名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
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名馬録

この世代(生まれ年)

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フサイチパンドラのイメージビジュアル
フサイチパンドラFusaichi Pandora
Fusaichi Pandora

フサイチパンドラ

通算成績21戦4勝

獲得賞金37,811万円

生年月日 2003.02.27(平成15年)毛色 栗毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
フサイチパンドラの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
GI有馬記念 中山 芝2500 藤田伸二 映像
9 GIジャパンカップ 東京 芝2400 12人気 藤田伸二 2:25.7 上り35.1映像
2 GIエリザベス女王杯 京都 芝2200 3人気 C.ルメール 2:12.0 上り33.9映像
11 GIIIエルムS 札幌 ダ1700 4人気 藤岡佑介 1:45.1 上り37.0
1 GII札幌記念 札幌 芝2000 5人気 藤田伸二 2:00.1 上り34.8映像
5 GIIIクイーンS 札幌 芝1800 3人気 福永祐一 1:47.1 上り34.6
12 GIヴィクトリアマイル 東京 芝1600 6人気 福永祐一 1:33.5 上り34.6映像
9 GII読売マイラーズカップ 阪神 芝1600 12人気 福永祐一 1:33.4 上り33.9
9 GII日経賞 中山 芝2500 4人気 福永祐一 2:33.0 上り37.1
2 JpnⅡエンプレス杯 川崎 ダ2100 1人気 福永祐一 2:16.7 上り38.3
5 GIジャパンカップ 東京 芝2400 8人気 福永祐一 2:25.9 上り34.8映像
1 GIエリザベス女王杯 京都 芝2200 7人気 福永祐一 2:11.6 上り34.8映像
3 GI秋華賞 京都 芝2000 4人気 福永祐一 1:58.5 上り34.6映像
3 GII関西TVローズS 中京 芝2000 2人気 福永祐一 1:59.0 上り35.5
2 GI優駿牝馬 東京 芝2400 5人気 福永祐一 2:26.3 上り35.4映像
14 GI桜花賞 阪神 芝1600 2人気 角田晃一 1:36.4 上り37.4映像
2 GIIIフラワーカップ 中山 芝1800 1人気 角田晃一 1:49.1 上り37.3
1 きんせんか賞 中山 芝1600 1人気 角田晃一 1:35.1 上り35.4
6 OPエルフィンS 京都 芝1600 1人気 角田晃一 1:36.1 上り36.4
3 2歳500万下 阪神 芝1600 1人気 角田晃一 1:36.1 上り35.8
3 GI阪神ジュベナイルフィリーズ 阪神 芝1600 2人気 角田晃一 1:37.6 上り35.9映像
1 2歳新馬 京都 芝1800 1人気 角田晃一 1:48.1 上り35.5

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
フサイチパンドラの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
サンデーサイレンスSunday SilenceHaloHail to Reason
Cosmah
Wishing WellUnderstanding
Mountain Flower
ロッタレースLotta LaceNureyevNorthern Dancer
Special
Sex AppealBuckpasser
Best in Show
STORY

旅程 — この馬の物語

2003年生まれの栗毛の牝馬。父サンデーサイレンス、母ロッタレース。主な勝ち鞍はエリザベス女王杯・札幌記念。

父が死んだ翌年に生まれた

2003年2月27日、北海道早来(現・安平町)のノーザンファームで、栗毛の牝馬が生まれた。父サンデーサイレンスは前年の夏に世を去っている。日本の血統地図を書き換えた種牡馬が最後に残した世代、そのラストクロップの一頭だった。 母はロッタレース。アメリカ生まれのヌレイエフ産駒で、その母セックスアピールは、イギリス2000ギニーを勝ってヨーロッパ年度代表馬に選ばれたエルグランセニョールと、その全兄でデュハーストステークスを制したトライマイベストを産んだ牝馬である。二頭は、この栗毛にとって伯父にあたる。世界の名牝系のひとつ、ベストインショウ系。血統表の見栄えは、文句のつけようがなかった。 ただ、日本に渡ったロッタレースの仔たちは、その見栄えに応えられずにいた。サンデーサイレンスとの間に生まれた半兄サムソンハッピーは当歳のセレクトセールで9975万円の値をつけられ、55戦を走って4勝、条件戦で競走生活を終えた。他の兄姉も、重賞には届いていない。そしてこの牝馬もまた、2003年のセレクトセールで9135万円という高値で取引されている。高く買われ、届かない――それが、この一族が日本で繰り返してきたことだった。 名はフサイチパンドラ。関口房朗の冠名に、災いを解き放った女の名が続いた。箱を開け、すべてが飛び出したあと、底にひとつだけ残ったものがあるという、あの神話の女である。 栗東・白井寿昭厩舎から、2005年11月12日の京都、芝1800mの新馬戦でデビュー。鞍上は角田晃一。1番人気に応えて勝ち上がると、二戦目でいきなり阪神ジュベナイルフィリーズへ向かい、テイエムプリキュアの3着に入った。2歳の暮れ、彼女はもうGIの掲示板にいた。

