名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

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ハットトリックのイメージビジュアル
ハットトリックHat Trick
Hat Trick

ハットトリック

通算成績21戦8勝

獲得賞金(海外含む・概算)約44,724万円

生年月日 2001.04.26(平成13年)毛色 青鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
ハットトリックの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
6 GII読売マイラーズカップ 阪神 芝1600 11人気 四位洋文 1:33.1 上り33.3
8 GIマイルチャンピオンS 京都 芝1600 6人気 岩田康誠 1:33.5 上り34.7映像
8 GI天皇賞(秋) 東京 芝2000 14人気 岩田康誠 1:59.8 上り34.8映像
12 GII毎日王冠 東京 芝1800 7人気 岩田康誠 1:46.3 上り34.4映像
7 GI宝塚記念 京都 芝2200 5人気 岩田康誠 2:14.6 上り36.8映像
13 GI安田記念 東京 芝1600 7人気 岩田康誠 1:34.0 上り35.4映像
12 GIドバイデューティーフリー アラブ首長国連邦 芝1777 O.ペリエ 1:51.9 映像
11 GII中山記念 中山 芝1800 3人気 O.ペリエ 1:50.8 上り36.5
1 GI香港マイル 香港 芝1600 ペリエ 1:34.8 映像
1 GIマイルチャンピオンS 京都 芝1600 3人気 O.ペリエ 1:32.1 上り33.3映像
7 GI天皇賞(秋) 東京 芝2000 11人気 O.ペリエ 2:00.5 上り32.6映像
9 GII毎日王冠 東京 芝1800 8人気 蛯名正義 1:47.3 上り33.3
15 GI安田記念 東京 芝1600 8人気 四位洋文 1:33.3 上り35.0映像
9 GII読売マイラーズカップ 阪神 芝1600 1人気 武豊 1:34.3 上り34.1
1 GIII東京新聞杯 東京 芝1600 1人気 武豊 1:33.7 上り32.9
1 GIII京都金杯 京都 芝1600 1人気 武豊 1:34.0 上り34.0
1 清水S 京都 芝1600 1人気 武豊 1:33.5 上り34.1
1 ナリタブライアンM 京都 芝1800 1人気 武豊 1:47.0 上り33.2
9 GIIIラジオたんぱ賞 福島 芝1800 2人気 柴田善臣 1:47.9 上り34.5
1 牡丹賞 東京 芝1600 3人気 柴田善臣 1:34.0 上り32.9
1 3歳未勝利 東京 芝1600 1人気 柴田善臣 1:36.9 上り34.1

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
ハットトリックの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
サンデーサイレンスSunday SilenceHaloHail to Reason
Cosmah
Wishing WellUnderstanding
Mountain Flower
トリッキーコードTricky CodeLost CodeCodex
Loss Or Gain
Dam CleverDamascus
Clever Bird
STORY

旅程 — この馬の物語

2001年生まれの青鹿毛の牡馬。父サンデーサイレンス、母トリッキーコード。主な勝ち鞍はマイルチャンピオンS・香港マイル・スポニチ賞京都金杯。

アメリカから来た母

母の名はトリッキーコード。1991年生まれのアメリカ産で、向こうの競馬場で三十回ゲートに入り、九つ勝っている。1994年にはサンタイネスステークス(米GⅡ)を制し、その前年にはオークリーフステークス(米GⅠ)で三着に入った。走れる牝馬だった。のちに日本へ輸入され、北海道追分町の追分ファームで繁殖牝馬になる。 この母には、三年続けて同じ種牡馬がつけられた。相手はサンデーサイレンス。1999年に牝馬コードネームが生まれ、2000年に牡馬ミステリーコードが生まれ、三頭目が2001年4月26日に生まれた。 その三頭目に付いた名が、ハットトリックである。サッカーで、一人の選手が一試合に三点を挙げることをそう呼ぶ。得点した者だけに贈られる言葉だ。惜しかったシュートは、この語では数えない。 当歳のセレクトセールに七千百四十万円で取引され、キャロットファームの所有馬になった。

