | 2人気 | 安藤勝己 | 2:00.2 | 上り34.2 | — | |
| 3 | GIIIきさらぎ賞 | 京都 芝1800 | 5人気 | 幸英明 | 1:48.6 | 上り35.2 | — | |
| 1 | 3歳新馬 | 京都 芝2000 | 1人気 | 武豊 | 2:06.0 | 上り35.3 | — |
血統
金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ| 父サンデーサイレンスSunday Silence | Halo | Hail to Reason |
| Cosmah | ||
| Wishing Well | Understanding | |
| Mountain Flower | ||
| 母アイリッシュダンス | トニービンTony Bin | カンパラKampala |
| Severn Bridge | ||
| ビューパーダンスBuper Dance | Lyphard | |
| My Bupers |
旅程 — この馬の物語
2001年生まれの鹿毛の牡馬。父サンデーサイレンス、母アイリッシュダンス。主な勝ち鞍は有馬記念・ドバイシーマC・京都新聞杯。
五番仔
母は、走り出すのが遅かった。 アイリッシュダンスがデビューしたのは1993年8月で、当時の数え方で四歳、いまでいう三歳の夏である。結果は八着。次の未勝利戦も勝てず、そこから十ヶ月休んだ。戻ってきてからが速い。九戦して七勝、1995年の1月にはオープン馬になっていた。五月の新潟大賞典と八月の新潟記念で重賞を二つ勝ち、二十戦九勝で引退する。九勝のうち八勝で手綱を握ったのは柴田善臣だった。この名前は、二十年ほど先でもう一度出てくる。 母の父は、1988年の凱旋門賞を勝って日本へ渡ったトニービン。祖母ビューパーダンスはリファールの娘で、その全兄リファーズスペシャルもかつて日本で種牡馬になっている。血の格は悪くない。ただし派手でもなかった。 1996年から生まれ故郷の社台ファームで繁殖に上がると、アイリッシュダンスには五年続けてサンデーサイレンスがつけられた。アイリッシュソング、アグネスシラヌイ、エメラルドアイル、アイリッシュピース。そして2001年4月15日、五番仔の鹿毛の牡馬が生まれる。先の四頭に重賞勝ちはない。一つ下の半妹オメガアイランドも四戦して未勝利のまま引退したが、その娘たちがのちにフラワーカップとフェアリーステークスを勝つことになる。 五番仔の名は、母から連想して付けられた。アイルランドの舞踏公演『リバーダンス』の一曲「ザ・ハーツクライ」。心の叫び、という意味である。社台レースホースの募集価格は六千万円だった。 預けられたのは栗東の橋口弘次郎厩舎。三番仔のエメラルドアイルも同じ厩舎にいたから、この牝系とは顔なじみだった。 橋口は宮崎県三股町の生まれである。実家はサラブレッドとアラブを育てていたが、家族はこの世界へ入ることを望まなかった。大学を出てから佐賀競馬で騎手になり、減量と怪我に苦しんで一年で断念する。中央へ移り、厩務員から調教助手へ。五度目の受験で調教師試験に通って、1982年に栗東で開業した。坂路の使い方で頭角を現し、1990年には全国最多勝利調教師になる。1992年、レッツゴーターキンの天皇賞(秋)で初めてのGIを獲った。この一勝で社台ファームの信頼を得て、以後、良質の馬が厩舎へ入るようになる。 そのころから橋口は、東京優駿——日本ダービーを勝つための馬を選ぶようになった。1996年にはダンスインザダークで一番人気に推され、クビ差の二着。同じ馬で菊花賞は勝っている。ダービーだけが、手のなかを通り抜けていった。
キングカメハメハの年
