名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
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名馬録

この世代(生まれ年)

スライダーを動かすと、その世代に生まれた馬を獲得賞金の多い順で表示します。

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フサイチリシャールのイメージビジュアル
フサイチリシャールFusaichi Richard
Fusaichi Richard

フサイチリシャール

通算成績24戦5勝

獲得賞金27,878万円

生年月日 2003.04.06(平成15年)毛色 芦毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
フサイチリシャールの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
7 GI高松宮記念 中京 芝1200 12人気 川田将雅 1:07.5 上り34.1映像
8 GIII阪急杯 阪神 芝1400 5人気 川田将雅 1:21.5 上り35.3
12 GII阪神カップ 阪神 芝1400 6人気 鮫島良太 1:21.1 上り34.8
12 GIマイルチャンピオンS 京都 芝1600 6人気 O.ペリエ 1:33.6 上り35.6映像
2 GII毎日放送賞スワンS 京都 芝1400 10人気 福永祐一 1:20.7 上り34.8
12 GIIセントウルS 阪神 芝1200 6人気 鮫島良太 1:08.7 上り34.4
12 GIIICBC賞 中京 芝1200 4人気 鮫島良太 1:09.6 上り35.7
5 GII京王杯スプリングカップ 東京 芝1400 6人気 鮫島良太 1:20.8 上り35.1
6 GIIゴドルフィンマイル アラブ首長国連邦 ダ1600 C.スミヨン 映像
13 GIII京都金杯 京都 芝1600 3人気 鮫島良太 1:34.9 上り35.8
1 GII阪神カップ 阪神 芝1400 8人気 福永祐一 1:20.6 上り35.2
13 GIジャパンカップダート 東京 ダ2100 4人気 内田博幸 2:10.2 上り38.1映像
5 GIII東京中日S杯武蔵野S 東京 ダ1600 1人気 岩田康誠 1:35.7 上り36.4
4 GII神戸新聞杯 中京 芝2000 4人気 福永祐一 1:58.3 上り35.0
8 GI東京優駿 東京 芝2400 10人気 G.ボス 2:29.0 上り36.2映像
6 GINHKマイルカップ 東京 芝1600 1人気 福永祐一 1:34.0 上り36.3映像
5 GI皐月賞 中山 芝2000 3人気 福永祐一 2:00.5 上り36.2映像
2 GIIフジTVスプリングS 中山 芝1800 1人気 福永祐一 1:48.9 上り36.0映像
2 GIII共同通信杯 東京 芝1800 1人気 福永祐一 1:48.5 上り34.7映像
1 GI朝日杯フューチュリティステークス 中山 芝1600 2人気 福永祐一 1:33.7 上り34.4映像
1 GIII東京スポーツ杯2歳S 東京 芝1800 1人気 福永祐一 1:46.9 上り34.0
1 OP萩S 京都 芝1800 5人気 福永祐一 1:49.1 上り34.4
1 2歳未勝利 阪神 芝2000 2人気 武豊 2:06.6 上り34.7
4 2歳新馬 阪神 芝2000 2人気 武豊 2:04.8 上り35.3

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
フサイチリシャールの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
クロフネKurofuneフレンチデピュティFrench DeputyDeputy Minister
Mitterand
ブルーアヴェニューBlue AvenueClassic Go Go
Eliza Blue
フサイチエアデールサンデーサイレンスSunday SilenceHalo
Wishing Well
ラスティックベルRustic BelleMr. Prospector
Ragtime Girl
STORY

