名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。

名馬録
◀ 名馬録へ
ゴールドアリュールのイメージビジュアル
ゴールドアリュールGold Allure
Gold Allure

ゴールドアリュール

通算成績16戦8勝

獲得賞金41,037万円

生年月日 1999.03.03(平成11年)毛色 栗毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
ゴールドアリュールの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
11 GI帝王賞 大井 ダ2000 1人気 武豊 2:07.9 上り40.9
1 GIIIアンタレスS 京都 ダ1800 1人気 武豊 1:49.7 上り37.2
1 GIフェブラリーS 中山 ダ1800 1人気 武豊 1:50.9 上り38.1映像
1 GI東京大賞典 大井 ダ2000 1人気 武豊 2:05.6 上り38.3
5 GIジャパンカップダート 中山 ダ1800 2人気 武豊 1:52.6 上り38.9映像
1 GIダービーグランプリ 盛岡 ダ2000 1人気 武豊 2:08.1
1 GIジャパンダートダービー 大井 ダ2000 1人気 武豊 2:04.1 上り37.4
5 GI東京優駿 東京 芝2400 13人気 上村洋行 2:26.5 上り35.8映像
1 OP端午S 京都 ダ1800 1人気 上村洋行 1:50.6 上り36.4
1 3歳500万下 阪神 ダ1800 2人気 上村洋行 1:51.6 上り38.0
4 ゆきやなぎ賞 阪神 芝2000 1人気 熊沢重文 2:01.5 上り36.0
5 水仙賞 中山 芝2200 2人気 後藤浩輝 2:14.8 上り35.7
3 くすのき賞 小倉 芝1800 1人気 内田浩一 1:53.2 上り38.7
4 OPホープフルS 中山 芝2000 1人気 武豊 2:02.0 上り36.4
1 2歳新馬 京都 芝1800 1人気 熊沢重文 1:48.7 上り35.6
2 2歳新馬 京都 芝1800 3人気 熊沢重文 1:48.3 上り36.1

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
ゴールドアリュールの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
サンデーサイレンスSunday SilenceHaloHail to Reason
Cosmah
Wishing WellUnderstanding
Mountain Flower
ニキーヤNikiyaNureyevNorthern Dancer
Special
Reluctant GuestHostage
Vaguely Royal
STORY

旅程 — この馬の物語

1999年生まれの栗毛の牡馬。父サンデーサイレンス、母ニキーヤ。主な勝ち鞍は東京大賞典・フェブラリーS・アンタレスS。

砂を走った父

父サンデーサイレンスの仔は、日本の芝を塗り替えた。ダービー馬も三冠馬も牝馬の女王も、この父から出ている。だがダートのGIを勝った仔は、後にも先にも一頭しかいない。 サンデーサイレンス自身は、アメリカの砂で走った馬である。ケンタッキーダービーとプリークネスステークスを勝ち、ベルモントステークスで二着に敗れて三冠を逃した。日本へ来てからは、芝の血として扱われた。 1999年3月3日、北海道追分町の追分ファームで、栗毛の牡が生まれた。 母をニキーヤという。1993年にアメリカで生まれたヌレイエフの娘で、海を渡ってフランスで八回走り、三つ勝った。日本へ来たのは1997年である。追分ファームは、吉田善哉の三男・晴哉が1995年に開いた牧場だった。育成から始め、繁殖牝馬を置いて生産に乗り出したのがその1997年。ニキーヤは、そのとき繋養された一頭だった。初年度はサンデーサイレンスと交配して牡を産み、翌年も同じ相手と交配した。生まれた二番仔が、この馬である。 牧場はまだ、名実ともに自分のところの生産馬と言える重賞勝ち馬を持っていなかった。 育成は系列の社台ファームが受け持った。所有はクラブ法人の社台レースホース。名は「黄金の魅力」の意味で付けられている。人の心を引き寄せる魅力を持ってほしい、そして金も引き寄せてほしい。そういう願いが込められた。 預けられたのは栗東の池江泰郎厩舎である。この厩舎には、調教助手として息子の池江泰寿がいた。 2001年11月11日、京都の芝1800メートル、新馬戦。鞍上は熊沢重文。ヤマニンセラフィムに四分の三馬身届かず二着だったが、三着から下はさらに六馬身後ろにいた。二週間後、同じ条件の折り返し新馬を勝ち上がる。 暮れのホープフルステークスは、当時まだオープン特別で、中山の芝2000メートルだった。武豊が初めてこの馬の背に乗り、一番人気に推されて四着に敗れた。