追いかけた背中

3歳初戦のエルフィンステークスは1番人気で6着。それでも中山のきんせんか賞を勝ち、フラワーカップでも1番人気に推されてキストゥヘヴンの2着に粘った。桜花賞では2番人気。素質を疑う者は多くなかった。 その桜花賞で、彼女は14着に沈む。勝ったのは、フラワーカップで先着を許したキストゥヘヴンだった。 優駿牝馬から、鞍上が福永祐一に替わる。1枠2番、5番人気。東京の芝2400mで彼女は伸びた。だが、前にいたのはカワカミプリンセスだった。デビューから一度も負けたことのない牝馬だった。0秒1差の2着。 秋も同じだった。ローズステークスは2番人気で3着。ステップレースを使わずに臨んできた秋華賞でも、0秒3届かず3着。勝ったのはまたカワカミプリンセスで、負けを知らないまま牝馬二冠が決まった。 この年の3歳牝馬戦線は、カワカミプリンセスと、その背中を見ている馬たちで出来ていた。フサイチパンドラは、いつもその背中の側にいた。

掲示板が動くまで

2006年11月、京都。晴れて、馬場は良。エリザベス女王杯の8枠には、二頭が並んで入った。15番にフサイチパンドラ、16番にカワカミプリンセス。春から秋まで追いかけ続けた背中が、この日は隣のゲートにいた。 発走。シェルズレイが後続を大きく離して逃げ、外回りの長い直線を持つ京都の芝は、一本に伸びた隊列になった。坂を下り、四コーナーを回って直線へ入ると、大逃げが飲み込まれていく。 真ん中から抜け出したのは、やはりあの馬だった。カワカミプリンセスが伸びる。フサイチパンドラも脚を使う。だが、並びかけることはできなかった。一馬身半。彼女はこの日も、二番目にゴール板を通過した。 そこから先が長かった。審議のランプが灯ったまま、着順は確定しない。妨害を受けたのはフサイチパンドラではない。ヤマニンシュクルである。直線で内へ寄ったカワカミプリンセスが、その進路をふさいでいた。 やがて掲示板の数字が入れ替わる。1位で入線した馬が十二着へ落ち、空いた先頭に、七番人気の名前が繰り上がった。 審議のあいだに、フサイチパンドラはGI馬になった。ゴール板を過ぎたときには負けていた馬が、走ることをやめたあとで勝ち馬になった。直線で場内が沸いたのは、隣のゲートの馬のためだった。競馬場には抗議の電話が相次いだという。

与えられた一着

GIでの繰り上がり優勝は、1991年の天皇賞(秋)でメジロマックイーンが降着し、プレクラスニーが繰り上がって以来15年ぶり、史上2頭目のことだった。陣営も戸惑いを隠せなかった。福永祐一は、古馬になったカワカミプリンセスともう一度走りたいと語っている。勝ったのに、決着がついていない。そういう一着だった。 この勝利は、同時にひとつの記録を静かに閉じた。4年前に世を去ったサンデーサイレンスは、これで全ての世代からGI馬を出した種牡馬になった。父はもういない。最後の世代の牝馬が、その最後の欄を埋めた。 鞍上にも記録が残った。福永祐一はこの日、JRAのGIを5つの競馬場すべてで勝った6人目の騎手になる。初騎乗からの到達は10年8か月10日。それまでの最速記録を持っていたのは、藤田伸二だった。 中一週で挑んだジャパンカップは、凱旋門賞遠征から戻ったディープインパクトの一戦だった。3歳牝馬の53kgで5着。この年の牡馬二冠馬メイショウサムソンには先着している。走る力は、掲示板の数字とは関係なく、確かにそこにあった。

望んだ再戦

古馬になった彼女の2007年は、川崎のダートから始まった。エンプレス杯、初めての砂で1番人気に支持され、トーセンジョウオーの2着。悪い手応えではなかった。だが、そこから歯車が合わなくなる。日経賞9着、マイラーズカップ9着。距離を延ばしても縮めても、答えが出ない。 5月13日、東京。ヴィクトリアマイル。半年前に福永が望んだ再戦が、ここで実現した。1番人気にカワカミプリンセス、6番人気にフサイチパンドラ。あの秋の二頭が、同じゲートに揃った。 勝ったのは12番人気のコイウタだった。カワカミプリンセスは10着、フサイチパンドラは12着。二頭とも掲示板にすら載らなかった。決着がつかなかったのではない。決着をつける場所まで、どちらも辿り着けなかった。 夏の札幌でクイーンステークス5着。前年2月のきんせんか賞を最後に、彼女はもう長いこと、先頭でゴール板を通っていない。

