名馬の記憶を、
再生する。

年表ICHINEN-ISSO — 2400m

BOKUJŌ-CHŌ — HOKKAIDO

牧場帖

一年ずつ、顔ぶれをたどる。引退した名馬たちの繋養・在籍と映像を綴る帳面。
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名馬録

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ファイングレインのイメージビジュアル
ファイングレインFine Grain
Fine Grain

ファイングレイン

通算成績30戦5勝

獲得賞金29,026万円

生年月日 2003.03.07(平成15年)毛色 黒鹿毛

全成績

主要戦績(抜粋)・新しい順
ファイングレインの成績一覧
年月日着順レースコース人気騎手タイム上り3F映像
11 GIIIシルクロードS 京都 芝1200 13人気 幸英明 1:09.0 上り33.0
8 兵庫ゴールドトロフィー 園田 ダ1400 4人気 幸英明 1:28.8 上り38.5
11 GIマイルチャンピオンS 京都 芝1600 17人気 浜中俊 1:32.4 上り34.3映像
7 GII毎日放送賞スワンS 京都 芝1400 11人気 勝浦正樹 1:21.5 上り34.1
16 GIスプリンターズS 中山 芝1200 16人気 勝浦正樹 1:08.8 上り35.0映像
8 GI高松宮記念 中京 芝1200 8人気 勝浦正樹 1:08.9 上り34.7映像
5 GIII夕刊フジオーシャンS 中山 芝1200 16人気 勝浦正樹 1:09.9 上り35.5映像
15 GIマイルチャンピオンS 京都 芝1600 16人気 幸英明 1:34.1 上り34.2映像
16 GII毎日放送賞スワンS 京都 芝1400 14人気 幸英明 1:21.1 上り34.2映像
17 GI高松宮記念 中京 芝1200 8人気 幸英明 1:09.4 上り36.0映像
11 GIII阪急杯 阪神 芝1400 4人気 幸英明 1:22.9 上り36.3
3 GIマイルチャンピオンS 京都 芝1600 10人気 幸英明 1:32.8 上り34.4映像
5 GII毎日放送賞スワンS 京都 芝1400 7人気 幸英明 1:20.3 上り34.2
10 GIスプリンターズS 中山 芝1200 3人気 幸英明 1:08.5 上り34.4映像
9 GIIセントウルS 阪神 芝1200 2人気 幸英明 1:08.0 上り33.7
1 GI高松宮記念 中京 芝1200 4人気 幸英明 1:07.1 上り33.2映像
1 GIIIシルクロードS 京都 芝1200 3人気 幸英明 1:09.1 上り34.0
1 OP淀短距離S 京都 芝1200 4人気 幸英明 1:09.1 上り33.4
9 OP2007ファイナルS 阪神 芝1600 3人気 幸英明 1:35.2 上り36.4
4 OPオーロカップ 東京 芝1400 4人気 蛯名正義 1:22.0 上り35.1
11 OPオパールS 京都 芝2000 6人気 四位洋文 2:00.7 上り38.2
5 OP米子S 阪神 芝1600 2人気 上村洋行 1:33.0 上り34.3
4 GIIIエプソムカップ 東京 芝1800 9人気 柴田善臣 1:48.4 上り35.9
6 OP都大路S 京都 芝1600 4人気 上村洋行 1:37.1 上り37.8
2 GINHKマイルカップ 東京 芝1600 9人気 横山典弘 1:33.2 上り35.5映像
2 GIIニュージーランドトロフィー 中山 芝1600 7人気 横山典弘 1:33.6 上り35.8
9 GIIフジTVスプリングS 中山 芝1800 10人気 四位洋文 1:50.0 上り36.0映像
8 GIIIきさらぎ賞 京都 芝1800 3人気 四位洋文 1:48.1 上り35.4
1 あけび賞 京都 芝1600 1人気 中舘英二 1:36.3 上り34.8
1 2歳新馬 札幌 芝1200 5人気 四位洋文 1:11.6 上り36.0

