名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
HORSES

名馬録

この世代(生まれ年)

スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。

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ゴールドアクターのイメージビジュアル
ゴールドアクターGold Actor
Gold Actor

ゴールドアクター

通算成績24戦9勝

獲得賞金74,324万円

生年月日 2011.05.18(平成23年)毛色 青鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
ゴールドアクターの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
11 GII産経賞オールカマー 中山 芝2200 6人気 吉田隼人 2:13.3 上り36.8映像
16 GI大阪杯 阪神 芝2000 12人気 吉田隼人 2:01.9 上り37.2映像
11 GIIアメリカジョッキークラブカップ 中山 芝2200 3人気 武豊 2:16.0 上り36.9映像
2 GI宝塚記念 阪神 芝2200 5人気 横山典弘 2:11.5 上り35.4映像
7 GI天皇賞(春) 京都 芝3200 5人気 横山典弘 3:13.6 上り35.5映像
5 GII日経賞 中山 芝2500 1人気 吉田隼人 2:33.2 上り36.2映像
3 GI有馬記念 中山 芝2500 3人気 吉田隼人 2:32.7 上り35.7映像
4 GIジャパンカップ 東京 芝2400 3人気 吉田隼人 2:26.4 上り35.1映像
1 GII産経賞オールカマー 中山 芝2200 1人気 吉田隼人 2:11.9 上り34.4
12 GI天皇賞(春) 京都 芝3200 1人気 吉田隼人 3:16.1 上り35.6映像
1 GII日経賞 中山 芝2500 2人気 吉田隼人 2:36.8 上り33.8映像
1 GI有馬記念 中山 芝2500 8人気 吉田隼人 2:33.0 上り34.8映像
1 GIIアルゼンチン共和国杯 東京 芝2500 1人気 吉田隼人 2:34.0 上り34.1
1 オクトーバーS 東京 芝2400 1人気 吉田隼人 2:25.8 上り33.4
1 洞爺湖特別 函館 芝2000 1人気 吉田隼人 2:02.0 上り35.1
3 GI菊花賞 京都 芝3000 7人気 吉田隼人 3:01.7 上り35.0映像
1 支笏湖特別 札幌 芝2600 1人気 吉田隼人 2:44.2 上り34.8
1 3歳以上500万下 札幌 芝2600 1人気 吉田隼人 2:42.5 上り35.4
4 GIIテレビ東京杯青葉賞 東京 芝2400 7人気 石橋脩 2:26.6 上り34.4
2 山吹賞 中山 芝2200 3人気 石橋脩 2:15.7 上り34.9
2 ゆりかもめ賞 東京 芝2400 14人気 石橋脩 2:30.6 上り34.1
1 3歳未勝利 中山 芝2200 3人気 石橋脩 2:15.8 上り35.8
4 2歳未勝利 中山 芝2000 6人気 石橋脩 2:04.7 上り35.9
7 2歳新馬 東京 芝2000 11人気 蛯名正義 2:04.8 上り34.2

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
ゴールドアクターの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
スクリーンヒーローScreen HeroグラスワンダーGrass WonderSilver Hawk
Ameriflora
ランニングヒロインサンデーサイレンスSunday Silence
ダイナアクトレス
ヘイロンシンキョウワアリシバAlysheba
Sulemeif
ハッピーヒエンマナードManado
ブゼンフブキ

引退後・牧場での映像

ゴール板の先の時間
STORY

旅程 — この馬の物語

2011年生まれの青鹿毛の牡馬。父スクリーンヒーロー、母ヘイロンシン。主な勝ち鞍は有馬記念・アルゼンチン共和国杯・日経賞。

配合を、自分で決める人

北海道新冠町の西泊津に、北勝ファームという牧場がある。2016年の時点で、そこを回していたのは二人だけだった。 興したのは居城要。十勝の士幌町に生まれ、本業は飼料商。士幌に本店を、茨城県美浦村に支店を構える会社の会長だった。1964年に道営競馬の馬主資格を取り、1973年から新冠で馬を産ませはじめ、1988年に中央の馬主資格も得ている。1989年、西泊津に自分の牧場を構えた。どの繁殖牝馬にどの種牡馬をつけるか——その配合を、彼は人任せにせず、最後まで自分で決めていた。 母ヘイロンシンも、その居城の馬である。祖母ハッピーヒエンに、隣の協和牧場のキョウワアリシバをつけて生まれた。狙いは障害馬を出すことだった。思惑どおり、ヘイロンシンは障害で2勝を挙げ、2003年には豊国ジャンプステークスを勝っている。 繁殖に上がってからは、母は苦労した。体の内側に特徴があって受胎しにくく、2007年に初仔を産んだあと、2008年と2009年は二年つづけて空胎に終わっている。2010年にようやく二番仔を産む。その年の種付けで居城が選んだのが、種牡馬としての一年目を迎えたばかりのスクリーンヒーローだった。スタミナが武器の母には、長い距離を走った父を。理屈はそれだけである。 2011年5月18日、青鹿毛の牡馬が生まれた。5月の遅生まれでありながら馬体は他に見劣りせず、場長の田谷利夫は、思い描いたとおりの当歳が立っていると感じたと振り返っている。 名は、ゴールドアクター。居城の冠名「ゴールド」に、男優を意味するアクターを重ねた。父の名からの連想である。銀幕のヒーロー——スクリーンヒーロー。その父の母はランニングヒロインといい、さらにその母は、女優の名を負ったダイナアクトレスだった。女優、ヒロイン、銀幕の主役、そして男優。この一族は四代にわたって、舞台の上の役どころを名乗り続けている。