四月十三日、阪神

年が明けて三歳。小倉のくすのき賞は一番人気で三着、中山の水仙賞は二番人気で五着、阪神のゆきやなぎ賞はまた一番人気で四着。いずれも芝の五百万下である。 掲示板は外さない。ただ、勝ち方がわからない。前へ行けば差され、控えれば届かなかった。 四月十三日、阪神のダート1800メートル。鞍上が上村洋行に替わった。 四馬身差だった。 二週間後の端午ステークスも、同じ四馬身差で勝った。芝で半年かけて解けなかった問いが、砂の上では二戦で片づいたことになる。 それでも陣営は、五月の東京へ向かった。ダートを連勝した馬を、芝2400メートルの東京優駿に出した。単勝48.1倍、十三番人気である。 ゲートが開くと、サンヴァレーが大きく逃げた。バランスオブゲームが離れた二番手につき、ゴールドアリュールはその後ろ、三番手にいる。人気のない馬にしては、ずいぶん前だった。 最終コーナーでサンヴァレーが止まる。バランスオブゲームと並んで、一瞬だけ先頭に出た。 その外から、タニノギムレットが来た。乗っていたのは武豊である。前の年の暮れにこの馬の背にいた男が、この日は別の馬でゴールドアリュールをかわしていった。 それでも失速はしなかった。上がり三ハロン、つまり最後の600メートルを三十五秒八でまとめ、シンボリクリスエス、マチカネアカツキとほとんど並ぶような形で五着に入った。 この一戦で、陣営はこの馬の戦場を砂に絞る。

七月四日、大井

ジャパンダートダービーで、武豊が戻ってきた。五週間あまり前、府中の直線で自分が抜き去った相手である。 単勝1.5倍。相手には、大井の羽田盃と全日本2歳優駿を勝ったプリンシパルリバー、中央の兵庫チャンピオンシップを勝ったインタータイヨウがいた。 出るとすぐハナを奪い、あとは自分の呼吸で運んだ。直線で追ってくる馬はなく、逆に離した。二着インタータイヨウとの差は七馬身。2分4秒1はレースレコードだった。 サンデーサイレンスの仔がダートのGIを勝ったのは、これが最初である。 武豊はこの年、タニノギムレットで芝のダービーを勝ち、この馬でダートのダービーを勝った。同じ年に、両方の頂に立った男になった。 夏は放牧に出た。山元トレーニングセンターを経て、社台ファームで過ごしている。 九月二十三日、盛岡のダービーグランプリ。競馬場へ向かう道が渋滞し、着いたときには馬体が絞れすぎていた。前走から十二キロ減。それでも単勝1.1倍に支持される。 またハナを奪い、誰にも競りかけられないまま直線を向いた。持ったままで後続を離し、二着のスターキングマンに十馬身をつけている。 この年、三歳のダートに用意されたGIは二つあった。二つとも、同じ馬が持っていった。