東から西へ

デビューは遅かった。2004年5月8日、東京の芝千六百メートル、三歳の未勝利戦である。柴田善臣が乗り、一番人気に応えて二馬身差で勝った。三週間後の牡丹賞も勝つ。 七月、福島のラジオたんぱ賞で初めて重賞に出た。二番人気に推されて九着。 夏の休養をはさんで、厩舎が変わる。美浦の清水美波から、栗東の角居勝彦へ。関東から関西への移籍だった。鞍上も武豊に替わる。秋の京都でナリタブライアンメモリアルと清水ステークスを続けて勝ち、三歳をオープン馬で終えた。 年が明けて1月5日、京都金杯。単勝は1.6倍だった。十六頭のうしろから四番目で四コーナーを回り、大外から差してクビ差で勝つ。重賞は初めてである。 月末の東京新聞杯も、同じ勝ち方をした。レース全体の上がり三ハロン(最後の六百メートル)が33秒9のところ、この馬は32秒9で上がっている。四連勝。重賞は二つになった。 勝ち方の型は、このときすでに決まっていた。道中は後ろで我慢し、外から一気に来る。届けば勝つ。

掲示板の外

四月のマイラーズカップは一番人気だった。四コーナーで手応えが悪く、直線の入口で挟まれる不利もあって九着。 六月の安田記念は、大外の十八番枠から。直線で内に進路を求めたが前が開かず、十五着に沈んだ。 秋も戻らない。毎日王冠は九着、天皇賞・秋は七着。年明けに四連勝した馬が、春から秋まで一度も五着以内に入らなかった。 ただし天皇賞・秋の中身だけは、ほかの敗戦と違っていた。十八頭のうしろから五番目あたりで四コーナーを回り、そこから上がり三ハロン(最後の六百メートル)を32秒6で走っている。レース全体の上がりは33秒6だった。脚はあった。位置が後ろすぎた。それだけの話である。 この日から、鞍上はオリビエ・ペリエになっていた。 ペリエは1996年から三年続けて凱旋門賞を勝った騎手である。日本でも2002年から有馬記念を三年連続で制した。四年前のマイルチャンピオンシップも、この人が勝っている。三度続けて決めることの意味を知っている男が、ハットトリックという名の馬の背に乗った。 その三週間後、二人は京都の千六百メートルに戻ってくる。

二ハロン目の十秒六

十一月二十日、京都。芝は良。 ゲートが開くと、ローエングリンが先手を取った。二番手にダイワメジャーがつく。二ハロン目のラップが十秒六で刻まれた。マイルでこの数字が出るということは、前を行く馬たちが息を入れられないということである。 ハットトリックは、その流れの十二番手にいた。十七頭のうしろから六番目になる。 位置は動かない。三コーナーでも、四コーナーでも、十二番手のままだった。ただしペリエが待っていたわけではない。前が止まらない馬場と見て、三コーナーを過ぎたあたりから、すでに追い出しにかかっている。三連覇のかかった一番人気デュランダルも、桜花賞とNHKマイルカップを勝った三歳牝馬ラインクラフトも、まだ前にいる。ダイワメジャーはすでに先頭へ並びかけ、先に抜け出しにかかっていた。 京都の直線は、四百メートルほどしかない。 外に持ち出されたハットトリックが、そこから一頭ずつ剥がしにいく。デュランダルを突き放す。ラインクラフトを交わす。残ったのは、内で粘るダイワメジャーだけになった。内と外に離れた二頭のまま、ゴール板が近づいてくる。 先に抜け出していたほうが、最後の一完歩で足りなかった。 ハナ差だった。