幕は、遅れて上がる

2013年11月24日、東京の芝2000m。新馬戦の鞍上は蛯名正義で、11番人気の7着だった。一か月後、中山の未勝利戦は石橋脩に替わって4着。2歳のうちに勝ち上がることはできなかった。 年が明けた2014年1月12日、中山の芝2200m。距離を1ハロン延ばした三度目の挑戦で、ようやく初勝利を挙げる。この馬は、長い距離ほど形になった。 2月のゆりかもめ賞は馬体重を18キロ減らして14番人気に落ちながら、ラングレーの2着に粘る。4月の山吹賞も2着。5月3日、ダービートライアルの青葉賞では7番人気の4着に走り、権利には届かなかった。クラシックの春は、この馬の外側を過ぎていった。 以後、菊花賞をのぞけば、相手はずっと古馬になる。

北の夏 ― 吉田隼人と、百勝目

8月2日、札幌の芝2600m。ここから吉田隼人が手綱を取る。単勝1.7倍の1番人気に応え、3馬身半の快勝だった。 三週間後、同じ札幌の2600mで争われた支笏湖特別も、2番手から抜け出して連勝。この一戦が、調教師・中川公成にとって開業から1841戦目の、JRA通算100勝目だった。高知市の生まれで、1989年に厩務員として美浦に入り、調教助手を経て2006年に自分の厩舎を構えた男である。100勝に届くまで、八年半かかっていた。 10月26日、京都の芝3000m、菊花賞。7番人気。勝ったトーホウジャッカルが3分01秒0のコースレコードで駆け抜けるなか、4馬身差の3着に粘り込んだ。世代の頂点を争う舞台で、掲示板の内側にいる——それが3歳秋の到達点である。 レースの後、長い休みに入った。次に競馬場へ戻るのは、翌年の夏になる。

父が勝ったレースで

2015年7月4日、函館の洞爺湖特別。8か月ぶりの実戦を1番人気で、2馬身差の勝利で飾る。 10月12日、東京の芝2400m、オクトーバーステークス。3番手を進んで上がり3ハロン33秒4、1馬身3/4差。二つ目の連勝でオープン入りを果たした。 そして11月8日、東京・芝2500mのアルゼンチン共和国杯。昇級していきなりの重賞挑戦で、ハンデは56キロ。重馬場を1番人気で進み、ゴール直前で前を行くメイショウカドマツを捕えた。アタマ差、三連勝での重賞初制覇である。 このレースは、7年前に父スクリーンヒーローが勝っていた。2008年、鞍上は蛯名正義——ゴールドアクターの新馬戦に乗った男だ。父と子が、同じ府中の2500mで勝ち名乗りを上げたことになる。スクリーンヒーローにとってゴールドアクターは種牡馬一年目の産駒で、同じ世代にはモーリスがいた。この2015年、モーリスは年度代表馬に選ばれている。 中川公成にとっては、開業10年目にして初めてのJRA重賞だった。居城要にとっては、道営で馬主資格を取ってから半世紀を越えての、中央重賞初制覇だった。