旅程 — この馬の物語

2003年生まれの芦毛の牡馬。父クロフネ、母フサイチエアデール。主な勝ち鞍は朝日フューチュリティ・東京スポーツ杯2歳S・阪神C。

父と母を、同じ人が見ていた

2003年4月6日、北海道早来町のノーザンファームで芦毛の牡馬が生まれた。父クロフネ、母フサイチエアデール、母の父サンデーサイレンス。 母は栗東の松田国英厩舎で走った牝馬である。明けて三歳、初の重賞挑戦だったシンザン記念を勝ち、続く桜花賞トライアルも連勝して本番に進み、桜花賞ではプリモディーネの二着。オークスは五着、秋華賞も五着、エリザベス女王杯は二年続けて二着だった。重賞を四つ勝ちながら、GIのタイトルにだけは手が届かないまま2000年の暮れに引退している。 父も、同じ松田の管理馬だった。アメリカ産のクロフネは、外国産馬に開放された初年度の日本ダービーを目指してNHKマイルカップを勝ち、その舞台で五着に終わる。秋は天皇賞(秋)を目標にしたが外国産馬の出走枠から外れ、急遽ダートに回って武蔵野ステークスとジャパンカップダートを二戦続けてレコードで圧勝した。そして年の瀬に右前脚の浅屈腱炎が判明し、そのまま種牡馬になる。松田はのちに、GI二つとレコード四つという勲章と屈腱炎とを天秤にかければ屈腱炎のほうがはるかに重い、と語っている。 母の初仔は2002年生まれの牝馬ライラプスで、父はフレンチデピュティ――つまりクロフネの父にあたる。この半姉は2005年のクイーンカップを勝ち、やはり松田厩舎の所属だった。そして翌2003年、母はクロフネの初年度産駒として牡馬を産む。 馬名は、馬主・関口房朗の冠名「フサイチ」に、ブランデーの銘「ヘネシー・リシャール」を継いだもの。その年のセレクトセールで9900万円の値がつき、生まれた早来から、父と母と姉を預かった調教師のもとへ入った。

三つの逃げ

2005年9月11日、阪神の芝二千メートル。武豊を背に二番人気で新馬戦に出て、四着。勝ったのはマルカシェンクだった。サンデーサイレンス最後の世代の一頭で、この名は三歳の五月にもう一度だけ現れる。 二週間後の未勝利戦は、自分でハナを切ってそのまま押し切った。二着はドリームパスポート。十月の萩ステークスから福永祐一に手綱が渡り、ここも逃げ切って、また二着にドリームパスポートを従えた。 十一月十九日、東京スポーツ杯二歳ステークス。一番人気に応えて逃げ、一分四十六秒九のレコードで二馬身半突き放す。二着はメイショウサムソン、三着はディープインパクトの全弟オンファイア。この一勝が、クロフネ産駒によるJRA重賞の初制覇だった。

中山、十二月十一日

いちょうステークスを圧勝してきたジャリスコライトが支持を集め、この馬は二番人気だった。 ゲートは決まらなかった。行き脚がつかず、二番手を追走する形になる。ここまで勝った三つは、すべて自分が前に出てからのレースである。前に一頭を見たまま最後の直線を向くのは、この馬がまだ勝ったことのない形だった。 四コーナーを回る。中山の直線は短く、坂がある。残り四百メートル。福永祐一が仕掛けると、二歳馬は前をつかまえてそのまま先頭に出た。ここからは知っている形だ。 後ろから一頭、追い込んできた。スーパーホーネット。同じ日にデビューして、同じように四着から始まった馬である。内田博幸が追ってくる。並ばれる。坂を上りきってからの残りは短い。二頭のまま決勝線を通過して、前に出ていたのはクビだけだった。 秋の初めには新馬戦で敗れていた馬が、二歳の王者になった。父クロフネは、この日はじめてGIを勝った種牡馬になる。母が四つの重賞を勝ってなお届かなかったタイトルを、その息子が二歳のうちに持ち帰った。

松国ローテ

年が明けて、JRA賞の最優秀二歳牡馬に選ばれた。五戦四勝、重賞二勝。 松田国英には、三歳馬の使い方について一つの考えがあった。距離の異なる二つのGI――マイルの千六百メートルとダービーの二千四百メートル――の両方で走れれば、その馬の種牡馬としての価値は上がる。だからNHKマイルカップからダービーへ向かわせる。この組み立ては松国ローテと呼ばれた。最初に試したのがクロフネで、NHKマイルカップは勝ったがダービーは五着。翌2002年のタニノギムレットはダービーを勝ち、2004年のキングカメハメハはついに両方を制した。 2006年、松田はその道をもう一度、しかも一つ手前から歩かせる。共同通信杯はアドマイヤムーンに〇秒一届かず二着、スプリングステークスはメイショウサムソンと同タイムの二着。どちらも一番人気で、どちらも僅差だった。負けてはいたが、届かない相手には見えなかった。 四月十六日の皐月賞は一枠一番、三番人気。直線で伸び切れずに五着。勝ったのは六番人気のメイショウサムソン――東京スポーツ杯で二馬身半置き去りにしたはずの馬である。三週間後のNHKマイルカップは大外十八番から一番人気に支持され、六着。さらに三週間後の東京優駿で、鞍上が替わった。福永祐一はマルカシェンクに騎乗している。新馬戦でこの馬の前をゴールした、あの馬だった。 グレン・ボスを背にした十番人気は八着。マルカシェンクは四着だった。六週間で三つのGIを走り、五着、六着、八着。二歳の暮れに手にした冠は、春には一つも増えなかった。