デビューは2004年1月5日、京都の芝二千メートル。鞍上は武豊で、一番人気に応えて勝った。次のきさらぎ賞は三着。三月の若葉ステークスではスズカマンボとの叩き合いを制し、安藤勝己を背に皐月賞へ向かう。十四着だった。 巻き返したのは五月の京都新聞杯である。またスズカマンボを競り落として重賞初制覇。最後の六百メートル——上がり三ハロンという——を33秒4で駆けていた。 三週間後の東京優駿。京都新聞杯まで乗っていた安藤勝己は、キングカメハメハに騎乗した。ハーツクライの手綱は横山典弘へ渡る。五番人気。直線を大外から追い上げて三着のハイアーゲームは捉えたが、前のキングカメハメハには一馬身半届かなかった。勝ち時計の2分23秒3はレースレコードである。橋口にとっては十度目のダービー挑戦で、二度目の二着だった。横山はレース後、現時点では完成度の差だとしたうえで、この馬は走る、凄い能力だと語っている。 秋。神戸新聞杯でもキングカメハメハに先着され三着。そのキングカメハメハが戦線を去ると、菊花賞では一番人気に推された。七着。続くジャパンカップは十着、暮れの有馬記念は十番人気で九着に沈む。このときの馬体重は四百七十二キロ。デビュー以来もっとも軽かった。 三歳の一年は、そういう年だった。
銀を集めた者たち
四歳になっても形は変わらない。産経大阪杯は二着、天皇賞(春)は五着。 五月十三日、母アイリッシュダンスが十五歳で死んだ。息子がGIを勝つところを、母は見ていない。 六月の宝塚記念は、十一番人気のスイープトウショウにクビ差の二着。東京優駿に続く、二つ目のGI二着だった。 秋、鞍が空く。横山典弘が、前年のジャパンカップと有馬記念を勝ったゼンノロブロイのほうへ回ったからである。代わりに座ったのは、短期免許で来日していたフランス人だった。クリストフ・ルメール。2002年の暮れから日本で乗りはじめて、この時点で中央の重賞をまだ一つも勝っていない。GIでの二着だけが、いくつも積み上がっていた。 二着の馬に、二着の男が乗ることになる。 初コンビの天皇賞(秋)は六着。ただし最後の六百メートルを32秒8で上がっていた。前走で自分を負かしたスイープトウショウと、同じ数字である。 次のジャパンカップで、二人は答えらしきものを見つける。十八頭立ての十六番手。三コーナーを回ってもまだ十五、六番手にいた。前がまったく緩まない。四ハロン目から十一ハロン目まで、刻みは11秒8から12秒0のあいだに収まっている。息の入る区間がなかった。その流れへ、後方から34秒4の脚を差し込む。 ゴール板は写真判定になった。アルカセットと同じ2分22秒1。1989年にホーリックスが残した日本レコードを、二頭で0秒1縮めていた。着差はハナ。ルメールのGI二着は、これで五つ目になる。 負けたのに、この日を境に見方が変わった。緩まない流れであれだけ動けるなら、後ろで待つ必要はない。この馬の力を出し切らせるのは追い込みではなく先行だと、ルメールは考えるようになる。
緩まなかった二千五百
一番人気は決まっていた。無敗のまま三冠を獲ったばかりの三歳馬。単勝1.3倍。ハーツクライは四番人気だった。 発表された馬体重は、ハーツクライが四百九十八キロ、ディープインパクトが四百四十キロ。四歳の暮れを迎えた馬と、三歳の暮れの馬。体つきの差が、そのまま五十八キロの数字になっていた。 ゲートが開く。タップダンスシチーが先手を取り、オースミハルカとコスモバルクが続いた。その後ろにいたのが、これまで後方からしか競馬をしてこなかった馬だった。最初のコーナーを回るとき、ハーツクライは三、四番手にいる。ディープインパクトは十二番手あたりだった。 流れは、途中で一度だけ緩む。12秒9、13秒0という区間が並んだ。ふつうなら、ここで各馬が息を入れる。入れて、直線に賭ける。 ところが、そこから先が緩まなかった。12秒2、11秒8、12秒0。脚を溜められる区間は、二度と来ないまま隊列は三コーナーを越えていく。 これが後ろにいる馬にとって何を意味するか。ディープインパクトの武器は、直線の一瞬で景色を入れ替える脚である。放つには、その前に溜める時間が要る。溜める時間は、もう来なかった。 四コーナー。ハーツクライは五番手にいた。ディープインパクトも七番手まで押し上げてきている。二頭のあいだに残っていたのは、一頭だけだった。 直線。早めに動いたコスモバルクがタップダンスシチーを捉える。ハーツクライは、すぐさまこれを交わした。内からリンカーンが上がってくる。振り切る。残り四百メートルからの一ハロンが11秒4。一度緩んだ流れが、最後にもう一段速くなった区間である。