三歳の暮れ

十一月二十三日、中山のジャパンカップダート。古馬と、外国から来た馬と走るのは初めてだった。 注目されたのは同期のアドマイヤドンとの対戦である。前の年の朝日杯フューチュリティステークスを勝ち、そのあと芝で足踏みし、新馬戦以来のダートで盛岡のJBCクラシックを七馬身差で勝ってきた馬だった。古馬相手に七馬身のアドマイヤドンが2.2倍、同期相手に十馬身のゴールドアリュールが2.6倍。評価は僅差で割れた。 道中は三番手。アドマイヤドンはその後ろ、五番手にいた。 直線を向いて、先に抜け出したのはゴールドアリュールである。手応えは十分だった。そこへアドマイヤドンが並びかけ、二頭の競り合いになる。 やり合っているあいだに、内をイーグルカフェが通った。二頭ともまとめてかわされ、競り合いでもアドマイヤドンに屈して、五着まで下がった。 十二月二十九日、大井の東京大賞典。イーグルカフェもアドマイヤドンも来ない。ジャパンカップダート二着のリージェントブラフと、五連勝中のビワシンセイキが相手で、単勝は1.5倍だった。 ハナを奪い、そのまま先頭で直線を向き、ビワシンセイキに一馬身半をつけた。三歳の馬が、暮れの大井を持っていったことになる。 一年のうちにダートのGI級を三つ勝ったのは、1998年のアブクマポーロ以来である。 その年のJRA賞最優秀ダートホースは、二百八十一票のうち百四十九票を集めたこの馬に決まった。フェブラリーステークスを勝ったアグネスデジタルも、ジャパンカップダートを勝ったイーグルカフェも、票では届かなかった。

二月二十三日、中山

東京競馬場が改修に入っていたので、この年のフェブラリーステークスは中山のダート1800メートルで行われた。ゲートに並んだうち、八頭がGI級を勝っている。競馬雑誌『優駿』は、このレースの歴史でもっとも充実した顔ぶれだと書いた。一番人気は、ゴールドアリュールだった。 馬場は良。ゲートが開くと、カネツフルーヴとスマートボーイが先手を争った。武豊はその二頭の後ろ、三番手に置く。 最初の200メートルが12秒3、次が11秒4。前で二頭がやり合ったぶん、テンは速い。そこから12秒台が並び、中盤で一度だけ11秒台に戻る。楽な流れではないし、脚を溜めて一発で決める流れでもなかった。 向正面から三コーナーへ。先頭との差が、少しずつ詰まっていく。 最終コーナーで、カネツフルーヴの背中に並ぶところまで来た。 直線。かわして、抜け出す。 そこへ、ずっと後ろでこの馬だけを見ていた一頭が出てきた。ビワシンセイキ。暮れの大井で一馬身半離した相手である。 残り600メートルからのハロンは12秒4、12秒6、13秒4。誰の脚も上がっていく。切れ味で抜き去る場所ではなく、止まらないほうが勝つ場所だった。 ビワシンセイキが並ぶ。並んだまま、残りが減っていく。 決勝線。クビだけ、前に出ていたのはゴールドアリュールだった。三着のイーグルカフェは、三馬身後ろにいる。 サンデーサイレンスの仔が、JRAのダート重賞を勝った。これが最初だった。ダートを走る仔がいなかったわけではない。名古屋優駿を勝ったチアズサイレンスも、ダービーグランプリを勝ったイシノサンデーもいた。ただ、勝ち星は交流競走に限られ、中央のダート重賞はひとつも獲れていなかった。 最初のひとつが、GIだった。

のど

次はドバイワールドカップだった。UAEダービーへ向かうユートピアと二頭で、遠征を表明する。中東の情勢は不安定で、登録だけして回避する日本馬が相次いでいたなかでの決断である。 三月二十日、イラクへの攻撃が始まった。 経由地のシンガポールからドバイへ向かう便が飛ばなくなり、輸送機を確保できなくなった。ドバイワールドカップデーは予定どおり開かれ、世界十六か国の馬が集まっている。日本から出走した馬は、一頭もいない。 行き先を変えて、四月二十七日の京都、アンタレスステークスに出た。ちょうど一年前、この馬が端午ステークスを勝ったのと同じ日付である。五十九キロを背負い、同じくドバイを諦めたイーグルカフェを相手にした。スマートボーイの二番手から最終コーナーでかわすと、直線は独走になる。八馬身差だった。 六月二十五日、大井の帝王賞。不良馬場。単勝1.1倍。 この日はハナを奪えず、二番手に置かれた。そして、伸びなかった。失速したまま後ろへ下がり、ネームヴァリューの十一着に敗れる。 レースが終わるとすぐ社台ファームへ放牧に出された。検査で見つかったのは喘鳴症、いわゆるのど鳴りである。息を吸うときに喉が十分に開かず、走るだけの空気が入らなくなる。 再起を目指して七月まで待った。二十一日、症状が悪化していることが確認され、引退が決まる。 十六戦八勝。四歳の夏だった。