十七倍 ― 二〇一五年十二月二十七日

暮れの中山、芝2500m、16頭。 人気を集めたのは他の馬たちだった。この年の宝塚記念と天皇賞(秋)を勝ったラブリーデイ。菊花賞を制したばかりのキタサンブラック。そして、この一戦を最後にターフを去るゴールドシップ。ゴールドアクターの単勝は17.0倍、8番人気だった。 鞍上には、乗れないかもしれない事情があった。11月29日、東京の5レース、馬場入場の最中に他馬に蹴られて、吉田隼人は右膝蓋骨を亀裂骨折している。全治6週間、有馬記念まで一か月を切っていた。2週前に乗り替わりの話が出たとき、彼は「有馬では絶対に体を動かせるようにする」[^1]と直訴した。超音波治療も酸素カプセルも使い、間に合わせた。 レースは、その執念のとおりに運ばれた。スタート後にいったん手綱を押してハナを主張し、3コーナー手前でするりと控えて外の2頭を行かせ、3番手のインで折り合う。逃げたキタサンブラックが刻んだのは、前半1100mを68秒9で通過する遅い流れだった。前が止まらない一日のなかで、内の3番手は最良の場所である。二周目の3コーナーから4コーナーにかけて、最後方にいたゴールドシップが一気に4番手まで押し上げてきたが、そのまま失速していった。 直線半ば、ゴールドアクターが前の2頭を交わして先頭に立つ。坂を上がり切ってから、もう一段加速した。外から迫るサウンズオブアースをクビ差だけ抑え込んで、2分33秒0。上がりは34秒8だった。 デビューから13戦目。この年を4戦4勝とし、4連勝でのGI制覇だった。吉田隼人はデビュー12年目、32歳で初めてGIを勝った。中川厩舎にとっても初めてのGIだった。有馬記念を関東の厩舎の馬が制すのは、2007年のマツリダゴッホ以来8年ぶりのことである。 そして90歳の飼料商は、自分の牧場で生まれ、自分で配合を決めた馬で、グランプリを勝った。

出典:スポーツニッポン「【有馬記念】ゴールドアクター4連勝で一気に頂点!吉田隼初G1」2015年12月28日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2015/12/28/kiji/K20151228011761800.html 、閲覧日:2026年7月27日。

五連勝と、淀の三千二百

2016年3月26日、中山の日経賞。9頭立ての大外枠、斤量58キロ。前走2着のサウンズオブアースより2キロ重い負担を課され、人気はそのサウンズオブアースに譲った。それでも好スタートから前々を進み、直線入口で逃げるディサイファを捕らえると、間を割って伸びてきたサウンズオブアースとの叩き合いを力でねじ伏せる。連勝は五つに伸びた。 5月1日、京都の天皇賞(春)。GIでは初めての1番人気だった。だがレース前に入れ込んでしまい、道中も普段のような折り合いがつかない。4コーナーを回って一度は2番手まで押し上げたものの、直線で失速した。勝ったキタサンブラックから0.8秒差の12着。連勝は5で止まった。

六月十八日

2016年6月18日、居城要が茨城県牛久市の病院で息を引き取った。老衰、90歳。グランプリの夜から、半年が過ぎていた。 所有馬と、海老に黄の一本輪を配した勝負服は、長男の居城寿与が引き継いだ。牧場も、馬主業も、そのまま息子の手に渡る。 秋、ゴールドアクターは新しい名義でオールカマーに出走した。中団を進んで直線で先頭に立ち、サトノノブレスをクビ差抑える。1番人気に応えた、代替わり後の最初の勝利だった。 続くジャパンカップは4着。勝ったのはキタサンブラックである。 そして連覇のかかった有馬記念。好位から進み、直線で一度は先頭に並びかけたが、サトノダイヤモンドキタサンブラックが前に出た。3着、勝ち馬との差は0.1秒。二年つづけて、暮れの中山で最後まで勝ち負けに加わった。

グランプリホースの矜持

2017年の始動戦、日経賞は1番人気で5着。天皇賞(春)は横山典弘に手綱が渡って7着。二戦つづけて評価に応えられなかった。 6月25日、阪神の宝塚記念。5番人気まで評価は落ちていた。断然の1番人気に推されたキタサンブラックが伸びあぐねるなか、ゴールドアクターは内をしぶとく伸び、勝ったサトノクラウンから0.1秒差の2着に食い込む。グランプリで勝ち負けをする馬であることを、もう一度だけ示した走りだった。 秋の大舞台へ向けて調整は進められていたが、体調が整わず、休養に入る。

幕が下りる

2018年1月21日、中山のアメリカジョッキークラブカップ。半年以上の休み明けで、鞍上は武豊。11頭立ての11着だった。4月の大阪杯は16着。9月23日、吉田隼人と組み直したオールカマーで11着。それが最後の一戦になった。 10月10日、競走馬登録を抹消。24戦9勝、獲得賞金7億4324万4000円。 向かった先は、新冠町の優駿スタリオンステーションだった。生まれた北勝ファームと同じ町である。2019年から種牡馬として立ち、2021年のスタリオン展示会の映像にも、青鹿毛の姿がある。 母ヘイロンシンも新冠に残った。ゴールドアクターの四年後、同じスクリーンヒーローとの間に牝馬を産み、その仔にはゴールドシスターという名がついた。受胎に苦しんだ牝馬は、二十歳を大きく越えた2024年にも仔を産んでいる。 四代つづいた芸名の末に生まれた青鹿毛は、小さな牧場から出て、暮れの中山でただ一度、主役を張った。配合を決めた男は、その一度に間に合った。

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