沙田の大外

そこから三週間で、この馬は香港にいた。 十二月十一日、沙田競馬場の香港マイル。十三頭立てである。日本からはもう一頭、その年の安田記念を勝ったアサクサデンエンが遠征していた。イギリスからラクティ、地元香港にはブリッシュラック。ハットトリックは三番人気だった。 香港でこの馬に与えられた中国語名は、三連冠という。 道中はいつもどおり後ろにいた。三コーナーから外を回って進出を始め、直線でアサクサデンエンを外から抜き、ゴール前で先頭のザデュークを捕らえる。1分34秒8。 日本調教馬の香港マイル制覇は、2001年のエイシンプレストン以来だった。この日二着に負かしたザデュークは、翌年このレースを勝っている。 年が明けて、2005年のJRA賞最優秀短距離馬に選ばれた。その年、この馬はマイルを四つ勝っている。京都金杯、東京新聞杯、マイルチャンピオンシップ、香港マイル。そして四つの勝利のあいだに挟まっていた四つの敗戦は、どれも掲示板に載っていない。

五十九キロ

GIを勝った馬は、そのあとの別定戦で余分な斤量を課される。2006年のハットトリックは、そういう身分で走り始めた。 初戦の中山記念は五十九キロを背負い、重馬場の十二頭立てで十一着。二度目の海外遠征になったドバイデューティーフリーは、十五頭の十二着だった。前年の安田記念で先着を許したアサクサデンエンより前でゴールしたことだけが、この遠征の記録に残った。 六月の安田記念は直線で躓いて十三着。宝塚記念では、いつもと違って前めの位置を取った。伸びずに七着。勝ったのはディープインパクトである。 秋の三戦は、一頭の馬の名前で説明がついてしまう。毎日王冠、天皇賞・秋、マイルチャンピオンシップ。この三つを勝ったのは、すべてダイワメジャーだった。一年前の京都で最後の一完歩だけ足りなかったほうの馬が、秋の東京と京都を独り占めしていた。ハットトリックの着順は十二着、八着、八着。天皇賞・秋では十四番人気になっていた。 毎日王冠の斤量は五十九キロ。前年の同じレースでは五十七キロだった。GIを二つ勝ったぶん、この馬は重くなっていた。 2007年は一戦だけ走った。四月十四日、阪神のマイラーズカップ。十一番人気で、直線から追い上げて六着。勝ち鞍を除けば、これが生涯で最も良い着順である。

点を入れた者だけが呼ばれる

安田記念を目指して調整が続いていた五月、アメリカのウォルマックファームなどから種牡馬入りの申し出があり、馬主のキャロットファームがそれに応じた。引退が発表されたのは2007年5月8日。ちょうど三年前の同じ日に、この馬は東京の未勝利戦を勝っている。十日付で競走馬登録が抹消された。 2008年からケンタッキー州レキシントン近郊のウォルマックファームで種牡馬になる。初年度の種付料は一万五千ドルだった。オーストラリアとアルゼンチンをシャトルで回り、2012年にはゲインズウェイファームへ移る。2017年からはブラジルの牧場でも供用された。 2011年、フランスでこの馬の産駒として走ったのはダビルシムの一頭だけである。その一頭がモルニ賞とジャンリュックラガルデール賞というフランスのGIを二つ勝ち、その年のカルティエ賞最優秀二歳牡馬に選ばれた。たった一頭で、父はその年のフランス二歳リーディングサイアーになっている。 オリビエ・ペリエは2024年4月、ラ・テスト競馬場での騎乗を最後に鞍を降りた。その最後の騎乗は十着だったと伝えられている。凱旋門賞を三年続けて勝った男の、最後の一鞍である。競馬はそういうふうにできている。 2020年8月3日、ブラジルで死んだ。十九歳だった。 サッカーのハットトリックは、点を入れた選手だけが呼ばれる言葉である。惜しかったシュートは、その言葉には入らない。二十一戦八勝。勝てなかった十三回に、五着以内は一つもない。 この馬の成績表には、惜しかった、と書ける行が一行もない。

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