誰にも文句のつけようがない一着

2007年8月、日本の競馬が止まった。36年ぶりに馬インフルエンザが持ち込まれ、JRAは18日と19日の全開催を中止する。再開後も出馬投票のあとに検査を行い、陽性の馬を除外したうえでレースを組んだ。例年なら8月下旬に行われる札幌記念は、この年だけ9月2日にずれ込んだ。 1枠1番、5番人気。馬体重は516kg。桜花賞を走ったときの482kgから、ひと回り大きくなっていた。鞍上は藤田伸二。この馬に跨るのは、これが初めてだった。前年の秋、自分が持っていた最速記録を抜かれた男である。その記録が生まれたレースを走っていたのが、この牝馬だった。 ゲートが開くと、彼女は誰の背中も追わなかった。前に出て、そのまま行った。直線でアグネスアークに詰め寄られ、並ばれかけ、それでも譲らない。クビ差。 2006年2月のきんせんか賞以来、十二戦ぶりの1位入線だった。フサイチパンドラはようやく、自分の脚で先頭のままゴール板を通過した。掲示板の数字が動くのを待つ必要は、どこにもない。この一着には、文句のつけようがなかった。

走れなかった引退レース

秋の始まりに使ったエルムステークスは、ダートで11着。立て直して11月11日、京都のエリザベス女王杯へ向かう。鞍上はクリストフ・ルメール。この馬に乗るのは、この日が最初で最後だった。 3番人気。上がり三ハロンは33秒9。ダイワスカーレットの2着、0秒1差。前年と同じ「二番目の入線」だったが、今度は掲示板が動くことはなかった。 ジャパンカップ9着のあと、陣営は有馬記念での引退を発表する。だがレース前日、左寛跛行が出て出走取消となった。12月23日の中山では、彼女のいない有馬記念でマツリダゴッホが波乱を演じている。12月26日、競走馬登録抹消。 引退レースを走ることなく、フサイチパンドラの現役は終わった。21戦4勝。GIをひとつ持ち、そのひとつをゴール板の先で受け取った牝馬として、彼女は北海道へ帰った。

七番仔

ノーザンファームで繁殖に上がり、九頭を産んだ。初仔スペルヴィアの父はシンボリクリスエス。二番仔はピュクシス、三番仔はサンエルピス、四番仔はパンドラズホープ。箱、希望、パンドラの希望。名前だけが、神話の続きを律儀になぞっていった。 だが競走成績のほうは、母の一族が日本で繰り返してきたことをそのまま繰り返した。二勝、一勝、不出走。重賞の話には、なかなかならない。 七番仔は、2015年生まれの鹿毛の牝馬だった。父はロードカナロア。名をアーモンドアイという。 2017年8月6日、新潟の新馬戦。鞍上はクリストフ・ルメール。母に生涯で一度だけ跨り、エリザベス女王杯を2着で持ってきた男が、そのまま娘の背にいた。この日は2着。二戦目、10月8日の未勝利戦を勝ち上がる。 その二十日後、2017年10月28日、フサイチパンドラは死んだ。14歳。娘が生涯で初めて勝った日から、二十日後のことだった。 娘が重賞を勝つのは、それから七十二日後のシンザン記念。翌春に桜花賞と優駿牝馬、秋に秋華賞、そして11月の府中でジャパンカップ。四つの冠。やがて芝のGIを九つ積み上げ、JRAの調教馬として誰も届いていなかった数字に届く。母は、そのどれも見ていない。

箱の底に残ったもの

アーモンドアイが府中で優駿牝馬を勝った一週間後、同じ府中の同じ芝2400mで、福永祐一が19回目の挑戦でダービーを勝った。かつて、ゴール板を先頭で通らないまま手にした一着で史上最速の記録を得た男が、20年かけて、誰にも譲られない一着に辿り着いた。あの秋に彼が望んだ決着は、ついに競馬場では起きなかったけれど。 フサイチパンドラはカワカミプリンセスと四度同じレースを走り、一度もその前でゴール板を通っていない。優駿牝馬も、秋華賞も、エリザベス女王杯も、翌年のヴィクトリアマイルも。彼女のGIは、走って奪ったものではない。ゴール板の先で掲示板が動くのを、じっと待って受け取ったものだ。その一着には、いつも「繰り上がり」という三文字が付いて回った。 娘は、待たなかった。九度、先頭で板を過ぎ、そのまま一着だった。 箱の底に最後まで残っていたのは希望だという。フサイチパンドラは、それを誰かに開けてもらったのではない。自分の腹の中で育て、見届けないまま、置いていった。

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