そこで先頭に立ったのは、ハーツクライだった。 外からディープインパクトが伸びてくる。差は半馬身のまま、ゴール板が来た。 十六万人を超える人が入った中山競馬場のスタンドへ向けて、ルメールは左腕を高く突き上げた。「スタートが良かったので、馬に任せていい位置が取れた」[^1]。作戦は、馬に任せた結果ということになっていた。武豊は、今日は飛ばなかった、と言った。 三度二着に終わってきた馬と、五度二着に終わってきた騎手が、二分半のうちに片をつけた。ハーツクライにとって初めてのGIであり、ルメールにとっては日本で初めての重賞勝ちが、そのままGIになった。 そしてこれが、ディープインパクトが国内で喫した唯一の敗戦になる。
出典:日本中央競馬会「第50回 有馬記念」レース結果・回顧、https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/arima/result/arima2005.html、閲覧日:2026年8月2日。
砂漠とアスコット
2006年3月25日、ナドアルシバ。橋口は同じ日にダートのユートピアも遠征させていて、現地の報道陣に、二回ウイナーズサークルで会いましょう、と言っていた。管理馬の見通しを慎重に語ることで知られた人にしては、珍しい言葉だった。 ドバイシーマクラシックで、ルメールはハーツクライにハナを切らせる。有馬記念より、さらに前である。二着のコリアーヒルに四馬身。前年のジャパンカップで五着に来ていた英国のウィジャボードも、その後ろにいた。ユートピアはゴドルフィンマイルを勝った。橋口は二度とも、ウイナーズサークルに立っている。 七月二十九日、アスコット。キングジョージ六世&クイーンエリザベスステークス。出走はわずか六頭で、三歳馬は一頭もいない。この頭数は1970年以来だった。一番人気は前年の凱旋門賞馬ハリケーンラン、二番人気がハーツクライ、三番人気はその年のドバイワールドカップを勝ったエレクトロキューショニスト。ハーツクライの負担重量は60.5キロである。 チェリーミックスが引っ張り、ハリケーンラン、ハーツクライの順で追った。直線を向くと、デットーリのエレクトロキューショニストが二番手に上がって先頭を奪う。残り一ハロンにさしかかったところで、その外からハーツクライが交わした。ヨーロッパ最高峰と呼ばれる競走の直線で、日本から来た五歳馬が先頭に立っていた。 最後の百ヤードで、内ラチ沿いを伸びてきたハリケーンランが出る。二着エレクトロキューショニストとの差が半馬身、三着ハーツクライまでがさらに半馬身。一着から三着までが、一馬身に収まった。 橋口は、負けた悔しさが半分、思うような状態へ持っていけなかった自分への怒りが半分だと語っている。陣営は、翌年もう一度来ると決めた。
喉が鳴る
翌年の遠征は、実現しなかった。 秋、ジャパンカップの前に、橋口は自分から公表する。ハーツクライが喘鳴症を発症している、と。喉が鳴って息が入らなくなる病気で、走る能力に直接響く。黙っていれば、外からは分からない類の情報でもあった。 出走は十一頭。一枠一番。二番人気。スタートから前へ行き、道中は三番手を進んだ。最後方にはディープインパクトがいる。一年前の有馬記念が、そっくり裏返っていた。 直線で、伸びなかった。十着。勝ったディープインパクトから2秒6。最後の六百メートルは36秒4で、この馬が生涯で一度も刻んだことのない遅さだった。 二日後、引退が発表される。十九戦五勝。四百七十二キロまで細った三歳の暮れから、五百キロに乗った五歳の秋までの、二年だった。
父になってから