2004年から、北海道早来町の社台スタリオンステーションで種牡馬になった。初年度に百四十七頭の牝馬が集まる。以後十年以上、毎年百頭を超えた。二百頭を超えた年も二度ある。 仔たちは砂を走った。 エスポワールシチーがジャパンカップダートとフェブラリーステークスを勝ち、GI級を九つ積む。コパノリッキーは十一まで伸ばした。スマートファルコンゴールドドリームクリソベリル。中央と地方のダートの大レースは、しばらくのあいだ、この馬の仔が回り持ちで勝っていった。2020年6月には産駒によるJRA通算千勝に届き、2022年にはナランフレグが高松宮記念を勝って、芝のGIも獲った。 2010年11月3日、JBCクラシック。武豊はスマートファルコンの背にいた。大外の枠からハナを奪い、七馬身離して勝つ。父が四歳の夏に手放した砂の頂を、同じ男が仔の背でもう一度取りにいったことになる。 その馬は暮れの東京大賞典も勝ち、それまでの日本レコードを0.6秒縮めた。ゴールドアリュールが同じ競走を勝った十二月二十九日から、八年が経っていた。翌年の帝王賞では、同じ父を持つエスポワールシチーに九馬身の差をつけている。 母ニキーヤは、そのあとも産み続けた。2007年に生まれた半弟の父にはネオユニヴァースがあてがわれ、ゴールスキーと名づけられる。同じ社台レースホースの勝負服で、同じ池江泰郎厩舎に入った。池江泰郎が定年で厩舎を畳んだあとは、ゴールドアリュールの調教助手だった池江泰寿の管理に移っている。2014年2月、東京の根岸ステークス。七歳での重賞初勝利だった。 この一族の名には、踊りが混じっている。母の父ヌレイエフは、バレエダンサーのルドルフ・ヌレエフから名を取った馬である。半弟ゴールスキーの名は、バレエの振付師から来ている。 この馬だけが、踊りではなく金と名づけられた。 2017年2月18日、社台スタリオンステーション。心臓の疾患で死んだ。十八歳だった。 翌日、東京競馬場でフェブラリーステークスが行われた。中団から進んだゴールドドリームが直線で抜け出し、ベストウォーリアとの競り合いをしのいで勝つ。父が十四年前に中山でしのいだのと、同じ形の勝ち方だった。この仔にとって、最初のGIである。 一か月後、ゴールドドリームはドバイのゲートに入った。十四年前、父が日本を出られないまま辿り着けなかった砂である。出遅れて、最下位に終わった。それでも、父が一度も入れなかったゲートは開いた。 「黄金の魅力」は、走る馬に向けられた願いだった。その馬は四歳の夏に喉で走るのをやめ、自分の脚で稼いだのは四億円あまりで終わっている。金を引き寄せたのは、十六戦のほうではなかった。いま日本の砂で大きな競走を勝つ馬の血統表にも、二代前や三代前の欄に、この名前が残っている。 芝で勝ったのは、二歳の秋、京都の新馬戦ひとつきりだった馬である。