血統

金色の名は 名馬ジャーニー に掲載 — その馬のページへ
ファイングレインの血統表(左から親・祖父母・曽祖父母)
フジキセキFuji KisekiサンデーサイレンスSunday SilenceHalo
Wishing Well
ミルレーサーMillracerLe Fabuleux
Marston's Mill
ミルグレインPolish PrecedentDanzig
Past Example
Mill LineMill Reef
Quay Line
STORY

旅程 — この馬の物語

2003年生まれの黒鹿毛の牡馬。父フジキセキ、母ミルグレイン。主な勝ち鞍は高松宮記念・シルクロードS。

ミルグレインの初仔 ― 名は母から来た

1997年、イギリスで一頭の牝馬が生まれた。父ポリッシュプレセデント、母ミルライン。母の父はミルリーフである。その二年前、同じ父と母から生まれた全姉ピュアグレインが、アイリッシュオークスとヨークシャーオークスを制していた。欧州の伝統的な牝系に、また一頭。妹は幼駒のうちに社台ファームへ買われ、1999年に日本へ渡ってくる。名をミルグレインといった。 吉田照哉の所有馬として、栗東・長浜博之厩舎から外国産馬でデビューし、十九戦して三勝。姉の格には遠かった。2002年に競走をやめて社台ファームで繁殖にあがり、初年度に配されたのがフジキセキだった。当時のフジキセキは種牡馬入りから八年目。産駒の走りがいまひとつで有力な繁殖牝馬が集まりづらく、オーストラリアへシャトル種牡馬に出るようにもなっていた。 2003年3月7日、北海道千歳の社台ファームで、ミルグレインの初仔が生まれた。黒鹿毛の牡馬である。母の名からグレインを借り、超微粒子を意味する語が当てられた。ファイングレイン。一口八十万円・全四十口で、社台レースホースの所有馬となる。 母仔ともに気性はうるさかった。長浜は当歳のこの馬を見て、筋肉質のごつい馬だと思い、母より胴が長いぶん短い距離のほうが向くだろうと見立てている。厩務員には、母を担当していた掛谷洋市がそのまま付いた。掛谷は仔を見て、母とはまるで似ていないと驚いたという。 血を辿ると、名のミルは父方にも母方にもある。母の母ミルラインはミルリーフの娘であり、父フジキセキの母ミルレーサーの祖母ミリセントもまた、ミルリーフの母ミランミルの娘だった。父方の五代前と母方の四代前——粒の細かい場所で、同じ牝馬が二度、この馬に入っている。

クビ差 ― 雨の東京、そして種子骨

2005年9月19日、札幌の芝千二百。四位洋文を背に、五番人気の新馬戦を勝った。十一月には京都のマイル戦あけび賞を中舘英二で勝ち、二戦二勝。募集のカタログは、二千メートルあたりまでがベストだろうと評していた。二連勝の内容も、この馬をクラシック候補として扱うに足るものだった。 三歳になって、きさらぎ賞八着、スプリングステークス九着。芝千八百では二度とも下位に沈んだ。距離をマイルに戻したニュージーランドトロフィーでは横山典弘がハナを奪って粘り、マイネルスケルツィに四分の三馬身届かず二着。それでも優先出走権は手にした。 2006年5月7日、雨の東京。NHKマイルカップは十八頭立ての九番人気だった。一枠二番から先行し、内の三、四番手で我慢する。直線、内ラチ沿いに進路を取って先頭に踊り出た。外から迫るフサイチリシャールを下し、大外から来たキンシャサノキセキも凌いだ。だが、いつのまにか内へ潜り込んでいたロジックだけは封じられなかった。二頭ともコースのロスがまったくない。並んで、競り合って、ゴール板の寸前で先に出たのは、武豊のロジックのほうだった。クビ差である。 東京から栗東へ帰った翌日、右前肢の種子骨骨折が判明する。折れたのが種子骨の浅い部分だったことが、この馬を救った。深ければ競走能力を失っていた。即引退は免れ、治療しながらの現役続行が決まる。GIで二着に来た三歳馬は、そこから丸一年、ターフに戻ってこなかった。