2007年、社台スタリオンステーションへ入る。初年度の種付料は五百万円で、九十九頭が受胎した。 産駒が走り出したのは2010年。バラードソングの新馬勝ちが最初の一勝で、翌年、ウインバリアシオンの青葉賞が最初の重賞になる。2013年の天皇賞(秋)をジャスタウェイが勝ち、産駒として初めてのJRAのGIが出た。翌年三月、ジャスタウェイはドバイデューティーフリーを勝つ。日本の競馬でドバイミーティングの親仔制覇が成ったのは、これが初めてだった。 その2014年、五月の末から三週続けて産駒がGIを勝つ。ヌーヴォレコルトの優駿牝馬、ワンアンドオンリーの東京優駿、ジャスタウェイの安田記念。 安田記念の鞍上は柴田善臣だった。二十年前、アイリッシュダンスの九勝のうち八勝を挙げた男である。 そしてダービーは、もっと長く待っていた人のものになった。橋口弘次郎は1990年にツルマルミマタオーを送り出して以来、ダンスインザダーク、ハーツクライ、リーチザクラウン、ローズキングダムと四度も二着に泣いている。ダービーのシルバーコレクター、と呼ばれていた。定年の七十歳まで残り二年、出走機会は残り二回。二十頭目のダービー出走馬が、ワンアンドオンリーだった。父はハーツクライ。鞍上は横山典弘——十年前、同じコースで一馬身半足りなかった、あの日の騎手である。 三番人気のワンアンドオンリーは、直線でイスラボニータとの競り合いを制した。橋口は、地に足がつかない、気が抜けたようになってしまったと言い、妻子に抱きつかれて涙ぐんだ。二年後の2016年2月29日、橋口は定年で調教師を引退する。八千六百四十五戦九百九十一勝、重賞九十六勝。ダービーは、最後の二年に間に合った。 父が獲れなかったものは、そのあとも取り返されていく。ハナ差で落としたジャパンカップは、2017年にシュヴァルグランが、2019年にスワーヴリチャードが勝った。クビ差で負けた宝塚記念は2019年にリスグラシューが勝ち、その年の暮れには有馬記念も獲って年度代表馬に選ばれる。ヨシダはアメリカのダートGIを勝ち、コンティニュアスは2023年に英セントレジャーを制した。 そしてドウデュース。2022年の東京優駿、2023年の有馬記念、2024年の天皇賞(秋)とジャパンカップ。手綱はすべて武豊だった。ハーツクライのデビュー戦に乗り、菊花賞で一番人気を背負い、有馬記念ではディープインパクトの側にいた騎手である。ドウデュースは2024年の年度代表馬に選ばれた。複数の年度代表馬を送り出した種牡馬は、ハーツクライで六頭目になる。 母の父としても血は伸びた。エフフォーリアが2021年の年度代表馬になり、ミュージアムマイルが2025年の皐月賞と有馬記念を勝っている。 種牡馬としての供用は2020年で終わり、2021年生まれが最終世代になった。
返事
種牡馬を退いたあとも、ハーツクライは社台スタリオンステーションに功労馬として残った。2023年3月9日、起立不能となって死ぬ。二十二歳だった。 この馬の名は、たいてい他の馬の物語のなかで呼ばれる。無敗の三冠馬が国内でただ一度負けた日の、勝ったほうとして。半馬身。自分の脚で奪ったのは、それだけだ。 けれど渡したほうを並べると、ずっと長くなる。届かなかったダービーは息子が二度勝ち、十九頭を送り込んでも勝てなかった調教師の手に、二十頭目で載せた。ハナ差で落としたジャパンカップは三度取り返された。クビ差で負けた宝塚記念は娘が勝った。母を八度勝たせた騎手には、孫の背中で安田記念を返している。自分の名前で獲れなかったものが、ほとんど全部、別の名前で戻ってきた。 死から二週間あまりが過ぎた3月25日、ドバイのメイダンでシーマクラシックが行われる。勝ったのはイクイノックス。鞍上はクリストフ・ルメールで、彼はこの馬にハナを切らせた。十七年前、同じ競走で同じことをして勝っている。 「僕がこのレースを勝つのは、2週間前に亡くなったハーツクライ以来。彼に敬意を表する機会を与えてくれたイクイノックスに感謝したい」[^1] ルメールが先頭でメイダンの直線を向いたとき、その手が初めて通じた相手は、もうそこにいなかった。
出典:スポーツニッポン「【ドバイシーマC】強すぎイクイノックス!早すぎ最速7戦で獲得賞金12億円突破!!」2023年3月26日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2023/03/26/kiji/20230326s00004050260000c.html、閲覧日:2026年8月2日。
産駒 — 旅を継ぐ馬
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