父の秋をなぞる

夏を休んで、秋は神戸新聞杯から始めた。四着。勝ったドリームパスポートとの差は〇秒二で、二着はメイショウサムソン、三着はこのあと菊花賞を勝つソングオブウインドだった。 そこから陣営はダートへ舵を切る。父が圧倒した場所である。十月の武蔵野ステークスは一番人気で五着、十一月のジャパンカップダートは十三着に終わった。 五年前の秋、クロフネは同じ三つのレースを走っている。神戸新聞杯で三着に敗れ、武蔵野ステークスをレコードで九馬身、ジャパンカップダートを七馬身。同じ厩舎の、同じ順番の三戦だった。父が突き抜けた道を、子は一つずつ同じ順に歩いて、同じ場所で届かなかった。

千四百メートル

十二月十七日、阪神。この年に新設されたばかりの阪神カップ、芝千四百メートル。ダートで大敗した直後で、しかも距離をここまで詰めるのは初めてだった。人気は八番手まで落ちている。 福永祐一が戻ってきた。一分二十秒六でプリサイスマシーンをクビ差おさえ、三着マイネルスケルツィまで〇秒一。第一回阪神カップの優勝馬になった。 朝日杯フューチュリティステークスから一年と六日。三つ目の重賞であり、生涯最後の勝利であり、そしてこの馬の答えが距離を詰めた先にあることを示した、ただ一度の一勝だった。

ハナ差

四歳の2007年は、京都金杯の十三着で始まった。三月にドバイへ渡ってゴドルフィンマイルを六着。生涯ただ一度の海外遠征だった。帰国後は京王杯スプリングカップ五着、CBC賞十二着、セントウルステークス十二着と続く。 十月二十七日、京都のスワンステークス。十番人気まで落ちていたこの馬が、ハナ差の二着に食い込む。前でゴールしたのはスーパーホーネットだった。二年前の中山でクビ差退けた相手が、その日ようやく初めての重賞を手にする。今度は同じだけの差で、こちらの前にいた。 続くマイルチャンピオンシップは十二着。前の年に自分が初代優勝馬になった阪神カップも、十二着だった。

中京、三月三十日

2008年。阪急杯を八着で叩いて、高松宮記念へ向かった。十二番人気、単勝は四十五倍を超えている。 好位につけ、直線の入口で手応え良くローレルゲレイロを交わすと、いったん先頭に立った。残り二百メートルを前にして、急に脚が上がる。七着。勝ったファイングレインとの差は〇秒四、六着とはクビだった。上がりは三十四秒一を計時している。 一番人気のスズカフェニックスは三着に入った。鞍上は福永祐一である。二歳の王者を作った男は、その最後のレースに、別の馬で同じゲートに立っていた。 競走中の負傷が疑われ、後日の精密検査で左前脚の腱の断裂が判明する。四月二日、競走馬登録を抹消。父クロフネが去ったのと同じ、前脚の腱だった。勲章より故障のほうが重いと言った調教師は、六年余りをへだてて、その子も同じ形で見送ることになる。

十九年

2008年八月、新ひだか町のアロースタッドで種牡馬になった。産駒からは障害のニホンピロバロンが出て、2016年に京都ハイジャンプ、2018年に中山大障害を勝つ。平地ではリッカルドがエルムステークスを制し、その後は南関東で重賞を重ねた。それでも父の後継を担うには至らず、2014年十月に用途変更となって種牡馬を退いている。 その後は橋本牧場で功労馬として過ごし、2016年に乗馬へ復帰、広島の乗馬クラブを経て、2023年から鹿児島県湧水町のホーストラストにいる。放牧地ではよく昼寝をしているという。 クラシックには、一つも手が届かなかった。父が託された「開放初年度のダービー」も、この馬が挑んだ三冠路線も、勝ち切ることはできなかった。 けれど――2005年十一月十九日に府中でレコードを刻んだあの一戦から数えて、クロフネ産駒はJRAの重賞を十九年続けて勝った。2023年、ママコチャがスプリンターズステークスを制するまで一年も欠けなかったその連続は、パーソロンと並ぶ歴代一位タイである。父のいちばん長い記録は、二歳の秋にこの馬が切ったテープから始まっていた。 怪物の長男、と呼ばれた馬である。父の名がいつも紹介の先頭にあり、母が届かなかったGIを代わりに持ち帰り、それでも自分の名でクラシックを獲ることはできなかった。連続は2024年に止まった。けれど始まりの日付だけは動かない。あの日に府中の直線を先頭で通過した二歳馬は、いま鹿児島の日だまりで、よく眠っている。

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