戻ってきたのに走らない ― 四歳の一年

復帰は、NHKマイルカップからきっかり一年後の2007年5月6日、同じマイルの都大路ステークスだった。骨は癒えていた。体も戻り、調教では抜群に動いた。ところがレースになると思い切って走らない。エプソムカップ四着、米子ステークス五着。負けているというより、走っていないように見えた。折れた記憶のほうが、まだ癒えていなかった。 夏、精神面の立て直しを狙ってリフレッシュ放牧に出される。社台ファームでの滞在先は、年上の実績馬ダイワメジャーの隣の馬房だった。秋に戻り、二千メートルのオパールステークス十一着、オーロカップ四着、そして年末のファイナルステークス九着。四歳の一年、六戦して一度も勝ち負けにならなかった。 そのファイナルステークスの鞍上が、たまたま予定の空いていた幸英明だった。初騎乗である。長浜はこの一戦を、内容がだらしなかったと振り返り、このまま終わるのかもしれないと考えたという。GI二着という実績が、陣営の目を長い距離に縛りつけていた。マイルでも走らないのなら、残る手は一つしかない。もっと短く。 同じことを、一度乗っただけの幸も言ってきた。距離を詰めましょう、と。

思い込みはいかんな ― 千二百への転向

2008年1月19日、京都の淀短距離ステークス。芝千二百への転向初戦である。オープンの短距離戦で、GI二着と重賞二着しか持たないこの馬は、出走順の争いでは弱い立場にあった。使いたいレースから除外され続け、たまたま出走馬が定数に満たなかったこの一戦に、ようやく滑り込んでいる。四番人気。 ゲートで後手を踏み、後方から。内に拘って四コーナーを回り、直線は最内を突いて、前を行く二頭を半馬身かわした。あけび賞以来、二年ぶりの三勝目である。それまでのこの馬は、先行して粘る形で負け続けてきた。終いに脚を使って差し切る競馬を、この日はじめて見せた。 三週間後のシルクロードステークス。長浜はまだ信じきれていなかった。淀短距離ステークスのことは忘れてくれ、柳の下に泥鰌は二匹いない、同じように内から伸びると思うな、出遅れたら出遅れたで、ゲートを出てから考えればいい——そう言い含めて幸を送り出している。 十六頭立ての三番人気。最内枠から、また出遅れた。前ではアストンマーチャンが飛ばし、その速さに先行勢が総崩れになる。ファイングレインは外へ持ち出して十二番手で四コーナーを回り、直線で前を全部呑み込んだ。一馬身四分の一差。重賞初制覇だった。 「思い込みはいかんな。G1・2着があったからマイルから1800メートルあたりを使っていたが。本質的にはこういう競馬が一番合うようだ」[^1] 長浜が当歳のこの馬に抱いた見立て——胴が長い、短いほうが向く——に、陣営はようやく戻ってきた。五年が経っていた。

出典:スポーツニッポン「ファイン仰天大外刈り/シルクロードS」2008年2月11日配信、https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2008/02/11/kiji/K20080211Z00001390.html 、閲覧日:2026年8月2日。

残り百メートル ― 中京、小雨

細く冷たい雨が、午後から降り始めていた。芝は良のまま保たれ、その日のメインは予定どおり十五時四十分に発走する。ファイングレインの枠は二枠四番。中京も、千二百のGIも、この馬には初めてだった。 ゲートは、出た。二年前の東京と違って先手を取りに行く必要はない。幸は馬を中団の前めに置いた。前ではローレルゲレイロが飛ばしている。後ろの十七頭を引き連れて、速いラップで刻んでいく。その四、五番手にキンシャサノキセキ。二年前の東京で、この馬のすぐ後ろでゴールした同期である。一番人気のスズカフェニックスはスタートでつまずき、最後方に落ちていた。 四コーナー。ローレルゲレイロの脚色が鈍り、早めに動いたフサイチリシャールが替わって先頭に立つ。ファイングレインの正面にはキンシャサノキセキの尻がある。幸はまだ動かない。 残り二百メートルでフサイチリシャールの脚が上がる。残り百メートル、キンシャサノキセキが先頭に立つ。押し切る構えだった。 その背中の後ろから、ファイングレインが外へ持ち出される。ここから先が、この馬が五歳の冬に手に入れたばかりの脚だった。一月の淀では内を突いて、二月の淀では外へ回して、そして三度目の今日、GIの直線で使う。一完歩ごとに前の馬体との差が薄くなり、並びかけたのはゴール板の直前だった。二頭は体を併せたまま決勝線を通過する。 先に出ていたのは、外のほうだった。クビ。二年前の東京で、この馬が失ったのと同じ幅である。時計は一分〇七秒一。高松宮記念のレコードだった。 「交わせると思った。強かった」[^1] レース後、幸英明はそう言った。2003年にスティルインラブで牝馬三冠を成し遂げて以来のGIだった。長浜にとってはアグネスタキオンの皐月賞以来のGIであり、初めての古馬GIだった。