OFFSPRING

産駒 — 旅を継ぐ馬

ABOUT

このサイトについて

名馬ジャーニーとは

名馬ジャーニーは、競馬の名レースと、引退した馬たちのその後を記録する、個人運営のアーカイブサイトです。数分のレースだけでなく、馬がターフを去ってからの時間まで辿れることを大切にしています。JRAなどの競馬主催者・関連団体とは関係のない、一人の競馬好きが続けている場所です。

情報について

本サイトの競走馬プロフィールやレース記録は、報道記事やWikipediaなど、一般に公開されている情報をもとに、当サイトの言葉で整理・編集しています。各馬の歩みをたどる読み物には、参考にした記事の出典を末尾に記載し、引用は必要な範囲にとどめています。

競走成績などのデータは、Wikipediaを主として一般に公開されている情報を参考に、当サイトが独自に整理・編集したものです。JRAの公式サイトやJRA-VAN、netkeibaといった競馬情報サービスのデータベースを転載・複製したものではありません。個人が公開情報をもとにまとめたものであり、内容の正確性を保証するものではありません。

文章の制作には生成AIを活用し、運営者が確認のうえ公開しています。ただし個人による運営で、一部は自動的に更新されるため、誤りや古くなった情報が含まれている場合があります。誤りにお気づきの際は、お知らせいただけると幸いです。馬券の購入その他の判断は、JRA・各主催者の公式発表にもとづき、ご自身の責任で行ってください。

画像について

本サイトに掲載している競走馬のイラストなどの画像は、AIで生成したオリジナルのものです。実在する写真を複製・加工したものではありません。競走馬の毛色や特徴を完全に再現できるものではない点は、あらかじめご了承ください。なお、映像のサムネイルは、YouTube上の各動画のサムネイル画像を表示しています。

映像について

本サイトのレース映像は、競馬主催者などの公式チャンネルが公開し、埋め込みを許可している動画だけを、YouTubeの標準的な埋め込み機能でご紹介しています。権利者に無断で転載された映像は扱いません。牧場の映像も同じ仕組みで、牧場や、牧場を訪ねた方々が自身のチャンネルで公開している動画をご紹介しています。

動画は埋め込み先でもYouTube上で再生され、再生数・広告収益はすべて各チャンネルに帰属します。あわせて各チャンネルの登録ボタンを設け、ご覧になった方が配信元のチャンネルへ辿り着けるようにしています。本サイトが動画ファイルを保存・配信することはありません。

名レースの記憶を残し、馬たちの引退後まで辿るこのサイトが、その映像を遺してくださった各チャンネルと、新しい競馬ファンとの出会いに少しでも役立てば幸いです。

広告について

本サイトは、運営を続けるための費用にあてるため、競走馬プロフィールや成績表など、当サイトが制作したコンテンツが主体のページに広告を掲載することがあります。動画の視聴が主となる場面には広告を置きません。アフィリエイトリンクなどを掲載する場合は、広告であることがわかる表示を行います。

アクセス解析について

本サイトは、閲覧状況の把握と改善のため、Googleアナリティクスを利用しています。GoogleアナリティクスはCookieを用いてアクセス情報を収集しますが、個人を特定する情報は含まれません。仕組みの詳細はGoogleのポリシーと規約をご確認ください。Cookieは、お使いのブラウザの設定で無効にすることもできます。

免責事項

掲載内容には正確を期していますが、その正確性・完全性を保証するものではありません。本サイトの利用、およびリンク先の外部サイトの利用によって生じた損害について、運営者は責任を負いかねますので、あらかじめご了承ください。

お問い合わせ・権利者の方へ

掲載内容についてのお問い合わせ、誤りのご指摘、掲載をご希望されない場合の削除・修正のご依頼を承ります。権利者やご関係者の方からのお申し出には、内容を確認のうえ、速やかに対応いたします。お問い合わせ先は、準備が整い次第このページに掲載いたします。映像については、各チャンネル側の設定でも表示を停止いただけます。

DREAM

ドリームレース

歴代名馬のオールスターを、選んだ舞台で走らせる夢想レース