出典:日本中央競馬会「第38回 高松宮記念(GI)レース結果」2008年3月30日、https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/takamatsu/result/takamatsu2008.html 、閲覧日:2026年8月2日。

十五 ― 高松宮記念のあと

高松宮記念のあと、ファイングレインは二度と勝たなかった。 秋はセントウルステークス九着、スプリンターズステークス十着。距離を伸ばしたマイルチャンピオンシップでは十番人気まで評価が落ちたが、直線で鋭く差を詰めて三着に入っている。幸は、流れに乗れて折り合いもついた、最後はもう少しだった、と悔しがりつつ、この秋では一番良かったと収穫を口にした。年度末のJRA賞、最優秀短距離馬の投票でこの馬に入った票は、三百のうち六票である。二百三十三票を集めて受賞したのはスリープレスナイトだった。 明けて2009年、阪急杯十一着、高松宮記念十七着。2010年の高松宮記念は八着で、勝ったのは二年前にクビ差で下したキンシャサノキセキだった。その年の暮れには園田のダートまで試している。2011年1月29日、シルクロードステークス十一着。三年前に重賞初制覇を飾ったのと同じ舞台で、十三番人気の十一着だった。二月二日、競走馬登録を抹消される。 高松宮記念のゴール板から数えて、十五戦。一度も勝てなかった。三十戦五勝という生涯成績のうち、三勝が五歳の一月から三月末までの十週間に固まっている。この馬の競走生活は、正しく測ってもらえた十週間と、それ以外の年月とで出来ている。

海を渡る ― 父内国産のはじまり

抹消から間もなく、フランスでの種牡馬入りが伝えられた。日本産馬が海を渡って種牡馬になること自体は、その頃すでに珍しくなくなっていた。ただし渡っていったのは、その多くがサンデーサイレンスの産駒だった。ファイングレインの場合は、父フジキセキもまた日本産だった。国際セリ名簿基準書のパート1国で父内国産の種牡馬が供用されるのは、これが史上初めてのことになる。フランスのロンレー牧場へ渡り、2017年からはアイルランドのロングフォードハウススタッドに移った。長浜博之が定年で厩舎の看板を下ろしたのも、同じ2017年の二月末である。 高松宮記念を勝った直後、長浜はこう振り返っている。「もう少し早くに違う結果が出ていたかもしれない。馬に対して悪いことをしたなという悔いが残ります」[^1] GIを勝った日の言葉としては、奇妙に響く。だが順序を戻せば、この悔いこそがこの馬をレコードまで運んだのだとわかる。GI二着という眩しい実績を握りしめているかぎり、陣営は千八百に未練を残し続けただろう。見立てが違っていたと認めた人間がいたから、五歳の一月に千二百のゲートが開いた。その一言にたどり着くまでに、二年近くかかっている。 たまたま予定の空いていた騎手のほうは、翌2009年、JRAの歴史ではじめて一年に千鞍のゲートをくぐる男になる。膨大な数の馬に乗り、膨大な数だけ負けてきた人が、一頭の四歳馬についてもっと短くと言い、預かっていた調教師がGI二着の記憶を手放してそれを採った。2008年1月、京都の芝千二百。除外され続けていた馬の前に、出走馬が定数に届かなかったせいで、枠が一つぽっかり空いていた。ファイングレインはそこへ滑り込んだ。十週間後、彼は春のスプリント王になっている。測り直してもらえた馬だけが、自分の速さに追いつける。

出典:『優駿』2008年5月号45頁(日本語版ウィキペディア「ファイングレイン」経由で確認)、https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%B3 、閲覧日:2026年8月2日。

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